「ほお、ほお…。ふぅン…なるほどねぇ。つまり君らは今夜同衾を…」
「ストォォォッップッ!!タキオンさぁん!?言葉を選んでくださぁいッ!?」
「おや?何かいけなかったかい?私はただ、仲睦まじい二人が共に同じ寝床につくことを端的に表せる言葉といえばこれだろうと思っただけなのだが…」
すまなかったねぇ、と言いつつ、どう見てもそんなことをカケラも考えていない顔で肩をすくめるタキオンさん。
「…いいですか、再三言っておきますが、今から始まるのは別になんてことない、ただ同好の士として親睦を深めるだけのイベントです。それ以外の何物でもありません」
寮に戻ってくるまでに、彼女は同じ話を6回した。何がそんなに心配なのだろう、僕には全くワカラン。
「ちなみに私も今夜ここで寝る。ラボで寝ても構わないとは言ったのだが、デジタル君の方から部屋に残るよう、先程電話した際に頼まれてね。それはそれで面白そうだからいいのだけれども」
「ふふふ、タキオンさんがいれば、あなただって妙な真似はしないでしょう?」
ちょっと勝ち誇った顔をするんじゃあない。可愛すぎるから。
「僕が妙な考えを抱いていると決めつけるのはやめてくれよ。確かに日頃の行いからするとアレだし、実際に考えてはいるんだけど、君にそうズバッと言われるとさすがに…」
「考えてるじゃないですかぁ!?しかもよくそんな堂々と言えますねッ!?…やっぱりタキオンさんに居てもらって正解でした!」
…件のウマ娘タキオンさんだが、さっきからずっと不穏なニヤニヤを浮かべている。彼女の考えは読めないが、少なくともデジたんの思惑通りに事が運ばれることはない。確実に。
「君たちは本当に仲が良い。実に興味深い、この際行くとこまで行ってもらっても構わない…いや、というかイってくれ。ヒトとウマ娘の深い絆についてはこれまでも何度か研究テーマにしてきたが、ウマ娘同士の絆というのはなかなか調べる機会がなかった。それもここまでズブズブなものは滅多に見ないからねぇ、ククク。うん、そうだ。私特製のオクスリも使いたかったら使っていい。いや使いたまえ!そして是非その効果を私に見せてくれ!」
おおっと、デジたんの思惑どころか僕の想像すら軽々と飛び越えてとんでもないことを言い出した。そして、タキオンさんは研究のこととなると非常に饒舌になる。リロード不要の機関銃の如く単語を連発してきたが、内容が随分とマッドな気がするのは気のせいだろうか?
「はッ…!?早口でスゴく恐ろしいことをおっしゃってませんでしたか!?で、ですから、今夜はそういうことをする予定じゃありませんって!?」
ほう、デジたん。その言い方は、今夜以外ならば受け入れる用意ができている、ともとれる言い方じゃないか?
うん、そういうことにしておこう。今度、一度放った言葉は簡単には取り消せないということを彼女に教えてあげるとするか。
「ところでデジたん。今のタキオンさんの話からするに、この部屋の勢力図を簡潔にまとめると…。まあ、二対一になると思うんだ」
「…ファッ!?」
そう。何はともあれ、なぜかタキオンさんがソッチ方面の展開に積極的なのだ。つまりこの場にデジたんの味方はいない。
「ククク、デジタル君。君もさっき電話口で言ってたろう、今宵の夕餉はウナギだったそうじゃないか。食べると精力がつく、なんて俗説もある。…まあ主に男性に関しての話だし、オロール君の場合はそれとは特に関係なさそうだが」
ちなみに僕の場合、未だに健在である心の中のブツが熱くみなぎっている。
「さあ観念しろデジたん!安心しなよ、年齢制限に引っかかるような行いはしないから!」
タキオンさんもいることだし、さすがにラインを越えることはしない。が、とりあえずデジタニウムは存分に摂取させていただこう。
「あ…あの…とりあえず、お、お手柔らかにぃ…?」
「…か゜はッ!?」
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
なんだこの生き物は、可愛いの権化か?肺の中の空気が全て外に押し出され、代わりに尊みを思いっきりぶち込まれた。
ベッドに腰掛け、赤い頬を僕に向ける彼女。少し混乱している様子だが、それ以上にこっちが混乱している。
「ひ、ひとまずっ!まだ夜も長いですし!オタクとしての禊を済ませてしまいましょうッ!」
「え…、あ、ああ。んふふふ…まさかデジたんの方からその気になってくれるとは…!うん、どうせなら一緒にお風呂…」
「ちちち違いますからッ!?そういう意味じゃありませんよ!?」
