その2秒後に「現実の競馬見てるともっとヤベーのがわんさかいるし問題ないか」と思うのです。
──次の伝説を見よ()
「ん、んん……?んにゅ……」
「おっと、起こしちゃったか。ごめんね」
「なん……?なにぃ……?」
「あぁ、寝てていいよ。こんな時間に起きるのは、寮でも僕くらいだし」
時刻はまだ太陽も眠る夜明け前。真夏とはいえ、まだ暑さを感じぬ時間である。
「おやすみのキスはいるかい?なぁんて、ね」
「う、うぅ……。おやす……み……」
そう、今は夏。ウマ娘は暑さに弱い。それは僕も、目の前の可愛らしいウマ娘も例外ではない。日頃から疲れが溜まってしまうので、最近は彼女も寝起きがよろしくない。プラス、僕が暑さにやられて暴走に拍車がかかることもままあるので、余計に疲労が溜まるらしい。
そんな人を狂わせる暑さの中、僕はとある場所へ赴く。
ある種の試練と言っても過言ではない。なぜなら、そこはまさに灼熱地獄……。
いや、灼熱天国と形容するべきか。
「さて、と。始発まではあと数時間あるな」
朝イチで行かねばならない。そこは戦場なのだ。先手を取ったもののみが勝利を手にできる。
「ぐぅ……。もう……むり、すいません……」
ああ、寝言か。びっくりした、またもや彼女の眠りを妨げてしまうわけにはいかないから。しかし本当に寝顔が美しいな。わずかに差す夜明け前の光がほんのり髪に反射して、薄紫の絹糸のように滑らかな輝きを放っている。女神か?
おっと。ウマ娘の尊さに平伏するのはもう少しあとに取っておこう。きっと会場にはまだ見ぬウマ娘がわんさかいるはずだ。僕の最推しはデジたんだが、それは他のウマ娘を推してはいけない理由にならない。推さねば無作法というものよ。
「うん、行くか」
いざ!日本最大級の同人誌即売会、コミケへ!
弾む腰をひょいっと上げて、僕は昨日のうちから準備を済ませておいた荷物を持ち、素早く窓を開けた。
お金よし。会場マップよし。携帯食料よし。タオルに水に涼しい服装、熱中症対策よし。デジたんを愛する心よし。その他諸々の準備は何度も確認したので、問題はない。
それでは、始発に間に合うように駅を目指して……。
なんてこと、ウマ娘の僕がするわけないだろう。
電車より僕の方が速いんだから。
会場まで突っ走るためにわざわざ早起きしたんだ。
「それじゃ、行ってくるよ。ゴルシちゃん」
「うん……?おはよう、ございます……」
寝ぼけているせいか、やけに高貴かつ清楚なオーラが漂っているゴルシちゃん。言われなきゃ誰だか分からないレベルだ、まったく。
そんな彼女を尻目に、僕は窓枠に足をかける。
「っひょー!イーグルダーイヴ!」
こんな静かな朝だが、妙にテンションが上がる。
景気良く前宙を決めてからの三点着地。
寮門をこっそり抜けた先に、ピンク髪のウマ娘がひとり、歴戦の風格漂う立ち姿で待ち構えていた。
「……」
言葉は必要なかった。
デジたんは僕を一瞥し、そのまま脚を動かし始めた。
ところで、目的地まではそれなりの距離があるのに、普通に走って向かうことに何の疑問も抱かないデジたんは、既にだいぶ脳をやられているのだと思う。
「ア゛ッ尊っ」
「エェ……。ちょ、早いよ、オロールちゃん。せめて会場についてから逝こうよ」
「だって、だって……!」
デジたんの服装を見てみろ。誰だってこうなる。
「可愛いなぁ……。その格好」
「そうかなぁ……。あたし的にはむしろ『地味だね』と言われたいのですが……。イベントには数多のコスプレイヤー様などが参加されますから、おめかしはそういった方々に任せます。あたしたち一介のヲタクが出しゃばるなどナンセンス!朝から列に並び、地面に腰を下ろすわけですから、ハーフ、ショートパンツもNG。すると必然的にこういう格好に……」
白Tに地味な暗めのレギンス。
むしろ、デジたん自身の尊さが際立つので、かえって目立つのでは?なんて考えを抱く。
「ていうか、オロールちゃんも同じような服だし……」
