デジたんに自覚を促すTSウマ娘の話   作:百々鞦韆

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はちみーください


一匹狼と群れの答え

「というわけで、ブライアンさんとレースするんだよね、これから」

 

「ほぉ?そいつぁまた……。勝てんのか?」

 

「うん。ハンデもらったし。あとはとりあえず、盤外でやることやってからレースするつもり」

 

「……」

 

「なんだよゴルシちゃん、その目は」

 

「アタシは間違ってた。デジタルの暴走を止めたところで、お前が暴走するだけだった。デジタルはまだ良識があるが、お前はまったくない。お前とデジタル、2人合わせて最凶だが、分割したところで被害が半減するわけでもないってことを、完全に失念してたぜ」

 

うんざりするほど言ってきたが、僕の愛は無限で、無限を2で割るなんてできっこない。

 

「とりあえず、ゴルシちゃん。パクチーとか持ってない?セロリとかゴーヤでもいい」

 

ブライアンさんには申し訳ないが、開始前に体力を削がせてもらうぞ。

 

「……っ!!」

 

「あっ!?ゴルシちゃんッ!なんでいきなり逃げるのさ!?ちょ待てよ!?」

 

「決まってるだろッ!アタシには……ッ!救わなきゃならねぇヤツがいるんだ!この先起こる悲劇を知ってんのに、何もしねぇなんて!んなダセェことできるかよ!」

 

「裏切り者ーーッ!」

 

「ハナから味方じゃねーし!バーカ!バーカ!」

 

ゴルシちゃんの健脚に追いつくのは決して容易いことではない。まして僕は体力を温存する必要があるので、彼女を追いかけることはできない。

くそ、戦術がひとつ潰れた。

 

いや、なにもそこまでして勝つ必要のないレースではある。確かに三冠ウマ娘に勝てば大変な名誉だが、結局のところ公式戦でなければ意味がない。当のブライアンさんにとっても、単に暇を潰すだけの意味しかない。

 

だがなんでもアリだと言われたらやりたくなる。

僕はそういう生き物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴールドシップのヤツが言っていたが、お前……。よほど卑怯な手を使おうとしていたらしいな?」

 

「いやいやブライアンさん。そこの嘘吐きの言うことを信じるんですか?あのゴルシちゃんですよ?常に人を騙くらかすことばかり考えてる、悪逆非道のウマ娘ですよ」

 

「だからこそ、だ。あの普段から意味のないウソばかりつく女が、ついさっきは見たことのないほど真剣な眼差しで私のところへやってきた。それだけで信用に値する」

 

「ぐぅ……」

 

「ほらな?正義は勝つんだよ。いやぁ、正しい行いをするっつーのは気分がいいな!つかお前、レースを汚すとか、ウマ娘としてダメだろ。デジタルにも愛想尽かされんぞ?」

 

「レ、レース前に、ブライアンさんの体調を気遣って野菜を食べさせてあげようとしただけだし!それに、正々堂々やろうって最初に言わなかったブライアンさんにも責任はある!」

 

「道徳0じゃねーか」

 

ゴルシちゃんめ。裏切りの罪は重いぞ。彼女を悪逆非道と呼ばずして、他に何と呼ぶ?

 

「フッ。まぁいいさ。たとえお前がどんな手段を使おうとも、お前が全力を出し切るのならそれでいい。互いの本気がぶつかり合う瞬間が一番滾る」

 

「言質とりましたからね?」

 

ゴルシちゃんから野菜をパクってブライアンさんの口元にそぉい!する作戦は失敗に終わったものの、僕にはまだ策がある!

 

そのキーパーソンがお出ましだ。

 

「おーい!ブライアン!お前がオロール君とレースをすると聞いたが……」

 

「げっ、姉貴!?」

 

「げっ、とはなんだ!げ、とは。大体、毎日顔を合わせているだろうに、なぜ今更私を見て驚く」

 

「いや、その、タイミングが悪いというか。姉貴とコイツが一緒にいると何かと面倒くさいというか」

 

「どういう意味だ?」

 

ビワハヤヒデさんが現れた。

ちなみに、彼女と僕にはとある共通点がある。

 

それは、「推しの可愛いところを拝みたい」という意識のもと、自然と同盟関係を結んでいるということだ。

バナナと妹が大好きな彼女のために、実は先ほどある提案をしていたのだ、僕は。

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡る。

 

「あ、ビワハヤヒデさん!こんにちは!」

 

「ん?やぁ、久しぶりだな、オロール君。私に何か用でも?」

 

「えぇ、実は……」

 