なんだ、禊と言うから僕はてっきり文字通り身を清めるのかと思ったのだが、違うのか。そして、こんな月の綺麗な夜にそのようなことを言うのは、すなわち裏の意味を仄めかしているのだと思ったが、違うのか。
「…あなたも、常日頃からウマ娘ちゃんのために己が身全てを捧げる覚悟で暮らしているでしょう。ならば、その捧げる身を清めない、などということはあってはならないのです!」
「つまり、デジたんは僕の身体が欲しいってこと?…ふ、ふふ…君がそんなに積極的だとは思ってなかったよ。でも、それが君の望みなら僕は何も言わないよ、むしろ喜んで受け入れ…」
「ハイ、ハイッ!あたしの言い方が悪かったですッ!すみませんでしたッ!単刀直入に言いますとッ!その、レッツ•お部屋•DE•推し活、的な…」
「…………」
……。
「…な、なんですか、その目は。そんな視線をあたしに向けたって何の意味もありませんからね!」
…めちゃくちゃ期待してた。
普段僕から仕掛けてもいまいち受け流されてしまうものだから、先程デジたんが意味深なことを言った時には、ようやく僕の想いが届いたのか、と思ってすごくドキドキした。
このまま永遠に見つめていても色褪せることのない美しさを持つ彼女に、僕は一歩、また一歩と近づいていく。
ガチ恋距離までノンストップ。それから、ほんのり温かいデジたんの頬に手をかける。
「デジたん。分かってると思うけど、僕は君が欲しい。欲しいのは君の全てだ。その身体、心、何もかもが僕のものになったらいいのにっていつも考えてる。…だからこそ、ムリヤリ君を襲ったりするより、君自身が僕を望んでくれる状況を作り出したい。つまり、君の心から手に入れたい」
重要なのはデジたんの意志、ということだ。
「ハ、ハイ…?」
「だからさっき君が思わせぶりなセリフを言った時、僕は…僕は、それはもうものすっごく興奮したわけだよ。誘いをOKされるどころか、君の方から来たんだと思ったから」
「あ、えと…」
「だけどそれは僕の早とちりだった。…ま、だからといって何かするわけじゃない。ただ、今の話を改めて伝えておきたかったんだよね」
「ゅぅっ…!」
手のひらがジンジンと熱くなってくる。
あっすごいコレ。生きててよかった。
…パトスが抑えきれない、このまま触っていると確実に何か新しい世界が見えてくる。
「…ふむ、私はすっかり蚊帳の外だね。まあいい、実に面白いものが見れた。相変わらず君らが何を考えているのかが全く分からないよ」
「あ、タキオンさんもどうです?ほら、デジたんのほっぺた。とっても柔らかいですよ」
この感触は人をダメにする。魔性の頬だ。
「おお…少し興味は湧くが、これ以上やると彼女が昇天してしまうだろうからね、遠慮しておくよ」
デジたんの方に向き直れば、そこには物言わぬギリシャ彫刻と見紛うほどの美しさの権化。
…キレイな顔してるな。
ウソみたいだろ、死んでるんだぜ、それで。
…しかし、ホントにキレイだ。
「…ッハぁ!?あたしの身に何かしら尊厳の危機が迫っているような気が…!」
例のごとく素早い復活。ところで、尊厳の危機とは一体何のことだろうか。
「ととと、とにかく!今するべきことはオタクムーブメント!せっかくですので、あたしのコレクションを我が同志に自慢させていただきたいわけです!」
「コレクション、ね。ちなみに僕は君の私物なら何であろうと見ただけで興奮できるよ」
「それはよかったですネ!で、早速見せたいものが…あるぇ?どこにしまったんだ過去のあたしよ…!あ、少々お待ちくださいっ!すぐ見つかるので!」
そう言って彼女は机の引き出しやら何かの箱やらを漁り始め、揺れる尻尾をこちらに向ける。
…ん?ちょっと待て。
今、なんだか軽々とあしらわれたような…。
僕はこれまで何度もデジたんに愛を伝えてきたが、毎回何かしらのリアクションが返ってきたはずだ。
「けっこうパンチの効いたセリフを吐いたつもりだけど、反応が薄いな…」
僕が考え込む素振りを十分に見せぬうちに、横からズイッとタキオンさんがやってきて、視界を埋め尽くした。
「ふむ。私なりの推測だがね。彼女はきっと今まで以上に君に心を開いているのだと思う。軽口を叩き合う仲…の亜種、といったところか。オロール君の愛の告白を受け流せる程度には、彼女は君のことを信頼しているのだよ」
「…なるほど、もしそうなら、それ自体は喜ばしいことだ。けれど…!同時にデジたんの照れ顔を拝む難易度が上昇してしまった…!」
