やっぱりサイゲは頭がおかしいや(究極の賛辞)
とある日の東京レース場。
空気はすっかり静まり返っているが、決して人がいないわけではなく、むしろ、会場には溢れかえるほどの観客がいる。
『判定の結果……!ダービーを制したのはッ!2人!エルコンドルパサーとスペシャルウィークだ!』
「ありゃあ、同着ですか……。惜しかったですね、てっきり僕はぶっちぎりで1着を獲れるかと思ってました」
「おまっ……。随分な言い様だな?日本ダービーだぞっ?あの!ダービーウマ娘がウチから出るなんて、とんでもない快挙だぜ!オイ!よっしゃあ!やってくれやがった!」
「……くうっ!ずるいですよトレーナーさん!僕は我慢してたんです!この瞬間に立ち会えたことが嬉しくてたまらないから発狂したいのをなんとか抑えてたのに!あなたがそうやって感情のままに叫ぶんなら僕だって!あああ好きぃいいいい!」
日本最高峰のレースであれ、運命の奇妙ないたずらは起こるらしい。東京優駿、通称日本ダービー。ウマ娘たちの夢が詰まったこのレースの結果は、スペシャルウィークとエルコンドルパサーが同着。
走り終えた途端、糸が切れたように倒れ込んだスペちゃんを見て、頭で考えるより先に飛び出して彼女の体を支えたスズカさん。身内の勝利を心から祝うスピカのメンバー。ゴルシちゃんでさえ、すっかり笑みを浮かべている。
そしていつも通り涎を垂らすデジたん。
うーん、全てが尊い。
「本当に……。トレーナーをやっていて、これほどまでに胸が熱くなる瞬間に立ち会えたことを誇りに思うぜ」
「なぁにクールぶっちゃってるんですか。僕には分かりますよトレーナーさん。この後豪勢な祝杯をあげて、またいつものごとく金欠になるんですよね?それでおハナさんに泣きつくまでがセット。ダメな大人ですねぇ、トレーナーさんのカラカラの財布はもはや風物詩……」
「おいおい、物悲しい口調で語られるとなんか傷つくって。財布事情はあれだが、俺はメリハリのついた立派な大人なの。おハナさんとのアレは、いわゆるトレーナー間の円滑な交流の深め合いだ。……そういや、今回並んだ相手、エルコンドルパサーは、おハナさんとこの子だったな。ったく、やっこさんクールぶって、そのくせに誰よりもアツいウマ娘を育てるなんてよ」
「おや?噂をすれば。おハナさん、こっちに来てますよ。大人のコミュニケーションのお時間ですね」
「茶化すなって!……少し話してくる。お前らは、先にスペのところに行ってやってくれ。そんじゃ」
おハナさんと目が合うと、トレーナーさんはすぐにどこか不敵な笑みを浮かべ歩いていった。
「スペさんがダービーウマ娘……?つまりあたしはこれからダービーウマ娘しゃまとトレーニングを……?そっそそそそんな、そのような身に余る光栄をおおッ!?」
「デジたん、落ち着こう。それにスピカからダービーウマ娘がもう何人か出る予定だから。なんだったら君も狙ってみればいい、ダービー」
「いやいやいや、一介のヲタクがそのような神の舞台に足を踏み入れるなど……!あ、そういえばあたしウマ娘でしたっけ」
「合法的にレース中のウマ娘を拝める立場にあるのが僕らだ。むしろ、ダービーだけじゃ飽き足らない。君の脚なら世界を目指せるんだ」
「世界……!海外の名だたるウマ娘ちゃんが最も輝く瞬間をこの目で、特等席から拝みたいっ……!ハァ、ハァ、そう思うと1日26時間はトレーニングがしたいっ!」
分かる、その気持ちはすごく分かる。
僕だって、デジたんが最強になる世界線には興味があるし、最強の彼女とレースをした先にある景色がどんなものか、気になってしょうがない。
「なんかかえって興奮してね?お前ら。今はとりあえずスペのヤツを目一杯褒めてやろうぜ!マジでやりやがった!最高にアツい走りだったよな!」
「確かに。スペちゃん、日本一に着々と近づいてるね」
それが運命であるかのように。
ダービーでの同着。それは正史でもありifでもある。
希代の名馬スペシャルウィーク。
誰かの「もしも」が、この世界で形となっている。
「オロールちゃん?涎垂れてるし、なんだかいつにも増して頬が紅潮してるけど……。大丈夫?」
「ん?ああ、大丈夫。ヲタクの
「確かに、性だねぇ。えへへ」
僕はどうしようもないデジたんヲタクだから。
彼女がどう世界を変えていくのか、見届けたい。
