さよなら愛しき記憶たち。   作:滝 

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エピローグ、というのは最終話のように扱われる事が多いですが、演劇では劇が終わった後に俳優が本筋に対して注釈を述べる場の事を指したりします。
この物語に込められたメッセージは何だったのか、このエピローグから読み解いて頂けると幸いです。




Epilogue

 ウッドデッキを照らす、ランタンの灯り。

 それだけを頼りに、私はたった今その本を読み終えた。

 

 

『さよなら愛しき記憶たち。』 比企谷八幡

 

 

 ハードカバーのそれをそっと閉じると、テーブルの上に置く。ずいぶん夢中になっていたみたいで、外はすっかり暗くなっていた。それに、寒い。夏休みのたびにこの別荘に来るけれど、高原の夜はこの季節でも肌寒く感じる。

 私は背もたれにかけていたひざ掛けを自分の膝にかけると、隣りにいる本の作者に声をかけた。

 

「ねえ、パパ」

「ん?」

 

 パパは木製の椅子に腰掛けながら、何かの記事でも読んでいるのかタブレットをシュッシュと操作していた。そんな姿を見ていると、本当にこの人が書いたんだろうかと疑問に思えてくる。

 

「この本、本当にあったことなの?」

 

 私がそう聞くと、ちらり、とパパはこっちを向いた。タブレットを膝に置くと、穏やかな声で語りかけてくる。

 

「パパの職業はなんだった?」

「質問には質問で返すなって、学校の先生が言ってたよ」

「ならその先生の言うことは疑ってかかれ。で、パパの職業は?」

「⋯⋯ノンフィクション作家」

「つまり?」

「⋯⋯本当にあったこと」

 

 素直に「そうだよ」って返せば済む事なのに、この父親は本当に面倒臭い。

 多分、昔からなんだろうなと思う。ママに「あなたは昔からそうね」ってよく呆れられているから。

 

「よければ、作者に感想を教えてくれないか?」

 

 パパは優しく笑いかけながら聞いてくるけれど、小学生高学年の私にとっては分からないことだらけだった。

 使っている言葉の意味が分からないのもそうだけれど、本気で人を好きになったことがないから、ママの気持ちもパパの気持ちも分からない。

 けどママがパパのことを大好きだったり、パパもママのことがめちゃくちゃ好きなのよく知っている。言い合いはよくしているけど、隙さえあればベタベタイチャイチャしてるし。

 私はそんなパパとママを見るのが、とても好きだった。よくリビングとかでくっついてたり、普通にキスしてたりする。そういうのを見ると、私はとても幸せな家庭に生まれてきたんだなって、実感できる。

 

「難しくて、よくわかんなかった」

「そうか」

 

 私の正直な感想にも、パパは残念そうな顔ひとつせずに受け止めてくれる。

 感想は、以上。

 だけど、聞きたいことはある。

 

「ママ、よくこれを本にしていいって言ったね」

「それな。でももしまた思い出せなくなった時に役立つから、ってすんなりオーケーしてくれたぞ」

「思い出せなくなったことあるの?」

「俺がお前のことを忘れたことがあるか?」

「ないけど⋯⋯」

 

 本当に、ないって素直に言えばいいのに。ママはもう慣れているのか諦めたのか、パパの喋り方には何も言わない。まあ素直なパパなんてパパらしくないから、別にいいんだけど。

 

「この本、売れたの?」

「すげぇ現実的なこと聞くな⋯⋯。まあ、今まで出した本の中では一番売れた。自称医療評論家にはありえないってめっちゃ叩かれたけどな」

 

 パパはそう言って笑った後、そうだ、と言ってタブレットを触りだした。またシュシュッと操作すると、タブレットの画面を見せてくる。

 

「今度映画化するんだけど、観るか?」

「⋯⋯観ない。ママ役の人より、ママの方が綺麗だもん」

「お前⋯⋯。女性のなりたい顔ナンバーワン女優になんてこと言うんだ」

 

