タマモクロス……ッ!?!?
…ア゛ッ(ウマ娘ホーム画面右上を見やりながら)
ウマ娘の好物といえばにんじん。デジたんもその例に漏れず、にんじんを好んでいる。そして大飯食らいであるウマ娘の集うトレセン学園の食堂では、にんじんは基本的に尽きることがない。だから僕はこうして時々、にんじんを美味しそうに食むデジたん、という神秘的な光景を拝めているわけだが。
いつものように、彼女の前に腰掛ける。
「いいかい、デジたん。あの人は…”皇帝”は僕らの隙を突いてくる。油断している時に限って会心の一撃を叩き込んでくるんだ。気をつけた方がいい…」
「ハイ…?」
こちらが最も油断するタイミング、それこそ話がひと段落したときなんかは要注意だ。皇帝はその好機を逃さない。そして放たれるギャグに気づけなかった場合、待っているのはションボリルドルフだ。
…それを見ていると、可愛さと心苦しさ、気づけなかった悔しさが複雑に入り混じって頭がおかしくなりそうな、そんな気持ちになる。
「それと!これは皇帝こと会長に限らない話だけど…。生徒会は全員ものすごくイケメンだ!僕らみたいなオタクが直視すると、まず間違いなく目と心をやられる。対面してみて、それが実感として理解できた!」
「は、はぁ…?」
あの三人の色気は半端なものではない。皇帝、女帝、怪物。全員が紛れもなくアダルティな色香を纏っていた。まったく大人よりも大人らしく感じる。最近よく見かける大人がウチのトレーナーくらいなので尚更。
「…ハッ!対面するやいなや突如語り出すとかいう、あまりにも脈絡が無い動作のせいで一瞬理解が追いつきませんでしたが…!要するにオロールちゃん、生徒会の方々と会ったんですか?」
「まあね。会長と副会長方に、ちょっと用事があって」
…そういえば、トレセン学園は生徒会の権限がそれなりに強いな。自由な校風に加え、シンボリルドルフ会長の類稀なるカリスマ性や政治力がその状態を生み出しているのだろう。
「ほほう…!それは是非とも詳しく聞きたいところ…!どんなやりとりがあったのか、そのときの微細な表情の変化などをッ、お耳のてっぺんから尻尾の先までッ!詳しくッ!聞かせていただけますかッ!?」
「オッケー。それじゃまず…ン゛ムッ!?」
僕が語ろうとしたところ、背後から何者かによって開いた口の中ににんじんを一本まるごとぶち込まれた。
「…ほふひひゃん。ひひあひはひふふおは?」
「ここではリントの言葉で話せ」
「…んぐ。ゴルシちゃん、いきなり何すんのさ?」
僕の口に硬くて太いのを入れてくれた犯人はやはりゴルシちゃんである。まあ美味しかったからいいけど。
「そのにんじんもアタシへの借りにプラスしとけ。…例の件の分と一緒に早めに返して欲しいぜ、ったくよ」
「…例の件?お二人とも、何かあったんですか?」
「あぁ、その…ちょっと、いろいろあってね…」
デジたんに説明しなければならないことがどんどん増えていく。例の件というのは、ファン感謝祭に向けた僕の計画の一つなのだが、そこにゴルシちゃんが少し絡んでいるのだ。
僕が説明しようとした瞬間、またもやそれを遮るものがあった。
「おい!アレ見たかよ!?ファン感謝祭のイベント通知!もちろん俺は即エントリーしたぜ!ヘッ、もう俺の優勝は決まってるけど、お前らはどうすんだ?」
「ハッ、どうせアタシに負けるのがオチなのに、よくそんな自信満々でいられるわね?」
「あぁ!?スカーレット…!お前より俺の方が何百倍も強えってことを証明してやるよ!」
「フンッ、すぐ熱くなっちゃって…。いつまでたってもガキのまんまね、ウオッカ!」
ウチのチームのラブラブカップルが、痴話喧嘩をしながら僕らの側にやってきた。
「二人はもうエントリー済ませたんだ。…ちなみに聞くけど、デジたんは…」
「もちろんッ!うちわに書く文字なら5000通りほど考えてますッ!」
うん、そうだろうなとは思っていた。
「なんだ、デジタルは出ねーのかよ?」
「ハイ。ウマ娘ちゃんの走る姿を特等席で拝みたい気持ちはなくもないですが、少なくとも今のあたしにはやっぱりこっちの方が性に合ってるといいますか、そんな感じで…」
…やはり、今のデジたんにはまだ競走ウマ娘としての意識があまりないから、あくまでも観客としての立場でいようとしているようだ。
…さて、僕はデジたんがこういう反応をするだろうとあらかじめ予測していた。それはつまり、バッチリ対策を準備してきた、という意味である。
「…ふふふ、ね〜ぇっ、デジたん?僕は出た方が良いと思うけどなぁ〜…。僕、もしデジたんがエントリーしてくれるなら、いいものをあげようと思ってるんだけど…」
そしてここですかさず!必殺!上ァ目遣ァいッ!
