伏線とか、そんな高尚なものは大してありませんけど、毎度読んでくださってありがとうございます。
「……なあ」
「どしたのゴルシちゃん。なんか疲れてる?」
「まあな。……なあ。聞くけどよ。なんでアタシこんなとこにいんだ?」
「僕が誘ったからだね」
「ああ確かに
「僕がお願いしたからだね」
「ああ
「うん。君は快く引き受けてくれた」
「ああ
んふふ。今日は冷え込むなぁ。
「……ホントバカな生き物の集まりだな。こんなクソ寒い中よくやるな。ったく、夏だったらよぉ、夏だったら何でも協力してやんのによぉ」
「ゴルシちゃん。実は、夏の方がキツイんだよ」
ウマ娘は耐寒性には優れているが、暑さにはあまり強くないので尚更だ。
「クッソ、やっぱオロールにトランプで挑むのは愚行だったぜ……」
「まあね。たかが52枚の絵柄なんてすぐに覚えられる。それで、勝負に負けたゴルシちゃんに、こうして売り子の仕事を頼んでるわけだよ」
大晦日が近づくと、普通のウマ娘は有馬記念なんかを思い浮かべることだろう。もちろん僕やデジたんは普通じゃないので、こうして有明に来ているのだ。
「ゴルシさんに来てもらえて、ホントに助かってます!……それにしても、ゴルシさんも“こちら側”だったとは!」
デジたんもよう喜んどる。
「いや違ぇし!ついこないだ脅されたんだよ!」
ゴルシちゃんが快く
今回の僕たちは出品者側なのだ。
僕はいわずもがなオロデジをモデルに描いた。
デジたんは……。学園のほとんどのCPを網羅したんじゃないかってくらい内容の濃くて分厚いやつ。分厚い薄い本。
そう、それで。〆切直前のデジたんの目を見たかい?血眼なんてモノじゃない。あれは何というんだろう、こう、魂から。デジたんソウルから、いろいろと漏れちゃいけないモノが漏れてる感じだった。
寿命を削ってるんじゃないかと思えたのでさすがに8徹は止めさせたが、それでも彼女は自分の限界スレスレでチキンレースをやっていたんだ。タキオンさんの薬でドーピングもキメていた。
ただでさえトレセン学園の生徒は忙しい。G1で戦うウマ娘は輪をかけてそうだ。で、少ないプライベートタイムを全てこだわり抜いた新刊に注ぎ込むのがデジたん流のヲタライフ。
彼女のお父上が印刷業をやっているので、きっとお願いすれば多少の融通も効くだろうが、こと作家と印刷所の関係はフェアでなければならない、と、彼女は言って譲らなかった。まったく、そういうところが好きなんだ僕は。
「ふふふっ、ゴルシさん!ヲタ趣味は恥ずかしがるものではないんですよ?ずっと前から沼にハマってたんですよね?なにせ冬コミの申し込みは基本8月。少なくともその頃には既にゴルシさんは同志だったと……」
「いや違う。つーかオイ、今なんて言った?申し込み期間が夏までだって?」
……あ、マズい。
「オイオロール。まさかお前、アタシの名前勝手に使ったんじゃねーだろーな」
「いや決して君の個人情報を調べ尽くしたり筆跡をコピーしたりとかしてないよ。神に誓う」
「ほう?ならデジタルに誓ってみろ」
「……ゴルシちゃん。どうやら僕は君の口を塞がなきゃいけないらしい」
バレたからには仕方ない。
ゴルシちゃんには、東京湾の底でお魚ウォッチング体験をしてもらおう。
「そんじゃあ、アタシの蹴り喰らってみるか?」
「……スミマセンデシタ」
ゴルシちゃんの蹴りはさすがに死ねる。
僕は黒沼さんやスピカのトレーナーさんとは違って頑丈じゃないんだ。
「まあこれもひとつの経験だと思って。僕らに誘われなきゃ、こんなとこ来ないでしょ君」
「別に経験しなくていいんだわ」
「やかましい!とにかくゴルシちゃんはそこで清楚な微笑みを浮かべてればいいんだ!君、ガワは美人なんだから、客寄せに丁度いい!」
ムダに美人だし。ムダに背も高くて目立つし。
「お前なぁ……。アタシが言うのもなんだが、もっとこう、マジメに生きるってことができねぇのかよ。親が泣くぜ」
「両親は僕の理解者だよ。なにせデジたんとの親密な交流を認めてくれたんだから。それに僕がレースを走る理由として、両親に掲示板の一番上に載った僕の名前を見てほしい、ってのがある。どうだい、結構マジメに生きてるだろ?」
「……人間やウマ娘ってのは、誰でも二面性を持ってるんだな。一部分だけ切り取れば、完全に親孝行な娘じゃねえか」
ホントにそうなんだよなぁ。
僕の親孝行レベルはなかなかのものだ。なにせ僕は幼少期から鮮明な自我を持っているので、まだロクに首の据わっていなかった時期に経験した赤ちゃんプレ……ゴホン。両親の献身的な世話のありがたさを身に染みて知っている。
他にも、母さんにはいろいろ
「そういえば、以前オロールちゃんが実家にいつの間にかいた時にお会いした、オロールちゃんの御母上様。まるで美の権化のような方でしたねぇ……。オロールちゃんが超絶可愛いのも頷けます。御母上様はもう引退されてますが普通に推せる、いや、推す義務すら感じる……!」
「もしかして両親公認なのか?コイツら……」
世界が僕たちを祝福しているゥ!
