ペル○ナなんてやってないであります。
スイマセンデシタ
「うわっ!さっむぅ……」
すぐそこまで来ている冬の兆しが、トレーニング中の僕らの間を風となって通り抜ける。思わず、といった様子で身震いするスカーレット。
「確かに冷え込んできたな。つまりよ、これからのトレンドは鍋だ、鍋!っし、てことでトレーナー!伊勢エビ一丁頼むわ!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、走って体暖めてこい!」
「へいへい、んじゃその間にエビよろしく」
そう言って走り去っていくゴルシちゃんはいつもの様子だ。発言に多少の季節感はあるが。
しかし、僕の想像よりもまともなボケ、というか。あまりぶっ飛んだボケをしないな。やはりアニメ版ゴルシちゃんだからだろうか。
「っしゃあ!どんな日でも俺はフルスロットルだ!ボサッとしてると置いてくぜスカーレット!」
「元気いいわね、アンタ。バカだから寒かろうが関係ないわけ?」
「は?ちげぇよ、お前より根性があるだけだ!」
「根性だけじゃアタシには勝てないわよ?」
「っテメー、上等だ!行くぞオラァ!」
例によって二人で競い合い始めた。にしてもなかなかにすごい熱気だな、ウオッカは。体が暖まりそうな名前をしているだけある。いや、関係ないか?
「ふぅ、もう冬も近いですねぇ〜…」
季節は十月も半ば、吹きつける木枯らしが容赦なく肌を刺してくるが、僕の場合デジたんのおかげで常に心が燃えているのでさほど問題ではない…いや、やっぱ寒いもんは寒い。
「っし、てことでデジたん。カモン」
「む、あたしを暖房代わりにするつもりですか。しかしこのデジたん、わざわざこの天気を見越して重ね着をしてきた身!溜め込んだ熱、簡単には明け渡せませ…むぎゃっ!」
「おー、やっぱあったかい」
これはいい。一家にひとつ…いや、僕んちにひとつ欲しいな、デジたん。どんどん温度が上昇するという夢のような機能付き。そして可愛い。
「二人とも!イチャイチャし終わったらさっさと走ってこいよ?」
「イ゛ッ…!?」
しかしこの暖房、さっきから際限なく温度が上がるな。そろそろ火でもつきそうだ。
「…はっ!?はし、走りましょうかッ!」
デジたんはするりと器用に僕の腕から抜け出し、そのまま脚を動かし始めた。ああ、行かないでおくれよ、このままでは僕の身と心は冷え切ってしまう。
「よし。じゃ、行こっか」
まあデジたんと走れば何も問題ないのでOK。
「ハイ。…あっ!あれ、ウオッカさんとスカーレットさん…!ちょちょちょ!?ちょっとぉ!?とんでもなく尊いことやってまっせッ!?」
「ん?ああ…何あれ、ハイスピードおしくらまんじゅう?」
僕らより少し前にスタートした二人は、なぜか体を密着させながら激しいレースを繰り広げている。押しては引いて、押されては押し返し。いつものことだが、あれは友人の距離感じゃあないと思う。
「何度も似たようなことをやってるからか、さすがの安定感だね。あれで普通に速いの、すごいな…」
「いやぁ〜、眼福ですなぁ。まあ、空気も冷たくなってきましたし、誰かにくっつきたい気持ちは少し分かりま…むぎゃっ!」
「…!いいこと言うねぇ〜ッ、デジたんッ!」
すかさず抱きついた僕を咎められる者はいないだろう。
デジたんとの触れ合いによって得られるのは、オキシトシンやドーパミンなんて目じゃないほどの多幸感だ。脳を超えて魂に効くタイプのヤツ。
「もう…危ないですよ、こんなにくっつくと」
「そう言う割に、足並みはまったく乱れてないよ。さすがデジたんだ」
「あなたのクセならもう覚えましたとも。合わせることくらい朝飯前、というものです!」
なるほど、道理で変態と呼ばれるわけだ。得意気にピンと立つ耳の可愛らしさと同様に、彼女の走力はトップクラスのもの。
…僕だって、実は今もそんな彼女から真面目にいろいろと学び取ろうとしているのだ。抱きついたのはその一環。高度な計算によって導き出された最適解の行動である。ホントに。
