デジたんに自覚を促すTSウマ娘の話   作:百々鞦韆

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あーっ!ダメダメ!カプ○ンさん!ダメだって!
こんな時期にアプデなんかしちゃあ……

あっ(堕落の音)

あ、うん、ほら、皆さんこの時期は忙しいですし、あんまり急いで更新せずとも……


曇天舞台

「うぅっ、ぐっ、うっ、うっ……!」

 

「なんでいきなり泣くんだよ、怖ぇーな」

 

「くっ、うぅっ……!ごめっ、でも、仕方なっ……!」

 

「どしたよ。デジタルにフラれたか?」

 

「違う!!これ!!この小説!!」

 

「否定強っ!で、小説?ああスマホで読んでたのか」

 

「これはなんと!我らがロブロイ様が作者なんだ!」

 

「アイツが?気になるな、主に悪い意味で」

 

「そんなことない!何か不備はないかって試読を頼まれたんだけど、あまりの出来栄えの良さに過去一感動しちゃったよ!」

 

トレセン学園の生徒をやっている同志たちには、いくつかアドバンテージがある。供給者側に回ったときに、日常生活全てをネタにできるからだ。その上描写も緻密にできる。

それを同じくトレセン学園の生徒である僕が読むとどうなるか。もれなく共感度が高まって逝ける。

 

「ほら、君も読んでみてよ」

 

「おう……。なるほど、恋愛小説か。まあなかなか面白そうではあるな。不安だけど」

 

「簡単にあらすじを説明すると。良家の出身で何一つ不自由なく暮らし、美人で頭も良い、才色兼備を地で行く芦毛のウマ娘がトレセンに入学。頭が良すぎるせいで周囲と距離を感じ、あえておちゃらけた性格を演じることでなあなあな学園生活を送る。そうしてトレーナーと出会い、始めこそ適度な人間関係を保とうとふざけたキャラを作るんだけど、だんだんおふざけの目的が照れ隠しになっていって……!と、こっからは自分で読んでね」

 

「なぁんかなぁ?いや、自意識過剰かもしれないんだけどな?なんだろうなぁ?」

 

「その子の名前はシルバーチャリオッ……」

 

「オイ!?確信犯じゃねーか!?ゴールドシップの対義語は確かにシルバーチャリオッ……とにかく!ぜってーモチーフアタシだろ!そして名前長ぇよ!9文字くらいに収めろよ!」

 

「ゴルシちゃん……。今まで苦労したんだね。でも、君はもう一人じゃないから」

 

「あっ違うぜ?確かにアタシモチーフではあるんだろうけど、だいぶロブロイの憶測が混じってるからな?アタシが良家の出身とか……いや、マジねーから。あと、アタシがいつもふざけてる理由は寂しいからとか、そんなんじゃねーからな?あとアタシトレーナーに恋とかするタイプじゃねーし。あっそうだ!ゴルマクがあるだろ!アタシマックちゃん一筋だぜ!」

 

「君からそんなセリフを聞くとは思わなかった」

 

こちら側に毒されすぎて妙なことを口走っている。とはいえゴルマクは至高、彼女が自覚を持っているのならば僥倖、そのまま方々に尊みをばら撒いちゃってくれ。

 

「つかお前大丈夫かよ……」

 

「当たり前じゃないか。なぜ聞くんだよ」

 

「いや、だって……」

 

ゴルシちゃんが時計を見る。

 

「もうレース30分前だぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

『1番人気、オロールフリゲート。若干不調のようです。レースではしっかり気持ちを保ちつつ、期待に応えられるかといったところです』

 

実況席が勝手なことを言っているな。

まあ、分かるだろ。僕の瞳に映る喜怒哀楽の混沌が。

 

「アイツ、ブチギレてね……?」

 

ゴルシちゃんには届いたらしい、僕の気持ち。

 

なんで僕が1番人気なんだよ?え?おかしいだろ?

デジたんだ、デジたんこそが1番人気にふさわしいんだ。

 

『何か不服そうな表情で、少々落ち着きがないようです。やはりG3のような大舞台ですと、緊張してしまう子も多いですからね。そのあたり、自分のメンタルを調整しつつ立ち回れるかがキーになってくるでしょう』

 

キレているだけで、僕は冷静だ。一応は。やる気だって十分。今朝はトレーナーさんが山のように大きいパフェを買ってくれたので、やる気UP中である。スイーツに舌鼓を打つデジたんも拝めたので、もはや悟りの境地に達していると言っていい。じゃあキレるな、という野暮なツッコミはなしだ。

 

なぜだろうな。

デジたんは2番人気である。

 

