デジたんに自覚を促すTSウマ娘の話   作:百々鞦韆

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なんでウチのウマ娘は走らんのかなぁ…(すっとぼけ)


会員番号No.2

「…よう、今日もイカれてんな」

 

「ゴルシちゃん?なんだよその言い草は。まるで僕がいつもおかしいヤツみたいじゃないか」

 

僕にだって常識というものはある。イカれるのはデジたん絡みのときくらいだ。

 

「じゃ頭のソレはなんだよ?」

 

「ベレー帽」

 

「アタシが言いたいのはな。なんでアタシが眠りから醒めた途端にベレー帽被って得意げに足組んで座ってるお前を見なきゃならねぇんだ、ってことだよ」

 

「ふふ…先に起きてスタンバッた甲斐があった」

 

「ねぇよ」

 

…まあ、なんとなく買ってしまった画材を眺めているとつい考えてしまったのだ。

 

「…画家といえばベレー帽な気がして。なんか買っちゃった」

 

「バカじゃねーの」

 

「や、だって。雰囲気出る…じゃん?」

 

「出ねーよ。…つかお前、めっちゃ形から入るタイプだよな」

 

「そうかもしれない…」

 

「かも…って、お前なあ。だいぶだぜ。つーかよ、張り込みといったら牛乳とアンパンだー、とかいってホントに買ってくるのお前くらいだよ」

 

「むぅ…」

 

…スピカに入部した日のことか。

いやいやいや…。だって張り込みといったら、トレンチコート着て電柱に隠れる刑事、牛乳、あんぱんと相場が決まっている。それをリスペクトしなきゃあいけない。

 

「…形から入るのだって大事だよ。高い道具を買ったら気分が良くなるし、お金を無駄にしないよう練習もする。何より、そう…自己暗示。そのモノに相応しくなるため、必然的に無意識で相応しい行動をとるようになる」

 

「あ、いや、別に形から入るのを否定したいわけじゃなくてよ。行動力あるってのはいいと思うぜ。有り余る行動力だよまったく。…お前にはまた別の問題があるってこった。アタシから口に出すことはしねえけど」

 

別の問題ね。教えてくれたっていいのに。

 

「…そもそも、ベレー帽の場合、あくまで絵描きのイメージってだけで、絵の腕に直結してねえだろ。何に使うんだよそれ?」

 

「んー…。あ、外行くときウマ耳隠すのに使える」

 

「やっぱ絵関係ねーのかよ」

 

それは仕方ない。だが役立てる方法があるのならばよいのだ。結果オーライ、結果オーライ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「徳!積みましょう!」

 

昼食時。デジたんと同じテーブルについた僕に向かって開口一番、彼女はそう言った。

 

「…徳、ねぇ。日頃からそれとなく心がけてるつもりだけど」

 

「あたしが言いたいのはですね。身命を擲つ覚悟でウマ娘ちゃんのために働こう、ってことです!…ほら!秋のファン感謝祭ですよ!」

 

…そう。もうすぐなのだ。秋のファン感謝祭が。

徳を積んでファンサを大量に浴びるつもりだろうか、デジたん。

 

「トレセン学園の一生徒として、そしてなによりウマ娘ちゃんオタクとしてッ!模範的な行動をとるべきです!つまり、前日準備…会場設営だとかの仕事をっ、この身果てるまでやればッ!ウマ娘ちゃんたちのために働いて徳を積める!完璧ですよこれは!」

 

「…まあ、僕…僕らはどっちみち裏方に回ることになるだろうからね」

 

「聞けば、今の時期は学園が忙しく、生徒会も人…いや、ウマ娘を欲しがっているようです。バリバリ働ける助っ人をッ!というわけで、手伝いませんか?…いえッ、あなたは手伝わねばなりません!なんせ、オロールちゃんはただでさえあたしを推す、なんてギルティなことやっちゃってるんですからね。必要なものは徳ですよ、徳」

 

ほうほう、なるほど。デジたんを推す…愛することは罪なのだろうか。いや違うだろう。僕が彼女に抱く感情というのは、人間やウマ娘にとって最も大事な感情ではなかろうか。

 

