デジたんに自覚を促すTSウマ娘の話   作:百々鞦韆

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デジたんすき



勇者に捧ぐ愛を

「いやぁ、惜しかったなぁスペ!皐月賞に備えて体重管理もバッチリだったってのに、1着を逃しちまった。トレーニング不足、とは言わないさ。身体を壊さないギリギリのラインを俺は攻めた。セイウンスカイの戦略が恐ろしいほど綿密に練られてたってのも敗因だ。でもな、レースは一回で終わりじゃあない……。だろ?」

 

「は、はいっ!次走のダービーは必ず勝ちます!日本一のウマ娘になるって、私約束しましたからっ!」

 

先日行われた皐月賞、スピカからはご存じ我らが総大将のスペちゃんが出走。しかし、言うなれば史実通りというやつか。彼女は惜しくも3着。大舞台での敗北の悔しさを噛み締める結果となった。

 

……しかし、最近のスペちゃんはなんだか身体が引き締まってるなぁ。彼女の皐月賞における敗因の一つには、体重の増加もあった、という噂を前世で耳にしたことがあるのだが。

やはりロイヤルビタージュースのトラウマが効いているのか。この頃は生物の範疇を超えた暴飲暴食もしていないようだし。トレーニングが過酷になった分、筋肉がしっかり仕上がっているのだろう。

 

「デジたんすき……」

 

トレーナーさんには頑張ってもらわねば。残念な部分もたくさんあるが、今となっては彼以外が僕らのトレーナーを務めるなど考えられない。スペちゃんはこのままいけば日本総大将にだってなれる。僕やデジたんのG1街道の舗装も、トレーナーさん以外には務まらない。

 

「あああ、デジたん……!」

 

「オイ変態!今そういう場面じゃねーだろ!?空気読めよ!?」

 

「ぴっ!?どっ、どうしたのさゴルシちゃん!?なんでいきなり僕のこと怒鳴るんだよ……?」

 

「なんでってお前、分かるだろ……!?」

 

まったく分からない。

僕にしては珍しく、しみじみとスピカの有り様について考えていたというのに。ゴルシちゃん、とうとう疲労のあまり幻聴でも始まったのか?

 

「いや、今のはアンタが悪いわよ」

 

「良かったぁ。スカーレットも聞こえてたか。あんまりにも脈絡がないこと言ってるもんだから、てっきり俺だけ聞こえてたのかと思ったぜー……」

 

ウオスカまで!いったい何の話だ?

 

「オロールちゃん、その、えっと。ヲタクたるもの、TPOは弁えてもろて……!」

 

「ちょ、デジたん?さっきから君ら何の話を……」

 

ドッキリか何かか?

 

「お前なぁ!?さっきからずっとデジタルに寒気のするセリフ言いまくってたろーが!?」

 

「はっ?いや、何を言って……?」

 

僕はさっきから一度だって口を開いていない。もしかすると、僕の愛が暴走して勝手に口を動かしたのかもしれないが、最近はこれでも自分の感情を制御できているのだ。その可能性は低い。

 

「マジかよコイツ、やっぱ無意識か……?つっても、今までは一応空気読んでる時もあったし、何か原因があるかもしれねぇ。なぁデジタル、思い当たるフシとかねぇか?」

 

「えっ?あ、そうですよね、やっぱり何かあたしに関連することで、オロールちゃんが限界化するようなもの……。あっ!そういえば、明日……!」

 

「なんだよ、明日がどうかし……」

 

「好きいぃぃぃーー〜ーーぃぃぃッ!」

 

「うるせぇなぁ!?」

 

ああ?なんだ、今、何、が、起こって……?

 

そうか、僕は、叫んでるんだ。なぜ?

なぜって、そりゃあ……。デジたんが。

 

あ、今ので、脳が震えてる。

思考が、まとまらない。

だが、明日、明日は!

 

「あたし、明日が誕生日でした!?」

 

……」

 

「お?死んだか?」

 

いきてる。

なるほど、ぼくが、ぼうそうするのも、なっとく。

 

「ふへへへへ、デジデジデジデジデジたん……」

 

「死んでねぇコイツ。ゴキブリみてぇだな」

 

くそう、ひどいいわれようだ。

……だんだんと、理性が、戻ってきたぞ。

 

明日はデジたんを世界一幸せにしなければ。

 

そもそも、僕がデジたんの誕生日を忘れるはずがない。実を言うと数週間前からそのことしか頭になかったし、準備だってしてきた。

そういえばここ数日、あり得ないはずのことだが、時折記憶が途切れる瞬間があった。わずか数秒にも満たない時間だが、僕の意識が完全に飛んでいたと考えると納得できる。デジたんの誕生日が近づくにつれ、僕の精神は確実におかしくなっていたのだ。

 

どうやら、僕の愛は肉体の内に留め置くことができなくなってきたらしい。僕は自分を制御できなかった。

だがそれでいい!だってキモチイイから!