今のところ僕たちは目立った成績を残しているわけでもないし、観客からしてみれば判断材料が少ない。主に外見などから判断されることが多いのだろう。背は僕の方が高い。並んでみると、デジたんは見るからに華奢な印象を受ける。

 

……ああ、あとはあれか。

デジたんを初めて見た人は思うだろう。「なんだ、この落ち着きのないウマ娘は」と。そして僕を見て思うだろう。「じっと一点を見つめ、波風ひとつ立てずに構えている。落ち着きがあるのだなぁ」と。違う、そうじゃない。

 

デジたんはウマ娘ちゃんを拝もうと必死にキョロキョロしているだけだし、あれで一応対戦相手の観察にもなっている。対して僕は一点を見つめる。デジたんだけを見ている。

 

『しかし身体は十二分に引き締まっています。デビュー戦のように盤石の走りを期待したいですね』

 

ま、いいか。

走ったら気持ち良くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっひひデジたんデジたんこれって運命なんじゃないかなあ枠番が隣だなんてこんな素敵なことってあるかなぁ」

 

「……前見ないと、ゲート出遅れるよ?」

 

「そんなに鈍くないよ。それに出遅れたって追い込みやるだけだし。君の尻尾追っかけるの、すっごく楽しいんだから」

 

「なんですかソレ……」

 

生え揃った芝の上で戦に備えるウマ娘たち。

もれなくストレッチ中であったデジたんに抱きつき、そのまま彼女のゲートに入ろうとしたら、軽く注意されるとかそういう次元をすっ飛ばし、5人がかりで羽交締めにされ、自分のレーンに戻された。鍛えてるウマ娘相手には確かにそれくらいの人数が必要かもしれないが、それよりも、握手会の悪質ファンみたいな扱いをされてしまったな。

 

「レース中に抱きついたりしないでよ?」

 

左から相変わらず可愛い声が聞こえてくるので、僕のやる気はもうカンストしている。

 

「おや、そりゃよくないねデジたん。そもそも君の存在が僕のモチベになってる。……それに、君も競走ウマ娘なら、僕より速く走って逃げときゃ済む話なんだよ?ま、逃さないけど」

 

「セリフ主がオロールちゃんじゃなかったら、『君を逃さない』って最高にエモくてアツいセリフなんですけどねぇ、いかんせん動機が変態的すぎるというか、うーん……」

 

「ちょ、せっかくいい感じにまとまりかけたのに」

 

イケメンおろーる君モードでキメ顔をしながら言ったつもりなんだけど。どうも通じてなかったらしい。

 

『全ウマ娘、位置につきました』

 

……っと。始まる。

 

中京、ダートの1900m。左回り。

14人立て。デジたんは5枠10番、僕は6枠11番。

 

スタートはちょいとキツめの登りがある。とはいえG3を走るウマ娘なら、これくらいは軽々と乗り越えるだろう。だが僕はたかがG3で足踏みしていられないのだ。こんな坂じゃ足りない、僕は登れるところまでとことん登る。デジたんだって、いずれ世界まで食指を動かしてウマ娘ちゃんを拝みたいだろうし。

 

他の子には申し訳ないが、彼女らは僕の眼中にない。正しくは「眼中に入れない」というところか。

文字通り坂で足踏みはしない。最初の直線が長いコースだ、開始すぐにいい位置をとってから逃げを打つのが比較的安牌。とはいえ皆同じことを考えているはずだ。最初から熾烈な争いが始まるだろう。

 

だったらそれよりも早く、ゲートの開く音が止まないうちに、皆が息を入れているうちに、とことん先に行かせてもらう。

最後にまくるより安定するはずだ。

 

『ゲートが開きました!各ウマ娘一斉にスタート!』

 

さあ、始まった!

 

『飛び出した!10番アグネスデジタル!』

 

そっか。やっぱり脚の回転速度じゃデジたんに負けちゃうのか。それにしても逃げを打つとは。やはり万能の勇者なだけはあるな。

 

「ねーえ、デジたん?そんなに急いだら風が痛いでしょ。僕を風よけにしてくれても構わないんだけどな」

 

「……ごめんなさい。この位置がベストアングルなんですよ、ウマ娘ちゃんたちの御顔を拝むための」

 

「へえ……」

 

前しか見てないくせに。

 

それにしても、もう慣れたものだ。

いわゆる領域(ゾーン)ってヤツに。

デジたんと二人っきりで、飽和した白い光の中を走っているような気分だ。

 

『追走、11番、オロールフリゲート!アグネスデジタル、食い下がるッ!先頭争いはこの二人!』

 

