……それだけ人生経験豊富だから、ネットの片隅の怪文書を読んでおられるのですか?
デビル◯ンの映画視聴の百倍は無益な時間を過ごしてるんですよ?
「心優しい同志がいるってのはありがたいね、ゴルシちゃん」
あ、同志って言うのはよした方がいいかな?中国語で「同志」というと、オモシロい意味になってしまうので。
「ああ、そうだな。おかげで香港にはなんとか行けそうだし、リーさんには感謝してるぜ」
「……ゴルシちゃん、怒ってる?」
「どうしてアタシが怒るんだよ?」
「いや、だって……」
だって、ねぇ?
「ケツがズタボロじゃないか」
「言うなよ、実感するじゃねえか」
「……ごめん」
道がね、もうアレなんだよ。
これでもかというくらい、ズブズブ。
うんち。
おっと申し訳ない。オゲレツな言葉が。
リーさん曰く、これが普通らしい。
彼は仕事でもプライベートでも根っからのドライバーで、大陸各地の道を走ってきたらしい。デジたんを推し始めたのも、泥臭く走るその姿に共感を覚えたからなのだとか。
……しっかし、素晴らしい道だ。
シュールストレミングに恋するゴルシちゃんの恋路と同じくらい険しい。
「……ブフッ」
「どうした?」
「いや、思い出し笑い」
「……?」
……シュールストレミングをトレーナー室で開封した結果、何の罪もないトレーナーさんが一番ひどい目に遭ってたのを思い出した。何せ一週間以上臭ったからなぁ。
「……なぁ、真面目な話、もっとマシな移動手段あっただろ?一旦上海に戻っても、別に良かったろ?なあ?」
「直通列車、ありまスね」
「だよなぁ?」
ゴルシちゃんのぼやきに答えたのは、リーさんだった。
「この国は、広いので、観光したい人、飛行機とか列車、使いまス。車使うの、バカだけネ」
「リーさんもそう思うよなぁ?」
「だったらワタシはバカでいいネ」
「リーさん?」
やはり同好の士は期待を裏切らない。
「そうだよゴルシちゃん。ヲタクはバカな生き物だ。でもそれを誇りに生きている。バカなヤツこそ幸せなのさ。もの◯け姫でも言ってたろ、『バカには勝てん』って」
「……分かったぞ。バカは風邪ひかねえってことだ!オメーはアレだ、ケツの痛みに気付いてすらいねーんだ!」
「ケツが痛いとか言うなよ!実感してきちゃうだろ!」
「話題振ったのはオメーだバカ!」
「バカって言う方がバカなんだよー!やったろうかゴルシちゃん、リーさん入れればこっちが数的有利だぞ」
「リーさんを巻き込むなよ。ただでさえ休日投げ打ってアタシら拾ってくれたんだし」
リーさんは、デジたんのレースを見るために仕事を休んでいた。元々はきちんとした移動手段を使う予定だったが、ゴルシちゃんがヒッチハイクは嫌だとゴネたので、こうして迎えにきてくれた。フッ軽すぎないか?
「……そうだね。うん。ていうか、ここから香港までは相当遠い。気力は温存しておこう」
余裕があれば観光。それが本目的ではないことを忘れずに、体力管理に気を配っていこう。
◆
「うわーっ!見て見て!めっちゃ古そうな建物たくさんある!」
「文化財でそこまではしゃげるのすげぇな。精神年齢低いくせに、感性は中高年だな」
「……今のすごい刺さる」
あれ?待って?
今の僕と前世の僕は完全な同一人物ってわけじゃないけど、仮に同じものとして精神年齢をカウントしたら……。
うわああああああ!!