 

「んふふふひひひ……!あああ待っててねデジたん!明日は君をずっと笑顔にする、永遠に続いてほしいと願ってしまうような日にするからぁっははははは……!」

 

「地べたに這いつくばったままそんなセリフを吐くんじゃねぇ!もはやホラーじゃねぇか!」

 

今の僕の姿を見た人は十中八九、何か良くないものに取り憑かれているのだとしか思えないだろう。

だが仕方ないのだ。

 

さっきから身体が痙攣してうまく立てない。

生まれたての子鹿のよう……ウマ娘だけど。

 

「はぅっ」

 

「ビクビクすんじゃねぇッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

5月15日。

小鳥のさえずり。窓から差す陽光。

一般に、良い天気、と呼ばれる空模様。僕としてはデジたんさえいればよいので、土砂降りでも構わなかったが、お出かけ日和となったことは素直に喜んでおく。

 

「おはよ、デジたん」

 

特別な日。

その始まりに彼女が目にするべきものは、僕以外にあり得ない。

 

「……窓の鍵は閉まっていたはずでは?」

 

「いやぁ、誕生日といえばサプライズかなぁと思ってさ。とりあえず最近ピッキングスキルを習得したんだよね」

 

「Oh……クライムアクション……」

 

不安定な足場、夜の時間帯、音を立ててはいけない、などの不利な条件が重なっていたが、デジたんのところに行くためだと考えていたら簡単だった。

 

「君、今日はたっぷり付き合ってもらうから」

 

「……いつものことでは?」

 

「確かに。いや、でも!特別な日だからといって、ホテルでディナーなんか食べたって、君は嬉しくなるかい?まあ、仮にも他人に奢ってもらったりすれば、君は素直に喜んでくれるんだろうけど。どちらかというとむしろ、食事代でいくらグッズが買えるか考えてしまう。そういうウマ娘のはずだ」

 

「お、おお、よく分かってらっしゃる……!」

 

「結局のところ、誕生日だからといって、何か風変わりなことをするより、ウマ娘グッズに溺れる方が楽しいよね?てなわけで、ちょっと待ってて。僕、今から行くところがあるんだ」

 

「ほわっ、いきなりっ!?まだ目が覚めてから数分しか経ってないのに……!?というかどこへっ!?」

 

「もうすぐ、競走ウマ娘業界で最も重要なイベント、つまり日本ダービーがやってくる。5月は他にも各種G1が開催されるから、物販界隈も盛り上がってる。まあ、僕なんかよりもヲタクライフを満喫してる君なら分かってるだろうけど、『限定』の文字が付いてるブツを逃す手はない。そうでしょ?」

 

「同志ッ!其は当然ですともッ!とはいえ、それとオロールちゃんの行き先に何の関係が?」

 

「……いや、まあ。グッズに関する、ちょっとした“取引”をね」

 

古来より、人類が文明を発展させるにあたって、他者との交流は不可欠であった。現在では主に金銭によってやりとりされる物品の数々。昔はそれ自体をやりとりしていた。いわゆる、物々交換。

 

大層な語り口だが、要するに、同志(ヲタク)に声をかけまくってグッズ交換の話を持ちかけたのだ。特に、関西や北海道、果ては海外まで、学生である僕らが行くには難しい土地で販売されたグッズを狙った。

集まったグッズの総数、約軽トラ1台分。

 

……まあ、うん。デジたんをデビュー前から推しているような愛すべきバカたちは、それはもう歴戦のヲタクたちだ。僕としては対等な条件で取引したかったのだが、彼らの推し活対象には僕も入ってしまっているため、結果として向こうの“厚意”に甘える形になってしまった。

 

そのお返しをするには、やっぱり僕とデジたんが走りまくって勝つしかない。

中央で戦うようなウマ娘は皆、何かの想いを背負って走っているが、僕らは何というモノを背負ってしまったんだ。いろんな意味で重たすぎる。

 

「じゃ、ちょっと待っててね」

 

「アッハイ……。何か、察しがついてきちゃったかもしれない……」

 