「ま、いいや。とりあえず僕ら会場を回ってくるから、君は留守番お願いね」
「は?」
「頼むよーゴルシちゃん。初めっからそのために呼んでるんだよ」
「なんでアタシが……」
「こないだ僕の口車に乗ってゴルシちゃん号を賭けの担保にしたからでしょ。売り子やってくれればそれをチャラにするって言ってるんだよ」
「ぐっ……」
ゴルシちゃんを焚きつけるコツは、勝負を行う際には複数人、それもナカヤマさんやリョテイさんなど、バカみたいにレートを上げまくる人種をメンツに加えることだ。それだけで、場の空気がぎゅっ••••!と引き締まるっ•••••••!まさにっ•••••••!歯車的賭博の小宇宙‼︎
とまあこんな感じで、なぜかオールインをぶちかましたくなる空気が生まれるのだ。
「クソッ。誰かのせいにしたいが自分の顔しか思い浮かばねぇ」
やり場のない怒りに苛まれるゴルシちゃんを尻目に僕とデジたんはお宝の眠る大海原へ繰り出した。
◆
「今日はおめかししてるんだね、デジたん」
「もちろん!尊敬すべき大先輩様方に会うのに失礼があってはいけませんゆえ!それに……、一応、あたしの本を買ってくださるファンの方もいらっしゃってるわけですから、それ相応の恰好をしないと……」
やっぱりデジたんはマジメだなぁ。
僕は君のそういうところが……。
「すき」
「オロールちゃん。多分、脳と口の接続がうまくいってないと思う」
そりゃあデジたんを見てるとそうなる。
自慢じゃないが、今の僕のIQはサボテンと同じレベルだという自信がある。本当に自慢じゃない。
今日のデジたんは本当に美しいなぁ。
彼女が街へ出かけるときの私服といえば、専ら例の女児服なのだが、今日のように推しの作家さんに挨拶するときにはかなり洒落た恰好をする。
デジたんは元々がちっちゃくて愛らしいのだけれど、今日の彼女は幼い印象をまるで感じさせない。スマートカジュアルというのはちょっと違うかな。でもとにかくそんな感じ。尻尾なんかも編み込んじゃって、非常にオトナな魅力を感じる。
ほんとそういうところが……。
「すき」
「オロールちゃん。言語チャンネル切り替えて」
「მიყვარხარ」
「違う違う、そうじゃない」
「ちゃんとツッコミしてくれるデジたんが好きだ」
「……からかってる?」
「うん!!!」
今日イチで元気な声が出た。
「はぁ。それより、急がなくっちゃ。コミケは限定物が多いから、取り逃しちゃうと一生……百生後悔することになりかねないし」
「大丈夫だよデジたん。今回は僕、いろいろと手を回しておいたんだ」
「というと?」
つまり。僕は今日、こうしておめかししたデジたんをとことん愛でたいがために、わざわざゴルシちゃんを呼んで店番をさせてるんだ。
当然、他にもいろいろやっている。
具体的に言ってしまうと、あらかじめ目ぼしい作品を取り置きしてもらえるよう、各作家様方に頼み込んだのだ。
言わずもがな、かなり苦労した。まず取り置きをお願いできるくらいには作家さんと親交を深めたかったから、方々へ恩を売りに東奔西走。
デジたんの8徹にストップをかけた時、確か僕は13徹だったはず。それで身体がぶっ壊れなかったのは、ひとえに愛の力ゆえ……。まあ、タキオン印の蛍光色エナドリのおかげなんだけど。
化学の発展とロイヤルビタージュース:モデルΔの開発に関与しつつ、デジたんのために働ける。まったく素敵だ。
とにかくそのおかげで、僕はこうしてデジたんを享受できる。日本最大の同人誌イベントでワクワクを抑えきれず、あちらこちらへ視線を向けるトレセン中等部アグネスデジタル。あまりにも美しい光景だ。これに匹敵するものを他に知ってる人はいるかな?
