「…マジで?お前ら、マジかよ?そいつぁさすがにキモすぎだろ…あ、良い意味で」
「しょうがないじゃん。僕とデジたん、それにウオッカとスカーレット。ここにいる皆、全力で走った結果がこれなんだからさ」
僕もデジたんも、無事にレースを走り終えることができた。とはいえ、僕はもうライブステージに立つ気力もあるかどうか怪しいところだ。ウマ娘として生きてきて早十三年とちょっと、こんなに疲れたのは初めてかもしれない。
「俺はまだ納得してねーよ。絶対に俺のが速かった!」
「は?アタシがアンタに負けたとでもいうの?ありえないわっ!速かったのはアタシ!」
ひとまずスピカの皆が待つ観客席へと戻り、残りのレースを観戦する。ダート戦が二回行われ…もちろん一着は一人だけだった。
「あ、そろそろ控え室に行きますか。このあとはすぐライブです。…ハッ!いつもは観客席という場所から、一枚の層で隔てられるように眺めていたウマ娘ちゃんたちが…!今日は超超超至近距離でダイレクトウォッチングできるッ!?ふおおぉぉっ!!」
「…ねえ、ところでウイニングライブは一体どうなるのかしら?確か全レースの掲示板ウマ娘が踊るって聞いたけど」
ふと、スカーレットが疑問を口にする。
「あ、たしかにそうだね。…過去のライブ映像なら何度か見たことはあるけど、同着のは見てないや。それに僕、同着だった場合の振り付けなんてのは知らないな」
「まあ、滅多にあることじゃねえし…ライブが始まる前に誰かが何かしら教えてくれるだろ。多分」
G1レースでも同着になった事例はある、という話自体は聞いたことがあるが、その資料映像は残念ながらまだ見たことがない。
五人で首をひねっていると、見覚えのある姿がこちらに向かってきた。
「おーい!お前ら!お疲れさん!…ったくよ!揃いも揃って、どんだけ面白いことしてくれやがるんだ!」
いい笑顔で走り寄ってきたのは我らがトレピッピ。またの名をトレーナーさん。
「トレーナーさん。ちょうど聞きたいことがあったんです。…このあとのライブで、僕らはどう動けばいいんですか?」
「おう、俺もそのことで来たんだ。…んで、結論から言うと、お前ら四人とも普通にセンターの振り付けを踊ることになる」
ふむ。なんとなく予想はしていたが、やはりそんなところか。続いてデジたんが口を開く。
「あの、配置に何か特殊な変更点などはあるんでしょうか?」
「ああ。詳しくは今から説明する。まず配置についてだが、スマホの画面を見てくれ。…ここだ。こんな感じに、一着のウマ娘六人が並ぶ」
見てみると、単に横一列に並ぶだけのようだ。ステージに向かって左側、下手の方からウオッカ、スカーレット、僕、デジたん、ダート戦の勝者二人、といった順番だ。シンプルでいい。
「曲は変わらない。ただちょっとステージが狭くなるだけだ。まあ、頑張れよ!」
「……ほっ」
「……ふぅ」
誰がどう見ても分かるほど、一気に安心した様子のウオッカとスカーレット。たしかに、もし曲や振り付けが丸々変わってしまった場合、彼女たちは間違いなくライブで恥をかくだろう。そりゃあ安心もする。
「おうトレーナー。命拾いしたな。もし曲やら振り付けやらが変わってたらお前今ごろ生きてねーぞ?」
「…ん?どういう意味だよ、ゴルシ?」
「…アンタがトレーニングメニューにダンスを組み込まないから、こっちは危うくライブで踊れないとこだったのよ。幸いオロールに振り付けを教えてもらったからなんとかなったけど。そりゃ、自主練をしてなかったアタシたちにも責任はあるわ。けどアンタがトレーナーである以上、主な責任はアンタにあるはずよね?」
「お…おお…。あぁ、いや、うん。そうだな…」
いい歳した大人が中学生に言い負かされてやんの。まあ彼も思い当たることはたくさんあるだろうから、その反応も当然である。
「いやぁ…ははっ、その、だな。歌やダンスを教えたいのはやまやまなんだが、…実は俺、ちょっと苦手なもんでよ…」
「そこをなんとかしてこそのトレーナーじゃね?」
「う゛っ…」
ゴルシちゃんのかいしんのいちげき!トレーナーのライフはもうゼロだ!
