あとラーメンは塩こそ正義。
カチャッ(戦の火蓋が切られる音)
ある日の東京レース場。
「……考えてみると、それこそG1を獲るようなウマ娘って、大概クセが強いのばっかだよね」
「どうした急に」
「ルドルフさんはダジャレお化け、マルゼンさんはバブル期の遺物、タキオンさんはマッドサイエンティスト、そして君、ゴルシちゃんはハジケリスト」
「お前とデジタルも、実力はあるが変態だしな。マックちゃんも、寝言で『かっとばせー』とか言うヤツだし」
「僕、思うんだ。クセの強さとレースの強さは相関関係にあるんじゃないかって。だからさ、むしろクセの強い部分を曝け出すのが正解なんじゃないかな……。って話を昨日デジたんとしてたんだけど」
「パドックに出てくるやいなや頬を紅潮させて涎を垂らす変態ウマ娘が生まれたの、ひょっとしてお前のせいか?」
どうだろう。デジたんならどっちにしろそうなっていた可能性が高い。
「あとお前、なんで目から煙出てんの?」
「デジたんの輝きを見てたら網膜が焼けた」
「物理で?」
ああ、至福、至福!
待ちに待ったデジたんのメイクデビュー。その瞬間に自分が立ち会えるなんて、言葉が足りなくなるほど脳がクソデカ感情に支配される。あぁ、僕も今日のレースに出たい。そうは言っても出走はできない。だからこの気持ちを応援にぶつけるのだ。
『1番人気、4枠4番、アグネスデジタル。かなりの仕上がりです。期待が高まりますね』
「うお゛オぉオ゛ォォ゛お゛おぁ゛ああ゛ぁッ!デジだあ゛ぁーーぁ゛ーーァ゛んっ!!!愛し゛て゛る゛ぞぉ゛ーーッ!!」
……今のは僕じゃないぞ。
僕の声はあんなに野太くないし、可愛い。
そう。
今のは僕ではない、一般ヲタクだ。
「デジたぁあんッ!可愛いよ!愛してるッ!」
こっちは僕。
うーん、さっきの同志の声に比べると迫力が足りない。愛の重さじゃ負ける気がしないが、声量においては同志の方が上だろう。やはりいろいろと振り切ってしまったおじさんは強い。心の中で敬意を表する。
『アグネスデジタル、パドックの上でも落ち着きがあります。精神面でも安定していますね、良い走りを見せてくれるでしょう』
デジたんの様子が面白いことになっている。
ついにデビューできた、ウマ娘ちゃんを特等席で拝めるぞ、という嬉しい気持ちと、観客席から湧き起こるデジたんコールへの困惑がせめぎ合った結果、スンッとしちゃった。スンッ。
スンッとなったデジたんの表情は、傍から見れば勇者そのもの。これから魔王との闘いに挑むぞと言わんばかりに引き締まった表情。
「……なあオロール、もしかしてアイツら集めたのお前か?」
アイツらとは、言うまでもなく観客席に湧いている我らが同志たちである。
「デジたんがデビューするんだよ?そんなの、本来であれば人類総出で推すのが当然ってもんでしょ。けどさすがにレース場に全人類は収まらないから、とりあえず数千人なんとか集めた」
「その人数が同じ法被着て発狂してるの恐怖でしかないんだが」
「ああ大丈夫。デジたんを推すついでに君の焼きそばもできれば買うように言っといたから」
「何が大丈夫なんだよ?え?」
「ほら、早く焼きそば売り捌かないと、長蛇の列になっちゃうよ。がんばってゴルシちゃん」
「は、えっ、おまっ!?マジじゃねえか!?なんか法被の集団がコッチ来てんなぁ!?チキショー、全員の腹を満たす分の焼きそばはねぇ……!だが、なけりゃ作ればいいッ!うおおおおおッ!」
ゴルシちゃんはそのまま勝ち目の薄そうな戦いに身を投じていった。ふと思ったが、彼女の実力からして、焼きそばなど売らなくとも十分な稼ぎはあるはず。となると、やはりギャグ的な意味で焼きそばを売っていることになるが、このような状況になっても諦めず客に対応するあたり、彼女のギャグへの情熱が見て取れる。そういうところ、好きだなぁ。
さて、勇者アグネスデジタルはというと、その立ち居振る舞いがあまりにも凛々しくなってしまったがゆえに、黄色い歓声が上がり始めた。
かくいう僕もメス堕ちしそうだ。
「あ、あぁっ……!ふつくしいっ……!デジたぁーんっ、カッコ可愛いよおおおぉっ!あっヤバい、涎が……」
デジたんが僕を恍惚とさせる。それに、美味しそうだなぁ、なんて思いがふっと浮かんでくる。いや、別にいやらしい意味ではなく。まあそういう意味がないと言ったら嘘になるが。
とにかく、彼女の鍛え上げられた肉体を見ていると、走りたくてしょうがなくなる。早く一緒にレースがしたい。
「ハァ、ハァッ……!うぅ、愛しい……!」
だんだんと顔に血が上ってきた。そのうち体内の熱が漏れ出して、口から蒸気を吹いてしまいそうだ。ただ、そうなってしまうと絵面がいよいよマズいことになるので、なんとか耐える。
そうこうしているうちに、デジたんがパドックの裏手へと引っ込んでしまった。僕がまた新たなデジタルタトゥー……文字通りデジたんに由来する黒歴史、それを刻むことにはならずに済んだ。
今頃彼女は地下バ道を通っているだろうか?
