あれ、足が透けて…?
「…………?」
「ふふっ」
眠り姫がようやくお目覚めだ。
「…………!?」
「ふふふっ」
可愛いなぁ。
「…………っ!?!?」
「んふふっ……!」
ホンット、可愛いよなぁ!
「オイ、頼むからなんか喋れって。いつまでも無言で交信すんな、見てるアタシが怖ぇーんだよ」
「ふふ、以心伝心ってやつだよゴルシちゃん。僕ら、お互いのことは手にとるように分かってるから。そうだよね、デジたん?」
「はひゃっ!?えっ、と〜…?それは、まあ…?」
実際、このトレセン学園で一番僕のことを理解してくれているのはデジたんだ。逆は言うまでもなし。
「っ!てゆーかっ!あのっ、あたしぃ…昨日、着替えましたっけ?」
「ああ、うん。さすがに制服のまま寝かせるワケにもいかないからさ」
「っててて、てことはッ!?みっみ見、見ら、おっ、おおオロールちゃんにぃ……!?」
「オイ、落ち着けって、ったくよ。うるせーなあ。別に見られたって構わんだろ、ダチならよ」
少なくとも、ただの友人なら構わないだろうな。
「デジたん。大丈夫、特にそういう箇所には、経験者のゴルシちゃんによるプロの技がお見舞いされてるから」
「ああ、それなら……とはなりませんけどね!というかプロの技ってなんですかぁ!?」
そりゃあ、ゴルシちゃんの研ぎ澄まされた器用さによってなされる、相手に一切勘付かれることなく自在に着せ替えをする謎テクだ。いったいどこで覚えたんだか。
「ま、大丈夫。ゴルシちゃんの技は盗んだ。次からは僕が、君の眠りを一切妨げることなくミッションを遂行しよう」
「えっ?あの、結局あたしのメンタルに甚大な被害が及ぶような気が……?」
「さて、デジたん。ぐっすり寝られたようで何よりだ。おかげでたくさん時間がある」
「ああ、確かにそうみたいですけど……」
「そ、こ、で!このまま風呂に行ってもいいんだけど、どうせなら軽くその辺を流してかない?気持ちの良い汗をかいてからシャワーを浴びるの。どう?」
「ええ、それはもちろん構いませんが……。ちなみに、断ったらどうなるんです?」
「その場合、僕は、デジたんは走る気力がないほど疲れが残っていると考え、至急君を風呂まで運んだのちに、全身をくまなく丁寧に洗浄する」
「さっ!早くジャージを着てください!清々しい朝の空気が我々を待っています!行きますよーっ!」
いつの間にかドアの前に立つデジたん。なんと素早い、僕でなければ見逃していた。
デジたんの長所は山ほどあるけど、切り替えが早い、というのもそのうちの一つだ。
「……お前ら、元気あるな」
「え?うん。そりゃ、まあ……」
やっとの思いで漏れ出たようなその言葉は、ゴルシちゃん本人が放ったのかどうか疑わしいほどに疲労を含んでいた。
「つい数時間前のことだ、忘れたとは言わせねぇよ。アタシが足元も覚束ない暗闇の中、寮の壁を這い回るハメになったのは誰のせいだ、え?」
「……ごめん、ホント。今度なんか奢るよ」
「おう誠意が足りねえな。オロール、今度の休み暇だろ?ならちょっとアタシに付き合え。いろいろお話ししてえワケだ、こっちは。ま、今日のところはそっちのピンクとお楽しみやっとけ。つーか今のうちに幸せな気分を味わっとけ」
これはつまり、だ。
ゴルシ、キレた‼︎ ってとこか。
正直、心当たりがないわけでもない、というか心当たりしかない。ただ、言い訳があるとすれば、ゴルシちゃんが万能過ぎるのがいけないと思う。満ち溢れる万能感、やるときはやる女、ウマ娘界のトリックスター。そんなゴルシちゃんだからこそ、僕はしばしば多少無茶な頼みをしてしまうわけで、さらにはゴルシちゃんがそれを難なくやってのけてしまうからこそいけない。……と、思う。
「……あのー、ちなみになんですけど、オロールちゃん。ゴルシさんに何したんです?」
「うーん。まあ、その。いろいろ」
ゴルシちゃんの眼差しが刺さる。
「……とりあえず、行きますか」
◆
「ふっ……っ!ふふっ、朝は肌寒いですけど、走っていると体が暖まって丁度いいですね」
「うん、分かる」
キモチイイキモチイイキモチイイキモチイイキモチイイィぃぉおっと、危ない。逝きかけた。
ウマ娘として、走ることは本能であり、それはとても気持ちのいいことだ。僕の場合は、プラスでデジたんラブが本能に刻まれている。よって彼女とトレーニングなんかをやるときにはついついこうなってしまうのだ。まあ、抑えるより爆発させた方が精神的に良い気がするので問題はないだろう、多分。何事もそうだ、ストレスしかり、本能しかり、抑えつけすぎるのは良くない。多分!