 そう言われたって、本当にママの方が綺麗だし。

 ママじゃない人がママを演じるとか、違和感しかない。ママが演技するんなら、見てみたいけど。

 

「一色いろはは、本人役で出るぞ」

「え⋯⋯。そうなの?」

 

 いろはお姉ちゃんが出るなら、ちょっと観たいかも⋯⋯。

 女優さんのイメージしかないけど、アイドル時代のシーンとかがあるなら、観たい。

 

「試写会で観れたら、いい経験になると思ったんだけどな」

「試写会⋯⋯って、私も行っていいものなの?」

「別に大丈夫だろ。材木座編集長に交渉させる」

 

 材木座編集長⋯⋯ああ、ざいちゃんのことか。たまにうちに来る、変な喋り方をする人だ。あの人、編集長だったんだ。

 

「ちょっと貸して」

「ん」

 

 私はパパからタブレットを受け取ると、キャストのページをじっくり眺めた。

 パパ役の人は⋯⋯ちょっと目が生き生きしすぎてて全然らしくない。ママ役もなんか違うし、結衣お姉ちゃん役の人より本人の方が可愛い。小町お姉ちゃんは、ちょっと似てるかな。陽乃お姉ちゃんはやっぱり本人の方が綺麗。ざいちゃん役は⋯⋯え、ちょっとイケメン過ぎる。本人、こんなにしゅっとしてないし。

 どうしよう、観たくないけど、観たいな⋯⋯と思っていると、玄関の扉がきいっと鳴った。

 

「外はだいぶ冷えてきたわね」

 

 お風呂に入っていたママは、吹いてきた風に長い髪をなびかせながらそう言った。アイロンを当てたばかりなのか、髪はつやっつやだ。ママは私の頭をそっと撫でながら、隣の椅子に座る。

 ああ、やっぱり本物のママの方が綺麗だなぁ。

 誰のママと比べたってダントツに綺麗だし、みんなママを見たらうっとりしてる。私はママに似ているらしいから、ママが褒められると私も嬉しくなる。

 ママはいつも優しいし、時々厳しいけど、全部納得できることしか言わない。本当、パパには勿体無いぐらいだよ。まあ、パパもパパで少しは素敵だけど。

 そんな事を考えながらママのを見ていると、ふと目が合った。優しい声で「なに?」と聞かれて、私は「ううん」と頭を振る。

 ママは微笑んだままテーブルに視線を移すと、さっきまで私が読んでいたパパの本を見てピタッと固まった。あれ、なんでそんな風になるんだろう。家にずっと置いてある本なのに。

 

「あなた⋯⋯。まさかこれを読ませたの?」

「読ませたっつーか⋯⋯。読んでみるって言ったから渡しただけだ」

「でも⋯⋯。タイミングってものがあるでしょう。きっと、まだ早いわ」

「読みたいと思った時が読み時だろ」

 

 パパが答えると、ママは長い溜め息をつきながらこめかみを押さえた。さっきから、よく分からないやり取りが続いている。きっとママとパパにしか、分からない。

 ぼけっと本の表紙を眺めていると、この本はママの為に書かれた事を思い出す。何度も何度も忘れられてしまった、これはいわゆるママの本だ。

 話の内容を頭の中で再生すると、私にもママの痛みが分かる。もしパパが私のことを忘れてしまったらなんて考えると、今にも泣いてしまいそうだ。

 

「ねえママ」

「どうしたの?」

「今日、一緒に寝ていい?」

「ええ、いいわよ。少し早いけれど、もう寝ましょうか」

 

 もう一人で寝られるから、私用の部屋で寝てもいいんだけど、今日はそうしたかった。

 ママが立ち上がると、私も膝掛けをくるくる畳みながら立ち上がった。パパにタブレットを返すと、ママが声をかける。

 

「あなたも。早く中に入りましょう」

「んー」

 

