タキオンの狂った瞳に狂わされ共にトゥインクルシリーズを駆け抜けてきた。
何もかも予定通りとは行かなかったが、彼女と追い求めた「速度の限界」「ウマ娘の可能性の果て」という研究テーマは一つの区切りを迎えたように思う。
タキオンも同じ気持ちなようで、引退レースを控えてからは実験と称した薬物投与の頻度は日に日に減っていった。
体調が普通すぎて逆に違和感があるな、なんてぼやいてみると「モルモットが板につきすぎているんじゃないか」とケラケラ笑っていた。
引退を切り出したのはタキオンからだった。
「私の体ではこれ以上の成果は見込めない」といつも通りの淡々とした調子で語っていたのをよく覚えている。
感情としては受け入れられなかった。
タキオンの走りをもっと見ていたい、『アグネスタキオン』はここで終わるウマ娘ではない、そう言いたかった。
しかし、頭のどこかではそれを受け入れている自分もいた。
確かに、最近のタキオンの調子はお世辞にも良いとは言えない。
走ったレースはよくて入着止まり、タイムも縮むどころか伸びてきている。
論理的に考えてこれ以上続ける必要はない、少なくともタキオンはそう考えているのだろう。
そして、俺自身も……
でも最後に引退レースだけしてみないか?
そう提案してみると、少し嫌そうな顔をした上で了承してくれた。
「これまで尽くしてくれたモルモット君の頼みだからねぇ」とのことだった。
タキオンは最近ボーっとしていることが多くなったように感じる。
急にやることがなくなり暇を持て余しているんだろう。
絵を描いてる時もあった。聞いてみると、同室のアグネスデジタルに感化されたようだ。
腕前は……ノーコメントで。
実験への熱が冷めた訳ではないらしく、たまに深夜に呼び出されて薬を飲まされることもあった。
全盛期はほぼ毎日だったのでそれに比べればずいぶん楽だと思った。
この時だけは今までのように興奮したタキオンを見れるので、本当は毎日でもよかった。
「ここを卒業したらトレーナーになるのも悪くないかもしれない」とはよく言っていた。
実家に帰るのか聞いてみると、どうやら一人暮らしをするつもりらしい。
一人だと死にそうだから一緒に住もうと提案してみたら、ひとしきり笑われた後に「それはプロポーズかなにかかい?」と小突かれた。
慌てて訂正しようとしたが、「そうだねぇ、君に一生面倒を見てもらった方が、このさき楽に生きられそうだ」と被せられてしまい、何も言い出せなかった。
代わりに、俺はアグネスタキオン専用のモルモットだからな、とだけ返した。
引退レースは二着の大健闘に終わった。
それからしばらくしてタキオンは学園を去り、今は俺の部屋でトレーナーの資格を取得するために勉強している。
勉強をしながら「ここはもっとこうした方がいい」「この問題はおかしい」とグチグチ言ってる姿は微笑ましかった。
俺はと言えば引き続きトレーナー業を続けている。新しく担当している娘は素朴ながらも才能に溢れた素晴らしいウマ娘だ。
たまにタキオンの薬を飲んだ上で学園に向かうため、その娘に驚かれることは何度かある。
タキオンの現役時代は周りが慣れてくれたためこの反応は新鮮だった。
公私ともに順調で、とても満足している。
そう、言い聞かせていた。
本当は、タキオンの走りを忘れることができない。
本当は、タキオンの狂ったような情熱を忘れることができない。
本当は、タキオンの瞳を忘れられない。
引退してからというものの、タキオンは変わってしまった。
いや、引退を決断したあの時からもうタキオンの瞳は酷く落ち着いた色をしていた。
それに気が付かないフリをしていた。
タキオンはきっと満足してしまったのだ。満ち足りてしまったのだ。
そのせいで、理想への執着心を失った。あの狂った瞳を失ったんだ。
俺はまだ、お前に満足できていないのに。
タキオン。お願いだから、もう一度だけでいいから、あの眼で俺を見てくれ。
もう一度お前と夢を追わせてくれ。
お前の走りと才能を、二度と消えることがないくらいに、この脳に刻み付けてくれ。
『アグネスタキオン』はまだ終わってないと未練がましく想い続けているモルモットは、それだけが望みだから。
だから、タキオン。その濁ってない瞳を俺に向けないでくれ。