僕は運命論者ではないが、少なくとも運命そのもの、もしくは似た何かの存在を薄ら感じている。いわば原作の流れ、すなわちこの後に起こる出来事は、サイレンススズカの挫折と復活、その間のスペシャルウィークの葛藤。
だが、名馬の魂の因子を継承する生き物であるウマ娘らしからぬ僕自身の存在が、運命などというチャチなものを否定する。しかし、僕を導いたのはデジたんだ。つまり彼女こそが未来を創る。
「おーいスペ!お前、最高だったぜ!最高にアツい走りだった!」
「流石っすスペ先輩ッ!」
運命の存在を否定する僕に言わせてもらうと、今回のスペちゃんが積んだトレーニングの成果として、彼女だけのダービートロフィーを拝めるかとも思っていた。
まあ、何にせよ、ダービー制覇は紛れもない偉業であり、それを成し遂げたスペちゃんは日本一といって差し支えないことは真理である。
「……スペちゃん。がんばったわね」
「っはい、スズカさんっ!」
そしてスペスズは尊い。
これがホントの真理だ。ヤバい鼻血出そう。
◆
まだ誰も来ていない静かな部室は、インテレクチュアルな活動を行うのに向いている。最近クールな雰囲気を作りたくて衝動的にポチったコーヒーメーカーで淹れた魅惑の液体を優雅に口へ流し込み、本を読む。
多分、オシャレだ。
「お?何読んでんだよオロール。お前最近よく読書に精を出してるみてぇだな。知的キャラにシフトチェンジか?」
「いや。僕の理想はクールにデジたんをオトすことだ。まあ、今んとこクールさはまだ足りないかもだけど」
「その路線は一生ムリだと思うぜ。デビュー戦でもウイニングライブでもはっちゃけすぎたせいで、お前の本性はそれなりに知れ渡ってる。ま、顔がイイからどうとでもなりそうではあるけどな」
「褒めてくれて嬉しいよ。……というか、クールキャラと知的キャラは両立が可能だよね。なら、限界ヲタクかつ知的かつクールなキャラは、クール成分と知的成分がシナジーを起こして限界ヲタク成分をひた隠し、結果大きなイメージとして知的クールのみが残るんじゃないかな」
「いやムリだな。無限って数は引き算でどうにかなるもんじゃねぇぞ」
ダメかぁ。愛の重さが無限大なのも考えものだな。
「で、結局何読んでんだ?」
「コレ?『組織学で解剖するウマ娘の進化史』」
「うぇっ、小難しい本だな。専門書じゃねーの?お前もまだガキのくせによく読むぜ。内容分かってんのか?」
「以前タキオンさんの部屋にお邪魔したとき、彼女、カフェさんの霊障のせいで実験材料が焼失して泣きじゃくってたんだよね。その後FXで有り金溶かしたみたいな顔で放心状態になってたから、その隙に蔵書を拝借して読ませてもらってさぁ。つまり、事前知識もバッチリってわけ」
「なあ、次からツッコミどころが多いセリフを吐くときは分割して言ってくれよな?」
自らツッコミキャラをやろうとするとは。
意識高いな、ゴルシちゃん。
「で、そんな本読んで何がしたいんだ?ただの知識欲ってわけじゃねーだろ?」
「察しがいいね。まあ何というか……。ねぇ君、トレーナー試験の倍率知ってるかい?都内の某有名大学なんかよりも断然難しいって話だ。僕の将来の夢は、ずっとデジたんについていくことだけど、彼女がトレーナー志望に前向きな姿勢を見せるんなら、僕もトレーナー試験に受からなくちゃならない。今のうちから勉強しておいて損はない」
「大層な夢だな。……けどそれだけじゃねぇだろ。お前、もっと何かハッキリとした目標があって、知識を欲しがってる。アタシにはそう見えるぜ」
ゴルシちゃんの赤紫の瞳が、まるで僕の心を透かすようにじっとこちらを捉える。そうだ、彼女は普段こそおちゃらけた態度だが、その実、頭の回転はとんでもなく速く、勘もいい。
「ゴルシちゃんもなかなか強いよね。別に隠してるわけじゃないから言うよ。僕は確かに一つの確信に基づいて行動してる」
本の内容を頭に叩き込み終わったので、ページをパタンと閉じつつ、ゴルシちゃんを見据える。
「で、その確信ってのはなんだよ?」
「信じる必要はないけど、まあ聞くだけ聞いといてよ。近い将来、スピカのメンバーに、選手生命を脅かすレベルの事故が発生する」
脚はウマ娘の命である。
しかしその命を失いかけるハメになるウマ娘は、実のところスピカに何人もいる。
「……は?何言ってんだよ」