…自分で言うのが若干恥ずかしくなくもないが、まあデジたんにはコレが効くだろう。僕はいつかデジたんをオトすつもりなので、その予行演習とでも考えておこう。
「ン゛ン゛ンーッン゛〜ッ!…なっ、なんですか…そっそそそんなモモモモノで釣ろうというのですか、このあたしをッ!?フ、フフッ…甘いですよオロールちゃん、いついかなる時もあたしのオタ活を阻むことのできるモノなど存在しな……」
うん。相変わらずイイ顔してくれるよ、デジたんは。
「…これなんだけどさ、どう?」
そう言って僕は彼女に一冊の本を手渡す。もちろん薄い。
「ッ!?コッ、コレはッ…ー〜ッ!この本はッ!?現在国内で公式ルートを使って入手することが不可能であるッ、あのッ!?アメリカのウマ娘イベント、UMAコンベンションでのみ限定販売されたッ!?実際に至近距離で眺めたとしか思えないほど精細に描かれた美しい芦毛の表現や、実際に体験しなければ描けないと言われるほどのリアルなストーリーがマニアの間で人気を博した傑作同人誌ッ!Tail’s tale…ッ!その全編和訳版が、今、他でもないあたしの手の中にッ…!?」
…説明しようとしたら、デジたんが全部言ってくれた。しかしとんでもなく早口だ。見るからに興奮している。可愛い。
「…さて、デジたん。ソレが欲しいのなら、やるべきことは分かってるよね?」
「なるほどなるほどなるほどそうですかそうですか…。ま、まあ確かに大分あたしの琴線に触れるモノではありましたね、ハイ、ええ大好物ですよこういうの…。…あの、ちなみになんですが、どうやって手に入れたんです?」
興味津々じゃないか。可愛い。
「実はね、なんと作者様本人から頂いたのさ。これについてはゴルシちゃんのおかげでもあるんだけどね」
「ゴルシさんが?どういうことで…ハッ、まさか作者様とお知り合いだったり…!?」
「…残念ながら、そのまさかだったんだよ。そのブツを描いたの、今は海外に行ってるアタシの元ルームメイトでよ…。『ゴルシちゃんに会えなくて寂しいからこんなもの作っちゃいました』とか言われたときのアタシの気持ちが分かるか?お前らにゃ分からねぇだろうな…。ハァ…前々からちょっとズレてるヤツだとは思ってたけどよ…、まさかここまでとは思ってもみなかったぜ…。ローマのカエサルもこんな気分だったのかもな…」
つまり、ゴルシちゃんにパイプ役をやってもらい貰い受けた、というわけである。余談だが、僕と同じ匂いのする作者様とはその後も連絡を取り合っている。
「さて、デジたん。改めて、君に質問をしよう。YESかNOかで答えられる簡単なやつだ。…エントリー、するよね?」
「…ッハイ、分かりましたとも。けどあたしなんかが出ても需要も何もへったくれもないですよ。…しかし!まあ、いいでしょう。実に公正な取引の結果、エントリーが決定したわけですから、しょうがありませんね、ハイ!」
…よし。
よし、よし、よし、よぉし!
こうなったらもう僕の勝ちだ!
今夜はデジたんの応援グッズでも作りまくろうか…。
「…ところでッ!オロールちゃん、あなたはエントリーするんですかッ?」
「へ?僕?いや、別にする意味もないし…」
確かに、この企画を生徒会に持ち込んだのは僕だが、しかしそれはデジたんのファンを増やそうという目的のもと動いたのであって、自分が表舞台に立とうと思ってやったわけじゃあない。
「あら、しないの?…別にそこに大した意味を求めなくていいじゃないの、というか出たらどう?アンタ以外のスピカメンバーが出るんだから」
「え、いやあ、僕は応援する側に回ろうかと…」
デジたんにエントリーを頼んでおいて自分が出ないのは虫が良すぎるって?やかましい、僕はデジたんを推し、愛するのみだ。
「…おいデジタル、ちょっとこっちこい、耳貸せよ」
「ゴルシさん?何ですか…。ウ゛ォウオ゛ッ…イケボASMRゥ…ッ!」
ゴルシちゃんがデジたんにこそこそと囁いている。一体何を話しているのか。
しばらくしないうちに、デジたんが顔を赤らめながらひとつ頷き、おもむろに僕の方へ向かってきた。
それから、何やら僕に上目遣いを…
「…アノ、オロールチャン。アナタもエントリーしてくれたら、デジたん、トッテモッ!ウレ、シイ、ナー…なんて…あは、は…」
「よし!一緒に頑張ろうねデジたんっ!」
◆
夕暮れ時。エントランスホールに置かれた小箱に、書類が二枚投函される。
「えと、これでエントリーできた…ってことでいいんですよね?」
「うん。未デビューウマ娘の模擬レース…勝者はライブでセンターに立てる、ってわけだね。それと、今年は未デビューウマ娘が店頭で売り子をしながら自分を”売る”…要は宣伝だね。それを積極的にやっていい、てことらしいよ」