レースの直前頃である。

あいも変わらずかくかくしかじかと、僕はビワハヤヒデさんに、ブライアンさんとレースをすることになった旨を話した。

 

「ほぅ、ほぅ、なるほど、妹とレースを……。だが、大丈夫か?君の先輩として、そして日々ブライアンの側で彼女の実力を見ている者として、少々厳しい意見を言わせてもらう。今の君は彼女に勝つのには力不足だ。君くらいなら、まともなレースはできるだろうが、それでも勝利には至らない。あいつもそれを分かっているから、あえてハンデを自ら提示したのだろう」

 

「自分の実力は自分がよく知っています。だから断言できる。僕の勝ち筋は、ごくわずかで、か細くて、すぐにちぎれてしまうけど、確かに存在している。僕はそれを正々堂々と掴み取りたい」

 

「……ふっ。やはり君は面白い。私の見立て通りには事が運ばないかもしれないな」

 

そう、正々堂々。

正々堂々と狡い手段を用いるのだ。

 

「ところでハヤヒデさん。さっき会長から聞いたんですけど、ブライアンさんは相変わらず野菜が嫌いらしいじゃないですか」

 

「ん?あぁ、うん!そうなんだ!まったく、妹ときたら、肉の方が喰いごたえがある、とか、野菜は苦いから体に悪い、といった感じで、私の言うことを聞かないんだ!困ったものだよ」

 

「ですよね、僕も心配で。食事が偏って体調を崩されでもしたら悲しいですし」

 

「ああ。私もどうにか野菜を食べさせようと、カレーをとことん煮込んで野菜の原形を残さないようにしてみたり、ヒシアマ君と協力して新たなレシピを模索したり、いろいろ試しているのだが、どうもな。それどころか、最近は野菜を食べさせようとしすぎたせいか、冷たい目を向けられるようになってな。ハァ……」

 

「えぇ、えぇ、大変ですよね。でもご安心をッ!さっきタキオンさんに何か良い方法はないか尋ねてみたところ、コレを授かりました!」

 

ばばん!と僕が取り出したのは、とても綺麗なエメラルド色の輝きを放つ液体。

 

「なんだ、それは?」

 

「『ロイヤルビタージュース•弍型』だそうです!」

 

「ふむ?それは一体どういった……?」

 

「最近購買に並んでいるロイヤルビタージュースのことはご存じですよね?この弐型は、タキオンさん曰く『ロイヤルビタージュースの効能を改善し、1週間野菜をまったく食べずとも問題ないほどの栄養素を詰め込んだ。ただし、味はさらにひどくなったし、46%の確率で愛が重めのツンデレになる。……か、勘違いするなよ!別に君のために作ったわけじゃないんだからな!』だそうです!」

 

薬を僕に手渡したあと、「モルモット君にはどの睡眠薬がいいかな。薬漬けにしたせいでどれもいまいち効きが悪いからなぁ……」とかなんとか呟いていたタキオンさん。相変わらず便利な人だなぁ。二次創作する人に好まれるタイプだな。

 

「おおっ!?そんな素晴らしいモノが……!?ツンデレは!?ツンデレの効果時間は!?」

 

「1時間だそうです!」

 

「なんと素晴らしい!あとでタキオン君に感謝を述べに行かねば!」

 

「あはは。というわけでコレはハヤヒデさんにあげますので、どうか有効活用を」

 

「よし早く行こうッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今に至る。

 

「あ、姉貴?その手に持っている嫌な色の液体はなんだ。宇宙生物の体液みたいな色をしているが。オイ。なあ姉貴。姉貴、なにか言ってくれ姉貴。姉貴?姉貴!ちょっ、待っ」

 

「ブライアン。これはお前のためなんだ。分かってくれるな。偶には姉孝行をしてくれたっていいだろう?」

 

「んぐっ!?んーっ!んー!?んーんー!?」

 

三冠ウマ娘の貫禄はどこへやら。しかしハヤヒデさんもだいぶ手荒だ。さながらゾンビ映画の黒幕が、自分の家族を実験台にしてプロトタイプのクリーチャーを生み出すがごとき絵面だ。いかんせんジュースがエグい色をしているので、尚更。

 

「んっ、ぐっ!?っぷ、ァッ!?ハァッ、ハァッ、ハッ……」

 

「さあブライアン!お姉ちゃんの胸に飛び込んでこーい!」

 

「……何言ってんだ、姉貴。気色悪い。いきなり変なものを飲ませやがって、何のつもりだ?」

 

「ブ、ブライアーン?」

 

「これからレースなんだ。気が散る、あっちへ行ってくれ。ただでさえ口の中が苦いせいで調子が出ないというのに……」

 

「ブライアーン……」

 

ハヤヒデさんの頭の大きさが一気に縮んだ。あれは相当ダメージを受けている。

あ、違う。ショックで後ずさりしただけか。

 

ところで、うーむ、46%は引けたのだろうか?