「ウーン…至福のひと時…」
別に自分の快楽のためだけに行動しているとか、そんなことは決してない。ないったらない。
「セリフだけ聞けば、コタツの中でのんびりミカンを食む光景が浮かんできますねぇ。実際はけっこうな速さでターフの上を走っているわけですが」
「走るのが好きなんだよ。君と走るのはことさら。ウマ娘だからね、しょうがないね」
至福のひと時だ。何も間違っちゃいない。
「普通のウマ娘はせいぜい前半部分しか理解できないですよ。ましてあたしと走るのが好きなんて、そんな人世界中どこを探しても……あ゛っ。でも割と居るんですよねぇ、物好きの方。例の謎コミュニティ……」
「おや。もしやとうとう自分が世界一可愛い自覚が芽生えたのかなあ、デジたん?」
「いえ、断じてそれはないです。あ、いや、あくまであたしもウマ娘。最低限の…可愛さくらいは、あるのでしょうけど」
「うんうん、そうやって少しずつ自分を知っていこう。いいかい、デジたん。オタクはオタクに弱いんだ。…つまり、オタクとしての親近感がそのままクソデカ感情になって溢れ出すのさ」
「……くっ!悔しいことにめっちゃ分かる!あたしだって何度ウマッターでそういう系のイラストにウマいねしたか自分でも分からないですよ!」
顔を真っ赤にしながら、思考の渦にどっぷり嵌ってしまったデジたん。しかし器用なことに、脚のペースはまったく乱れていない。
「君も供給する側だってことだ!さ、大人しく需要を満たしてくれよ」
「ブーメラン刺さってますよ!あたしに言うくらいなんですから、あなたはさぞや素晴らしい方法でファンを満足させられるんですよね?」
「いやいや。僕はとっくの昔に自分がそれなりに可愛い生き物だってことを知ってる。その上でだよ、デジたん。君の方が需要があるってことを言いたいんだ、僕は!ファンどうこうはともかく、ブーメランは刺さってないね」
「…キリがなさそうですね。では、それは一旦置いといてですよ。仮に、仮にですよ?ファンの皆様を満足させる必要性が出たとして、あたしなんかが具体的に何をすれば?」
「うーん……」
こういうことに関してはデジたんの方が詳しいだろうが、いかんせん彼女の性格を鑑みるに、自ら顔真っ赤ロードに突き進むようなマネはしないだろう。だから、僕がデジたんにされて嬉しいことを考えてみようか。
…ダメだ、どうしても思考がどんどんアブナイ方に寄っていってしまう。心を落ち着けるんだ。自分をウマッターの海に漂うしがない限オタだと思え。
「……あ、そうだ。ねえデジたん、例えばなんだけど。……配信活動とか、どうかな?」
なんとなく思いついただけだが。しかし、
「は、ハイシン……?背信…はっ!?配信ッ!?」
「や、ほら。デジたんに向いてそうだし」
「で、でも!需要が……ないと思われ……?」
僕はおもむろに瞼を閉じ、そのまま首を振った。当たり前の事実を彼女に認識させるため、すなわち大きな需要があるという事実を。デジたんには今一度、はっきりと理解してもらわねばならない。
「……分かりましたよ!ええ、ええ!やってやりますよ!どんとこいっ!」
ちょっとヤケになってないか。まあ、思ったよりやる気があるようでよかった。
「しかし、やるからにはもちろん、オロールちゃんにはいろいろと協力してもらいますからっ!」
「うん。そりゃあ、ね。僕が言い出しっぺだし、そもそも君の頼みを断ったりしないし」
「こうなったらとことんやりますよ!必要なものを調達したらすぐやってやりますッ!オロールちゃんも準備しておいてくださいねっ!」
息巻くデジたん。ちなみに、今も僕らはターフの上を流しているところだが、途中からそれを忘れるほどの勢いで語っていたな、デジたん。
「さて、いろいろ買わなきゃですね!PCは今あるのでいいから、あとは……」
……けっこうノリノリ?