お互い外側からスタートしたが、一つ目のコーナーでインに入れるだろう。今のところ、デジたんのすぐ後ろにつけることはできたが、さてさてここからどうしようか。

 

この先のカーブは比較的平坦で、純粋なステータスの差が出る場面だ。僕とデジたんの実力は拮抗していると言っていい。ここで抜かすのは難しそうだ。いろいろと仕掛けるのもいいが、慣れないことをするとかえって差が広がりかねないので、アクションは起こさない。

 

ダートでの踏み込みは僕の方が得意だけど、あいにく今日は良馬場で、地面をしっかり捉えられない。土が湿っていれば、僕の方が多少は有利だったはず。

 

『先頭二人がコーナーに入りました!』

 

何度か、スタミナが持つ程度にペースを上げて追い抜かそうとしたけど、進路を完璧に塞がれる。横に大きく振ってみたり、フェイントをかけても、完璧に対応される。驚くべきことに、彼女はこちらを一切見ていない。つまり、気配を読むだけでこれだけの立ち回りをやってのけている。

 

「さすがだ……!付け入る隙もない!ずいぶんとまあ余裕そうだね!?」

 

「ッ、くっ!そっちこそ!あたし、かなり頑張ってるんだから!」

 

もう少しちょっかいをかけておこうかな。

これでデジたんが疲れてくれればいいのだが。

 

『先頭がコーナーを抜けたっ!現在一位は引き続きアグネスデジタル、二位オロールフリゲート。3番手、そこから大きく離され……』

 

直線だ。

だが、追い抜きはもう少し待とう。

スピードが十分乗ってからは、僕の方に若干のアドバンテージがある。単純にストライドの幅が広いのだ。

 

「早く横顔を見せてくれ!君の最高の表情、今しか見れないからね……ッ!」

 

直線でデジたんに並ぶ!それから下りで抜かそう!それがいい!

 

下り坂でフォームを保つのは一苦労だ。もちろん、デジたんならその程度のことは簡単にできる。しかし、僕は下りでも変わらず強く踏み込みを入れられる。抜かすならそこだ。

 

「さあ!さあ!楽しくなってきたっ!」

 

「あんまりはしゃぐと、レースが終わったあとに疲れます……よっ!」

 

「今のも対応してくるんだ、さすがだね」

 

着々と距離は縮まっている。そんな中仕掛けたフェイントにも、彼女は惑わされない。そして、先ほどまでは完全に前だけを見ていたデジたんが、ほんの少しだがこちらの様子を気にし始めた。

 

『先頭、最終コーナーに差し掛かりますっ!少し離れて中団、バ群が詰まってきましたっ!』

 

……ふむ、僕も後ろを気にするべきか?

さすがに重賞なだけある。後方のウマ娘たちは、スタートの先行争いでペースを乱すことなく、着実に差を詰めてきている。

 

僕の相手はデジたんだけじゃない。当たり前だが。

この先、もっと強いウマ娘と走ることもあるだろう。だからこそ、僕はこんなところでバ群に飲まれて終わるウマ娘じゃないことを再三証明してやろう!

 

「ねえっ、そこ空けてくれよ、デジたんッ!」

 

「……っ!」

 

「え、ちょ、なんか返事してよ、寂しいじゃん」

 

「イヤムリだよこんな状況でお喋りできるわけ……!」

 

ちなみに、時速70kmを超えてなお悠長に喋っていられる理由は、ひとえに僕たちがヲタクだからである。普段から推しについて語りまくってるおかげで舌の回転がとんでもなく早いし、ネタ探しに四六時中聞き耳を立てているから風の音がうるさくても聞き逃さない。そういう生き物なんだ、僕たちは。

 

まあいい。とにかく、このコーナーで前に出る!

 

そうだな、とりあえず。

デジたんの真似でもしてみようかな?

 

まずは彼女の動きを観察する。脚の運び方、接地時間、腕の振り具合など、それら全てを()()()()する。

 

「ッ!?オロールちゃん、どこにっ……!?」

 

「っし!!」

 

完璧に調子を合わせ、瞬間、僕はデジたんの()になった。

 

ところで、彼女はその類稀な妄想力を常日頃から活用しているので、モノマネがうまい。だから僕は、デジたんの戦術、動き、それら全てを真似させてもらったというわけだ。

 

目論見通り、デジたんは一瞬僕を見失った。

このままインで抜かして……!

 

「っ!コッチッ!」

 

だが、デジたんが内ラチ側を塞ぐ。

 

「……なるほど、読まれてたか」

 

僕はしょっちゅうイン攻めを使うから、見失ったらまずはそこを塞ぐのは良い判断だ。

 

まあ、そうくるだろうと思っていた。

 

「……今日はコッチの気分かな、ふふっ」

 

「あっ!?外からッ、くっ……!?」

 

よしっ、なんとか前に出られた!