 

「くっ、またやってしまった!どうして私はいつもキツい態度をとってしまうんだ!だが、姉ちゃんが側にいると胸の辺りがざわつくせいで、レースに集中できない……。それに、さっきの妙な飲み物も、つい吐き出してしまいそうになったが、せっかく姉ちゃんがくれたものだし、美味しく飲めるようにならねば……!」

 

まあ46%とか、実質100%みたいなとこあるし。

ブライアンさんの独り言は、僕の脳を破壊するのには十分すぎた。

 

それにしても恐るべきはタキオンさんの能力!

明らかに化学でどうにかできる範疇を超えていることを、いとも容易くやってのける!

 

「ゴルシちゃん。コイツはマズそうだ。もうレースの勝敗なんかどうでもいい。とりあえず僕は尊みで狂い悶え死にそうだとだけ言っておく。デジたんがこの場にいたら0.02秒ともたず逝ってるだろうね。いや、もしかすると今もうすでに尊みの波動をキャッチして昇天済みかも」

 

「もう知らん。これでなんかあったら全部お前のせいだぜマジで」

 

「ふっ、僕やデジたんは自らの意思でやってるわけじゃない。尊みが、自ずとそうさせるんだ。最初こそ、僕はどうにか搦手を使って勝ってやろうと思ってた。けどそれ以前に、魂に刻むべき光景がそこにあると思った。だからやっぱり、僕はブライアンさんを愛が重めのツンデレに改造したんだ。僕らは皆尊みの奴隷なんだよ……」

 

いやはやありがたい。

ブライアンさんを弱体化させつつ、僕は尊い成分を摂取しパワーアップできる。

 

「くっ、口の中が苦いっ……!ダメだな、こんな体たらくじゃ。私は"喰う”側のウマ娘だ、これしきのことっ!そして、姉貴が見ている前で恥を晒すわけにはいかん!」

 

「ブライアーン……!?」

 

なんだ?彼女の目の色が変わったぞ?

 

「あっ、あれはまさかッ!?ウマ娘ちゃんたちが、心の底から走りへの渇望を抱いた時にのみ現れる……!領域(ゾーン)ッ!?」

 

「あ、デジたん。居たんだ。いつの間に」

 

ウマ娘あるところにデジたんアリ。

彼女は、尊みのためならばたとえ火の中水の中でも飛び込んでいく性質だから、行動範囲が広い。複数人いるんじゃないかと疑うレベルだ。

 

「し、しかし、ブライアンさんが領域(ゾーン)覚醒(はい)るのは、普段の走りを見る限りでは、レース終盤のはず。それなのに、どうして……」

 

「ブライアン!お前の目、虹彩が派手な輝きを放っているがどうかしたのか?なんだかよく分からないが強そうだぞ!」

 

「姉貴!よしてくれ!気が散る!」

 

「ブライアーン……」

 

ハヤヒデさんの頭が縮む。

だが、すぐにかぶりを振って持ち直す。どうやら気づいたらしい、ブライアンさんはもうすでに()()()()()()()()ということに。

 

「ハッ!わかりましたッ!」

 

「何が?急に解説キャラになったねデジたん」

 

「ブライアンさんの強さ……。それはいつも、群れの中から頭ひとつ抜きん出ているがために生まれる強さ!一匹狼の至上哲学ッ!しかし今の彼女は、さらに別の力をも身につけているんですッ!」

 

「ほう。というと?」

 

「それすなわち姉妹愛!ウマ娘ちゃんの姉妹なんて、なんやかんやで普段から好き合ってるに違いないんですから、その感情が爆発したとなれば、当然!レースの原動力としてはこの上ないモノになるっ!」

 

つまり、だ。

今のブライアンさんは、普段よりむしろ強化された状態ということか?