「…いや、しかしどうしようか…あ、スカーレット。お前さっき、オロールに振り付けを教わったとか言ったな?」
「ええ、そうよ」
「なら、オロール。お前がチームの皆にダンスを教えて……」
「断固拒否します」
「即答かよ!?」
僕がそのポジションについてしまうのはよろしくない。
理由は単純。そうなってしまうと、トウカイテイオーがスピカに加入しなくなる可能性があるから。
「ただし!拒否したからには代替案を提示させていただきますっ!トレーナーさん、単純に誰かパフォーマンスの得意なウマ娘をスカウトすればいいんですよ!ウマ娘の才能を見抜くのはあなたの得意分野でしょう?」
「…ふっ。ま、まあ確かに、俺の目はそれなりに鋭い方ではある」
おだてられて照れるオッサンは需要が少ないぞ。僕は割と嫌いではないけど。
「ええ、そうですよ。…それに、ねえデジたん。君だって新メンバーは大歓迎でしょ?」
「…って、それが意味するのは…つまりッ!?新たなる尊みの誕生ッ!それを毎日拝めるとなればッ!ええ、ええ!文句ひとつありません、むしろ神!GOD!」
「というわけですトレーナーさん。手間は少しかかりますが、今回のライブはそれと関係なく凌げるので、別に急ぎの件というわけでもないです。いいでしょう?」
「…ああ、そうだな。オハナさんには負けていられないからな。チームの戦力強化も兼ねてそうするよ」
これでテイオーがスピカにスカウトされるだろうか。まだ確定したわけじゃないし、今度それとなく聞いてみよう。
「っと、いつの間にか話が逸れてたな。とにかく、まずは目の前のライブだ。…お前ら、頑張れよ!」
そう言って立ち去ろうとするトレーナーさんの肩を、僕はわりかし強めに引っ張った。
「あだだだだだッ!?」
「ちょっと待ってくださいトレーナーさん。まだお話ししたいことが残ってました」
「何っ…聞く、聞くから!離してくれえっ…!」
「トレーナーさん。ウナギの旬は本来秋から冬にかけてだそうで。養殖ウナギは夏の土用の丑の日によく出回りますが、天然ウナギが一番美味しいのはちょうど今ごろだそうですよ」
「おおー、ウナギか。いいよなぁ、アタシは蒲焼きも白焼きも好きだぜ。ほどよいカロリー、豊富な栄養素、美容にも効果アリ。うん、考えただけで垂涎必須だな」
さすがゴルシちゃん、こういうときにノリがいい。
「…お、おい?ウナギ…?突然何を…」
「ねえ。ところで皆、ウナギは食べれる?」
「俺はケッコー好きだぜ。…フッ、酒に合う食い物ってのは基本的に何でも美味いもんだ」
「アンタ飲んだことないでしょ、まったく…。ちなみに、アタシも嫌いじゃないわよ」
白焼きをワサビ醤油でいただきながら、ポン酒っぽくただの水をグイッと呷るウオッカを想像してしまった。割と似合って…いや、どうだろう。
「デジたんは?」
「あたしは…まあ、どちらかといえば好きですケド」
よし、これで全員分の確認はとれた。
「てことでトレーナーさん。よろしくお願いしますね」
「…はッ!?おッ、お前まさかまた俺に…ッ!?」
「ええ。とはいえ、天然ウナギというのは近年数を減らしていますし、味の当たり外れも大きいです。それに、必要エネルギーの多い種族、すなわちウマ娘である僕的には、脂がこってり乗った養殖モノの方が好ましいですので。そこは安心してくださいね!」
「…オイ待てッ!?俺なんかお前に恨み買われるようなことしたかよォッ!?」
「いえ。せっかくレースに出場したチームメンバー全員が一着になったわけですから、それ相応のお祝いが必要だと思いまして。あとライブの練習サボってた分と、遠くない未来にあなたに痴漢されるであろう将来有望なウマ娘の分も含めてます」
「…わーった、わーったよ!店とっといてやる!晩までにしっかり腹空かせとけよ?」
なんだかんだ言っても、結局は漢気を見せてくれるのがうちのトレーナーさんである。僕は彼のそういうところが好きだ。
「はぁ…後で金下ろしに行かねえとな」
…さて、そろそろステージに行くか。
◆
打てばカンと澄んだ音が響きそうな秋の空の下。人の多さにそぐわない奇妙な静寂さえもが、その瞬間を今か今かと待ちわびている、そんな雰囲気が漂っている。
「wow wow wow wow…♪」
沸き立つ会場。その中で、自分の心臓の音がやけにはっきりと聞こえた。
「やっとみんな会えたね〜〜…♪」
ライブが、始まる。
…今までにない経験だ。こんなに大勢の前で歌って踊るなんて。心臓の高鳴りは止む様子を見せない。一体何がそれをもたらしているのだ?原因は僕の中で渦巻く感情…緊張、不安。…いや、興奮?
そうだ、僕の心は未だかつてないほどに、興奮の坩堝と化している。今、はっきりと分かった。
理由は明白。答えは僕の視線の先にある。
「Don’t stop! No,don’t stop ’til finish!」
…いや、これじゃない。まだだ。
「wo oh oh〜…♪」
…………。
可愛えええええぇぇ!!!