では、僕はそろそろ他のスピカメンバーに合流するとしよう。きっとすぐ近くにいるはずだ。
……界隈における僕とデジたんの認知度がある程度高いからだろうか。
訓練された
◆
『各ウマ娘、位置につきました。レースの準備が整ったようです』
「ハァ〜〜……。あんなんえっちすぎるでしょ」
「なあ、仮にもしお前が、ゲートの中でキョロキョロハァハァしてるピンク髪の変態に劣情を覚えてるんだったら、今すぐアタシから2mほど離れてくれると助かるんだが」
「あれ、ゴルシちゃん。早いねぇ。焼きそばはもう売り切れ?」
「ストックしてた材料分もスペの腹ん中。けど客層がアレだから、大概のヤツはスペが美味そうに焼きそば食う様子を見ながら霞を食って満足してたな。それで、アタシから離れてくれるか?」
「離れない。確かに僕はデジたんを見て興奮している。けどそれだけじゃないんだ。周辺視野に映る景色……、他のウマ娘や、レース場全体の空気感、そういうの全部ひっくるめた上で興奮してる」
「よく分からんがアタシの予想より重症だった。ほらアッチ行け、トレーナーにでも構ってもらえよ」
「おまっ、ゴルシおまっ、とんだ爆弾を……!」
「教え子を爆弾呼ばわりってどうなんですかねェ?今ので僕の心は傷つきました。どうしてくれるんですか」
「爆弾は爆発するまでに猶予があるけど、アンタの場合は常に触るだけで危険だからタチ悪いわね」
スカーレットにシンプル悪口を言われたような気がするが、どちらかというと悪口ではなく正論な気がするので何も言い返せない。
スピカのメンバーは全員このレース場に来ている。ウオスカ、テイマク、スペスズの波動を直に感じながらデジたんのレースを鑑賞できるとは、実に贅沢だ。
そして。
始まりは唐突に、しかしこの上なくはっきりとやってきた。
『たった今ゲートが開きました!各ウマ娘一斉にスタート!』
会場が一瞬静まり返り、ガコン、とゲートの開く音が聞こえてくる。瞬間、再び観客席はどっと湧きだした。
今日のレースについて軽くおさらいしておこう。
舞台は東京、ダート1600m。先日僕が走ったのと同じコースだ。何か運命的なものを感じる。9人立てで、枠順も一緒だったし。
レースの展開がどうなるか。
そんなの決まっている。デジたんが勝つ。
いわゆる史実において、アグネスデジタルは確かに伝説の馬であったが、それでも最強と言い切ってしまうことは難しい。彼は数多くのレースを制覇したが、敗北も経験している。
だが、
僕ははっきりと断言できる。アグネスデジタルというウマ娘こそ最強だと。
運命とかいうチャチなお約束をぶち壊すのはウマ娘のお家芸だし、なんたって僕の信じるデジたんが最強でないわけがない。
あとは、そう。
最強で最愛のウマ娘がゴール板を駆け抜ける瞬間の表情を、特等席で拝みたいのだ、僕は。
あぁ、想像しただけでたまらないな。
「うわッ!?急にビクビクすんなよ!?」
「ん、ふひっ……!あっ、ごめんゴルシちゃん」
公共の場ではマナーモード。
だが、いかんせんバイブの振動が大きすぎた。
『芝からダートに入ります。各ウマ娘、着実にペースを維持しています。これは良いレースが期待できますね』
スタートから時間が経ち、次第にレースが展開されてゆく。ウマ娘の集団がまばらに形成され、脚質の違いが露わになる。
デジたんは中団の後ろあたりについて、チャンスを窺っている様子。……といえば聞こえはいいか。実際のところ、主な目的はウマ娘のケツを追っかけることだろう。観客席からでも変質者一歩手前の表情になっているのが見て取れる。
「デジタルはああいう走りが向いてる。アイツの加速力ならおそらく勝てるだろう。……そういや、こないだおハナさんがこんなことを言ってた。『アグネスデジタルの才能には目を見張るものがある。東京のダートなら逃げを打てば勝てる可能性が高い。しかし肉体的なピークを迎えていない以上、体力が持たず抜かれて負けることもあり得る』だとよ。どう思う?デジタルの専門家さん」
「へぇ……、なんというか、おハナさんらしい。まあ僕あんまりあの人と話したことないですけど。けど、おハナさんは大事なことをひとつ忘れてるみたいですね」
