アフターシンエヴァ「加持リョウジの物語」   作:ヨスキ

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十 『大事な場所』

 すいか畑の前にいた。しゃがみこんで、土の具合を確かめていた。そのはずだったけど、考えようとすると、また別の場所へ意識がとんでしまう。土を握りしめた。温かい、においのある土が愛おしかった。愛おしい。握りしめた土がまた開いて、中からまた温かい空気があふれるようだった。目に見えない微生物の命が、広がるような、温かさ。

 

 本当は、ずっと前から分かっていた。

 あの時君の姿を見てから、僕の心の一番深い部分に、どうしようもないほど大きな広さの平原ができていたことを。

 生まれてきてから、ずっと触れずにいた場所。

 自分にとって大事な部分だとわかっていた、場所。

 本当に大事な場所だったから、触れずにいたのに。

 それを作った君は、たぶんそのことをわかっていない。

 もしかしたら、わかっていて、からかっているのかも。

 からかってくれたらいい。

 でも、ばかにしないでほしい。

 とても大事な場所だから。

 地面には、土があった。

 今目の前にあるような、生命力を持った土。

 君が笑うと、花が咲いて、君が声を出せば、草が広がって、君のターンを思い出せば、風が吹いた。

 本当に、僕の心の中で、大事な場所だったのに。

 君が悲しむと、そこに雨が降る。

 君が楽しそうにすると、すぐにキレイな太陽の光がさした。白い雲がきれいだった。

 

 握りしめた土を、元の場所に戻した。すいかの蔦や、近くに生えた草や、離れた場所に立っている木を眺めた。その動きのある緑を目で追っかけた。風が吹いて、今自分が見ていた緑がどこにいったのかわからなくて、ただぼんやりと目の前の変化をながめていた。日差しの反射が、美しかった。

 

 君に会うために街に来ていた。

 本当は全部わかっていた。

 認めたくなかっただけ。

 大人である必要があったから。

 そうでないと、周りの人が悲しむのがわかっていたから。

 村で川遊びをしていたころを思い出した。

 大人に、危険なところには行っちゃいけないといわれていた。

 でも自分で行けるところまで行った。足で川底の岩を確かめて、自分がどれだけ耐えられるかを確かめていた。

 大人が助けてくれると見込んで、危険なところに行ったわけじゃない。

 自分の限界を見極める必要があったから。

 自分がどれだけ弱いかを把握しないと、周りに迷惑がかかるから。

 人よりも運動神経が良かった。

 そんなこと全く意味をなさないほど、自然の力が強いというのを理解した。

 少し大きな流れが来たら、自分の足や体全体なんて簡単に流してしまえることを理解した。

 弱い自分を隠したかった。

 リーナと会った時に、今までとは全く比べ物にならない強い流れを感じていた。

 本当は全てわかっていた。

 自分の力ではどうしようもないほどの強い流れを。

 川から逃げればいいけど、それも出来なかった。

 その場からもう逃げられなかった。

 だから何度も街に来た。また会えることを期待して。

 何もできないほどの強い流れに、息を忘れるほど感動していた。

 

 彼女はただ奇麗で、可愛いと思った。単純だ。それから笑って話しかける姿に目を奪われていた。話をして、相槌をうったり、笑ってこたえてくれるだけで、心が躍った。たまに、本当にたまに、予想外の出来事に君の本音のようなものが垣間見えるときがあった。家のこと、親のこと、好きなこと、嫌いなこと。本当にたまに、君の本当の姿のようなものが会話の間に垣間見えた時に、僕の知らない君の姿を見るたびに、期待と興奮と焦りの欠片が僕の心に現れた。その姿を僕以外の誰かに秘密裏に見せる前に、僕に見せてほしいという身勝手な気持ちがわいた。

 

「楽しいね」

 笑いあって話しているときに、そういった君の言葉が頭から離れない。僕もそう思っていた。口にはしなかったけど。君がそう思ってくれている。僕と同じ気持ちでいてくれていることが、今まで経験したことがないと思えるほど嬉しくて、混乱していた。