「たかたったっ 全力走りたい〜♪芝と 砂と キミの 追い切りメニュー〜…♪」
…デジたん、デジたん、デジたん!
最高すぎる!なんなんだよ、一体どこまで僕を狂わせたら気が済むんだよ!ああああああああ!!
…おっと、少々限界化が過ぎたようだ。まあ心の中で済ませたし、咎める者はいないので問題はなし。
「wo oh oh〜…♪」
僕がデジたんの何に対して限界化したかといえば、そりゃあ彼女の美声に対してだ。決まっている。
…それも、メインの歌詞じゃなく、合いの手。
ウォーオーオオーみたいなとことか、そのへん。
…まずい、尊みで語彙力が飛んでいく。
ライブに観客として通い詰めた彼女の合いの手は、それはもう洗練された宝石のような声だ。会場にいる人々が一体となって楽しめる合いの手。場数を踏んだ彼女のソレは、今会場に鳴り響く音のどれよりもひときわ輝いて聞こえる。それにもともとデジたんは歌が上手いし、特に歌詞表記にてカッコの中に括られるような部分に関しては、彼女の右に出るものはいないだろう。
「たかたったっ 全力上がりタイム♪ゆずれない夢の途中〜…♪」
もちろん僕だってただデジたんを眺めているだけじゃない。声を張り、見栄えのいい動きができるよう努力しながら、そしてあわよくば、デジたんがズッコケたりして、僕がそれを支えに飛び出すとかいう展開が起こったりしないかと期待しながらライブに臨んでいる。
「始めよう ここから最高 story〜…♪」
ライブを完璧にこなしてこその一流。
そう言われるほど、競走ウマ娘にとってウイニングライブとは大きな意味を持つ。
この世界に馬券などという概念は存在しない。であれば、ファンがわざわざレース場まで足を運ぶ理由は、僕らウマ娘の走りとウイニングライブに魅了されているからに他ならない。
デジたんはそのことを誰よりも理解している。おそらくは最もファンに寄り添えるウマ娘だ。そんな彼女のパフォーマンスには、彼女自身がウマ娘ファンであるからこそ理解できる、ファンの、ファンによる、ファンのためのファンサが組み込まれている。さらには、彼女のウマ娘に対するひたむきな感情や真摯な想いに基づいた、…神々しさとしか表現できない眩しさが、ステージを豊かに彩っている。
「キーミーとー…♪走り競いゴール目指しっ♪遥か響け届けmusic♪」
歌とは、想いを乗せる場所である。
「ずっと ずっと ずっと ずっと 想い♪夢がきっと 叶うなら♪」
僕にだって伝えたい想いはある。
「あの日キミに感じた〜っ♪何かを信じて〜…♪」
歌っているだけで、僕の想いが空気に溶けていく。
「春も夏も秋も冬も超え♪願い焦がれ走れ〜…♪」
「Ah♪勝利へ〜ーっ♪」
家族、友人、ライバル、トレーナーさん、ファン、そういった僕ら競走ウマ娘を支えてくれる人たちへの想いが込められた歌なのだろう。
なのだけども。
僕のアイデンティティとも言える、どうしようもなく大きくなり続ける想いが。
僕にとって最も大切な想いが、この歌に表れているとさえ感じる。
「Don’t stop! No,don’t stop ’til finish!」
…伝えたい相手は、まだ僕の隣に。
◆
「…まって。まじでやばい。しぬかもしれない」
「お、どうした。この世の終わりみてえな顔になってんぞ」
場所は変わって府中某所のウナギ屋、スピカ全員が揃ったその場所で、僕は深刻な危機を迎えていた。
「おい、どうしたってんだよオロール。レースは一着、お前のおかげでライブもめちゃくちゃ上手くいった。運転しないで済むなら今すぐ一杯やりたいくらいだぜ、俺は。それなのに、一体どうしてそんな重い顔するんだ」
「ふ…ふへ、ふへへへ…」
「あ、トレーナー。コイツもうダメだ。完全にイッちまった」
あぁ、もうそろそろ夢と現実の区別がつかなくなってきた。とりあえずデジたんが美味しいことは分かる。それは確かだ。
「…ホントにどうしたのよ。ライブが終わったあとから少し疲れた様子だったけど、いよいよヤバくなってきたわね」
「…お、思ってたよりも…。ちゅかれたんだ。すごく。あ、デジたん…。デジたぁん…!」
「うひゃおぅわっ!?ちょっ!?ちょちょちょ、急に抱きつかないでぇ…!?」
うん、やはりデジたんと山椒の相性はバツグン…。
いや待て、僕は一体何を考えてる。
「ハッ!…危ない、デジタニウムを摂取しなければ向こうに旅立つところだった…!」