◆
数日後の夜、自室にて。
「……なんでこの部屋でやんだよ?」
「ゴルシちゃんも一応ファンクラブの会員でしょ?だからさ、いいかなって」
「……」
ゴルシちゃんにすごい目で睨まれた。
デジたんの部屋でもよかったのだが、機材を置いておくスペースがなかったのでこちらでやることにした。
「ま、面白そうだし別にいいけどよ。何か嫌な予感すんだよなー…。んじゃ、とりまアタシはどっか行ってくるわ」
例のごとく、ゴルシちゃんは窓から飛び出していった。
「えと、もう始めちゃいますよ?」
「あ、うん。やっちゃって」
デジたんが意外とノリノリだったので、僕は全力でサポートに回った。
とりあえず、例のコミュニティで告知を出して煽ってみたり。無論反応は上々だった。
「……そこそこコメントありますね」
「お、ホントだ。もう三ケタ人はいるね。やっぱデジたんの配信となると皆惹かれるもんだよ」
コメント欄を見てみると、やはり集っていた我らが頼もしき同志たち。
「『供給たすかる』『感謝祭で一目惚れしたんよな』『でた!いっつもライブ会場で最前列にいるレジェンドオタクウマ娘だ!』……いいねえ。もっとデジたんの可愛さ理解してけ〜?」
「っ!……ハイ!始めます!」
デジたんが配信を始めようとしたので、僕は画角から外れ……られなかった。デジたんが素早く僕の手をとり、ムリヤリ引き寄せた!
「え、ちょっ?何するつもり……」
「よし、これでOKかな?あ、えっと。こんばんはー、これ映ってますかねー?」
画面が動いた。なになに…?『きちゃ』『映ってるよ』『出だしからかわええなあ』…しっかり配信が始まっているようだ。
「えっと。デ、デジたん?」
少々混乱気味の僕に、デジたんは囁く。
「配信の内容はあたしに任せる、と言いましたよね?これがデジたん流の配信です!他のウマ娘ちゃんの良さを語らずして何がオタクか!とりあえず、このままカメラに収まっていてくださいね?」
「う、うん……」
次いで彼女はカメラに笑顔で語りかける。
「ハイ!わざわざこの配信を見に来てくださってる方なら知ってると思いますが…。このアグネスデジタル、それはもうすっごくウマ娘ちゃんが大好きで大好きでッ…!というわけでね、配信でいろいろ情報や推しポイントなんかを語っていきたいと思ってますよ〜。せっかくですので配信タグなんかも決めたいところですが、それはおいおいやってゆきます!そんなわけで早速っ!記念すべき初回配信で語らせていただくのは!こちら、オロールちゃんことオロールフリゲートちゃんです、ハイッ!」
「あぁ〜…そういう流れ?」
『情報たすかる』『お前もウマ娘やろがい』『デビュー前だけどこの娘は目をつけておくべき逸材』『隣の娘もしかしなくても我らが同志オロールか』『お手手繋いでるの尊いなオイ』
…コメント欄が流れていく。
「さ、何か喋ってください!」
「え?あ、うん。オッケー…」
完全にデジたんのペースに持ち込まれてしまった。とりあえず、何か言っておくか。
「あー、まあ、知ってる人もいるんだろうけど。ご紹介に預かりましたオロールことオロールフリゲートです。僕のことはオロールでもルフリでもゲーでも、お好きなように呼んでください」
こんなところだろうか。コメントは…『ゲー』『ゲーやな』『ゲネキちっす』『タイピングしやすさ重視たすかる』…ふむ、そこそこ好評のようだ。
「いやいや、ゲーはダメです!響きがアレですし、可愛さが足りません。オロールちゃんも言わないように!将来、非公式wikiの名前欄に『ゲー』ってルビ振られたら大変ですよ!」
「
「待ってくださいッ!?なんか今…なんとも言えないんですが、何か不穏な発音だったような気がするんですけど!?」
デジたんは何を言っているのだろう、よく分からないな。
「とにかく!今日はひとしきりオロールちゃんを語っていきますよ!まず見た目!ハイカワイイ!尊い!もうね、美しすぎますよね!お目々の色が左右で違うのはポイント高いですよッ!」
「なになに、『わかりみ深い』『性癖刺さったわ』『僕っ娘の時点でつよい』…。ありがたいこと言ってくれるね」
にしても、それなりの人数が見に来ている。そしてどうも大半がヤベーオタクらしく、明らかに上級者と思われるコメントが散見される。いったい何なんだよ『質問です。尻尾用シャンプーは何を使ってますか?(´﹃ `)』って。それ聞いてどうするつもりだよ、涎垂らすなよ怖いから。
「見た目の次は性格!……ヘンタイですね、間違いなく!しかしそれが良いッ!同じ業を背負っている者同士、感じるものもありますしね!」
