失恋直後のトレーナーに追い込みをかけるウマ娘概念   作:金木桂

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ターニングサンデー

 日曜日。

 

 基本的にはトレーナーには休みが少ない。特に俺みたいに複数のウマ娘と契約を結んでいて、かつ重賞レースで勝利させているようなトレーナーは輪に掛けて休みが少ない。自分のウマ娘の出走レースが近ければ普段は各位に任せている個人トレーニングの指導を行うことが多く、更に学校が休みとなる土日祝は、トレーナーと契約を結んでいないウマ娘を対象にした講義や集団トレーナーなどを依頼されることもある。そう言った積み重ねによって優秀なトレーナーほど多忙になるという方程式が完成する。

 決して自慢じゃないがその枠組みには俺も当てはまる。セイウンスカイがG1を制して以降俺にもそういった学内イベントのお鉢が回るようになって、よりプライベートな時間が減った。

 

 そして今日もそれは同じだ。そろそろダイワスカーレットのメイクデビューが近づいてきたということもあり日曜もトレーニングに付き添う予定がある。しかしまあ、それは午前だけの話。本番前に急激に追い込みを掛けたトレーニングを指導するようなアホはこのトレセン学園にはいない。寧ろ直前期のトレーニングの大半は調整の意味合いが強いのだ。

 よって元々セイウンスカイとも約束をしていた通り午後以降は特に予定も無かった。実質半休だったわけである。

 

 今は自分の時間があっても何かをしようという気力があまり湧かないため、率直に言えば俺はこの二人の誘いに感謝していた。

 多分時間を与えられたところで、俺は自室か近くのベンチで何もせず黄昏るだろう。そうして何も考えない時間があればあるほど、無為に時間を過ごすことは明白だった。それどころか再びマイナス思考になって、過去に彼女にしたかもしれない粗相を思い起こすような、自分に対する粗探しに時間を使ったかもしれない。そんな非生産的なものに時間を使用するよりも少しでも担当しているウマ娘のコンディションを上げるのに時間を配分した方が有意義というものだ。

 

「トレーナーさん、トレーナーさん。折角貴方のウマ娘がおしゃれをしているんですから一言くらいあっても良いんじゃないですかねー?」

 

 くるん、と軽快にセイウンスカイは回った。時間は既に午後、トレセン学園の校門の前で俺とダイワスカーレットはセイウンスカイと待ち合わせていた。

 セイウンスカイの私服を見るのは初めてだが、正直な感想を言えばこんな女の子らしい格好をするのは少し意外だった。日常的に気だるげさを隠さないセイウンスカイなら効率を考えて私服はジーパンでもおかしくないと思っていたから本当に驚いた。以上の感想は絶対に本人には言えないが、少なくとも現在可愛らしいフリルのワンピースを着用して目の前でニヤニヤと意地悪そうに笑うセイウンスカイはいつもの数倍可愛らしい存在に俺には見えた。

 ……この前電話した時も俺のことが好きだと仮説を立ててしまったし、今はセイウンスカイの格好に若干意識を奪われてしまっているし……ホントにあの日から俺はどうかしている。

 

「失礼しました。セイウンスカイさん、お似合いですよ。思わず目を奪われそうです」

「そ、そうでしょうか? トレーナーさんも……まあセイちゃん的には格好良いですよ?」

「ありがとうございます」

 

 照れてるのか、セイウンスカイは声を小さくしながら言った。私服、褒められてないのだろうか。

 格好良いと言っても俺の今の服装なんてラフなもので、ジーパンにYシャツにマフラー。以上である。ついでにこれは汚れても構わないように着ているだけの、普段の服装だから今更目新しくもないと思うんだが……まあでもトレーナーとして担当からのお世辞はちゃんと受け取っておこう。

 

「それにしてもアレですね、スカーレットちゃん遅いですね~。今頃いろんな服をタンスから出しては散らかしてアレでもないコレでもないってやってるんでしょうか?」

 

 セイウンスカイは視線のやり場に困らせたように空を仰ぐと、自室に戻ったダイワスカーレットのことに言及した。

 