◆
「ケツが痛い!」
◆
「ケツ痛ぇなクソ!」
◆
「オケツ!」
◆
「……えー、現在、時刻は午後十時でございます。まあ、何とか長い道のりを乗り越えて、香港まであと一歩というところまで来ましたけども」
「ローカル番組みてぇなノリで苦痛を紛らわせようとするんじゃねーよ。向き合え。全部お前のせいなんだから」
「ゴルシちゃんカンカン、ケツの肉パンパン」
「黙れ」
「うっす」
……どこかでエアグルーヴさんのやる気が下がる音が聞こえた気がした。
「……とりあえず、リーさんの友人がやってる宿に泊まれるのはイイな。久々にちゃんとした寝床に入れる」
とりあえず食事は済ませた。
しっかし、飯は本当に美味かった。
国が変わると味付けもこんなに変わるのか、といった感じ。つまり、日本で食べる中華料理と、本場の料理じゃあ、かなり違うってこと。
食べ慣れてない味だけど、美味い。
……真面目に理由を考察してみようか。
中国は古来より、あらゆる文化が流通し沈着する土地だった。各地の食材や調理法が集うわけだから、料理が洗練されるのは当然のこと。
それと、これは僕の個人的な考察なんだけど、ウマ娘の存在も関わってると思う。
この国は土地が広いから、移動や伝達のために、ウマ娘はとても重宝されたはず。
そして、僕たちウマ娘という生き物は、飯の美味さによってヒッジョーに分かりやすくコンディションが変わる。やる気UPスイーツやらにんじんハンバーグやら、とりあえずウマ娘は美味いものを食えば実力を発揮できる。
長い歴史の中で、料理人たちはウマ娘のやる気を絶好調にしてやろうと試行錯誤したに違いない。
その結果、例えるならサイモンとガーファンクルのデュエットみてぇな、味の調和っつーんですか、とにかく、甘味塩味酸味苦味旨味辛味が奏でるハーモニーが、今日も僕らの舌を楽しませてくれている。
「うむ、先人は偉大なり……」
「急にどうした」
「ちょっといろいろ考えててね。食文化というものに対して、改めて感動したよ」
「ほーん」
「マジメに感動してるんだよ。現に君も気に入ってたじゃない。かなりの量を食べてたよね」
「まあな。だってよぉ、……海辺の土地らしいっつーのか?サッパリ風味の料理だったから、食べやすかった」
「分かる。海鮮はセコいよね。際限がなくなる」
「……なあ」
「ん?」
「これから寝るって時に飯の話はやめよう」
「……オッケー」
飯自爆テロ。
誰も幸せになれない行為をするのはよそう。
さて。
今現在、僕たちはリーさんの案内のもと、民宿に到着したところ。
モダンな外装の内に見え隠れする、年月を偲ばせる建物が、これまた粋な感じ。
「私の友人、言いました。二人部屋、一つの空きがありまス。安い値段で泊まれまス」
「あ、それじゃ貴方が……」
「私は、大丈夫でス。泊まる場所あります。友人にムリ言ってしまったケド」
「それなら良かった。……すみませんね、いろいろお世話になっちゃって」
ま、僕のせいである。これは認めざるを得ない。
ほとんど手ぶらでこの国を訪れたわけだから。
今回の旅で、海外渡航はその場のノリと勢いで決行するものではないと学んだ。
「友人、ウマ娘大好きです。ゴルシ推し」
「……アタシかよ!?」
何……だと……ッ!?
ゴルシちゃん推し!?
そんなヤツがこの世界にいるのか!?
……いや、まあ、そりゃいるだろうけど。
芦毛スキーさんとか……。
まあそれはともかく。このゴルシとかいうウマ娘は、何気にファンが多い。
可愛い、速い、ライブうまい、の三拍子が揃ったウマ娘は須く人気になる。
可愛い、は、美しい、に置換可能。
ライブがうまい、というのも、例えば音響をジャックしてタフに赴き、けったるいムードをかき消したりしたとて、場が盛り上がれば人気が出る。
「泊めてもらうからにはしっかりファンサだゴルシちゃん。全力でカワイコぶるんだ」
「友人、イカれたウマ娘好き!」
「……なんか、そう言われると、ふざける気が湧かないな」
「君ぃ、そういうとこだよ。ハジケキャラやるならしっかり筋通さなきゃ」
「いや。仮にアタシ一人だったとしたら、あるいはハジケたかもしれねぇ。だがオロール、お前がいるなら話は別なんだよ」
「どうして?」
「オメー、そういうとこだぞ。時々、自分のイカれ具合を考慮せずに物事を考えるよな」
「確かに僕はちょっと変わったウマ娘さ。しかし何も、世界一の狂人ってわけじゃあないんだから」
「銀河一の狂人だもんな。……要は、お前のせいでアタシのキャラ霞むんだよ」
「もっと自信持ちなよゴルシちゃん。今や天然ブランドの価値は『天然』ただその一点のみになりつつある。養殖モノの方がコスパも味も良くなってきてる時代なんだから」