 

 君の唇が、僕の唇に触れた。

 ただそれだけのことなのに。

 僕は口の中の何かを飲み込んだ。

 目が離せなくなった。

 世界に色がついた。

 今まで認識しただけで、感じ取っていなかったことに、気づかされた。

 体全体がこわばり、暖かくなった。

 きっと一生忘れられないものになると、わかった。

 どんな表情をしていたんだろうか。

 笑えばいいのか、喜び叫んでいいのか、泣き出していいのか、わからず、黙った。

 間抜けな顔をしている僕を、君が笑った。

 とりつくろう姿も君には間抜けに見えただろうか。

 川の中で、強い流れに流されて、僕は水の中におぼれた。

 苦しかったけど、水面がキラキラとして、きれいで、心を奪われていた。

 水面から顔を出しても、君の姿を探した。

 君は塀の上から、手をマイクにして、かわいい声を張り上げて叫んでた。

 リーナ!リョウジ!リーナ!リョウジ・・・

 

「・・・リーナ」

「・・・・・・・へぇ。」

 驚いて振り返ると、村の帳簿らしきものを肩に置きながらアスカさんが立っていた。

 聞かれた。

「・・・いつから、そこに?」

 僕の問いかけに答えない。帳簿らしきものを片手に、もう片方の手は腰に、口は半開き、目は死んだふり。知っている。こういう時のこの人は、何か良からぬことを考えている。

 一瞬、一瞬だけ、口の端が笑った。そう思った瞬間、反転して、坂を下って行った。走って。

「アスカさん!ちょっと!どこ行くんですか!?」

 軍手に泥がついていたけど、構わず追いかけた。ここは僕専用のすいか畑。村の中で小高い丘の上にある、僕だけの畑。最近カヲル君も来たことあったのに、油断していた。

 一番聞かれちゃまずい人に聞かれた気がする。まずい。

 丘から下りの景色が見れるところまで出ると、帳簿を横に持って走る女性を見つけた。

「ちょっと待って!ちょっと!」

 必死に走る、というか逃げてるアスカさんを、全力で追いかけた。

 村が近づく、家が見えてきた。使われなくなった重機や、まだ動かされていない廃車もよけて、コンテナやら敷かれた鉄板をよけて、ずっと全力。

 何考えてんだあの人。

 ちらっとこっち見た。

「アスカさん!ちょっと待ってくださいよ!」

 少しずつ距離は縮まっているはず。

 先の曲がり角で、俺は飛んでショートカットする。だいぶ近づくから、そこでとらえればいい。

 そう思っていたら、アスカさんがそのポイントを飛ぶのが見えた。

 動物みたいに、はしゃいだジャンプ。

 バン!

 下にあった木の板に着地した。

 よく見ると、あの人相田先生のと同じようなブーツ履いてる。

「ちょっと!待ってください!」

 ハアッハアッって息を上げながら全力で追いかけた。全然追いつかない。どうなってんだ。

 ついに下り坂で、下の方に村の人が見えるあたりまで来てしまった。

「・・・ヒカリイイイイイッ!!」

 やっぱりだ!

「ちょっと!やめてください!」

 鈴原先生の奥さんは、村のあちこちに行ったりするから、どっかで声を聞きつけたらやってくるかもしれない。っていうか声でかい。畜生。

「やめろっ!」

 もう言葉が続かなくて、荒くなっちゃった。こっち見た。

 最後の下り坂を折りそうなところで、このままじゃ追いつかないと思って、左下の方を見た。

 村にまだある仮設住宅の、屋根が見えた。

 それなりの強度はあったはず。

 もうだめだ。ごめん中の人。

 バアアァァァァン!