「そんなに悩む必要なんて無いと思いますけどね。私としてはただちょっと要り用な備品を買い足して少しお茶をするだけの予定ですから、制服のままでも良かったと思いますが」

「トレーナーさんは相変わらずにぶちんですねー。私たちは私服なのに自分だけ制服で出掛けるなんて出来るわけないじゃないですか。乙女心に対する理解が足りませんなー。ま、セイちゃんが思うに別の意図もありそうですが」

「確かにダイワスカーレットさんは服装にも拘ってそうですし……。何事にも一番を目指すほど向上心の強いダイワスカーレットさんなら、服装についても自分に一番似合うものを選びそうですね」

「まあ、そうなんじゃないですか」

 

 ダイワスカーレットがファッションについて意識するのは何というべきか、想像に容易い。中途半端な服装で人目に出ることは嫌いだろうと思う。

 そう考えてセイウンスカイの話に頷いたのだが、どうも想像とは違ったのか流すようにセイウンスカイは頷いた。

 

「あ、そうだ! それよりトレーナーさん、まさかセイちゃんはトレーナーさんが今日の予定を改変するとは思いませんでしたよ」

「改変ですか?」

「本来ならセイちゃんと二人きりで行くはずだったじゃないですか。その予定を崩してスカーレットちゃんとのショッピングを突っ込むなんて……もしかして二人きりが恥ずかしくなっちゃいましたか?」

「……それは少しあるかもしれません」

「へっ、へー? そうなんですか? 具体的にお聞きしても良いですかトレーナーさん?」

「お恥ずかしながら、僕は今の自分の状況に整理がついてないんですよ。なのでセイウンスカイさんと二人で過ごしたら変なことを言ってしまって困らせてしまうかもしれないと思って、ダイワスカーレットさんからの頼みごとを今日に設定いたしました。私情で大変申し訳ないのですが……」

 

 セイウンスカイには魅力がある。それはこれまでの俺にとって容姿や異性としての香りなどではなく、芝の上で滾らせるパワフルな健脚と勝利への強い執念だった。だが最近は我ながら、レース外の関係無いセイウンスカイにも意識を向けてしまっている気がする。

 勿論、その一つの理由だけでダイワスカーレットと同じ日に予定を被せた訳じゃない。ウマ娘向けの備品なんてあまり分からないから、先輩であるセイウンスカイにそのアドバイスをしてもらいたいという魂胆はあった。それでもセイウンスカイの顔が若干チラチラとしているのは事実で、そのトリガーとなったのは間違いなくあの日の電話だった。

 

「別に私は迷惑とかその、思いませんけどね……」

「大人としてですよ。それにセイウンスカイさんは大事な時期なんですから、僕も然るべき配慮はいたします」

「つまりセイちゃんはトレーナーさんから手が掛かる子供と思われてるんですね。つーん」

「そういう訳ではありません。僕個人としてはそれどころかセイウンスカイさんについてはそういった面で信頼しています。配慮をするのは競技をするウマ娘として、そして異性としてですよ」

 

 トレーナーとウマ娘はその近しい関係上、様々な線引きが必要になる。理由としては特に生物学的に異性であることがその筆頭とも言えるだろう。事実上はともかくとして、ウマ娘だって年頃の少女なのだから大人の男性に対しては恐怖心を感じていてもおかしくない。もしかしたら表に出さないだけで軽度の嫌悪感を覚えるウマ娘だっているかもしれない。だからこそ線引きは大事だ。

 そういう意味合いで口にすると、セイウンスカイは耳をパタパタとさせた。

 

「ふーん。セイちゃんのことを異性と意識してるとは、トレーナーさんは顔に似合わず年下趣味なんですねー」

「いやそういう意味では……」

 

 無いと言い切りたかった俺は、そのまま口を閉じる。

 

 ───本当に無いのか。微塵も無いと言い切れるのか。

 そう考えた時、間違いなく否であると俺は自覚していた。

 