タキオンさんと学術的な話を展開していると、ピンクのしっぽがピンと伸び、それからデジたんは溢れるような笑顔で振り返ってきた。
「ありました!これこれ、これですよっ!」
「それは…髪飾り?」
見たところ、彼女が今つけているものとあまり変わらないデザインだ。
「…はい、この髪飾りはいわばあたしのルーツとも言える物。ウマ娘ちゃんへの愛をより確固たるものにした物なのです」
「…お、もしや回想入るパターン?」
「あれからもう十年ほど経つのでしょうか…。今でも鮮明に覚えています。当時、既にオタクとしての片鱗を見せていたあたしは、街を歩く度に通りゆくウマ娘のお姉様方に目を奪われていました。するとある時、そんなあたしの視線に気づいたのか、一人のウマ娘様があたしに声をかけました。しかし幼いデジたんは、彼女の美しい漆黒の髪に心奪われ、返事も出来ずにそのお御髪に魅入っていました」
…なるほど、デジたんらしいな。
「すると、その方に勘違いさせてしまったようで。もしかして、これが気になるの?と言って、つけていた髪飾りを指差しました。あたしがウンともスンとも言えずに、ただ呆然と眺めていると…!それから起こったのは、実に、実に神秘的な出来事でした。…ゆっくりと解かれた彼女の髪は宙に舞い、それからより一層その艶やかな輝きを強めました。髪飾りを受け取ったあたしはなんとか感謝の言葉を捻り出しました。すると彼女はただ笑って、あたしの頭を一撫でしてから街の人混みに紛れていったのです…」
「…何そのなんか伏線みたいな出来事。めちゃくちゃエモいじゃん、もはやデジたんが主人公だよ」
絶対後でもう一回登場するヤツだよその髪飾り。まあ真面目に考えると、ここは漫画やアニメの世界じゃないし、そんな偶然は起こり得ないだろうが。
「伏線…なかなか言えてますね。まあ、そんな感じで。その出来事はあたしのウマ娘ちゃんへの愛をより強め、今でも忘れられない思い出となったのです」
その髪飾りを今も保管しているあたりが、僕が彼女を愛する理由だ。美しい見た目、健脚だけでなく、そういった心の面など、全てが僕を魅了してやまない。
「…あ、そういえばあたし、今までオロールちゃんの昔の話はあまり聞いたことがありませんでしたね。…よければ、聞かせてもらいたいのですが。いえ、聞かせるのです!あたしも話しましたし!」
「…ま、いいけど。面白い話は…けっこうあるかも。あれ、そういえば僕、まともな幼少期を送ってない…?」
学校での出来事より、山で野生動物に出くわしたときの話の方が断然にストックが多い気がする。というか確実にそうだ。
「なかなか楽しそうな話じゃないか。…欲を言えば、私特製のおクスリを使ってほしかったのだがね。君らには必要なさそうだ」
タキオンさんがそんなことを言う。
「必要になったら言いますよ。まだまだ夜は続きますし、もしかしたら…」
「絶対にやめてくださいッ!?」
うん、やっぱりいいリアクションだ。
…長い夜だな。
◆
「…つまり、思いっきり熊に蹴りをぶち込んで事なきを得たと…?」
「うん。カポエイラを学んでいなければ即死だった…」
ウマ娘に備わった強い脚を生かせる武術の動きはいくつか体得している。この体は割と無茶な動きも問題なくこなせるものだから、厨二心をくすぐられて、ついいろいろと覚えてしまったのだ。
「キノコ狩りに来た山ではしゃいだところ、よりによって母親の熊に衝突、穏便に済ませられないと判断してからの行動がまさかのアゴ蹴りとは…。当時はまだせいぜい六、七歳だろう?どういう思考回路だ?君はひょっとしてとんでもないバトルジャンキーなのかい?」
「なんかイケる気がしたんです。だってほら、ときどき熊に勝つ人間のニュースを聞くじゃないですか」
ウマ娘に人間が勝てるわけがない、でお馴染みの種族ニンゲンさんでさえもクマさんをボコせるのなら。ウマ娘である僕は余裕の勝利を収められる。なんてことを当時は考えていた。
「ご両親は心配するでしょう?幼い子供が一人で山に入るなんて…」
「宙に放り投げた金属バットを蹴りで真っ二つにしたら、ある程度の自由行動は許されたんだよね」
「…………」
「…とにかく、熊と格闘して生還した、なんてのはほとんどがマグレだ。強靭な肉体を持つウマ娘であっても、野生で鍛え上げられたかの猛獣に立ち向かうのは愚行だよ」
「…本当に、よかったです。オロールちゃんが生きていてくれて」
ああ、デジたんの言葉が心に突き刺さる。こんな天使を、僕の死ごときで曇らせるなんてことは絶対に許されない。強くならねば…!