「あ、ところで。ゴルシさん、なんだか怒ってるみたいでしたけど」
「ん、あー……。どうなんだろ。それもあるだろうし、さらに言うと、この機会に僕に借りを返させようとしてる気がする」
薄ら寒い季節の夜、一人で屋外に放置されそうになったとなりゃあさすがのゴルシちゃんも怒るだろう。しかしあれはほんの軽いジョークだ、信じてほしい。
「借りを?というと?」
「借り、っていうか。ゴルシちゃんは細かいことを気にしないタイプだけど、さすがに僕もいろいろ頼みすぎちゃったから。となると、僕はゴルシちゃんのために何かする、それがスジってもん。……なんだかんだかなり世話になってるからさ」
「確かに、側から見てもゴルシさんはいろいろとすごいですよね。スピカの最古参ですし、頼りがいがあって、それでいて時折場の空気を和らげてくれたり。そんなゴルシさんのこと、無論推しておりますッ!がッ!それとは別に、チームメイトとして尊敬していますよ、あたしっ!」
めちゃくちゃ高評価だな。
うん、でも確かにそうだ。今のところゴルシちゃんはただのイケメン。なぜなら、ボケる回数よりも姉御的ムーブの方が圧倒的に多いので。一番強烈なボケは初対面のときのアレだ。それ以降……というか、僕の知ってるゴルシちゃんは、むしろツッコミに回ってすらいるような気がするぞ。
「……人って色んな面があるなぁ」
「突然なんですかオロールちゃん。哲学にでも目覚めましたか?あと、我々はヒトではなくウマ娘ですよ」
「あぁ、いや、なんとなく。人ってのはつまり、その。誰かと関係を築きながら生きる、主体?っていうか。そういう意味で言ったんだ」
「……誰かと支え合って生きていく、という意味では、確かにヒトもウマ娘も、他の生き物だって同じなのかもしれませんね」
なぜか話が壮大になってしまった。デジたんが何やら言ったが、彼女の言葉は全て真理だ。よって、この話はこれ以上続かない。
「うん、話戻そ。僕が言いたいのはさ、ゴルシちゃんに限らず、皆いろんな面があるってこと。ゴルシちゃんに関して言えば、パッと見クール系美女だけど実際は破天荒……かと思えばただのイケメンだったり」
「オロールちゃんもそうですよね。とっても可愛いのに中身がこんなにヤバいなんて、誰も思いませんよ!」
デジたんは満面の笑みだ。輝く笑顔だ。そこからシンプルにヤバい、と言われるのは、正直けっこう来るものがある。もちろん良い意味で。興奮するね、こういうの。
「というか、ゴルシさんってそんなに破天荒なんですか?あたし、そういう場面をあまり見たことないような……」
「初対面から数分後、僕は寮の屋上でゴルシちゃんとサンマを食べてた。……今思えば、アレがボケのピークだったかも」
あれは本当の破天荒だ。俗の意味でもそうだし、何よりあんなことをしようとするウマ娘なんてゴルシちゃん以外には存在し得ないだろう。
「っ!イ、イイですねソレっ!美しすぎる見た目から繰り出されるとんでもない奇行ッ!そのギャップがたまりません!是非とも拝みたいところですが、半年も一緒に過ごしてきて未だにそれほどの行いを見たことがないのはどうしてでしょう……?」
そういえば、このアグネスデジタルというウマ娘、確かゴルシちゃんにすら恐れられているウマ娘だ。主に何されるか分からないという理由で。
薄々感じてはいたが、僕もゴルシちゃんのブラックリストに入ってるんだろうな。しかし、ボケないゴルシちゃんはあんなにまともなのか。
「なんにせよ、可愛ければ全て良し!ゴルシちゃんは可愛いし綺麗だ。それだけでいい!」
そういうものだ。ゴルシちゃんはゴルシちゃんだから可愛いのだ。
「真理ですねっ!ふふっ……あ、もうこんな時間です。そろそろ戻りますか」
「そうだね。……これからもっと楽しい時間になるかもね?」
「ッ!?あの、なんか寒気がしてきたんですけど……」
もう冬も近いからね、しょうがないね。
さて、汗を流すとしようか。
◆
「ふふへふへへへ……はっ、はははは……!」
「何ですかその笑い方ッ!?風呂場だと響いて余計に恐ろしさが増してますよ!しかもすごく欲に塗れたような顔になってますけど!?」
「ふへへ……あ、ごめん。つい」
「つい、じゃないですよ。あたしのこと、おっ、襲わないでくださいね〜……なんて、あははー……」
「……ッ!デジたん。背中流そうか?」
「一転して菩薩の様な表情。すごい。悟りでも開いたんですか?」
「僕、浄化されたような気分だよ。君の神々しさがそうさせたんだ。ありがとう、デジたん。ありがとう」
「……そ、それじゃあ、お願いします」
「うん、任せてくれ。完璧にやってみせるよ」
「わひゃっ!ちょ、くっ、くすぐったいです……!」