「お、ようやくいつものイカれ方に戻ったか」
「ゴルシちゃん、それだと僕がいつもイカれてるみたいになるじゃないか。僕がおかしくなるのはデジたん絡みのときだけ…いや、結局いつものことか」
「せやな」
…なんだか返事が適当だな、ゴルシちゃん。
「まあ、その。レースとライブって…思ったより疲れるんだねー、というわけでして。ハイ」
「…にしたって、そんなになるほどか?俺らもお前と同じくレースとライブをやったけど、まだピンピンしてるぜ。へへっ、お前もしかしてトレーニングサボってたんじゃねーの?」
…うーん、言われてみるとそうだ。
なぜ僕だけがこれほどの疲労と眠気に襲われているのか。他の皆とほとんど同じ運動量だったはずなのに。
「もしかして、変な頭の使い方したからかなぁ…?」
「…どういうことです?」
僕の一言に疑問を抱くデジたん。ちなみにまだ僕は彼女を抱いたままである。
「なんていうのかな、上手く説明はできないけど、レース中の思考方法に問題があったんだと思う。まあ、原因は察しがついたし、対策もできそうだから。大丈夫だよ」
あくまでも想像だが、それなりに辻褄が合う仮説が立った。
僕はレース中、作戦の立案やコースやライバルの状況把握などを、脳ではなくウマソウルで実行した。そして、脳の全領域を身体の制御に使った、とでも言えばいいか。なにしろ感覚的な話なのでうまい言い方が思いつかない。
とにかく、そのようにして生物的に不自然な活動を強いられた僕の脳に疲労が蓄積し、今に至った可能性がある。さっきから頭も少し痛いし。
「…大丈夫ですか?無理はしないでくださいね?」
ああ可愛い、何この子。天使?
…あ、頭痛が和らいだ。
…そういえば、ライブ中はまったく疲れを感じなかった。きっとデジたんのエモい歌とダンスのおかげだろう。そして今も、彼女の優しさに触れた瞬間、一気に気分が良くなった。
…あれ?つまりデジたんは万能薬では?
「ハァ…!最高…ッ!デジたんはそのうち癌にも効くようになる…!愛してるよ…!」
「…あ、あの!そろそろ…離していただけると…。その、照れくさいといいますか…」
いやいや、その照れ顔が出た以上、ここで離してしまうのは実にもったいないというものだ。
「…トレーナー殿や。アタシが思うに、ピンクの方はオープンなオタクだから、まだ行動が分かりやすい。しかしよ、黒い方は見た目通りのダークホース、何をするか分からねえ。だからアタシはもう考えるのをやめたよ…。お、ここのウナギ美味えなぁ…」
「美味いだろ。ちょっとしたツテがあってな。だからこうやって当日予約で六人入れたんだ。少しゃ俺のこと褒めてもいいんだぜ?」
「いよっ、さすがトレーナー、日本一!」
うーん、しかしデジたんの効果が凄まじい。体の不調が治るどころか、むしろどんどんエネルギーが溜まっていくようだ。このままずっと寝るまで抱きしめていたい…。
あ、そうだ。もういっそ今度部屋にお邪魔してしまえばいいんだ。デジたんのルームメイトのタキオンさんは、そういうところに関しては寛容だろう。むしろ実験体が増えた、なんて言って喜ぶかも。
…なぜ僕は今までこの発想に至らなかったんだ。よし、早速聞いてみよう。
「…ねえデジたん。今晩君のベッドにお邪魔したいんだけどさ」
「ふぇえっ!?なっ、なななな何をッ!?そういうのはNGですよ!?風紀の乱れが激しすぎますッ!?」
「…ん、何が?僕はただ純粋に、君の部屋で一緒に寝たいとだけ言ったんだけど。風紀の乱れっていうのは…?」
「あ、いやッ!それはですねぇ…!ちょっと、知識の偏りといいますか…」
「ふうん…。なるほどねぇ…。そっか、それで結局どうなの?僕がお邪魔するのはOK?」
「えっ、あっ、ハイ。えと、構いませんよ…タキオンさんにはあたしから話しておきますので」
よっしゃあ!キタコレ!
僕の勝ちだ、もう何も怖くない!
「…あ、ちなみに。僕はデジたんさえOKならいつでもそういうコトができるよ」
「…ノットOKでお願いしますよ!?」
おや、断られたか。しかしこの程度で僕は立ち止まらない。今までも、これからも。
もう疲労なんてものは吹き飛んだ。全てデジたんのおかげといっても過言ではない。このあとを楽しみにさせてもらおう。
…今日は最高の日だな、本当に。
ウナギは最近食べておいしかったので書きましたのよ(IQ2)
デジたんセラピーは不治の病にも効果があります。なので皆さんはデジたんをすこりましょう。