「…デジたん、デジたん、デジたん。ねぇ、いいかい。始めに言うけど、僕はデジたんのことがすっごく好きなわけだ。おそらく、というか確実に君が推しに抱く気持ちよりも強いよ、僕のは。だってガチ恋勢だもん」

 

正直、ガチ恋勢という言葉で片付けていいものか自分でも疑問に思ってはいる。が、ここはひとまずそういうことにしておこう。

 

「ガチャコッッ…!!ガッ、ガチコ……。なるほど?なるほどなるほどほうほうほうそうですかそうですかえぇそんな気はしてましたよふへふふふふ…」

 

ヤバい。デジたんがバグった。可愛すぎる。

僕自身の言葉で、彼女がこんなにも真っ赤に染まって動転しているんだ、僕だってバグりそうだよ。

 

「ま、とにかく。…今の僕なら恥ずかしげもなく言える。だから言う。デジたんを愛してるんだよ、この僕は!そしてそれは断じて!ギルティじゃあない!可愛いものを可愛い、好きなものを好きと言って何が悪いんだって話だよ、ねえデジたん?分かるでしょ?」

 

「ッスゥー…フゥー…!ハァー…ハァーッッ…!な、なんとなく分かりましたとも、言いたいことが。あたしがウマ娘ちゃんを推すのと何ら変わらない、そう言いたいわけですよね…。そりゃ、あたしだってウマ娘ですから、ファンができたときのことを考えなかったわけじゃありませんよ」

 

「じゃ、僕が君を好きなことに問題はない」

 

「…分かりません。デビューすらまだのしがないヲタクウマ娘を推す人なんていないですよ。未だに分からないです、オロールちゃんがそこまであたしを…す、きな理由が…」

 

今でも、僕は瞬きすらせずにデジたんを見つめることに余念がない。「前」にもこれほど何かに執着することはなかった。

彼女を初めて見たときから僕の中にある何かのスイッチが押されて、気がついたときにはもう止めることのできない、激しい感情の奔流に身を任せていた。

 

「魂に刻まれてる宿命なんだよ。僕はファン第一号だ!何しろ、生まれる前からデジたんが好きだった!」

 

「…よりによって、どうしてあたしに…」

 

俯くデジたん。

 

…彼女がこれほどまでに自信を持てないのはどうしてか。僕にできることは何か。

デジたんに最も必要なものは、ウマ娘にとって最も大事なもの。すなわち、走ること。レースに出走することだと思う。

推す側と推される側、双方の気持ちを彼女が完璧に理解すること。そうすれば僕の想いだってきっと伝わる。

 

だが、それは僕がどうこうできる問題ではない。

競走ウマ娘にとって、デビューというのはそれこそウマ娘生を左右する出来事なのだ。デジたんのソレを僕が恣意的に決めるなんてことをやってはいけない。専門家であるトレーナーさんに任せるべき事柄だ。

 

では、やはり僕にできることは何なのか。

答えはシンプルだ。要は彼女に推される側…ファンを持つ側の気持ちを知ってもらえばいいのだ。

 

「デジたんが納得できる日はまだ先だろうけど、僕の気持ちはずっと変わってない。ま、そういうわけで。僕は決してギルティじゃないし、むしろ徳を積んでるまである」

 

「…やめておいた方がいいと思いますよ〜?デジたんはこれからもデジたんなのです。大規模グッズ展開とか、ライブで自らファンサをやるとかとかとか!そんな調子に乗った真似は未来永劫しないですからねっ!」

 

「うん、口ではそう言うけどね。でも君はいつか必ずやってくれるんだ。信じてるよ。…さて、と。とりあえずこの話はまたいつか。今はまず徳を積もうよ、ほら」

 

「あ、ハイ。そうですね。行きましょう」

 

デジたんと席を立つ。

秋のファン感謝祭の準備を手伝いに行くために。

…これはなかなかいいチャンスが巡ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

トレセン学園、生徒会室…前の廊下。

探すまでもなく、そこに彼女はいた。

 

「……さっきの会長の言葉…。木が前で、気構え…きがまえ…ハッ!?そういうことだったのか…っ!また気づけなかった…!」

 