「ヘンタイて。否定できないけど」
ふむふむ、『それはそう』『真理』『逆にそれ以外何があるのか』……いや。だってデジたんが可愛いんだから、仕方ない。僕は悪くないだろう。
「あたしの口からでは全てを語ることは到底不可能です。ですので、オロールちゃん!ここは一丁皆さんに知らしめてやってください!あなた自身の尊さというヤツをッ!」
「デジたん?僕はさ、デジたんのこと、それこそをファンの人に知ってほしいんだ。だから配信に於いて僕は脇役だ、断じて!」
「内容は任せてくれるって言ったじゃないですか!それに、相手の尊さを布教したいのはあたしも同じです!」
PCの画面はせわしなく動き続ける。『なんやこれ』『どっちもかわいいからよし』……やかましい、デジたんだけ見てろ。
他には……『新手の百合か?』『変則バカップルやんけ』……おお、いいこと言うじゃないか。この際、僕の欲望をありのまま曝け出してやろうか。炎上なんかの心配がまったくないうちに公認としてしまおう。うん、それがいい。
深く息を吸い、それからデジたんに向き直る。
「なら、聞いてよデジたん。何度も言ってるけど、僕は生まれた時からずっと君のことが大好きだ。もちろんそういう意味で。それで、君の全てを手中に収めたあと、世界中に言ってやりたいんだ。僕のデジたんはこんなに可愛いんだぞ、と。正直今だって心の奥じゃいろんな妄想を……」
「ストォォップッ!?公共の電波に乗せないでくださいよそんな事ォッ!?あと、あと!あの、……っ!あたしが、恥ずかしいんでしゅけど……!」
はい僕の勝ち。可愛い。可愛いわ。
同志たちの言葉も見てみよう。……『つよい(確信)』『ここで告るとか強すぎん?』『顔真っ赤で芝』『やはりこの二人、そうだったか……(後方腕組みry』……うむ、大方予想通り。ここにいるウマ娘ファンはほぼ全員オタク趣味とロマンの虜になってトチ狂っているヤツらだろうから、肯定的な意見が多くて助かる。
「デジたん、愛してるよ」
「……ふしゅぅ」
おっと、デジたんの魂が抜けた。
最近はこういうことを言っても大きなリアクションがなく、本人も耐性が付いた、などと豪語していたのだけれど。配信、という多くの人目がある場だったためか、耐えられなかったようだ。
「デジたん、マジ天使。君らもそう思うよね?」
『展開についていけんかった』『こいつガチの変態か?』『可愛ければ全て良し』……。何人か修練の必要なヤツがいるようだ。どんな状況下でもデジたんが可愛いことを忘れてはいけない。
「デジたんがトリップしてしまった……。まあ、いい時間だしそろそろ切り上げようかな?」
コメント欄が加速する。
「『これはもっと見たい』『次回もやってくれ』か。ありがたいね。まあ続くと思うよ。デジたん、きっとめちゃくちゃ推し語りしたいだろうから」
例のファンクラブは一応、推しの情報の共有に使えるウマ娘好きのためのコミュニティ、という面もあるし。デジたんがウキウキしていたのも、推しを語り尽くすという狙いがあったからなのだろう。
「そんじゃ、おつ。これにて配信終了〜」
『おつ』『次回も楽しみ』といったコメントが視界に次々と映る。流れゆくそれらを眺めながら、僕は配信を終了させた。元々デジたんの配信だが、当の彼女がなかなか目覚める様子を見せないので構わないだろう。
「……すぅ」
「って、デジたん。もしや寝てる?」
ここ数日、デジたんはそれなりにはしゃいでいた。だからといっていきなり倒れるほどではないが、それでも一度意識を失ってしまうと体を揺すってもなかなか目覚めない程度には疲れていたのだろう。
すやすやと可愛い寝息を立てて眠っているデジたんだが、ここは僕の部屋。従って彼女が寝ているのは僕のベッドだ。
「……よし」
となれば僕が取る行動は一つ。一片の迷いもなく、僕は自分の携帯電話を手に取った。
「……あ、もしもし。ゴルシちゃん?悪いんだけど、帰り際にデジたんの部屋に窓からダイナミックエントリーしてくれない?タキオンさんなら開けてくれるだろうから。それでさ、デジたんの着替えとかいろいろ取ってきて欲しいんだけど。え?ああ、そう。そっか。それじゃ僕らの部屋の窓に鍵を……あ、やってくれる?ありがとう。いつかお礼するよ」
うむ、完璧。ゴルシちゃんは頼りになるな。
ともあれ、今夜は良い夜になりそうだ。神々しい寝顔を眺めながら、僕はほくそ笑んだ。
アニメ版ゴルシちゃんはただのイケメン定期。
頼りになりますよね。