「実は、目ぼしい作品を取り置きしてもらってる。だから、のんびり行こう?」
「有能っ、すぎ……っ!感謝感謝っ!」
ああ可愛い食べたいな。
……っと危ない。謎にテンポが良くなって気分がノッちゃうとこだった。このままだと公衆の面前で犯罪者の汚名を着るところだった。
「にしても、今日のデジたんホントに可愛いなぁ。そりゃ、今更服がどうなったって可愛いことには変わりないけど。でも、そういう特別感のある装いだと、やっぱり可愛さが倍増してるんだよねぇ」
「もう、やめてよぉ。ちょっと照れくさいな。それに、オロールちゃんも、今日はオシャレしてるじゃん。フッ、単刀直入に言うと、性癖にドストライクすぎて心臓ぶっ飛びそうなんですよねぇ……!」
「えっ、そうかな……?んふっ、ふへへへ……」
自分で言うのもなんだけど、笑い方汚っ!
で、僕の服だけど。
初めはデジたんを引き立てるような服にしようと思った。けど、僕だってメディア露出の機会が増えてきた。
で、僕がデジたんと同じ土俵で張り続けるためには、レースの実力はもちろん、世間からの印象やファン数も同じくらいすごくならなきゃいけない。今のデジたんは、僕がわざわざ引き立てなくったって十分愛される存在だ。
じゃあ僕もそれなりに頑張らなきゃいけない。
人間もウマ娘も、いつだって少年ハートを忘れない方が面白い。僕はそういう思想なんで、一応、世間には少年心をくすぐり弄ぶカッコいいイケメンキャラを定着させたいなぁ、とは思っている。最近はデジたんへの愛が重い変態イケメンキャラが定着してきているらしいので、狙いは達成している、はず。
とにかく、一応僕もウマ娘で、顔で食っていけるくらいには美人で可愛くてカッコいいわけで。
となると、多少攻めたファッションでも、大概は受け入れられる。
「……ま、僕のはオシャレってのもあるけど、実用性も兼ねてみたんだよ。ほら、雨雪に降られたとき、戦利品をガードできるでしょ?ポンチョだと」
それはもう、漫画やアニメでしか見たことないような可愛いポンチョを着てやったよ。魔法使いのコスプレに使うような、黒地にいくつか飾りのついたヤツだ。普段着にするのはなかなか勇気がいるけど。
だが実際のところ、ウマ娘の顔面偏差値はヘタなアニメキャラよりも高いので、割とイケちゃうのだ。
やろうと思えばなんだって着こなしてやる。ポンチョだって、クリント•イーストウッドが着てたメキシカンポンチョにしたって良かったくらいなんだ。
「ふと思ったんだけど。オロールちゃんにコスプレしてほしいな。もちろん、ありのままのウマ娘なオロールちゃんが一番推せるんだけど、ヲタクとしては色んなオロールちゃんを堪能したいというか……」
「じゃあ、デジたんのコスしよっかな」
「ヤメテ」
「あははっ、冗談……。いやどうしよう。例えばさ、デジたんの私服あるじゃん。あの女児服」
「女児服って。アレはあたしの好きとこだわりを詰め込んだ最強の戦闘服だよ!」
「つまり女児服でしょ?それをさ、僕が着るとするじゃん。なんか新たな扉が開けそうだ。今度やってみない?」
「えっと、服伸びちゃうから……」
残念。まあ、その試みは新しい概念を発掘できそうだ。別の形で似たようなことができないか、今度試してみようかな。
けど、コスプレか。
なかなか楽しそうだよなぁ。ま、一応重賞レースで勝ってる僕は、むしろコスプレされる側になりそうなんだけど。
そんなことを考えながら会場を歩いていたら、ふと目につくブースがあった。
「あ、ドーベルさ……どぼめじろう先生のブースだ。先生にも取り置きお願いしてたし、デジたん、行こ……」
そこまで言って、僕の口から次に漏れたのは驚愕の吐息だった。
そこには、僕たちの足を止めさせるに足る、興味深いものがあった。
「……まさか、先生自ら売り子をするとは」
我らが同志、メジロドーベルことどぼめじろう先生が、普通に売り子をやっていた。
勝負服着ながら。
「ナ、ナンノコトカシラ。アタシ、メジロドーベルさんのコスプレしてるのヨー」
「逆転の発想……!ですね!」
「ナッ!?いや、アタシはホントにコスプレイヤーよ、デジタルさ……コホン!見知らぬウマ娘さん」
「わざわざ言い直すの、むしろ確定演出ですよね」
「……ぐぅっ!」
僕はこの時、本当にぐぅの音しか出なくなった人というのを初めて見た。
「……ほらっ!取り置きしておいたわよ!早く持っていって!お代は不要よ!あんまり貴女たちと一緒にいるとマズイから……!」
おや。どうもデジたんの様子が変だ。
ああ分かった。どうやら「お代は不要」という言葉に引っかかったらしい。
「……ドーベルさん。先輩である貴女に、敢えて同志として言わせていただきます。創作品とは、作者の努力の結晶。だからこそ、常に敬意が払われるべきなんです。その価値を歪めるようなマネ、あたしにはできません。お代はお払いいたします。というか払わせてくださいお願いします」
要約。金払うぞコラァボケが。
「……分かったわ。それなら500円を」
「ハイありがとうございますありがとうございますありがとうございますッ!!」
デジたんは財布から5000円札をポンと取り出した。
で、置いたんだ。
「あ、ちょっと待って、今お釣りを……」
「さあオロールちゃん!次のブースへ行きましょう!まだ見ぬ神作があたしを待っているぅ!!」
あ、デジたんったら。僕と手を繋いできた。
いや待ってよデジたん?ねぇ、ちょっと?