ハイ、僕も同レベルの発想をしてましたとさ。
オシャレポイントといえば、ゴルシちゃんの身代わりとして連れてきたサングラスくらいである。
「しかし、そうか、コスプレか……。いいね、ウマ娘のコスプレイヤーさんなんか見た日には目が焼けそうだブフォッ」
「うんうん、分か……って、ちょぉ!?前触れもなく鼻血流さないでよぉ!?」
「ご、ごめん。デジたんがコスプレしてる絵面想像しちゃってア゛ッ」
「あぁ、逝っちゃった……。目的地までに何回逝くことになるんだろう……」
◆
「アレェ?おかしいですよ。目立たぬように地味な格好をしてきたというのに、なぜか周囲の視線が此方に向いているような……」
「まぁ……。目を血走らせたオッサンの中に美少女が2人混じってたら、仕方ないんじゃないかな」
時刻はようやく日の出ごろ。紫だちたる雲の……。とは、昔の人もよく言ったものだ。もっとも今は春ではなく真夏だが。
「ああああ……。ま、まさか、このデジたんが、あろうことか
「いや、多分、君が可愛すぎるのが悪い。なんだってそんな地味な服を着てるのに、顔や髪はしっかりおめかししてるのさ。元々の素材が良すぎるから、むしろ純粋な美すら感じる。余計に目立つよ」
「嘘ぉっ!?で、でもでも、これからお会いするのは名だたる同人誌作家様方で、すなわち神様でありまして。そんな方々の御目にあたしのようなナマモノを映してしまわれては、まさしくお目汚しと言う他なく。せめて軽いおめかしくらいはしなきゃなあと……」
「君にはいささか欠点がある。いや、もちろんそれも可愛いから僕は全然構わないんだけど。とにかく!デジたんは自己評価がヘタっぴだ!どーやったらそんなに自分を卑下できるんだよ!?宇宙一可愛いくせに!」
こうして大声を出すことで、かえって注目を浴びてしまうが構わない。大体、こんな朝っぱらから地べたに座ってお宝を手に入れようなどと考える輩はまず間違いなく訓練済みのへヴィーヲタクだ。彼らのとるリアクションといえば、ほら。うんうん、デジたんは可愛い、その通りだ、と言わんばかりに後方腕組み古参面をして頷くヤツらがほとんど。
「僕はね。てっきり君もそろそろ適切なメタ認知ができるものだとばかり思ってた。でも違った。君はやっぱりアグネスデジタルの尊さを十二分に理解できていない。僕にとって君がどれだけ愛しい存在か、それについては分かっているらしいけど。やっぱり世間からの目にはまだまだ疎いんだ」
……おっと、まずった。僕っ娘が性癖らしい同志たちが何人か逝った。まあ仕方ないか、デジたんに次いで僕だって可愛いわけだし?
「……あたしが可愛くない、と言えば嘘になるってことは、なんとなく分かる、けど。でも、今までだってこういうときにはしっかりおめかししてたんだよ?特にサイン会とか握手会とか、神々の皆様の御手に触れる機会があろうものなら、事前に全力で手を清めておくし!オシャレだって、例えば尻尾を編んでみたりとか、髪型にこだわったりとか!それだけやっても、別に周囲からの視線を感じたりは……」
「推測なんだけど。君、もしかすると、単に周りが見えてなかったんじゃないの?作家さんやウマ娘ちゃんに夢中になるあまり」
「そんなことは……。ないことも、ない……」
否定ができない限界ヲタク娘デジたんを一生推そう。僕は改めてそう誓ったし、周囲の同志達とも、何かシンパシーを感じた。
しかし、好きなものにまっしぐらの状態では、周りの視線に気づけないのか。
その時、ふと閃いた!
八方睨み、鋭い眼光、etc.……無効化!
独占力のヒントレベルが99上がった!
「ほーら、ファンサの時間だよー」
「なぜ動物に餌を与えるかのごとき言い方を……?いや、ファンサだーって飛びつかないよあたし。そもそもこの場合あたしがファンサする側なわけだよね」
「やかましい!さっさと投げキッスのひとつや百個してやりなさい!」
「しないよ?」
「じゃあ投げなくていいから、僕にキスを……」
「しないってば!?
