デジたんに自覚を促すTSウマ娘の話   作:百々鞦韆

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馬の名前は濁点付いたゴツいヤツが好きなんですが、しかしパンサラッサ……パンサラッサ、良いですよね。なんかサラサラしてて(語彙力)


半角の貴公子

「……あ」

 

ある日のこと。というより、スペちゃんのデビュー戦前日、僕はふと気付きを得た。

 

「オロールちゃん、どうしたの?」

 

「や、今ちょっと考えたことがあってさ。デジたん、君はどう思う?でっかいどーな北海道から遥々やってきたばかり、トレセンの存在しない地元から来たばかりのスペちゃんが、果たしてウイニングライブをまともにこなせるのか……」

 

デジたんが可愛いものだから、完全に考えていなかった。

 

「ハッ、確かに!じゃあ、少しお声がけして……」

 

「待った!デジたん、ちょっと待ってほしい」

 

デジたんを制止する間、僕は脳内でとある映像を再生していた。

それは他ならぬ例の棒立ちウイニングライブ。田舎っ娘なスペちゃんがキュートに歌って踊れるわけもなく、心を無にして立ち尽くした、あの光景。

 

「……いや、何でもない、ごめん。僕、闇のヲタクになりかけてる。正直言うと、今の一瞬、ウイニングライブで大コケするウマ娘を拝みたい。そう思っちゃったんだ」

 

「断固、NOッ!いや、もしウマ娘ちゃんがライブに失敗しちゃったなら、それはそれですこれるけど!!ウイニングライブは神聖なものッ!それを意図的に汚すなんて……!下衆の極みッ!」

 

「おぅ……辛口。ありがとうデジたん。なんか滾ってきたよ」

 

辛口デジたん?いいじゃないか。大好きだ。地雷を踏まれたデジたん、最高だ。まあ、踏み抜いたのは僕だ。僕の脚が「只」に、こう……触れた。もちろんその爆発を至近距離でまともに喰らうわけだが、しかしデジたんの地雷など、僕にとっては足ツボマッサージに等しい。

 

「コホン、とにかく!スペさんはあたしの推しであり、チームメイトッ!仲間の危機を放っておくのはヲタク……というか人として失格ッ!」

 

「さすが、勇者デジたんだ。僕も反省しとこう。……とりあえず、スペちゃん先輩に会いに行こうか」

 

「うん!レッツゴ……ほぇ?勇者?」

 

キョトンとした顔が世界一可愛い。勇者。

……一応言っておくと、僕は性格がよろしくないから、案外簡単に闇堕ちする。僕の思考の根底にあるのは、正義感だとかじゃなく、快楽だ。……言い方がえっちいな、まあそれはともかく。

要は、僕を闇堕ちさせたかったらデジたんをダシにすればいい。ただし、平常の僕はデジたんを絶対に守護るガーディアンエンジェルと化しているので、攻略するのは至難の業だろうが。

 

「オロールちゃんが言うのなら!あたしは勇者、アグネスデジタル!とりあえずウマ娘ちゃんを推しまくるぞいッ!まずはスペさんを推して参るッ!」

 

ほら可愛い。

守護りたくなるよ、そりゃあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウイ、にんぐ……?あ、あー!?アレですか!?あの、歌ったり、踊ったりするヤツ……!それを私が……!?」

 

「ま、競争ウマ娘は皆やるもんですし」

 

案の定、スペちゃんにはウイニングライブのウの字くらいしかなかった。まあ棒立ちするくらいだし。

というか、もしデジたん、ついでの僕がいなければ、トレーナーさんを含めたスピカのメンバーは揃いも揃ってウイニングライブをこなせないのだ。

……まあ、これはあくまで個人的な予想だが、ゴルシちゃんだけは別だろう。彼女はきっと完璧にライブをこなせる。こなせるのだが、ゴルシちゃん劇場のパワーが上回り、その結果まともなライブにならないのだろう。

 

「そこでッ!誠に僭越ながら、この私、アグネスデジタルから、ウイニングライブの基本的心得をお伝えしたくッ!どうかご安心ください!こういうの慣れてますので!1日で全てを伝授いたしましょうッ!」

 

「す、全てですか……?どうしよう、そんなの覚えられる気がしません……」

 

「スペちゃん先輩。イイですか。もしもウイニングライブに真摯に向き合わない場合、この中央トレセンに居る資格はないんですよォ!」

 