「…確かに今思えば、大分危なかった」
タキオンさんの言う通り、マグレだった。
「次は眉間を素早く叩く。より効率よく脳に衝撃を与えて、スマートに倒したいな」
マグレではなく確実に仕留められるよう、より一層トレーニングに力を入れて肉体を強化しよう。
「いや、逃げましょうよ!?」
「…ふむ、確かに機動性では我々ウマ娘に分がある。ならばそれを活かさない手はないというわけか…それはそれで興味深い対処法だ」
「タキオンさん!?なんでちょっとノリノリなんですかッ!?」
ウマ娘と生まれたからには、誰しも一生の内一度は夢見る「地上最強のウマ娘」。
タキオンさんもまた、その夢に焦がれる一人なのだ。
「…てか、もうこんな時間か」
「あ、ホントですね。…そろそろ寝ますか」
「ちなみに私は寝付きがいい。二人で楽しんでも気にしないから安心したまえ」
「文字通り寝るだけですよッ!?」
時計の針は日付が変わる頃を指している。
コンディション:夜更かし気味を獲得しないためにも、そろそろ布団に入るべきだろう。
「さ、おいでデジたん」
「なぜあたしよりも早くあたしのベッドに…?えっと、とりあえず…お邪魔しまぁす…?」
可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。
…おっと、思考が支配されるところだった。
ちなみに彼女は今、眠るために髪を纏めた状態である。それがまたいつもと違う可愛さを引き出している。他のウマ娘を推しまくることに定評のあるデジたん、自分の見た目には無頓着かと思いきや、実際はゴルシちゃんの方がよっぽど適当である。…それなのにあの美しさ、どーなってんだよ例の不沈艦。
「…………」
「…あの、なぜ無言で抱きしめて…」
「んー…別に構わないでしょ?」
「……。暑くないです?」
「…暑かったら服を脱いでもいいかな?」
「心地よいですね。人肌の温もりというのは。丁度いいというか、なんというか」
僕は今幸せの絶頂にいる。
いつも寝る前には小一時間ほどデジたんの記憶を反芻しているが、今夜はダイレクトで感じることができるのだから。
「…うわぁ、ヤバ…好きだぁ、これ…」
デジたん…抱き枕として優秀すぎる。温もり、感触、サイズ感…そしてなんといってもその愛らしさ。最高だ。
「…あたしも、好きですよ」
「…え?今なんて?」
「ッなんでもありません!ほら、早く寝ましょう!」
「デジたん?ねえデジたん?今はっきり言ったよね?好きだって。僕は難聴系でもなんでもないから聞き逃さないよ?むしろデジたんの声なら10km先からでも聞けるからね」
「あっ、えっと、その!つまり、人と一緒に寝ることについて感想を述べただけです!いやあ、温もりを感じられるって素敵ですよね!!」
「…んふふ、ま、そういうことにしておくよ」
…前言撤回だ。
今こそ、僕は幸せの絶頂にいる。
文字通り抱いて寝ます。
やはり健全な絡みはいいものですね。