失恋直後のトレーナーに追い込みをかけるウマ娘概念   作:金木桂

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呑みたい


二日酔い

 

 街コンに行くことにした。

 決まった理由はその場のノリ半分、沖野トレーナーの勧め半分だった。

 

 もう少し詳細に語ろう。

 恋愛の傷を癒すには恋愛しかないという結論に至った沖野トレーナーに酔った勢いで俺も同調し、バーカウンターでスマホから必要事項を記入してクレカで参加費を決済。4000円という金は中々なものだが、トレーナーとして日々仕事をして貯蓄された俺の預金口座からすればそこまでの出費でもない。

 

 今思えば非常に浅はかな考えだと思う。そんな自分を誤魔化すような方法を取って、何一つ利などあるはずがないのに。正直、正気に戻った今からすると金の無駄だと思う。

 まあ、決まってしまったものは仕方がない。給料がどれだけあろうが4000円の価値は消えない。行くだけ行って、適当に済ませよう。

 

 そんな感じで日付が変わるまで話をして、帰宅して就寝して今はその翌日。朝。

 

「……頭が重い。頭痛薬……何処置いたっけ……」

 

 端的に、滅茶苦茶に二日酔いになっていた。

 

 トレーナーとして完全に失格である。この姿を理事長に見られたら社会人としての自覚が足りないとプリプリと怒りながら扇子で叩かれることだろう。不甲斐ない。まさか自分のキャパ以上に呑んでしまうとは……。

 

 不調とはいえ、完全に仕事が出来ないほどじゃない。風邪ならウマ娘に移すといけないので有給を使わざるを得ないが、二日酔い程度ならどうにか仕事は熟せる。今日一日は辛いが我慢だ。

 

 俺はふらつく身体を制御しながらカレンダーを確認する。居間の壁に取り付けたカレンダーには大まかな予定が書かれており、間が悪いことに今日はダイワスカーレットの朝練に付き合う日だった。なので何時もより出る時間が早い。

 

 俺は白湯を飲みつつ、トーストを適当に口に突っ込む。しかし半分ほど食べたところで気持ち悪くなってトーストを皿の上に置いた。

 食欲がない。二日酔いだから無理もない。食べないと半日持たないから、普段ならばそれでも無理矢理胃に入れるのだが……流石に今日それをしたら吐きそうだ。やめておこう。

 

 手短に支度を整えると、俺はマフラーを首に巻いた。それでも今日は少し寒い。

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

「アンタ……顔色悪いわよ?ちょっと大丈夫?」

 

 ターフで待っていたダイワスカーレットは、俺の顔を見るなりそんな第一声を投げかけた。

 一応俺はいつも通りの表情を意識して、ターフへと踏み込んだはずだったのだが……どうにもまだ付き合いの短いダイワスカーレットにさえ見抜かれるほど、俺の二日酔いは酷いらしい。

 

 俺の体調が酷いのは事実だが、ダイワスカーレットに心配を掛けるわけにはいかない。レースが近いのにこんな些事で面倒を煩わせてしまうのは駄目だ。

 それに、仕事にのめり込めば多少は心に余裕が持てるかもしれないと昨晩沖野トレーナーも言っていた。ここで休むのはデメリットしかない。

 

「おはようございます。大丈夫ですよスカーレットさん。見た目ほど中身は酷くないですから」

「それ本当よね?……まあトレーナーとして言ってるならアタシも深く突っ込まないけど」

 

 上手く、ではなかったがどうにかダイワスカーレットの疑念を誤魔化す。その瞳には依然として猜疑心が宿っていたが、そこまでは俺も払拭することは出来ない。体調が悪いのは事実なのだから。

 

 纏まらない思考のままダイワスカーレットのウォーミングアップを眺めて、その後ダイワスカーレットに指示を出す。ダイワスカーレットの本日の調子はそこまで悪くなさそうだ。軽めに走らせて、その後仮想レースを一本やってタイムを計る。その結果を俺がフィードバックして、朝は終わりだ。

 

 だが、太陽が昇るにつれて徐々に立つのも辛くなってくる。

 気のせいか、怠気が強かっただけの身体が熱を持ち始めている気がする。心が弱っているところに酒を入れて、夜更かしまでしてしまったのが良くなかったのかもしれない。

 

「トレーナー、今日のアタシの走りはどうだった?ってねえ、ちょっと!?やっぱアンタ凄い今日駄目そうじゃない!?」

「すみません。かもしれません」

 

 もう取り繕う元気もない。我ながら酷い姿だ。

 素直に答えると、ダイワスカーレットは口を尖らせる。

 

「かもじゃない!全く……無理をしちゃ駄目じゃない。アンタが倒れたらアタシが困るのよ」

「そうですね……」

「じゃあ持つわよ」

 

 へ?