おお、今日もエや下してる。

 

手にたくさんの書類を抱え、なんとも言えぬ表情で項垂れているそのウマ娘の名は、エアグルーヴ。

 

生徒会副会長、「女帝」の異名を持つウマ娘。

容姿端麗、博識多才、まさにパーフェクトウーマン。

美しく艶のある鹿毛のボブカット、切れ長の目に施された赤いアイシャドウが大人の色香を漂わせている。

…が、どうも今はエや下…エアグルーヴのやる気が下がった状態のようだ。独り言の内容からして、会長の「コミュニケーション」にやられたらしい。

 

さて、僕とデジたんは彼女に、というより生徒会に会うためにここまで来たのである。

 

「…オロールちゃん!お願いします!ちょっとお声をかけに行ってきてください!あたし少しの間トリップするのでっ!お願いします!」

 

…あの女帝様がこんなくっだらない理由で絶不調になっているのだ。萌えるよね、そりゃあ。デジたんの気持ちは分かる。

とはいえ、声をかけねば何も始まらない。

 

「…あのー、エアグルーヴさん?すいません、ちょっといいですかね…」

 

「…ん?ああ…どうした。誰だ?私に何か用か?」

 

「中等部一年のオロールフリゲートといいます。用件は…デジたん、ほら」

 

僕の横でぽわぽわしているデジたんの肩を小突く。

 

「ンハッ…あっ、ハイ!えっとですね、ほら。もうすぐ秋のファン感謝祭じゃないですか!その件で何か生徒会の皆様をお手伝いできればと思いまして…」

 

「ああ、それは助かる…と、お前、アグネスデジタルか。そういえば、去年もこんなことがあったな…。今年も手伝ってくれるのならありがたい」

 

おや、二人には既に接点があるようだ。しかも、秋のファン感謝祭に関することで。

 

「ハッ…!?ハイッ、確かにわたくしめは去年もこうしてお手伝いを申し出たアグネスデジタルという者でございますがどこにでもいる平凡なモブウマ娘の名前など女帝閣下に覚えていただく必要はございませんのでッ!」

 

デジたん、前にもこんなことをやっていたのだろうか。実に彼女らしいな。

 

「…つまり、二人とも何か手伝ってくれるわけか?ありがたいことだ。生徒会一同に代わって感謝する。この時期は人手、特にウマ娘の手はいくらあってもいいくらいだからな」

 

「いえ、僕らが好きでやることなので」

 

デジたんにとっては徳を積むため。…そして、僕にとってはデジたんに自覚をさせるため、このボランティア的行為は必要なものなのだ。

 

「では、早速頼まれてくれ。今私が持っているのは学園の各委員会宛の書類なのだが。急がなくてもいい、とりあえずこれを運んできてほしい。それぞれに宛先は書かれている」

 

「ハイッ!承りましたっ!全速力で届けてきますッ!」

 

「…あ、待ってよデジたん」

 

書類を受けとるやいなやふんすと意気込んで駆け出したデジたんの後を追う。そこまで急ぐ必要はないはずだが、かなり早足だったので、瞬きもせぬ間にエアグルーヴさんの姿は見えなくなっていた。

 

「では早速行きますよ!ほら、これ持ってついてきてください!」

 

デジたんから数枚のプリントを渡される。

 

「やる気まんまんだね、デジたん」

 

「ハイ、ウマ娘ちゃんのためとあらば、例え火の中水の中、ネパールの秘境であろうがメキシコの刑務所であろうが、どこへでも行く覚悟ですゆえっ!」

 

さっき僕に向かっていろいろと言ってくれたが、彼女も大概だろう。今更のことだが。

 

「…やっぱさ。デジたんのことを好きな人ってのは、君自身が思ってるよりも多いよ、きっと」

 

「…ソウデショウカネ」

 

「うん。だってデジたん…すごく優しいでしょ。徳を積むとか言って、やることは結局のところ素晴らしい奉仕活動。君のことをよく知らない人たちの目には聖人君子のように映る。僕やチームメイトから見ても、なぜそこまでできるのか…って、素直に尊敬の念を抱くよ。ヲタク趣味があろうと、君はめちゃくちゃ好かれてる…とまでは言わずとも、好ましく思っていない人はいない」