さすがに誇張しているが。だが、まあ、ライブを疎かにしてしまえば、会長さんがダジャレを言わなくなるだろう。これだけでライブの重要さがいかほどが分かるというものだ。

 

「はっ、はいっ!お願いしますッ!!」

 

「ハイ、お願いされましたッ!このデジたん、ウマ娘ちゃんの頼み事は必ずや聞き届けます!ウマ娘ちゃんに頼まれたのならば、脚の三本や四本くらいは差し出せますのでッ!」

 

「なんて覚悟だ。さすがだねぇ、デジたん。じゃ僕も……うん、デジたんに頼まれたなら、国を征服できる気がする」

 

「えぇ……ホントにできそうなのが怖いよ」

 

デジタニウムがあれば案外なんとかなりそうだ。それを鑑みるに、スペちゃんもウイニングライブをマスターできるはず。今やスピカの一員である彼女には、スペスズの加護があるのだから。推しパワーは偉大だ。憧れのスズカさんと同じチームなのだから、彼女には頑張ってもらおう。

 

「じゃ、とりあえずダンススタジオに行こうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハイ。ここでファンサです。さ、どぞどぞ」

 

「ふぁん、さ……?」

 

「愛想を振りまくんです!それはもうビュンッビュンにッ!いいですか、ヲタクという生き物はですねェ!例えば推しの子が一瞬こっちを見たとか、そういう些細なことで三日は飯が食えるんですよ!!だからファンサは大事なんですッ!!」

 

「私が、皆のご飯に……!?」

 

違う違う、そうじゃない。

 

「……分かりましたッ!頑張りますッ!」

 

頑張れるのか。じゃあもうそれでいいや。

 

「それにしても、教えるのが上手だね。さすが万能ヲタク娘」

 

「えへへ、それほどでも……ある。ウマ娘ちゃんのライブ映像なら瞼の裏に焼き付けてるから、振り付けの細かいディテールも脳内再生超余裕!いやはや、ヲタクですからッ!」

 

さっき、彼女はお手本にいくつか踊ってみせたのだが、その実力は並々ならぬものだった。さすが、勇者を地で行くウマ娘。

 

さて、そのデジたんは、改まった様子で口を開いた。

 

「……とはいえ。これからもずっとダンスをお教えすることはできません」

 

「えぇっ!?じゃ、じゃあ私どうすれば……!」

 

「えっと、ですね。確かにあたし、ウイニングライブには一家言あるつもりですケド。所詮は他のウマ娘ちゃんの真似事に過ぎませんから。だからしっかりと表現技法を学ぶ際はあたし以外の人に……」

 

「デジたんデジたんデジたん。ねぇ、自覚してくれよ。君の表現力は凄まじい。歌なんか、聴くだけで病気が治るに違いないんだ」

 

「ッ!?はひっ、あ、ありがとう……」

 

デジたんは歌が上手い。声が可愛い。端的に言うとこれらに尽きる。そんな彼女のことを礼讃する言葉などいくらでも浮かんでくるが、考え出すとキリがないのでやめておく。

 

「それに、デジたん。進んで教えることは君にとってもメリットがあるんじゃないかな。ほら、将来トレーナーにでもなってウマ娘とキャッキャウフフするための予行演習だと思えばいい」

 

ただしイチャイチャは僕限定。

 

「う、あ、えーっ……と。とにかく!なんやかんや言っても、いろんな方のダンスを見るのは大切です!あっ、ほら、丁度向こうで踊ってるウマ娘ちゃんなんか、すごく……」

 

誤魔化すように彼女が指差した先にいるウマ娘は、なるほど確かに活き活きと踊っていた。おそらくは非常に身体が柔らかいのだろう、軽やかにステップを踏むたびにしなる脚が、まさにそのウマ娘が只者でない証となっている。

ん?というか、あの娘は……。

 

「あ、コッチに向かってきてますよ。もしかして、私たちが見てたの気づかれちゃいましたかね……」

 

うむ、間違いない。

正面から見た顔は、まさしく僕の予想通りだった。

 

「ねぇねぇ、さっきからボクのことじっと見てたけど、何か用事でもあるの?」

 

トウカイテイオー。

アニメ二期主人公様のお出ましだ。

 

「ア゛ッ、いえその用事というわけではなくてですね、ハイッ。ただ、貴女のダンスが非常に参考になるといいますか、それで眺めていただけですのでっ、どうぞお気になさらずッ!」

 

「ボクのダンスが?……フフッ、分かってるね!このトウカイテイオー様の華麗なステップのすごさ!」

 