その瞬間、デジたんの目が妖しく燃え始めた。
……会場の全員がそう錯覚するほどの気迫が、彼女から放たれている。
「ウマ娘の原動力といったら、アレでしょう。心。約1年間、スピカと僕にどっぷり浸かったデジたんの心なんて、そりゃあアツアツになってるに決まってます」
デジたんがウマ娘の走る姿を拝みたいと思っている以上、逃げはなしだ。彼女の能力を考えると、確かに先頭をキープし続けるのが1番リスクが少ない。
だが、この場合、ロマンがない。
デジたんがやりたい走りをやる。
ただそれだけだ。
レースは中盤、仕掛けるには幾分か早い。
つまり、デジたんの眼に宿る炎は、いわば火種だ。まだ燻っているだけ。
それでいて、観客席にも熱が届く。
『1番人気、4番アグネスデジタル。現在6番手です。現在、各ウマ娘コーナーに差し掛かりました。ここからどうレースが動くか!』
やはり最初の芝が効いている。全体的にペースが早い。先頭の子が少々掛かり気味なのも、ハイペースに拍車をかけている。デジたんはといえば、相変わらずハァハァしているものの、ペース自体は堅実。一般の人は「あんなに興奮して大丈夫なのか」と思うだろうが、僕やスピカのメンバーからしてみれば、アレはかなり抑えているほうだ。
「そろそろコーナーも終盤だ。勝負の決め手はそこになる。最終直線への立ち上がりをいかに行うか。ま、デジタルなら持ち前の観察力で最高のコース取りをやってのけるだろうな」
腕を組んで解説役ヅラをしているトレーナーさん。彼の言葉通り、デジたんはラストスパートに向けて脚の回転を上げているところだった。
小回りの効く小柄な体躯。目にも止まらぬ速度で動く、ピッチ走法の脚。しかし、このレースに参加しているどのウマ娘よりも、彼女の踏み込みは力強かった。
『アグネスデジタル!驚異の追い上げ!先行集団を追い抜いて、現在2番手……っ!先頭も抜いた!先頭は4番アグネスデジタルです!レースは最終局面ッ!ここから勝ち上がるのは誰だ!?』
もうウマ娘は十分堪能できたのだろうか。後方のウマ娘へ砂をかけることのないよう、刹那の間に差をつけるデジたん。コーナー終わりで外側に膨らんだ他ウマ娘の隙をつき、内ラチへと抉り込んだ。メイクデビュー戦とは思えないほどの痛快な追い抜きだった。
残り約500m。先頭に立ってなお、デジたんの勢いは衰えることなく、むしろ加速に加速を重ね、さらに後続との差を開いてゆく。
「……オイオイ、俺はあんな走り教えてねぇぞ?」
「お、どした?トレーナー」
「アイツ、ほら……。ヤバいぜ。脚の回転数もまだ上がってるってのに、歩幅もさっきより広くなってる」
「なんか、あの走り。ウオッカに似てるわね。ウオッカの動きをちょっとだけ早くした感じ」
「え、俺?マジで?」
いち早くそこに気づくことは、すなわち日頃からウオッカのフォームを観察し意識していることを示すのに他ならない。大変尊いが、まあそれは一旦置いておこう。
「ああ、それだ、スカーレット。アイツの本来の走りはピッチ走法だ。だからメイクデビューもダートを選んだ。それなのに、レース中にストライドを広くとってフォームを切り替えるなんて……。芝もダートも走る、とか言ってたが、その宣言は伊達じゃないな」
「変態じゃねえか」
ゴルシちゃん。
それ、褒め言葉なんだよなぁ。
デジたんは変態だ。全ての意味において。
その桁外れの観察眼を全力でヲタ活に注いでおいて、しっかりレースに活かす。純粋な努力で得た肉体という下地に、ヲタ活で身につけた高精度モノマネのスキルを重ね合わせると何が生まれるか?答えは簡単、変態だ。
今のデジたんの眼に宿っているのは闘志。ああ、普段は限界ヲタクというクセ強な一面が顕在化しているので釣り合いがとれているが、こうなってしまってはマズい。ただの完璧ウマ娘じゃないか。
……と思ったが。
どうやら、彼女の炎はまだ燃えきっていないらしい。デジたんはまだ輝ける。そのために何が必要か、僕には分かっている。
では皆さん!大きく息を吸い込んでー!