「キャアアアアっ!!」

 中に住んでいる人の悲鳴が聞こえた。

 僕は仮設住宅の屋根に飛び乗って、走って、目の前の地面に跳んだ。アスカさんの前だった。

 ズザアアアアッ。

 前に立ちふさがった。急ブレーキをかけて止まった対峙すると、肩で息をしていた。さっき僕が踏んずけた仮設住宅の中から、女の人が出てきた。

 ハアハアハアハア・・・

 互いをにらみ合って、出方を伺った。

 アスカさんは、最後に息を大きく吐いたかと思うと、もう一度大きく吸って、また帳簿を肩に置いた。声を発した。

「・・・何よ。」

「何って!ちょっと、なんで待ってくれないですか。」

「息切らして追いかけてこないでよ。やだ。怖い。」

「突然逃げたからでしょ!」

「あたし今仕事中なんだけど。」

「ちょっと、やめましょうよ。」

「何が?」

 こんの姉ちゃん。

「やめましょうよ。」

「だから、何がよ。」

「・・・わかりました。お願いします。黙っててください。」

「・・・」

「お願いします。」

「あたしヒカリに話したいことがあるの。邪魔しないで。男の顔して・・・ふっ。」

「笑ってるじゃないですかっ。」

 口に手を持って、笑いをこらえてる。なんかどんどん、お転婆になってる気がする。転べ婆ぁ。

「なに、どうしたのアスカちゃん。」

「あ、山本さん。これ、住民票のやつ。前の住所の申告とか。」

「アスカさん!」

「なに、仕事の邪魔しないで。」

「・・・アスカさん、お互いを傷つけるのはやめましょ。」

「・・・なにお互いって。」

「僕だって、いろいろ知ってんですからね。相田先生から聞いて。」

 黙った。山本さんに紙を渡した姿勢で、固まっていた。

 はっきりいってハッタリだったけど、ここを突破するしかない。

「・・・何の話?」

「アスカさんが先生のこと何て呼んでるか、とか。」

「・・・言えばいいじゃん。」

 あまり秘密にはなってないことだろう。わざわざみんなに言いふらされると嫌だろうが、その程度だ。それは分かってた。

「シンジ君のこととか。」

「・・・はぁ?」

「この前泊まった時にいろいろ聞いてんですからね。」

「なんもないわよ。」

「あらっ。やだっ。なに、なになに?」

 山本さん、もっとあおって。

「中学の時どんなだったか、とか。ケンケン先生だって、同級生だったんだから・・・」

「適当なこと言わないでよ。」

 ケンケン呼びにも動じない。まずい。でもここしかない。

「アスカさんがどうやって振ったとか・・・」

「んんんんんっ!」

 初手で、切りこんだ。山本さんが援軍だった。あとほとんどネタはないが、しょうがない。ごめん、シンジ君。ここしか、勝ち目がない。

「・・・リョウジ。」

「はい・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「やめようか。」

「はい。」

 勝った。

 

「どうしたの?ぐったりして。」

「おかえり。」

「なんかあった?」

「・・・女に適当に嘘つけるようになるのが、大人の男よね。」

「・・・どういう意味?」

「・・・なんでもない。」

 村の女の子に告白されたことがある。付き合うことになったけど、3カ月で別れた。彼女のことを気づかっているつもりだったけど、結局のところ、彼女に特別な感情を持てなかった気がする。取り繕っていた。それを見抜かれたのかもしれない。彼女から別れを切り出された。あまり傷ついていなかったと思う。悪いことをしたな、と思っただけ。

 リーナと出会って、自分の中に、執着心のような感情がわくのがわかった。他の男と仲良く話してほしくない、会えないことで不安になる、そういう、自分勝手な感情が。

 村でそういう感情がわいたことは、なかったと思う。

 独占欲、といっても言い逃れできない。

 自分勝手な、執着心と言われても。

 しょうもない性欲、と言われても。

 言い逃れできない。

 ずっと彼女のことを考えている。彼女の口を思い出した。その先に何があるかも考えた。

 自分の中からわく感情が、暴力的で、汚いものなんじゃないかと、ずっと不安だった。人前に出すべきじゃないと思ったし、知られるのは恥ずかしかった。それでも、おさえられなくて、ただただ、正しい大人の枠を外れないように気を付けた。そうすべきだと思っていたから。