俗にテイオーステップと呼ばれる独特の足運びを可能とする彼女の筋肉は、確かにすごい。流麗に動く脚の柔軟性は、一目で見てとれるほどだ。

 

ところで。

そんなことよりも、重大な問題がある。

 

「……キャラ若干被ったな」

 

「え?……あぁ、ボクッ娘?」

 

クソ、深刻な問題だ。今からでも俺ッ娘に転換しようか。いや、既にウオッカがいる。となれば解決策は限られてくる。

 

「テイオー……って呼んでいいかな。君、もうちょっと半角カタカナで喋ってくれない?」

 

「……は?」

 

テイオーの「は?」が出た。別に冷ややかな目で見られているわけじゃない。何が何だか全く分からないからそういう声が出ただけだろう。

 

「キャラの差別化を図るんだ。僕と君の一人称が同じだから。……だからこその半角カタカナだよ」

 

「ドユコト?」

 

「そうそれッ!もーちょっと半角っぽく!」

 

「ごめん、ちょっとよく分かんないや」

 

「あの、オロールちゃん。そこまでする必要はないと思うよ?だって、ほら、オロールちゃんの“僕”と、テイオーさんの“ボク”は、若干ニュアンスが違うし」

 

言われてみると、そうかもしれない。

 

「確かに。あまり気にしなくていいか」

 

「エェ……?ド、ドユコト?」

 

「わ、私もよく分かりません……」

 

テイオーは言わずもがな、スペちゃんもまだまだ甘いな。スピカ節の効いた会話に理解が追いつかないらしい。

 

「ま、とにかく。今の会話を完璧に理解したかったら、゛とかーって発音ができるくらいにならなきゃあいけない」

 

「えっ……?今の声、ナンデスカ……?」

 

「んー。スピカ特有のアレ、かな」

 

「えええぇ……?わ、私、もしかしてとんでもないチームに入ってしまったんじゃ……」

 

とは言うものの、スペちゃんや。君もコッチ側なんだぞ。

 

その時、今まで流れに追いつけていなかったテイオーが、ハッとしたように声を上げた。

 

「スピカ?もしかして、キミたちスピカのウマ娘なの?」

 

「ん、そだよ。未来の学園最強チーム所属。君も加入するかい?」

 

「どうしようかなぁ……。実は、スピカのトレーナーさんには度々声をかけられてるんだ。けどあの人、時々ボクの脚を好き勝手触ってくるんだよね……」

 

「スピカに入れば遠慮なく蹴り飛ばせるよ。大丈夫、あの人半分人間やめてるから。ウマ娘4、5人に蹴られてもピンピンしてるくらいだから。どう?」

 

決めあぐねている様子のテイオー。

ここは僕とデジたんがスピカに居る世界線だが、それでもテイオーがいなければスピカは完成しない。

 

「んー、考えとく」

 

「……了解。気が向いたらいつでも大歓迎だよ」

 

まさか加入しない、なんてことはないだろう。

いや、仮にそうなったら常套手段に出るだけなのでまったく問題ないが。

 

「しかし、見れば見るほどに……。なんと高貴なおみ脚……。繊細かつ強靭、トレーナーさんが思わず触ってしまうのも頷けるというもの……じゅるり」

 

「うひゃあっ!?な、なんでボクの脚見て涎垂らしてんのさ!?」

 

「デジたんの涎……?いいじゃないか、えっちで」

 

「何なのさ、もうっ!?ワケ分かんないよーっ!」

 

うわぁ、出た!名言が出たぞ!

……何だろう。何もしていないのに達成感がある。

 

「……っていうか!私の特訓はどうなったんですか!?」

 

「え?ああ、うーん……。よし、丁度いいからテイオー様にお願いしよう。実は、かくかくしかじかで……」

 

「えっと、ホントにかくかくしかじかって文字通り言われても、ボクにはまったく伝わらないんだけど」

 

「えーっ。デジたんには伝わるのに」

 

僕とデジたんとは、言葉というツールを介さずして意志を伝達し合える。ニュアンスだったり、ボディランゲージだったり。だが他の者には伝わらないらしい。つまるところ、やはり僕とデジたんとの間には特別なモノがあると見て間違いはない。

 

「んふ、んふふふふ……」

 

「怖い怖い怖い!コワイヨ!どーして急に笑いだすの!?」

 

「あ、失敬。ちょいと妄想が滾ったもので」

 

稀によくあることだ。

 