ああ、デジたん、待ってくれ。

ドン引きするにはまだ早いから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、デジたん。お待たせ。ちょっとドアを開けてくれるかな」

 

「アッハイ。今開け……あの、オロールちゃん。ひとつ聞きたいことがあるんだけど。もしかして、さっきオロールちゃんが軽トラの荷台から大量の袋を運び出してたのは、あたしの幻覚じゃなかったってこと?」

 

「ふふっ……Exactly (そのとおりでございます)

 

この量の荷物を運ぶのは、さすがにウマ娘の僕でも疲れた。もっとも、デジたんのためにやったことなので、疲れなどすぐに吹き飛んだが。

 

「さ、ほら。このグッズの山に飛び込むといい。最ッ高に気持ちいいはずだよ」

 

「こ、こんな量……!っていうか、いくらかかったの!?まさかオロールちゃん、あたしの誕生日のために全財産はたいたりしてないよねっ!?」

 

「ふふふっ……」

 

「何の笑いっ!?まっ、まさか……!」

 

「んふふふふ……!」

 

トレーナーさんがよく金欠になる理由が実感として理解できた。とだけ言っておこう。

 

「な、なんてことを……!こんな朝っぱらから驚かされる羽目になるとは……」

 

「こうすれば、一日中幸せな気分でいられるでしょ?ねぇデジたん。さっきからニヤニヤが隠しきれないデジたん!」

 

「はっ!?そうだ、あまりにもインパクトが強くて忘れてたけど、これってとんでもないお宝じゃないデスカヤダーッ!?スケジュール的に入手を断念せざるを得なかったお宝がこんなにも……ッ!ふへぇっ……!」

 

頬を蕩けさせ、僕が集めたブツに見入るデジたん。その顔が見られるのなら、僕がオケラになるくらい安いもんだ。

 

そういえば、ふと気になったことが。

 

「……ところでデジたん。どうしてタキオンさんはベッドの上に座ったまま微動だにしないのかな?」

 

「え?あぁ……昨日の夜『約24時間鋼のような肉体になる薬品』を飲んでからずっとあの調子で……。心配だけど、あたしはどうにもできなくて……」

 

ああ、暗くて気づけなかったが、昨晩からずっとあの調子なのか。

 

空気読んでくれよ、タキオンさん。

いや、僕は他人のこと言えないか。事によっては仕方ないときだってある、というわけだ。

 

「まあタキオンさんならほっといても大丈夫か。もし万が一のことがあってもすぐに次のタキオンさんが来そうだし。それじゃあデジたん!せっかく天気も良いし、どこかへ出かけようよ!……あ、それとも、グッズを物色する?僕はどっちでも構わないよ?」

 

「お出かけに1票!……せっかくだし、あたしとオロールちゃんだけで思い出を作りたい、かも。きっとあたし、天気が悪くても同じこと言ってたよ」

 

「……っ」

 

急に頭が真っ白になった。

きっとデジたんの表情を見てしまったせいだろう。そんなふうに悪戯っぽく笑うなんて。

彼女はもう、自覚しているのかも。

 

やっと脳が追いついたときの思考は、雨に濡れたデジたんも美しいんだろうな、というものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「デジたんはさっき、思い出作り、なんて言ってたけど。僕、わざわざそんなことする必要はないと思うんだ。大事な人と過ごす一分一秒、全部忘れられるはずないってのに。まぁ、僕に限った話かもしれないけど」

 

「オロールちゃんの、公共の場でもしっかり惚気たセリフを言えるところ、すごいと思ってるよ。ちょっと恥ずかしいけど」

 

「え?いいじゃないか、だってここ喫茶店だよ?それもチェーン店じゃない、オムライスの美味しいレトロなお店だ。なら情に溺れたセリフ吐いたって構わないでしょ?むしろロマンチックさが醸し出されてるとも言える」

 

昼食にそのオムライスをつつきながら、僕は雰囲気に浸たされた言葉を放つ。

 

「オロールちゃん、意識すればカッコいい見た目だし、そういうセリフが結構似合うと思う。けども問題はそこじゃないんですわぁ……!オロールちゃんの側に置かれまくったぱかプチの数々ッ!もうロマンチックとかそういう次元じゃあなァいッ!」

 

「なんだよ!確かにぱかプチを取ろうとしたのは僕だけど、君だって途中からノリノリでクレーンゲームに没頭するもんだから歯止めが効かなかったんじゃないか!」

 

あやうく筐体をすっからかんにするところだった。店員さんの冷たい視線がなければ、僕らはそれを実行していただろう。

 