 別に異性として好きな訳ではないはずだ。表現は気持ち悪いが、傷心中とあって俺の心に隙間が生じているのもあるだろう。

 しかしそれでもだ。

 セイウンスカイの好意や信頼を、異性としての好意と捉えてる自分をどうしようもなく自覚してしまっては、その言葉を否定出来るはずがなかった。

 まるで思春期のガキだ。良い大人が情けない。

 

「……違う。それに仮に年下が好きだとしても、中高生は恋愛対象に入りませんよ」

「へぇー。トレーナーさんってば珍しい、こんな分かりやすい反応をするなんて。これは嘘の気配がしますよ……白状しては如何ですか?」

「あ、ダイワスカーレットさんが来ましたね」

 

 ダイワスカーレットが校舎の方からやってくるのを見つけると、俺はすかさず話題を反らした。これ以上追求されればボロが出る可能性が高いので当然の対応だった。

 

 ジト目になって俺の顔を覗き込むように前へ回ったセイウンスカイを無視して、俺はダイワスカーレットに視線を振る。

 ダイワスカーレットは白色の清楚なワンピースに、薄い紺色を基調としたチェック柄のスカートの出で立ちだった。シンプルながらダイワスカーレットらしさが存分に醸し出されたファッションだ。

 

「トレーナーにセイウンスカイ先輩、お待たせしました!」

「思ったより待ってないですよ」

 

 セイウンスカイがいるからか、いつもより畏まった第一声に俺は軽く手を上げた。実際は20分以上待ったのだがこのくらいのやり取りはエチケットだろう。

 セイウンスカイも漸くダイワスカーレットの方に向くと、なにか言いたげにしつつもいつもの薄い笑みを浮かべた。……俺の勘違いでなければセイウンスカイは俺と二人で出掛けたかったみたいだしな。何かしら皮肉を投げたかったんだろう。それを堪えたのは多分、先輩としての矜持か。

 

「スカーレットちゃん、似合ってますね〜。セイちゃんにはそういう系統は合わなそうなので妬けちゃいます」

「あ、ありがとうございます! でも先輩にも似合うとあたしは思いますよ?」

「にゃはは、それはありがとうございます」

 

 仲良さげに話す……というよりはお世辞の送り合いをすると、微妙な距離感のまま口を噤んだ。まあこの二人はあまり会った回数も少なく、年齢差もある以上そんなもんなのかもしれない。案外セイウンスカイがダイワスカーレットを弄るのもそんな現状を打破して仲良くなりたいからなのだろうか。

 

 毒にも薬にもならない考察をしながらも、俺とウマ娘二人組は校門を経った。

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 日曜日とあって、商業施設には沢山の人の姿があった。親子連れやカップルや友人連れ、加えて純粋にショッピングをしに来た一人客。色んな人種がいることでこの場所には多様性が齎されていた。

 しかし俺たちはその中でもどうにも目立っているようだ。

 それも無理はない。全員私服とはいえ、20代も半ばに足を突っ込み始めた男と女子中学生と女子高校生の御一行である。兄妹と表すには少々容姿の差異が大きすぎる。流石にいかがわしい捉え方をされてるとは思いたくないが、それでも完全に日曜の人が行き交うこの場所では浮いてしまっている。

 

「……ねえ、あれセイウンスカイじゃない?」

「え、ホントだ。どうしよ……話かけてみる?」

「なんかプライベートっぽいしそれはやめとこうよ」

 

 目立つ理由はそれだけじゃない。

 セイウンスカイは押しも押されもせぬ二冠ウマ娘。最近は勝てていないが、それでもトゥインクル・シリーズを応援するファンの大多数が知っている存在だ。そんな有名人がその辺の町並みを歩いていればそりゃ目立つ。ウマ娘の聴覚は人間よりも遥かに良いはずなのでセイウンスカイも気付いているだろうが、そこは既に慣れたもので全く表情を変えずに俺の右手でのんびりと歩いている。

 