「で、だよ。要はこのスペちゃん先輩にダンスを教えてあげてほしい。明日のウイニングライブで大コケしないように」

 

「ふーん……分かった。別にいいよ。ヒマだし。にしても、転入早々にデビューなんて、さすがだね、スペちゃん」

 

「あはは……私もびっくりしましたよ!トレーナーさんがいきなりデビューだーなんて言い出すから……」

 

そういえば、この二人は面識があるのだったか。スペちゃんが転入したときに学園の案内を任されていたのはテイオーだったっけ。

 

「じゃあ早速だけど、どんな感じか一回踊ってみてよ!」

 

「あ、はい。……こ、こんな感じですか?」

 

ステップを踏み出すスペちゃん。拙さは残るが、一応は問題ないレベルだ。きっとテイオーにかかればすぐに仕上がるだろう。よしんばこのままでも初々しさがあって可愛いので問題ない。

 

「ヘェー……随分自信があるんだね」

 

「えっ?いやいや、まだ私練習始めてからちょっとで、自信なんてとても……」

 

「あ、そういうことじゃなくて。スペちゃんが踊ってるの、Make debut!のセンター振り付けでしょ?デビュー戦から一着を飾る気満々じゃん!」

 

「そっ、そうなんですかっ!?でも、だって、さっきお二人が、『これさえ覚えておけばどうにかなる』って言ってたから……」

 

「ハイッ!どうにかなりますッ!一着を取ればいいだけの話ですからッ!」

 

「デジたんの言う通り。勝てばいいワケですよ」

 

デビュー戦?勝てばよかろうなのだァ。

 

「スペさん。日本一のウマ娘になるんですよね?だったらあたしたちは全力で応援しますッ!……いやっ、それだけじゃ足りねェッ!限界を超えて支え続けるッ!それがウマ娘ヲタの務めですのでッ!」

 

さすがデジたん、いいことを言う。

 

「スピカの躍進劇はこれから始まるんです。スペちゃん先輩が勝つに決まってるじゃないですか」

 

「……分かりました!皆のためにも、私頑張ります!」

 

彼女の眼差しにこもる熱が僕らに照りつける。アツい、実にアツい。だがそれがいい。

 

「チームメイトを信じる、か……」

 

ひとり、神妙な顔つきで呟くテイオー。

 

「チームってそういうものでしょ。少なくともスピカはそうだよ。どんな結果になったとしても、仲間を信じていれば後悔はしない。違う?」

 

「…………」

 

努力は裏切らないかもしれないが、運は常に味方してくれない。そういう世界だ。だからこそ、共に歩める同志が必要なんだ。

 

あとは愛だ、愛。とりあえず誰かを推して好きになっておくといい。不安や焦りは全て甘い魔法で塗りつぶされる。

……それにしても。

あー好き。可愛いよ、ホントに。アツくなったデジたんはカッコよくて頼もしくて、それでいて可愛いんだから。もうチートだ。

 

「っと、アツいことを考えたら体が火照ってきた。ねえ、溜め込み過ぎるのも良くないって言うし……」

 

「オロールちゃん、空気読もうよ。今はムリだよ」

 

「どうしてすぐソッチに話がシフトするのさ!?もう……ホントにおかしなチームだね」

 

スピカがおかしいのは認める。だがその言い方だと、ゴルシちゃんが怒るだろう。一括りにしないでくれ、と。

 

「……あー、とりあえず。スペちゃん。一応センター以外の振り付けも練習しようよ。最低限のマナーとして」

 

「えぇっ!?せっかく覚えるのが楽になったと思ってたのにぃ〜ッ……!」

 

先ほどの熱は何処へやら、すっかり涙目になってしまった。まあテイオーの意見には完全に同意せざるを得ない。ウイニングライブを疎かにすることは競走ウマ娘界隈にたいしての冒涜だから。と言いつつ、僕は彼女が一着を取る以外の場合を考慮していなかったけど。

 

「まずはリズムを体で感じることが大切だよ。そうするとだんだん不自然さがなくなって……」

 

早速指導モードに入ったテイオー。彼女の雰囲気からして、教鞭を振うこと自体が少し背伸びしている印象を受けるが、教えている内容は一流そのものだ。

 

それと、なんとなくだが。

テイオーはスピカに必ず入ってくれることが分かった。




ハイ、はちみーでつよくなれる娘です。
作者は「近くのファミリー○ート」と検索すると数百キロ離れた地点が表示される魔境に住んでるのではちみーをなめなめできませんでした。

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