 パパは気怠げに立ち上がると、一緒に別荘の中に入った。

 パジャマに着替えて、ヘアバンドを外して、歯磨きをする。その間にママがヘアアイロンをかけてくれて、私の髪もママと一緒でつやつやのサラサラになる。

 そうやって寝る準備をしている間、私はずっとパパの書いた本のことを考えていた。今のパパとママからは全然想像もつかない話だったから、ずっとモヤモヤしている。

 寝室に入ると、私は迷いなくベッドの真ん中に寝転んだ。布団を引き上げると右側にパパが入って来て、反対側にママが入ってくる。

 

「ママ」

 

 私はそう言って、ママの腕をぎゅっと抱き締めた。お風呂から出たばかりだからか、ママの腕も手も温かい。

 

「ママ、辛かったよね? パパに忘れられて」

 

 私がそう言うとパパはもにょもにょした笑みを浮かべて、ママはふわりと笑いかけてくる。

 

「辛かった⋯⋯のは確かね。でもあなたを産んだ瞬間、これでよかったって思ったわ」

 

 ママは私の髪を撫でた後に、ぎゅうって両手で抱き締めてくる。そうしてくれる時のママの顔が、私は一番好きだった。

 

「あなたに会う為に全てがあった。そう考えたら、全部納得ができたの」

 

 あれ、と思った。どうしてこんな話になったんだろう。

 私はママが辛かった、心が痛かったって言ったら、慰めてあげるつもりで聞いたのに。

 

「あなたもそう思うでしょう?」

 

 ママがパパに向けて言うと、パパは私の髪を撫でた。ママとは全然違う、ちょっとだけゴツゴツした手。全然違うのに、ママに撫でられた時と同じ気持ちになるから、不思議だ。

 

「何一つ欠けても、今がなかった、って考えたらな。できればお前には、辛い目なんかに遭って欲しくなかったけど」

「いいえ。それでもよかったって、そう言えるわ」

 

 ママはパパとイチャイチャしてる時と同じ顔で、パパを見ていた。

 そんな表情を見ていると、ママはまだ恋する乙女なんだなって思う。恋したことないから、よく分かんないけど。

 

「当たり前のように続いていく毎日が、どれだけ大切で幸せかを知る為に必要なことだった。そう思わない?」

 

 ママはそう言いながら、片手をパパの方に差し出した。パパはその手を取って、ちょっとだけ私たちの方に寄ってくる。

 そして、チュッ、と。

 私の頭の上からそんな音が聞こえた。見えなかったけど、きっとまたキスしてるんだ、この二人。パパとママのサンドイッチが、ホットサンドになっちゃいそうだった。

 

「じゃあ、パパとママは、今しあわせ?」

 

 私が聞くと、パパは片手で抱くようにして髪を撫で続ける。私の頭にのせられた顎が、無精髭でチクチクする。

 

「お前が居てくれるのに、パパとママが幸せじゃないなんてありえるか?」

 

 本当にもう、こんな言い方しかできないんだから、このパパは。

 仕方ないなぁって思いながらママの方を見る。ずっと私を見ていたママは、浮かべていた笑みをもっと優しくて素敵にする。

 

 ああ、本当に好きだな、このママの表情。

 本当に気持ちいいな、パパに撫でて貰うのは。

 

 

「ねえ――」

 

 

 とても優しい声で、ママが私の名前を呼ぶ。

 そして幸福で仕方ないって表情のまま、私とパパを見ながら言った。

 

 

「私、今が一番幸せよ」

 

 

 そう言ってママは、私の額にキスをする。

 くすぐったくて、ちょっと恥ずかしくて、でも全然嫌じゃない。

 

 ママにぎゅっと、抱き締められながら。

 パパに優しく、髪を撫でられながら。

 

 私はそっと、目を瞑る。

 

 私も今が一番幸せだなって、そう思いながら――。

 

 

 

 

 

Fin.

 

 

 

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