 

「くっ、まだ始まってすらいないのに、ブライアンさんの気迫に押し潰されそうだ!っデジたん!どうにかしてくれ!具体的には、そう、僕に愛してるって囁き続けてくれるかなぁ!?」

 

「……ちょっと、それは、その、恥ずか死の危険があるので!」

 

「耳元だよ?僕以外には聞こえないし」

 

それに今更言うのもなぁ、とも思った。

僕は無論のこと、デジたんだって奇行に走ることは多々あるし、周囲からの視線はお察しだ。

 

「……うぅ」

 

さてさて、それでは。

僕の肌艶が増した理由については、語るまでもないので、ひとまずレースに臨むことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アタシのガラじゃねぇかもしれんけどな。時々考えるんだよ。アタシたちって、一体どこから来て、どこへ行くんだろうとか。そーゆー答えの出ねぇことを考える時間、あるだろ?」

 

「確かに、暇な時、哲学的な思考に耽ることってありますよね。あたしの場合、すぐに推しのことで頭が一杯になっちゃいますけど……。でゅふふ……」

 

「で、思うんだわ。特にお前らを見てると思うんだわ。ウマ娘って、マジでバグってる生き物だよな」

 

「あたし、言うほどバグってます?確かに日々のヲタライフのおかげで、思考能力に多少問題が生じていることは自負しておりますが、いわゆる競走ウマ娘としては、まだまだ発展中ですし……」

 

「いいか?普通はな。領域(ゾーン)とか、そんなん軽々使わねーから。大体何なんだソレ、マジでよ、うん、マジで意味分からん」

 

「で、でも、アレ、意外とコツを掴めば簡単なんですよ?その、ちょっと感情を爆発させるだけですし……」

 

「前提がおかしいぜ?普通はな、感情爆発〜!とか、んな簡単に出来るもんじゃねぇんだわ」

 

「で、でも……」

 

「分かってるぜ、デジタル。お前の言いたいことは。要するに、オロールやブライアンのヤツがスタートラインで謎の圧を発してるくらいだから、領域(ゾーン)入門(はい)るのは簡単だって言いたいんだろ?違ぇんだな、それが。お前らがおかしいんだ」

 

外野が何か言っているな。

ゴルシちゃんには悪いが、レースに集中するため、話は半分くらいしか聞いていない。

ただしデジたんの声は絶対に拾い逃さないので、結果として会話の内容は分かっている。うんうん、デジたんの言う通りだ。ゴルシちゃんもそろそろ週5で覚醒(はい)る生活を送るべきだ。

 

「合図は姉ちゃ……姉貴がやってくれる。覚悟はいいか?このレース、悪いが貰うぞ。後輩とはいえ容赦はしない。お前は、私の渇きを満たしてくれるな?」

 

「カッコつけていられんのも今のうちですよ、ブライアンさん。マイル戦なら僕にも勝ち筋があります」

 

トレセン学園、芝、1600m。

これといって特徴がないからこそ、基礎的なスキル、応用力がものをいう、実力の差をしっかりと測れる練習用のコースだ。

 

この距離ならハナから飛ばしてもスタミナが持つ。

とはいえ、三冠ウマ娘にフィジカルのみで勝てるとは思えない。だからまずは先頭を取って、それからブライアンを前に出させないよう、意地悪に走ってやる。

 

「準備はいいか、2人とも?それでは、いくぞ……!よーい、ドンッ!と私が言ったら走るんだぞ?よーい、ドン!だからな?」

 

「姉貴。今はそういう時間じゃないぞ」

 

「ブライアーン……」

 

ハヤヒデさんの頭は感情に呼応しているらしい。

先ほどからサイズの変化が著しい。

あ、違う。後ずさりしてるだけだ。

 

「は?なんだ、あれ。姉ちゃん……。可愛すぎか?レースも強い上に茶目っ気もあるとか、無敵か?さすが私の姉だ」

 

やぁ、ブライアンさん!こっち来る?

沼底からの景色は気持ちいいですよ?

 

「コホン。とりあえず、うん。今度こそ始めさせてもらう。用意はいいか?」

 

「ああ。頼む姉貴」

 

「オッケーです!」

 

何はともあれ。

この際、120%のコンディションの三冠ウマ娘と競い合えることを、目一杯楽しもう。

どうせなら勝ちたい。というか、勝つ。

僕のコンディションはデジたんのおかげで1000%だ。

 

「よーい……!」

 

風が吹き止む。

心の中でスイッチを切り替えると、世界は白く染まって、必要な情報以外は消え去った。

 

「初めッ!」

 

今だっ……?うん?待てよ?

 

「姉貴、だからそれを止めろ」

 

「フッ……。よーいドンでスタートだからな。騙されないとは。2人ともさすがだ」

 

風は普通に吹いていた。

なぁんだ、吹き止んだように感じたのは気のせいか。

 

「さて、それでは、よーい……!」

 

風が吹き止む。

心の中でスイッチを切り替えると、世界は白く染まって、必要な情報以外は消え去った。

 

「ドンッ!」

 

今度こそッ!

 

負けてたまるか!ブライアンさんが愛重系になっていようが関係ない!僕の愛は無限大だ!




小説更新して やくめでしょ

なぁんでウマ娘二次創作なのにレースしないんだろうなぁ

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