「……まあ、思い出には、なったけどね」

 

「デジたんが喜んでくれるなら、よかったよ。あ、そういえば前にも似たようなことが……」

 

「そうだっけ?」

 

新たな英雄たちが生まれ続ける競走ウマ娘の世界。その性質上、ぱかプチの中身もしょっちゅうリニューアルされる。僕やデジたんはその度に必死こいてクレーンゲームに勤しむので、もはや達人の域だ。稀に興奮しすぎて手が震えるデジたんと違って、僕はどんな状態であっても確率機をワンコインで攻略可能だ。

だから店員さんに白い目で見られる。

 

「特別な日に特別な思い出を作るのって、とっても楽しい。けどそれを思い出すのってもっと楽しいんだ。ねぇデジたん、いつかこうやって2人でカフェやバーなんかに入り浸って、のんびり昔の思い出を語り合えるようになる時が来るまで、一緒にいてくれるよね?」

 

「……っ、これまた、恥ずかしい問いを……」

 

「いいよ、口に出さなくても。そうやって頬を赤らめて横を向いてる君がすごく好きなんだ!……ふふっ、ウマ娘って素晴らしい生き物だね。いくら態度を取り繕っても、尻尾を見れば大体の気持ちが分かるんだから」

 

激しく動いていたデジたんの尻尾が、ほんの少し落ち着いた。誤魔化すようにオムライスを掻き込むデジたん。

 

「あ、そうそう。デジたん、今日はあんまり食べすぎないようにね。夜までに胃袋を空っぽにしてもらわなきゃ」

 

「……なるほど?何か読めてきちゃった。そうだよね、オロールちゃん、自分の手料理をあたしに食べさせるだけで興奮してるもんね」

 

「うん、まあね。ネタバレしちゃうと、実は昨日からいろいろと仕込みを始めてたんだ。けど作ってる途中でバイブスが抑えられなくって。つい作りすぎちゃったんだ」

 

「スペさんに頼めばよいのでは?」

 

「……僕がマジで興奮したらどうなるか、君も知ってるだろ?」

 

「あっ」

 

察しがいいなぁ、デジたんは。

 

さて、僕は今朝、誕生日といえばサプライズ、なんてことを言っていた。その理屈でいくと、僕が料理を作りすぎたことは、彼女に言うべきでないかもしれない。

 

だが問題ない。サプライズは続行だ。

僕が興奮のあまりどれだけやらかしたか、誰も想像がつかないだろう。

 

端的に言おう。

やっちまったぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「あばばばば……。何ですかコレェッ……!巨大な『HAPPY BIRTHDAY』の垂れ幕が……!思いっきり『アグネスデジタル』って書いてあるぅぅっ!?というか、どうして皆様方が勢揃いなんですかぁ!?」

 

「アタシは何かオロールに呼ばれたから来たけどよー。なんだよコレ?デジタルの誕生日パーティーか?にしたって、こりゃあちと……やりすぎだろ?」

 

「他のメンバーの誕生日は、こんな大々的に祝わなかったわよね。それがどうしてこう……。ここ部室よね?飾りが多すぎて壁が見えないんだけど……」

 

「あー……。俺目が痛くなってきた。ピンクの飾り多すぎるだろ!どんだけデジタルのこと好きなんだよアイツ!」

 

「美味しいものがあると聞いて来ましたわッ!」

 

「美味しいものがあるってホントですかッ!?」

 

「マックイーン……。キミ、ホントにお嬢様?」

 

「今日も元気があって素敵ね、スペちゃん」

 

「なぁお前ら。アイツから何か聞かされたりしてねぇのか?ったく、トレーナーにも何やるつもりか伝えてねぇってのがまた怖ぇ」

 

ふふ、やってるやってる。

 

その日の夜。僕はスピカメンバーとトレーナーさんを部室に招集した。1人で飾りつけしまくったおかげで原型を留めていない部室に。

おかげで呼ばれた者たちは絶賛困惑中である。

 

「つぅか、オロールはどこだよ?何かロクでもねぇこと考えて隠れてるんじゃねーだろーな?……お、見ろよデジタル、『本日の主役』タスキあるぜ。ほら付けとけ」

 

「えっあっえっ、ハイッ……」

 

「アタシたちのこと呼んでおいて、まさか遅刻するはずはないでしょうし……。そういえば、夕食は全員分ある、とか言ってたわね。確かに、鉄板焼きとか鍋ができそうな食材が置いてあるわ」

 

僕が何をしているのか皆も気になっているようだ。

そういうわけなので、そろそろ姿を現すとするか。

 

「ハァッーーーッピバースディッ!デジたんッ!」

 

愛するデジたんがこの世に生まれてきてくれたことに、最高の感謝と祝福を。僕は想いを込めて叫ぶ。それと同時にドアを蹴り開ける。

蹴り開けなければならない理由があるッ!