「事実、スピカは天才の巣窟だ。僕は……まあ、ともかく、デジたんも、ウオッカもスカーレットも、もちろん君もね。だけど生まれ持った天才的な資質のみでは勝てない。トレーナーさんの指導によって、自身の能力を最大限引き出せたヤツだけが勝てる」
「いきなり何の話だよ?」
「けど、おそらくはそれ故に起こってしまう問題がある。生まれ持った素質、最高のトレーニング、そして背負った想いの数々。全ての条件が揃ったとき、ウマ娘の走りは限界を超え……。同時に肉体をも蝕む」
身体が走りについていけなくなるのだ。
そんなことがあるかとも思われるが、実際に限界を超える
「トレーニング中であれば、寸前で気づいて、運が悪ければ軽い怪我をする程度かもしれない。けどレース中ともなれば、ゴール板を駆け抜けるまでは何が何でも走ることをやめたがらないのが僕らウマ娘だ」
「スピカのメンバーなら容易く限界に近づける。そしていつしか取り返しのつかないことが起きる可能性が高い。そういうことか?」
「うん。だから対策が必要なんだ。ただ、例えばシンプルに身体の耐久性を上げるとして、筋肉や骨密度の増強などの既存アプローチではやはり厳しい。というのも、ウマ娘が限界を超えられるメカニズムすらまだ科学には分からない部分が多すぎるから」
「じゃ、なんだよ?未だ解明されていない方法を使うってのか?仮にそんなものがあったとして、当てはあんのかよ?」
「もちろん!この本はその第一歩。組織学、つまりは細胞レベルで物事を考えたとき、ウマ娘と人間にはある大きな相違点がある」
そっとひと息入れる。
そして、改めてゴルシちゃんの目に問いかける。
「ねぇ、ウマムスコンドリアって知ってる?」
「聞いたことはある。……さっきからムツかしー話ばっかだな。ちょいと頭を休めようぜ。あとデジタルを呼べよ。アイツ変態の癖に賢いから、お前の話に付いていけるだろ」
「そうだね。……デジたーーんッ!」
「なんつー呼び方だよ!頭悪っ!」
しかしこれが一番確実だ。
ウマ娘に呼ばれたとあれば、たとえ火の中水の中、いついかなるときも駆けつけてくれる我らが同志。それがデジたんである。
案の定、僕が叫んでから2秒と経たずに部室のドアが開いた。
「お呼びでしょうかッ!!」
「うん、呼んだ。相変わらず可愛いねぇ」
「御託はいい。今回ばっかしはな。チームメイトのためにやるべきことがあるんなら、スピカの総統であるアタシも黙っちゃいられねぇよ。ひとまず茶でも飲んで、もっかい話を聞かせろ、オロール」
「ほえっ?もしやシリアスですか?」
「いや、多分シリアルになる」
◆
「ほほう、なるほど……。あたしもウマ娘ちゃんに関する学術記事などを読んだことはあるけど、確かにその点が詳しく解き明かされたことはないもんねぇ」
3人分のカップに注がれた液体は、どれも半分ほど。休憩は十分だ。
「お前ら、ホントそういうことには妙に詳しいのな。情熱を向ける方向、ちょっと間違ってね?」
「自分の情熱は自分だけのものじゃないか。僕はむしろ、趣味嗜好に全力を懸けるデジたんに惚れてるんだ」
「あ、惚気おっ始めよーってんならやめろよ。とっとと本題を話そうぜ」
「分かったよ、そうだね」
途中参加のデジたんは、事情をすぐに飲み込んだ。さすがだ、宇宙一の天才で美少女なだけはある。
「僕が論じたいのは、ウマムスコンドリアの正体だとか、そういうんじゃない。ウマムスコンドリアが何によって活性化され、どんな影響をウマ娘に及ぼすか。そこなんだ」
「ウマムスコンドリアは、一般にはウマ娘の骨格筋にのみ存在する特殊な微生物として認知されてるよね。けど存在は未だ定かでない。不思議だよねぇ」
「僕は存在を信じてる。ウマ娘の起源には謎が多い。けどウマムスコンドリアの存在によって矛盾なく説明ができる箇所も多々ある」
「せっかちなようで悪いが、ソイツがアタシらに差し迫った問題の解決の糸口になるのかよ?そこが気になるぜ」
「ウマムスコンドリアによってどうウマ娘が誕生するのか。僕らってつくづくよく分からない生き物だ。もしかすると決して科学では説明しきれないのかも。なんたって、アグネスデジタルも、ゴールドシップも、皆異世界の英雄の名前を貰ってるわけだからね」
オロールフリゲートはなんなのだろうか。
おっと、今考えてもしょうがない。
「……ああ、そうだ。自然としっくりくるんだ、アタシの名前。考えてみりゃ妙な話だよな」
僕はその異世界を知っている。四足歩行の英雄が存在する世界には馴染みがある。