 疑問が脳裏を過る前に、俺の身体はダイワスカーレットによって持ち上げられていた。

 

「ちょ、ちょっとダイワスカーレット……さん?」

「そんなフラフラになってるトレーナーを一人で帰すわけにはいかないでしょ。そういう訳だから早く家まで案内してよね」

「そこまでしてもらう訳には……」

「アタシがしたくてしてるの!良いからアンタはアタシの優しさに甘えてなさいよ!」

 

 いつになく強引なダイワスカーレットによってお姫様抱っこされた俺は、他のウマ娘の注目を集めながらターフの外へと運ばれる。

 申し訳ないという感情以上に、恥ずかしい。ただただ恥ずかしい。

 女子中学生にお姫だっこされる成人男性って何なんだ。そりゃ告白が失敗して当然だ。情けなすぎる。いや時系列的には告白の方が先だったんだけども……ってこりゃ本当に今日は駄目だな。思考がいつまでも空転している。これじゃ普通に働く方が関係各所に迷惑を掛ける……前言撤回。やっぱり今日は欠勤しよう。

 

 

「アンタ……なにやってんのよ」

「面目ないです」

 

 そして道中。

 体調が悪い理由を聞かれ、昨晩の深酒についてダイワスカーレットに話すと、普通に呆れられた。

 

「そういうのは普通、平日にやるもんじゃないわよね?」

「沖野トレーナーとの約束で、沖野トレーナーが空いている日が直近だと昨日しかなかったんです。それでつい……」

 

 俺の言葉に溜息を吐きながらも何故かダイワスカーレットの雰囲気は明るい。どころか微妙に口元に弧を描いてすらいる。

 

「スカーレットさん。何かいいことでもあったんですか?」

「……は!?べ、別に何もないわよ!ただその、天気が良くて気分が上がってるだけなんだから!」

 

 俺は流れで空を見上げる。薄暗い曇天だ。全然天気、良くないんだけどな。

 まあ今どきの女子中学生はトレーナーに言えないことくらい何個とあるだろう。そこに分け入っていくほど俺は物知らずじゃない。そっとしておこう。

 

 抱え上げながら道案内をすること数分。ダイワスカーレットは俺の部屋の前で立ち止まった。

 

「ありがとうございますスカーレットさん……じゃあここで」

「別に、お礼を言われるまでもないから。で、鍵は?」

「え、ええと……鍵ですか?」

 

 俺を下すことなく、ダイワスカーレットは俺の言葉を無視した。何かを求めるように目配せしたかと思えばそんなことを言う。

 

「僕なら大丈夫ですよ。ここまで運んでいただきありがとうございました」

「いいから中に入れてよ。アンタのその下らない二日酔いを明日まで続けられてもアタシが困るの。まだ始業時間まであるし、その、酔い覚ましの軽い食べ物くらいは作るわよ」

「そこまでしなくても……」

「いいから!ほら、鍵出したならさっさと回す!」

 

 ついダイワスカーレットの圧に負けた俺は抱きかかえられたまま鍵を錠口に差し込むと、手首を捻って回した。そのままドアノブをつかんで回すと、ダイワスカーレットがそのタイミングを待っていたようにドアをフィジカルで押しのけて室内へと入る。

 

「ふーん。ここがアンタの部屋ね」

 

 言いながらもダイワスカーレットはきょろきょろと視線を巡らせ、ベッドを見つけると俺を優しい手つきで下ろす。

 

「……ありがとうございます」

「はいはい。じゃあアタシ、何か作るから冷蔵庫使うわね」

 

 俺が言葉を挟む隙も無くダイワスカーレットはキッチンへと向かう。

 ダイワスカーレットの優しさを仄かに嬉しく思いつつ、明日のことを考えて気が重くなる。あの場にいたトレーナーやウマ娘たちには俺がお姫様抱っこで部屋まで運び込まれたことを知っているだろうから、この話は同僚や上にも伝わるだろう。明日以降は肩身が狭くなりそうだ。

 

「ねえ、トレーナー」

 

 回らない頭を止めて、呆然と天上を眺めているとダイワスカーレットが再びベッドの傍まで戻ってきた。気のせいか声音が数段落ちている。

 どこか虚ろさを含んだその瞳を見て、何も言葉が継げなかった俺を全く気にすることなくダイワスカーレットは唇を戦慄かせる。

 

「あのカレンダーの日付に書かれてたやつ。……街コンって、なんなの」

 

 ……えっと。

 確かに俺はカレンダーに予定を書くようにしているし、街コンのこともカレンダーの日付に確かに記入した記憶もある。なぜそんなのが気になったのだろう。

 

「街コンはその、いわゆる合コンです。っても分からないですよね……非常に私事で申し訳ないです」

 

 痛む頭の傍ら、俺は極めて冷静に説明した。街コンとか合コンとか言ったところで中学生が理解できるか知らないが、ともかくその好奇心は満たされただろう。

 そう思ってその様子を伺ってみれば、ダイワスカーレットは表情を一ミリも動かしていなかった。

 

「知ってるわよそのくらい」

「そうでしたか……。恥ずかしいですが、そういうことです。私も良い年齢ですし、親孝行したいと思いまして」

「そう。えっと……で。アンタは行くの?」

「まあ。お金も払いましたし、折角ですので」

「その割にはあんまり、乗り気には見えないけど?」

 

 俺の瞳を覗き込む。何時もみたいにはぐらかそうとしてみるが、すぐに分かった。ダイワスカーレットは俺の表情を見て、確信を持ったみたいだ。信頼関係が深くて嬉しいんだか、やりづらいんだか。

 

「忘れたいこともありますから。すみません、この話はここで終わりにさせてください。ちょっと頭が痛いので」

「……分かった。アタシは何か作ってくるから、アンタは安静にしてて」

「ありがとうございます」

 

 納得は出来ていないようだったが、ダイワスカーレットは踵を返した。

 

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