くっそぉ。
◆
「ひひっ、ひひひひひ……!」
「でゅふっ、でゅふふふふ……!」
いくら限界ヲタクとはいえ、限度がある。文字通り、限界があるはずなのだ。その一線を超えてしまっては、もはやただの化け物である。つまり僕たちのことである。
「いやぁ、並んだ甲斐があった!」
「ホント、もう、あっ、ああっ、やばっ、オーラが、オーラが強すぎて血液沸騰しゅりゅっ!神絵師様の手を拝ませていただけるなんてッ!ひょわぁぁぁぁぁ!」
このマーケットには必勝法がある。
すなわち、分担作業。
本気で勝利を狙うのならば、二人で同じ列に並ぶなど、言語道断の行いである。……魅力的な提案ではあるが。こう、狭苦しい中、互いに体を寄せ合ったりなんかして……。
とまあ、それはともかく。
互いに途中で別れ、無事全てのターゲットを回収することができた。人混みの中、隙間を縫うように動き回ったものだから、何かスキルが身についた気さえする。やれ、あっちへ行ってはこっちへ行って、そこかしこを歩き回り、なんやかんやで憧れの作家さんの姿を拝めたデジたんは満足そうだ。
「無事に目当ての財宝を入手できた。それに、芦毛スキーセンパイの分も……」
「……あぁ!確かゴルシさんのお知り合いの方でしたっけ?海外で活躍されているウマ娘の方だとか」
「そうそう。ゴルシちゃんの恋人。知らんけど。とにかく、その人が日本じゃ手に入らないブツを時々融通してくれるから、お返しをね」
今はドバイ、いやフランスだったか。やり取りしているとマジメな性格のように思えるが、そのくせ某芦毛への愛が重いし、心も居場所も掴み所のない人だ。
なんでオメーら勝手に親交深めてんだよ!?という某芦毛グッドルッキンスタイルウマ娘の絶望と困惑のカクテルシャウトが聞こえてきそうであるが、まあそれはそれとして。
「このクソ暑い中、僕たちは頑張ったよ。でもまだまだ足りない。そうだよね?」
「もちろん……。気温よりもあたしのリビドーの方が熱く煮えたぎってやがりますからねぇ!」
そう、暑いから。
しょうがないのだ。デジたんの目がギラギラと血走っており、もはやまともな知性を感じられない状態になっているのは、仕方のないことなのだ。
「ところで、デジたん。君も一応、クリエーターなわけでしょ?だから、やっぱり界隈の人ともコネがあったりとかする……?」
「ええ、いやいや。あたしごときが八百万の神々と同列に扱われるなんて、畏れ多くて肺が破けちゃうよ」
そうか……?
明らかにリスペクトの念を宿した目でデジたんを見ている人が数多くいるものだから、てっきりすごく有名なものかと。
「でも、以前にお話しさせていただいた作家様のブースに長蛇の列ができてるのを見ると、やっぱり嬉しくなっちゃうよね」
そう言って彼女が目を向けた先には、さながら今をときめく大人気アーティスト、とでも呼ぶべき作家さんが、デジたんの視線に気づいた途端に深くお辞儀をしていたり。
「……君、やっぱおかしいって!?明らかにその身に受けるリスペクトと自己認知が釣り合ってないもん!どれだけ自分を下げれば気が済むんだい!?」
「ふぇっ!?でっ、でもっ、ほんのちょっとお話ししたり、お手伝いさせていただいただけですし!?リスペクト、とか、そういった感情を向けられるには至らないかと……」
「いやいやいやいや……!」
何をやってるんだよ、デジたん。忘れがちだが、僕たちはまだ義務教育を終えていない身分なんだぞ。それが、一介の大人より遥かに多くの尊敬を集めているとは。
さすがすぎる。
「そういや、君ってもともと知名度あったもんね、デビュー前から……。それも、僕がいろいろ焚き付けてネットでライブ配信とかする前から。同志たちが推し活へと赴く場所に必ず先にいることで有名だったみたいだし」
「そ、そんなに?」