 彼女に会って、彼女に対しては正しくいようと思った。

 もし彼女が望むなら、何でもできる気がした。

 周りから見て正しいと思われるような人が、嫌い、と言われたら、喜んで間違った大人になろうと思えた。

 自分を捨てても良い気がして、不思議な感覚に酔っていた。

 自分よがりの勝手な感情ということは、わかっていた。

 

 

「また、恋する男子みたいな顔してるな。」

「し、してませんよ!」

「フッ。」

 あたしの軽口に慌てて反論している。年頃の男子は、こうも変わるもんかね。ヒカリのなれそめも、割と楽しかった。今度また話に行こう。

 照れているリョウジの携帯が鳴った。

 また、街からの電話か。切れたら、また街が恋しくなって、明日出かける気だな。

 ・・・後ろに乗せてもらおう。

 怒るだろうが。

「・・・なに?どうした?」

 あまり村では聞かない口調だった。低くて、大人びた声。村ではリョウジは少年として生きてきた。街では街でのリョウジの姿がある。一人で街に行き、大人っていうものを、身に着けようとしている、のかもしれない。

 背伸びしちゃって。

「うん・・・」

 低い声。声変わりってだけじゃなくても、少しずつ声って変わるのかも。

 成長しているんだな。成長。段々と成長するってことは、見ていて楽しい。今度こいつの畑を見せてもらおう。

「はっ!?」

 突然の大きな声に驚いてリョウジの顔を見た。眉間にしわを寄せてる。

「どこ!」

 少しのやりとりのあと、どうやって話を終わらせたのか、ブツッて感じで電話を切っていた。一瞬手をおろして、真剣な目で何かを探してた。

「・・・どうした?」

 あたしが聞いても、何も答えなかった。声の感じから、何か切迫した何かが起こったことはわかった。たぶん、街でのことだろうと想像した。少し待っても、あたしの質問には答えない。

 目つきが強くなったと思うと、携帯をポケットに入れて家の入口へ走り出した。

「ねぇっ。どうしたの。」

 扉が開いて、あいつは駆け出して行った。

「リョウジッ!」

 あたしの声を完全に無視して、ケンスケの家から出て行った。

 外の屋根がある簡易的なカーポートに走っていくのを、追いかけた。

 さっき、停めてたあのバイクのところ。

 バイクにまたがって、カギをさしこんだあたりで、あたしはリョウジの胸倉を片手でつかんだ。

 思いつめた表情でまっすぐ向いたまま、あたしに目を合わせない。

「どこに行くかだけでも言え。」

 黙って行きたかったわけではなさそうだ。ただ、余裕をなくしている。

「街の友達が、事故にあったって・・・病院に運ばれた、ってことらしいから、街の病院。」

「あのでかい」

「そう」

 街にはいくつか病院があるが、国営の病院が街の中心部にある。クレイディトも関係する、とにかく大きい病院。村で対応できないほどの症例の場合、そこに患者を運ぶことがある。

 場所は知ってる。

「行かせて。」

 リョウジはあたしの目を見た。

 いつもなら、丁寧な説明をするリョウジの言葉が、乱暴に、少年みたいになっていることに、ほんの少し、緊張した。

「例の彼女?」

 聞く必要なかったのに、つい聞いてしまった。

 目つきが強くなった。にらんでいた、と言ったほうがいいかもしれない。

 あたしは睨み返したけど、胸倉から手を離して、カーポートの壁にかけてたヘルメットを渡して

「事故おこすな。あと携帯。」

 最小限のことを伝えた。

 あたしの悪い癖かもしれない。

「持ちました。」

 ちゃんと出ろ、って意味だよ。

 一人で走り出すな。周りもよく見ろ。

 リョウジが、言葉だけは丁寧に戻って、ヘルメットをかぶると、すぐに鍵をまわした。エンジンを乱暴にかけると、アクセルを確認のため一回ふかした。

「安全に・・・」

 最後まで言わせないよう、バイクは飛び出していった。

 言うこと聞かない男が、やっぱりむかついた。

 