すぅーっ!ハイッ!
「テ゛シ゛たぁーーーぁんッ!!可ー愛ーいーッ!ホント、大好きッ!愛してるーーーッ!」
「うるせぇ!叫ぶなら叫ぶって言え!」
今度は僕も野太い声が出た。僕の愛を完全に表現するのにはまだ声量が足りないが。
もっとも。どんなに小声でも、彼女には届く。
『アグネスデジタル!強い、強い!完全に抜け出した!もはや砂をかける相手もいませんっ!その差8バ身以上ッ!まさに圧勝ムード!』
まるで〆切直前の同人作家かの如きスピードで駆けるデジたん。
いや、ウマ娘を追いかけて生き急ぐ彼女は、常に〆切直前の同人作家のようなものか。納得の疾さだ。
僕の愛の叫びがしっかり届いたようで、時速70kmはあろうかというスピードで走り、風を受けているにもかかわらず、尻尾がブンブンと揺れている。
ちょっぴりだらしなく顔が歪んでいるが、それがいい。僕はそういうデジたんが好きなんだ。彼女の炎が最高に輝くのは、ヲタクとして生きているときだ。
そしてついに。
『アグネスデジタル、今一着でゴール!圧倒的な走りでレースを制しました!まさに彼女のレースでした!』
勝った、勝ったぞ!
「よっ……ッ!しゃあああああー〜ッ!」
「だからうるせぇ!気持ちは分かるが落ち着け!」
落ち着いていられるものか。
この結果は確信していたが、しかし実際にその瞬間が訪れると興奮が冷め止まない。
「……アイツが俺の走りを真似できるんなら、俺だってアイツの走り方を……。けど、あの回転数はキチぃか……。いや、使い所さえうまくやれば、なんか必殺技みてーな感じでカッコよく……」
「何ブツブツ言ってんのよウオッカ。あと一応言うけど、やめてよね、アンタまで“アッチ側”に行くの。収拾つかなくなるから」
デジたんがやってのけたあのコピー技能だが、相当に難易度が高い。トレーナーさんの手によって最適化された自分のフォームを崩すことはかえって速度の低下に繋がる可能性が高い。
スピカには天才が揃っているので不可能ではないかもしれない。ただ、ゴルシちゃんやウオスカあたりは体格に問題がある。スペちゃんは根性気質だから、そういう小細工はあまり効果的でないだろう。スズカさんは多分そんな難しいことを考えて走れない。マックイーンの場合、走る距離がかなり違うから、デジたん流フォームの良さを活かしきれない。テイオーなどはいけるかもしれないが、脚が持つか不安だし。
やはりあれはデジたんの十八番だ。
……まあ、僕なら、いけるか。
他人の動きをトレースするのは得意だし、なんなら声やら雰囲気やらと動き以外もいける。
デジたんがやるんだから僕もやる。
「……ライブ、大丈夫だろうな。まさかアイツまでやらかすなんてことはないよな?既にスピカのデビューライブには変な噂が立ってるんだ、頼むぜデジタル!」
あ、ライブ。
僕死ぬかもしれない。
◆
「ト゜ゥン」
「あっ!?おまっ、オイ!?倒れんなってオイ!?泡吹いてんじゃねーかッ!?マイケルジャクソンのライブじゃねーんだぞ!?」
ああ、意識、意識が。
ダメだダメだダメだ、しっかりと眼に焼き付けなければ!ああ、でも、うぅ!こんなのって、こんな、だって!あああああっ!
「輝く未来を♪君と見たいから〜♪」
「僕もぉ……」
「お前……。死ぬのか?いや待てよオイ、目ぇだけバッチリ開いてんな。血眼じゃねえか。意識あるか?」
尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い。
「……意識ねぇなコレ」
サイゲ様、ちょっと……いったいどこまでやれば気が済むんだ?
新キャラ実装、新アニメ制作、新キャラ実装、トムクルーズ、他企業コラボ……。
あっ脳がジュッ(肉塊が溶ける音)