思いっきり創作品の価値歪めてるけど?
◆
デジたんに手を引かれるというシチュの魅力に抗えなかった僕は、そのまま彼女に連れられて会場を歩いた。
まあ、ドーベルさんもデジたんもトレセン学園の生徒。今後も会う機会は山ほどあるから大丈夫かな。二人ともいい性格をしてるし、禍根は残らないだろう。
「……あ、ゴルシちゃん」
会場を駆け回って、あらかたの戦利品を回収し終えた僕たち。
再び僕らのブースを通る際、店番の彼女に挨拶をしようと声をかけた。その時の彼女は、目に見えて分かるほど疲れていたけど。
「……オロールと、デジタルか。よぉ、
「うん!ありがとねゴルシちゃん。ホントに君がいなきゃ今日のデートはうまくいなかった」
「おう、よかったな……。なあ、アタシの話、聞くよな?なあ聞くだろ?聞けよなァ?」
「どしたのさ。もしや怒ってる?」
「YES!YES!YES!YES!」
相当疲れてるな。テンションがバグってる。
「最初のうちは、なーんかやけにアタシんとこに客どもが集まるなぁと思ったのさ。でよ?そん時アタシは過不足出ない程度にテキトーな気持ちで売り子をやってたわけだ。すると客の一人が聞いてきたんだよ。もしかしてゴールドシップさんですか?って」
ふむふむ。
「アタシ、反射的に返事しちまってよ。次の瞬間、あーやっちまった、って思ったぜ……。ゴルシちゃんのコスプレイヤーですーとか、言い訳する暇もなく、アタシが本人だって噂がそれなりに広まっちまって」
そういえばゴルシちゃん、ベロ出しながら菊花賞獲るくらいには強くて悪名高いウマ娘だもんな。
「それでもよ。足掻きとして、アタシんとこに来るヤツには、アタシが本を描いたわけじゃねえ、あくまで売り子の仕事だけ仕方なくやってるんだとは説明したんだわ。けど何人かは、デュフデュフ興奮冷めやまぬって感じで、多分アタシが"そっち側”の住人だと勘違いしたまま帰ってったな」
「……ドンマイ!」
「じゃかあしいわ!!」
にしても、ゴルシちゃんでさえそんなヘマをやらかすくらいだ。その点ドーベルさんが勝負服を着たのはさすがの発想だな。木を隠すならなんとやら、ではないけど、あれほどあからさまだと逆に本人とは思われないよな。どぼめじろうってなんかエ○作家みたいな名前だし。まさか清楚系ウマ娘がエ○作家の正体だとは誰も思うまい。いや、無論、エ○作家じゃないけど。
「いっそゴルシちゃんも作家デビューしようよ!」
「……いやだ」
「ふーん?若干間があったけど?やっぱり気になるんじゃないの?」
「描かねーよ!大体なぁ。ゴルマクなんて需要ねぇだろ。最近だったらスズカとかその辺を……」
「おかしいなぁゴルシちゃん?僕、一度も
「だれかアタシをころしてくれ」
綺麗に自爆したなぁ。
うーん。
合掌。
作者はクソガキなのでコミケの解像度が0.02dpiなのです。
まあこの小説自体適当の権化みたいなところあるんで問題ないんですけどね。