 

 みんなが車乗り回してるとき、事故ったんだよ。

 タケちゃんが運転してたんだけど、派手にぶつかって、リーナだけ、開いてた後ろの窓から放り出されて、ガードレールに吹っ飛んで・・・

 

 さっきの会話を思い出していた。

 怒りで体が震えていた。

 それと同時に不安で体全体が冷たく感じた。

 ガードレールに吹っ飛んだ。

 倒れて動かなかった。

 後はわからない。

 なんだよ、後はわからない、って。

 なんで人任せなんだよ。

 とにかくスピードを上げた。ギリギリ曲がれる速度で、とにかく急いだ。

 安全に、なんだっけ。

 どけよトラック。

 なんで彼女はまた、あいつの車に乗ったんだろう。

 

 どれくらいの時間がかかったかよくわからないが、街の中心部についたときには、時刻は深夜になっていた。

 バイクを駐輪場に停めて、救急搬送口を探した。案内板を見ればよかったんだけど、あわてていて、結局時間を無駄にした。急いでいた。事故の瞬間から時間がかなり経っていたわけだから、きっと彼女はもう病院の内部に移動してしまった。救急とはいえ病院の敷地は静かで、大きな事故なんてなかったんじゃないかと思わせるほどだった。でも、きっと、なかで、彼女が大けがをして泣いているかもしれない。

 ようやく救急搬送の場所を見つけて、入口を入って、小さい小窓から声をかけた。

「あのっ。友人が事故で運ばれたって聞いたんですけど」

 声をかけたんだけど、係の人がいない。のぞきこんだけど、誰もいない。何かの用で出払っている。

 すぐに、内部に通じる自動ドアが開いた。中から男性二人が出てきた。奥には、医者なのか、看護師なのか、紙製のエプロンというか白衣というか、とにかく医療従事者の着る服を着て忙しそうにしていた。