「これは失礼。悪気はないんだ。ただ、君がココ弱いって知らなかった」
「はっ、はぅ!かっ、肩は、そのっ!?」
「ふふっ。でも、さすがに凝ってないようだね。よかったよ」
「っ!ひゃあうっ!?そっ、そこはっ!?」
「背中、綺麗だ。華奢で、しなやか……。それでいて、何よりも大きく見えるような。どんなものでも背負えて、何にでもなれそうな美しさがある」
「あッ、そっ、そこ、そこだけはっ!?」
「デジたん。どうせだからさ。……ココも僕に任せてくれる?いいよね?」
「ッ、そっ、それは!?らっ、らめぇ……!」
「永遠に魅入ってしまいそうだ。……尻尾」
「あっ、あぁ……とっても優しい洗い方……」
「大丈夫、そのまま。今は、僕に委ねてくれ」
「……はい、分かりましたっ……」
◆
「すみませんでしたァァ!!」
「あのっ、あたしもっ!ごめんなさいぃぃ!!」
夢のような時間も早々に終わりを告げ、休む間も無く僕らは地面に頭をつくハメになった。
「まったく、イケナイポニーちゃんたちだ。そこまで謝らなくてもいいけど、気をつけてよ?誰が見ても確実に誤解されるよ」
昨晩、寮長業務で風呂に入る時間がなかったらしいフジキセキさん。朝風呂に来た彼女が見たものは、まあ……お察しの通り。
「私でさえ、ウマ娘しか入れないはずの寮でいったい何が……と一瞬考えた。仲がいいのは大変いいことだ。けど、悪ノリもホドホドにね」
ひとまず、ただの悪ノリという説明で納得してもらえたようで助かった。
「それじゃ私はもう行くよ。君らも遅刻しないでね」
フジキセキさんはそう言い残し、颯爽と去っていった。いなくなったのを見計らい、僕は横にいる美少女に向き直る。すると、彼女は僕より先に口を開いた。
「オロールちゃん。冷静に考えてみれば、我々はかなりとんでもないことをしていたのでは?」
「デジたんだってノリノリだったじゃないか。ただ背中流しただけだってのに、ずいぶんイイ声を出してた」
「そっちこそイイ声だったじゃないですか。人をいともたやすく洗脳できそうな、安らぎと幸せで満ち足りたような声ッ!なんですかあれ!悟り開いて天使にでもなったんですか?」
「悟り開いたら仏……いや、そんなことより!天使は君の方だよ!なんであんなに可愛いんだよ、もうっ!」
「ハイそうですか、あたしは可愛いですか!でもそれよりあなたの方が可愛いですっ!絶対!」
「いや、君のが可愛い!」
「いえ、オロールちゃんの方が!」
「デジたん!」
「オロールちゃん!」
「デジたんッ!!」
「オロールちゃんッ!!」
「……っ。オーケー分かった、一旦ストップ。このままだとキリがない」
このままでは延々と互いの名を呼ぶことになりそうだ。デジたんが最も可愛いという事実は揺らがないのだから、やるだけムダなことだ。
呼吸を整えると、デジたんは口を開いた。
「あの、なんと言いますか。落ち着いて考えてみると。さっき、お風呂で、あたしは。いえ、あなたも。今の今まで、少々舞い上がりすぎていたのでは?」
「あー……。確かに、そうかもね。僕はもともとデジたんへの好感度は限界突破してたから、さらにもう一段階ステージが上がった結果、自分でもよく分からない境地に達してた気がする」
「あたし、振り返ってみるとめーっちゃ恥ずかしいことしてました……!」
今までも何度か風呂場で会うことはあったが、いずれも周りに他のウマ娘がいた。そのため、裸の付き合いは今回が初めてだ。
「なんにせよ。絆が深まったような気がするのは僕だけかな?」
「絆、ですか。もちろんあたしもですけど。オロールちゃん、なんか終わりよければ全て良し、的な感じで締めようとしてません?」
「え゛っ、いや、そんなことは……」
「まあ構いませんけどね。なっ、なんでしたら!これからも時々こうして一緒にお風呂とか……なーんて」
「君から言ってくれるとは。最高だ、そうしよう」
「あの、今のはほんの冗談……」
デジたんを見つめる。瞬きもせず、ただひたすらに見つめる。その気になれば僕は永遠にこうしていられる。
「っ分かりました、分かりましたよ!これからもよろしくお願いします、ね?」
薄い紅の差した頬がふにゃりと歪む。
「うん、よろしく」
◆
「あの、ところで。お風呂のときの天使ボイスでASMRとかやってくれませんかね?生添い寝ASMR……アレっ、すなわちただの添い寝では?っ、とにかく、どうですかね?」
「……ふぅ」
「ちょっ!?静かに鼻血垂らさないでくださいっ!?うおお死ぬな同志っ!?魂が抜けて……!」
おっと、危ない。魂が飛んでいくところだった。
しかし飛んでいったとて、行き場などここ以外にあり得ないだろう。
なぜなら、ここが天国なので。
これからも健全なお話を皆様にお届けします。