 

「お、やっと来たかオロールゥエエ!?お前、何持ってきたんだよ!?」

 

「大きな箱ね……。2mくらいはあるかしら」

 

僕が台車を使ってまで運んできたのは、人の背丈以上はあろうかと思われる巨大な箱。昨日から準備していた、今日の目玉だ。

 

「スンスン、なんだか甘い香りがしますわね……」

 

「マックちゃん、お前、さっきからお嬢様らしからぬ行動ばっかするじゃねぇか。とうとう没落したかぁ?」

 

「そんなわけないでしょう!私がメジロ家の誇るべき血を受けていることは変わりありませんッ!それに、甘い香りが漂っているのも事実ですわ!」

 

箱の中身が気になるだろう?

まあ、誕生日に甘い香りときたら、お決まりのアレしかないだろう。

 

箱を部屋の中央に移動させ、僕はその覆いを勢いよく取り払った。

 

「……オイオイ、マジかよ。そこまでやるかよ?」

 

「コ、コレって……!」

 

鎮座する、巨大なバースデーケーキ。

 

「えへへ、作りすぎちゃって」

 

「オイお前バカ野郎お前オイ。デジタルを見ろよ。お前の愛が重すぎて完全に真っ白に燃え尽きちまってんぞ」

 

どうやら現実を受け止め切れていないらしい。

 

「デジたぁん?ほら、見てくれよ。僕頑張ったんだよ?……あはっ、こうやって何層にも積み重なってるケーキ、よく見たらウェディングケーキみたいだね。そうだ!将来の予行演習ってことで、早速2人で入刀を……!」

 

「おはようございまァーすッ!!」

 

おっと残念、目覚めてしまった。

 

「ス、スゴいわねアンタ……。こんなものまで作っちゃうなんて。何なのよ、このカロリーのラスボスみたいなブツは」

 

「おっとスカーレット。安心してくれ。このケーキは体重が気になるマックちゃんを始めとしたダイエット中のウマ娘にも優しいケーキなんだッ!なんと、おからで作られたヘルシーなケーキの層、いわばおからレイヤーが用意されているッ!」

 

「は?」

 

マックイーンから人を殺せそうな目で睨まれたが、まあそれはともかく。昨日の僕は確かに興奮しすぎていたが、それでもスピカ全員で楽しめるパーティーにしたいという意志は残っていた。大きなレースを控えているスペちゃんのためにも、配慮は欠かせない。

 

「さらにッ!体重が気になるマックちゃん、そして故郷北海道から遠く離れたこの地で頑張っているスペちゃんのためにっ!今日用意したお肉はヘルスィーなラム肉ッ!」

 

「おっ?ジンギスカンパーリィか!?」

 

Exactly (そのとおりでございます)!」

 

こだわり抜いたこのパーティー。僕の財布は羽毛のように軽い。きっと1週間後の僕は、どの自販機の下に小銭が落ちやすいか詳しくなってる。

 

「うっ……!ううぅ……ッ!」

 

ふと僕の女神を見ると、なんと大粒の涙を溢している。いったいどうしたというのだろう。

 

「デジたん?どうしたの?」

 

「うっ……ッ!ヒンッ……!ヒンッ……!オロールちゃんが、あまりにも眩しくて、目が焼けそうッ!ハァ〜ーっ……!オロデジ、尊っ……!」

 

「ウワァ゛ァ゛ッ!?コイツとうとう自分で言い出したぞォォォッ!?クソォッ!?こんな変態がいる場所にいられるかァッ!?アタシは自分の部屋に戻らせてもらうぜッ!?肉とケーキ食った後にッ!」

 

そうか。

 

そうかぁ。なるほどね。そうくるかぁ。

 

「しゅき……っ!」

 

「うわぁ、悲惨すぎるわね。まだパーティーが始まってすらいないのに、もう2人死んじゃったわ」

 

ああ。

今日はデジたんを世界一幸せにしようって。

そう思ってたのに。

 

どうやら、世界一幸せなのは僕かも知れない。

……いや、2人ともかな。

 

デジたんが幸せだから、僕も幸せなんだ。




サ(体が崩れ落ちる音)

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