もちろん、天然モノにしかない美味さというのもある。デジたんなどが良い例。
……彼女は決して養殖などではない。デジたんとは、この世に生まれてくださったことすら畏れ多いほどの、珠玉の存在。ビッグバンの原因がデジたんの尊みだという話は科学者の間じゃ有名だ。
「何にせよ、ファンサだよファンサ。アイドルの義務だよ。……いや、というよりかは、助けてくれた人へ当然の恩返しだよ。そっちこそ義務だ」
「……しゃーねぇなぁ」
◆
「クルッと回ってワオ!一着のポーズッ!」
ウマ娘、ウマ娘、ヒト、ヒト。
頬の紅潮、無言サムズアップ、無言サムズアップ、無言サムズアップ。
ゴルシ推しな宿の大将は、ゴニョゴニョと何か呟いた。中国語にまだ慣れない僕は、何とか聞き取ることができた。
「なんて?」
「宿代はいただきました、的な?……なるほど?大将、太っ腹だ!そんでもってナイスだゴルシちゃん!」
ヲタクはとりあえず金を払いたがる生き物。
どうやら国境を越えてもそれは同じだったようで。
そして、推しのファンサには大いなる価値がある。
少なくとも一泊分くらいの価値はあったわけだ。
「お、おう。……なんか、試合に勝って勝負に負けた気がする」
「何言ってんだよ、大勝利だ!チェンさんは推しを拝めて、僕たちはタダで泊まれる!皆幸せじゃんか!」
「チェンさんていうのか、その人は。つーかいつの間に名前教えてもらってんだよ。仲良くなんの早ぇな」
「ヲタクを舐めるんじゃない。刹那にして深層意識下で絆を結べる生き物だぞ」
「怖ぇわ。そのうち別次元の仲間とも交信しそう」
「してる人もいるらしいよ?ファル子さん推しの同志から話を聞いたことがあるんだけど、ファル子ファンの数はトータル三兆人いるとかいないとか」
「怖っ!?もし引退ライブとかしたら宇宙崩壊するんじゃねーの?」
「するだろうね」
まあ?デジたん推しの僕だって、宇宙くらい滅ぼせるけどね?
僕が本気で愛を叫べば世界はぶっ壊れる。つまり、今現在時空が崩壊していないのは僕の気まぐれ。
「明日はいよいよ香港。とりあえずデジたんのいるホテルにサプライズで突撃して、ついでにトレーナーさんの財布からいくらか掻っ払って資金を……」
「オイサラッと犯罪予告すんな。せめて
「それもそうだね。……とりあえず、チェンさんに恩返しもできたし、今日は寝よう。てか疲れた!ケツ痛い!眠い!ヤバい!」
ウマ娘のケツはダイヤより価値があるんだ。大事にしなくちゃ。
ちなみにリーさんは慣れているなら問題ないのだとか。
……彼の肉体をよく観察してみると、なかなか引き締まっている。カンフースターばりの筋肉だ。おそらく数年の修行ごときでは身につけられないくらいの。強すぎない?
「……なあ、ベッドひとつしかないぜ?」
「そりゃ君、当たり前だろう。ツイン?バカ言うな。シングル?とんでもない。ダブルだよ!ダブル!」
◆
「時刻は現在午前7時でございます。天気はそこそこ晴れ。肌寒さはあまり感じません。このあたりは南国と言っても差し支えはない気候じゃあなかろうかといったところ」
逆に言えば、暖房設備が充実しているわけではないので、内も外もあまり変わらない。
「なあ、なんか身体がだるいんだが」
「え?不思議だねぇ」
「オメーが芸術的寝相を披露したからなんだわ」
「……ほにゅっ?」
「キッショいトボケ方すんな。喉の骨潰した後気道に呼吸穴開けて、苦痛長引かせるぞ」
「具体的すぎて怖い」
ラングレーの拷問マニュアルとか読んでそう。
「ま、アタシ犯罪歴は欲しくねぇからそんなことやらねーけど。さて、っし、忘れもん……あるわけねーわな。ほぼ手ぶらだもんな」
「イグザクトリー。やはり旅は手ぶらに限る」
「調子乗んな」
「うっす」
現在僕の頸動脈はゴルシちゃんに握られている。
香港目前とはいえ、美味しいお昼ご飯のために、彼女のご機嫌をとることが何より大切なのだ。
「いよいよ香港……!僕はずっとこの時を待っていたんだ!」
「良かったじゃねーか、ようやくデジタルに会えるな」
「うん!……いや、まあ、それが一番嬉しいのは確かなんだけど。実は、僕にはもう一つ目的がある」
「あぁ?んだよ?オメーと二人っきりだとアタシが割を食うから、ささっと合流してーんだが」
「その目的はデジたんに会ってからでも実行可能だから、安心してくれ。ゴルシちゃん、僕はね……」
香港といえば、アレしかない。
「ぼかぁ茶ビンのフタをずらしたいんだ」
「そのローカル番組のパチモンみたいな喋り方をやめろぉ!文字に起こしたらフォント変わるタイプの喋り方をやめろぉ!」
9部キターーーー!!!
今日の運勢
茶ビンのフタをずらすと吉。
テーブルを指で二回トントンと叩くと吉。
フランスから来る旅行者はやかましいのでブン殴っておくと吉。