 

『先頭激しい攻防!現在一番手はオロールフリゲートっ!すぐ後ろにアグネスデジタルっ!今日の決着はこのまま二人の競り合いかっ!?』

 

だが、欲を言えばやはり内から攻めたかった。

これがデジたん相手でなければ、インにこだわる必要はなかった。しかし彼女は強敵、ほんの少しの差で負けるかもしれない。最終直線で前に居られるのはデカいけど、ここからいくらでも勝負は動く。

 

ここからはまた登り坂!デジたんの方がピッチが上だから、僕の勝ち筋は初めから前に出て足止めを仕掛ける他なかった。

 

「……ようやく風よけになってくれたね?」

 

「ッ、何さ、今になって僕の存在がありがたくなってきた?」

 

「オロールちゃんのおかげで最終直線分のスタミナを確保できた、ならこのままあたしは進むだけっ!」

 

やばいなぁ、デジたんがイケメンすぎて、見惚れてしまう。おかげで元気が湧いてきた!まだだ、ラストスパートはまだ始まってすらいない!

 

頭の中でスイッチの切り替わる音がした。

 

「ッシャオラオラオラオラァァァッ!!」

 

しゃあ!かかってこいや!やったるでぇ!

浪速のど根性見せたるわ!浪速行ったことないけど!

 

『レースはいよいよ最終局面!先頭は変わらず!後続も追いすがりますが、依然として差は縮まりませんッ!』

 

トータルの走行距離はデジたんの方が短い!体力には自信があるが、デジたんと競り合いながらスタミナを取っておけるほどの余裕はない。つまりこの直線、死ぬ気で挑まなければ!

 

「デジたんデジたんデジたんデジたんッ!!」

 

「怖っ!?怖あああああ!?」

 

負けない!うおおおお!とか言っておけばカッコよかったかもしれないが、まあボルテージが最高潮なのだ、仕方ない。

 

「デジたああああああんッ!」

 

「怖ああああああッ!」

 

くっ、やはりイン側からそのまま登られたッ!

デジたんは小柄だし、気配を消すのなら僕よりもうまいかもしれない。いずれにせよ、あとは二人の意地と根性で勝負が決まる!

 

「デジッ、たんッ、ラヴッ!うおおお!!」

 

「オロールちゃん!?オロールちゃあああん!?」

 

負けて……たまるか!

ゴールまで30m、20、10……!

 

『今っ、ゴール板を駆け抜けましたッ!?1着はどちらでしょう!?』

 

駆け抜けた瞬間、僕は真っ先にデジたんを見た。

すると目が合った。思わず頬が緩んでしまったが、それは彼女も同じらしい。

 

レースの後にこうして二人で同じ気持ちを噛み締められて、本当に嬉しい。

 

『判定の結果……!一位は……!』

 

さて、どうなっているやら。

 

『アグネスデジタル!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっちゃけさ、僕はこの上なく嬉しい。センターで踊るデジたんが見れるんだからね」

 

「オロールちゃんもステージに立つんだからね?」

 

「分かってるよ、でもどうせなら、特等席から君を推したい」

 

ウイニングライブは最高のものになるだろう。

なんたってデジたんが先頭だ。これが面白くないはずはない。

 

……だけど。

余るほどの嬉しさと同時に、どうしようもない悔しさが、さっきから僕の胸をひどくドンドンと叩く。

 

「……悔しいなぁ、勝てなかった、勝てなかったよ」

 

「オロールちゃん……」

 

「……最ッ高だね。まだまだデジたんは強くなる。そして僕も強くなる。このまま世界級のレースまでノンストップでやり合いたいよ」

 

胸を叩くような悔しさは、むしろ心地の良いドラムのように感じる。これでこそウマ娘だ!今、僕は生きている!

 

自分はダートが得意だ、とか言っておいてこのザマだ。

最高に気持ちがいい。まだまだ僕もデジたんも速くなれるんだ。

 

「ねぇデジたん」

 

「はい?」

 

「ありがとね」

 

「……いえ、こちらこそ」

 

「ねぇデジたん。また、やろうね?」

 

「もちろん。なんでしたら、次はもっと大舞台で……」

 

大舞台、ねぇ。

それこそ、いつか雨天の天皇賞秋を走るデジたんの顔を、特等席で眺めたいものだ。

 

 




レース名すら明らかにならないウマ娘二次創作の鑑

現実との線引きを丁寧に行うことで独自の世界観を演出してるんです
別に面倒くさいとかそんなことはなくてですね

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