私がやる、などと言ってのけたブライアンさんだが、実際彼女の仕事ぶりは素晴らしかった。手伝いに行ったときに何度も会ってその度に思ったのだが、クールな顔立ちに彼女が元々持っている一匹狼的な雰囲気も相まって、まさにデキる女、といった感じだった。とまあそんなブライアンさんのおかげで、今や多くのウマ娘がこのイベントを楽しみにしている。
「なんだかんだいって、ファン感謝祭ももうすぐだね。で、僕らは模擬レースに出るわけだけど…」
「…はい。他のウマ娘ちゃんたちと、一着を争ってターフを駆ける。一着という、たった一つの椅子に座るために。…なんでしょうね。でもやっぱり、いざとなると。それが思っていたより楽しみ、というか」
「…デジたん」
やっぱり、君もそうだよな。
結局、僕らは走ることが好きで好きでたまらない。
そして、一度燃え上がった闘争心を消す術もない。
「…オロールちゃん」
「…うん、デジたん」
「はい。あたし、例えあなたと同じレースに出場することになっても…いえ、そうなったら尚更ッ!全力で取り組む所存でございますのでッ!」
…。
デジたんのこんな顔は初めて見た、かもしれない。
これは、この目は。
紛れもない、勝ちを狙う目だ。
「デジたん。僕も…まあ、実をいうとさ。こうなった場合、僕は手を抜くだとか、そういうことはしたくない、っていうか。だから、できればエントリーせずに済めば…いや、やっぱなんでもない。お互い、頑張ろうね」
「ハイ。…それで、その。あ、ありがとうございますっ!」
「…ほえ?」
いきなり僕に深く頭を下げるデジたん。当然心当たりはないので、僕は唖然としながら、深くお辞儀したせいでほんの数ミリ露わになっている彼女のうなじをひっそりと楽しむことしかできなかった。
「…あたしも、やっぱりできれば観客側でいたい、といいますか!あくまで一般オタクとしての一線を極力超えないようにしたいといいますか!そういう思いがあったわけですよ。でも…!」
彼女に手を握られる。そこからじんわりと熱が伝わってくる。
…このパターンは珍しい、いつもは僕の方からアプローチしているというのに。今日はデジたんの方から来るとは。
「オロールちゃん。あなたがいたから、あたしはエントリーせざるをえなくなりました。そしてそのおかげで、あたしの中で一つ、整理できなかった気持ちが整理できたんです。…そして、あなたがいるから!多分、頑張ろうと思えるんです、あたしは」
「…っ」
デジたんはずっと僕から目を逸らさない。そして、僕もまた彼女から目が離せなかった。
…にしても、こういうセリフを言われるのはさすがに照れる。いや、誰でもそうだと思う。
「あたしは、一匹のオタクとして、また競走ウマ娘として。っそれ以上に!あなたの…友人として、それにふさわしい走りをしたいと思います!」
「…あ、う、うん。あの…さ。こう、どうして君は、そんなエモ恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく口から出せるわけ?」
聞かされるこっちでさえ顔がなんだか熱いのに、デジたんの顔色はまるで変わらない。
「…あの、なんというか。こういうのって、やっぱり言葉にして相手様に伝えるべきかな、と思いまして!それに、あたしは昔から性格や趣味がこんな感じだったので、小学校では共通の趣味を持つ親しい友人と言える人はおらず…。ですので、あたしの初めてのオロールちゃんにはしっかり言うべきかなー…と」
「…う゛ぅ゛っ…うあああ゛…」
「うえぇ!?なんで突然泣いてるんですっ!?」
「デジた゛ん゛がい゛い子ずき゛てつ゛らい…!」
「ちょちょちょっと!?はなっ、鼻水が…!あの、せめてもう少し人目のないところに…!」
ありがとうデジたん。ありがとう。
君のおかげで僕は今日も生きられる。
しばらくして、デジたんと共に人気のない廊下に着く頃には、さすがに僕も落ち着きを取り戻していた。
「…ところでデジたん。さっきはなかなかイイことを言ってたよね。…で、これは僕の個人的な考えなのかもしれないんだけど、僕らみたいな年頃のおにゃのこが繰り広げるエモ展開ってのは、最後には結局お互い抱きしめ合ったりして終わると思うんだよ」
前言撤回。デジたんに関してでいえば、僕は常々落ち着きなどない。
「ハイッ?抱きし…ッ!?いえ、なるほどなるほどそうですか、しかし待ってくださいあたし心の準備が…!」
「…うん、いつまでも待つよ」
にしても、デジたんはやっぱり照れ顔が似合う。
…その夜、僕はとっても幸せな気持ちで寝た。
クリスマスにこんなん書いてる時点でいろいろと察してもらえると助かります。
デジたんはきっと幼いころ、サンタさんにオタグッズをお願いしたんだ…。ウマ娘見て涎垂らすロリデジの破壊力よ…