「科学者様たちには笑われるかもだけど。僕は信じてるんだ。ウマムスコンドリアという一つの因子と、異世界からやってきた英雄のウマソウルが感応することで、僕らのように、ただの人間とは隔絶した力を持つ生き物が生まれるんじゃないかって」
その感応こそ、科学からは最もかけ離れた神秘的な事象なのだ。
「生まれた時点で……。いや、誕生が確約されるもっと前から、僕らウマ娘は既にウマソウルという“想い”に触れている。ウマムスコンドリアは想いに反応してるんじゃないかな」
「想い、ねぇ……」
「デジたん。思い出して。君や僕が
「オロールちゃんの言う通りだよ。あたしがハッキリと自分の認知が変わったことを自覚した瞬間、同時にヲタクとしての生を最大限実感してた。ウマ娘ちゃんが最も輝く瞬間を特等席から拝むことを求めてた」
想いによって、ウマ娘は確かに進化する。
トレーナーとウマ娘の間には絆の力が存在し、それがウマ娘をより強くするというが、その俗説は間違っていないのだろう。
他人の想いか、己の想いか。あるいは両方か。
きっと、全ての想いの力は、限界を超えるキーなのだ。
「つまり、ウマムスコンドリアのせいで、アタシらの肉体がぶっ壊されるってわけか?寄生虫みたいなヤツだってのに、宿主の命はお構いなしかよ?」
「そうじゃないと僕は思う。ウマムスコンドリアは、ある意味宿主に忠実だ。想いを忠実に反映しようとするんだ」
このレースに勝てるならどうなってもいい。
アスリートとして、そういった想いを抱くウマ娘は少なからずいる。ウマムスコンドリアはそれを忠実に現実化しようとするのかも。
限界を超えてまで。
「だからさ。こう想えばいいんだよ。あくまでも一例だけど、ただ『勝ちたい』じゃなくて。『五体満足で勝ちたい』って。そう願うんだ」
「ウマムスコンドリアはそれを忠実に反映する……。すると、肉体が壊れる前にブレーキをかけるか、もしくは肉体のさらなる補強を行うか……。そんなところか?」
「そう!であればいいなーって……」
結局のところ、これは一学生の考えた机上の空論に過ぎない。実際にそれを示すデータは何一つない。ただの希望的観測だ。この話を聞いて、実際に信じるようなヤツは余程のバカか、ロマンチストだろう。
「最っ高じゃないデスカヤダー!つまりつまり、あたしが推し活への想いを爆発させまくれば、もっと沢山のレースで沢山のウマ娘ちゃんと出会えるってコト……ッ!?」
だが、スピカは全員バカのロマンチストで構成された集団だ。レースに出走するだけで興奮するのは僕とデジたんのみではないし、高みを目指し続けるために、肉体の損傷などを断じて起こさないよう、想いを込め努める者もいる。
ただ、彼女らも、自分の身体がどうなってもいいと思っているわけではないはず。にも関わらず、怪我をしてしまう子が存在するのは、やはり
回数をこなせば、肉体はその都度強化され続けるのではないかと思う。
つまるところ、僕みたいに普段から
「
「そうだったら最っ高でしょ?」
「ああ!ったく、もっと頭使って考えんのかとも思ったが、解決策ってのは楽勝じゃねえか!」
解決策とも呼べないような策ではあるが。
すなわち、スピカのメンバーが全員
うむ、厨二病は世界を救うな。
「とりあえず皆さんと走ってみましょう。何か新たに掴める感覚があるかも!」
「デジタル、最近お前すぐに走ろうとするな。段々脳筋と化してねぇか?」
「G1ウマ娘ちゃんと同じ舞台に立つためには、トレーニングを欠かさぬことは必須ですから!それでは先にトラックに行っております!」
そういうと、彼女は元気よく駆け出していった。
「……じゅるり」
「お前いきなり涎垂らすなって。急にIQ下げんなよ、さっきまであんなに賢そうだったのに」
「はあ、デジたん、好きすぎる……!限界突破とか想いの力とか、ヲタク心をくすぐるんだよ、ホントに!更に、デジたんこそがその体現者なんだ!好きにならないわけがないよねぇ!?ああ、愛してるッ!尊みメガマックスッ!!」
「うわっ!?急に発狂すんな!?」
作者の性癖が全開になってしまいました。
だが私は謝らない()
怪文書制作に需要は必要ないのでね()
ウマ娘の考察は人それぞれで色んな説があって飽きないですよねえ。
まあとにかく。性癖を全開にした結果何やらスピカに魔改造の風が吹いてしまったような気がしなくもないのですが。
性癖なのでヨシ!