 

「オ゛ッ…フ…ッ!!あ、あの…普通に、普通に恥ずかしいですよそれは…」

 

彼女はなんだかんだいって学園への貢献度もそこそこ高い方だ。さっき会ったエアグルーヴさんだって、デジたんに助けられたことがあるようだし。

 

それと一番重要なことだが、デジたんは可愛い。

 

「どーしてこう、恥ずかしがるデジたんってのは可愛いんだろうなぁ…。いや、常に可愛いけど」

 

「アッ…な、なんか…アレでしゅねッ…こ、こっちのほうがかえっていつもッ、どどどおりで安心すすするというかッ!ハイ、あの…ハイッ!」

 

確かにいつも通りだ。デジたんも。

朱のさした顔に、これまた美しい碧眼が浮かんでいるものだから、つい見つめてしまう。するとデジたんは目を逸らし、血色のいい頬をこちらに向ける。

 

「…っ」

 

まったく、デジたんは最高だぜ。

時の流れを感じないほど、僕はデジたんに魅入っている。

 

…その止まっていた時間を動かしたのは、突如この場に現れた背の高い人影だった。

 

「お、ヘンタイども。何してんだこんなとこで?」

 

みんな大好きゴルシちゃんである。ただし、なぜか手に大量の電気工具を抱えているものとする。

 

「生徒会の手伝い。プリント配ってるだけだよ。…てか、ゴルシちゃんは何をしようとしてるわけ…?」

 

「お?これか?へへっ、こないだ手に入れたゴルシちゃん号を改造しようと思ってよー」

 

「…ゴルシちゃん号?なんですか、それ?」

 

「おう、すげーカッコいいマシンだ。アタシにピッタリなやつ」

 

…ゴルシちゃん号って、もしかしなくても例の電動立ち乗り二輪車だよな。それを改造…大丈夫なのだろうか。

まあ、ゴルシちゃんだしいいか。

 

「お前ら、ホントいっつもくっついてんな。プリントの配布なんざ二手でやりゃあ早く終わるだろ」

 

「…ほえっ?…ッあ、ああッ!?」

 

…うん。

そりゃそうだとも。

 

「んふふふ…ゴルシちゃん、そういうのは分かってても指摘しない方がいいんだよ。これこそがデジたんの可愛いところなんだから!」

 

…正直に言うと、さっきデジたんが「ついてきてください!」なんて言うもんだから、僕だってそれを指摘するべきか一瞬考えた。

ただし!本人が僕についてきてほしいのなら何も言うことはない!たとえ足が折れてもついていく!

 

「あっ、あのー…ですね。オロールちゃん。ここは…ぶ、分担作業といきましょうッ!ハイッ!」

 

「やだ。デジたんがついてきてっていってたもん」

 

「ガキかおめー。…いや、やっぱりこんな恐ろしいガキがいてたまるかって話だな。ま、せいぜい頑張れよ。んじゃまたなー、お二人さん」

 

呆れたようなため息を吐きながら、ゴルシちゃんはふらりとどこかに消えていった。

 

「…ふ、フゥー…。あの、あたしは別に大した意図があったのではなくッ!ただうっかりしてただけというか!そういうことですからッ!」

 

その発言が既に何らかの意図を含んでいるようにとれることに、彼女は気がついているだろうか。どっちにしろ、僕はそういうことだと思っておく。

 

…ところで、さっきゴルシちゃんは僕のことを「恐ろしい」だのとのたまってくれたが、決してそんなことはない。

 

 

ただちょっと、デビュー前の可愛いウマ娘、すなわちデジたんのファンクラブを作りたいと考えていたり、いろいろと根回ししたあとルドルフ会長に掛け合ってデジたんに例の感謝祭でファンサしてもらえるよう考えているだけだ。

 

とりあえずファンクラブを形だけでも作ってしまえば、結果は後からついてくるだろう。これも、デジたんが己の尊さを自覚できるようにするための行いだ。

…これから忙しくなるな。




ゴルシちゃん号の最高速度は564km/hくらいでしょう。知らんけど。

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