「そりゃもう。配信やったあとにネット掲示板を覗いたら『なんか見たことあると思ったらグッズ買いに行くとき必ず見かける限界ヲタクウマ娘先輩じゃんちーっす』とか、そういうコメントが多々……。君がデビューしてからは、尚更。なぜか全国規模でそういう反応が返ってきてる」
「え、えっ、あっ、でも。グッズを買いに行くためとはいえ、さすがにあたしも沖縄とか離島とかには行ったことないよ……?」
もはや、その発言からは、それ以外の全ての地域に出向いているという意味しか取れない。
カノープスのナイスネイチャが府中の商店街を味方に付けた地域密着型ウマ娘だとするならば、デジたんはきっと
「謙虚さは美徳になり得るけど、必ずしもそうなるわけじゃない。君の場合、何か変な虫がついたら困るし!ホントに、もう少しだけでいいから。もっと自分の可愛さを自覚してくれよ。……変な虫そのものがのたまっちゃって、なんだか申し訳ないけど」
「オロールちゃんは変な虫じゃないよ。それに、あたしの方も一緒にいたいと思ってるから、こうして今ここにいるんだよ!」
「だーっ!そういうとこ!マジで!気をつけてよ!ハァ〜っ、もうっ!可愛い!でも!冗談抜きに気をつけてよ!僕が君を一年中、13ヶ月、1日に28時間護衛するのを前提としても、万に一つ、那由多に一つがあったら困る。いくらウマ娘の僕でも、ジョンウィ○ク2のポスターばりに銃を向けられたりでもしたら、さすがに無傷じゃ済まない」
「あたしを含めて、ウマ娘が2人なら、なんとか無傷で済むのでは……」
「アルェ???君ってそんなに脳筋だっけ」
自覚はあるらしい。上位生物としての自覚だが。
「まぁ、銃は冗談だとしても。暴力に訴えるハラスメントより、かえってセクシュアルな迷惑行為の方が声を上げにくいっていう実例も多い。君のその究極の美を体現した流線形のお尻が変質者にでも狙われたらと思うと……!」
「今のオロールちゃんも訴えようと思えば訴えられるよね」
「僕はいいの!というか、むしろ、未然に被害を防止するために、あらかじめ僕が君の痴漢されそうな部位に手をあてがっておくってのはどうかな!?」
「うん、ダメかなぁ……」
そんな。考え得る限り最良の選択だぞ。
デジたんの安全と僕の心を同時に満たせるのだから。
「あたしの身の危険は逆に高まってると思う……」
「ナチュラルに心読まないでもろて……。あぁいやもっと読んで。君と僕とは一心同体なんだと思うと興奮してきたから」
はぁ。可愛い。食べてしまいたい。
「まぁ、オロールちゃんになら、食べられるのも吝かではない、カモ……」
マ?
じゃあ、あんなことやこんなことも?
……ッ!?うわぁっ、心臓がバグる!?
やばい、興奮が止まらないッ!
落ち着け、落ち着かねば!
「禅。それは悟り。全てにおいて心の動揺と完全に隔絶された境地。欲望のない世界。禅、禅、禅……!」
「あの……。なんかすみませんでした。だからそのまま瞑想するのはヤメテッ!?」
「ッハァ!?危なかった。自分を律しなきゃ帰ってこれなくなるところだった」
「ヲタクの性ですなぁ……。って、こんなところで油を売ってる場合じゃないよ!早くウマ娘界隈の全サークルを制覇しなきゃ……!」
そうだった、今は祭りの最中。
デジたんと関わりを持つ作家さんたちがそうしたように、僕も敬意を持たねばならない。彼らへと。そして、デジたんへの愛と敬意。ヲタク文化そのものへの敬意。あとデジたんへの愛。デジたんへの愛も忘れてはいけない。
「行きましょう!早く!」
いつの間にか1、2歩前に進んでいた彼女が伸ばした手を、僕はいつの間にか掴んでいた。
コミケに行ったこともない上同人誌のどの字も知らんやつが書いちゃあいけないエピソードだったような気が……
うるせェ!書く!()
まあそれを言ってしまうとこの小説全編に同じ質問をせねばならないのでね、仕方ないね!
ユルシテ…ユルシテ…