 まあ注目はされるが話しかけられることは無い。この府中という街がウマ娘と親しい場所だからだ。トレセン学園があるこの街はウマ娘が放課後や休日に出歩くのも一般的で、特に住民はそういう方面に対して理解がある。ここならば何の問題も起こらないと思ったからこそ、俺もこの二人と出掛けることにしたのである。

 

 ポツポツと話しながらも5分ほどショッピングエリアを散策していると、ダイワスカーレットが止まった。

 

「ここです。アタシがいつも使ってる店は」

 

 ウマ娘用のシューズ店だった。こういう専門店は全国的にはあまり多くないが、まあそれも土地柄である。

 

「分かりました。僕は外で待っているのでセイウンスカイさん、宜しくお願いします」

「え、トレーナー? アタシはトレーナーに意見を聞きたいんだけ───」

「任されましたー。ほらスカーレットちゃん行きますよー」

 

 俺に猛然と抗議してくるダイワスカーレットの肩を押して、セイウンスカイは店の中へと消えていく。全くの門外漢と言うわけではないが実際に使用している現役ウマ娘の知識には敵わない。よってここは人任せになってしまって申し訳ないが、セイウンスカイに任せるのが最善なのだ。

 

 店へ入った二人を見届けると、俺はストリートの端にあるベンチの一角に腰を掛ける。

 さながら保護者だ。大きくは外れてないが、何となくそう思う。

 特にすることも、考えることも無くなった俺は手持ち無沙汰になって正面のストリートをぼんやり眺める。

 

 すれ違う人々は俺のことなど気に留めず、一定の速度で通り去る。どことなく人間関係のようだった。誰しも時間が経てば過去など忘れ、見向きもしなくなる。それは俺が告白した彼女すらも同じなのだろう。

 そんなことを考えていればナイーブな気持ちになって、思わず俺は頭を振った。

 

 未練。

 

 その二文字が脳裏をよぎる。

 保留にされたらまだしも、俺はもう振られたのだ。それを受け入れられず、女々しく何度も回顧しては嘆くのは成人男性として酷く虚しい。あの二人にも示しが付かないのだから辞めるべきだ。

 

 幾度となく辿り着いた結論に俺は溜息を吐きながら思考を無に返す。それから羊を数えるみたいに、通り過ぎる人々の数を頭の中でなぞり始める。

 

 日曜日とあってかやはり親子連れが多い。子供の元気な声が右耳から左耳に駆け抜けるたびに、活力の余韻のようなものが身体にぶつかって背筋が伸びそうになる。

 その次に多いのは男女が仲睦まじげに手を絡ませる光景だ。恋人同士なのだろう。正直なところ、今の俺には目に毒だ。このご時世にリア充爆発しろ、などと死語を用いる訳ではないが、あり得べからぬ今が見えてほんのりブルーになる。それが堪らなく嫌になって俺は視線を反らす。

 一人で歩く人々は容姿という点でよりダイバシティーに満ちていた。髪色、服装、歩く速さが個々人でバラバラだ。誰かに合わせた出で立ちでないからこそ、個として明確に存在感を放っている。

 

 通り過ぎる人々をそんな風に観察していると、不意に目が合った。そこで初めてその人間が立ち止まっていることに気付いた。

 こちらを見ている。

 そんな感想をぼんやりと浮かべた。思考を宙に散歩させている間に意識の合間を縫って現れたみたいに思えた、そんなことはないだろうけど。

 

 そうだ。

 通り過ぎる人々にばかり注目していて気付かなかった。しかし俺の前で立ち止まってゆるゆるとした眼差しを向けているその人は、俺の知っている人間で。

 今、あまりにも会いたくなかった人物とも言える。

 

(よすが)………………」

 

 街のガヤガヤとした空気の中で、その人が掠れるように呟いた俺の名前は妙に透き通って聞こえた。縁とは俺の名前だ。そう呼ぶ人間は過去に親族を除けば一人しかいない。

 

 いや、認めよう。

 現実を現実として受け入れよう。

 

 正しくそこにいるのは、あの日、俺が振られた相手である彼女の姿であると。




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