 中からスーツ姿の男性が二人出てきた。その二人の体を避けて奥を見たけど、救急とはいえ大きな病院で、遠くの方で何かをしている、ってくらいしかわからなかった。

「君、事故のこと知ってるの?」

 出てきた男性に突然声をかけられた。

「え、いや、友達が乗っていた、って聞いただけで、よくは知りません。」

「そうなんだ。俺たち運転していた奴を調べてるんだけど、友達かな?」

「・・・いえ、乗っていた女の子が友達ってだけで。」

「そうなんだ。」

 とっさに嘘をついてしまった。そんな必要なかったのかもしれないけど、まずいことのような気もして、とっさに。

 友達はリーナだけだ。

 そんな言葉を言い訳にした。

「あの、事故ひどいんですか?ケガとか。」

「身分証見せてくれる?」

 僕の質問を無視して、男性がそういった。有無を言わさない感じが、子ども扱いされているようで、不満だった。とにかく、職員証を見せた。彼女の友人だって証明のために。

「え」

 クレイディトの名前が、ここでも強かった。

「ありがとうございます。」

「あの、乗ってた子。大丈夫なんですか?」

「あぁ、命は大丈夫みたいだけど・・・」

「おい。」

 話し始めたところで、相棒が肘で合図を送っていた。なんだろう。

「・・・ごめん。家族の意向が強くて、一切話すことができません。家族に聞いてください。」

 家族。

 彼女が嫌っていた家族に。

「ここにきてるんですよね?」

「いや、会社の人が来てるね。中にいるけど、誰もいれるな、ってことらしいよ。じゃあうちらはこれで。」

 逃げるように立ち去った2人は、結局どういう立場の人だったのかわからなかった。

 命は大丈夫みたいだけど、なんなんだろう。

 時折あく大きい自動ドアをのぞき込んでいた。少し離れたところにスーツ姿の男性が立っているのが見えたけど、僕と目が合うと、明らかに敵意を持った目で僕を見てきた。

 帰ってきた守衛さんに中に入っていいか聞くと、ダメだと断れた。

「みんなこうなんですか?友達が運ばれたんですけど、無事かどうかもわからないんですけど。」

「いや、彼女は特別だよ。有名な会社の娘さんだから。」

 さっきのスーツとは違っていくらか砕けて話してくれているけど、共通することは、僕に内側に入る資格がないってことだった。

 救急以外には入れるところはなくて、敷地内をウロウロした。

 今まで誰よりも親密に、僕自身の内側に入り込んでいたと思えた彼女が、突然、デカくて分厚い壁の向こう側に行ってしまった気がした。

 二人きりの時にしてくれたことを思い出して、自分をなぐさめて、同時に悲しい気持ちになって、行ったり来たりを繰り返した。

 アスカさんからの着信がすごい量になっていることに気づいた。うるさいから音を消していたんだった。

 どれだけ待っても、誰も何も教えてくれない、誰も優しい言葉をかけてくれない、自分のすべきこともわからないと悟って、バイクに乗って村に帰った。

 朝日がまぶしくて、アスカさんの怒り顔と、相田先生の心配そうな顔がよく見えた。

「また、君か。もうセリフ言わなくてもわかるだろうから、言わないけど、とにかく入れません。」

「・・・そうですか。」

 病院の中央受付に来ていた。

 数日間何度も面会させてください、って丁寧に、それでも警戒されないように言っていて、毎度丁寧に答えてくれていた事務のお姉さんが、ついに砕けていうようになった。僕としては対応してくれるまで、何度でも言うつもりだったから、砕けた言い方になったら望みもあるかとも思ったけど、入れない、ということは変わらないようだった。

 リーナの家族とは鉢合わせないように、最初は気を使っていた。しかしその必要性はあまりなさそうだ、という結論に至った。何度か数えるほどには来ていたそうだが、来るときには周りの雰囲気が変わっていた。おつきの人がいたり、医療事務の人が緊張していたり、見ればわかった。それ以外の日は、来ていない。大半の日は、来ていない。

 一度だけよく見てやろうと思って、気づかれないように近づいた。エレベータに乗る母親と思しきその女性は、おつきの人と一緒に何かを話しながら入っていった。化粧をして、堂々と歩いていた。

顔立ちが、似ていた。それはよくわかった。でも完全に別人だ。あの子はあんな顔しない。やっぱり親なんて、子供とは関係ない。そう思ったけど、余計に苛ついた。僕もそうだったが、その女性も同じくらい苛ついていた。なぜかは知らないけど。

 話している内容はほとんど聞き取れなかった。でも

「ほんと迷惑な子」

って単語だけは、聞き取れた。リーナのことなわけないと思ったけど、わからない。

 娘が大けが負ったっていうのに。それが家族だろうか。僕が知らないだけで、街の家族っていうのは、そういうものなのかもしれない。胸の奥の嫌悪感が増す。

 あれ以来、見ていない。

「・・・君、彼女の彼氏なの?」

 突然言われて答えられなかった。誰の何が誰だって?

「・・・なんですか?」

「深海さんのお嬢さんの彼氏だから、そんなに面会にくるの?」

「・・・いえ、違います。友人です。」

「・・・へえ。」

 納得はしていない様子だった。

 そうです。彼氏です。彼女が心配なんです。そういうべきだっただろうか。今一つ、リーナが僕をどう思っているのか、自信がなかった。キスはされた。シンとは別れたと聞いた。でも、僕のことを好きとは言ってくれていない。

 友達とは、思ってくれているだろうか。

 確信があるのは、自分の気持ちだけだった。

 その気持ちに従って行動している。

 リーナの家族は、何に従って行動しているのか、知らないけど。

「毎日殊勝なことだね。珍しいよ。君みたいな男は。」

「そうなんですか?」

「ずっとこういうとこ座っているとね。人間性を比べる機会が多いから。」

 頬杖ついている。

 今日は休日で、急患も少なく、人は僕以外いなかった。

 監視カメラもあるんだろうが、勤務意欲を監視するほど厳しくはないんだろう。

 事務のお姉さんを見た。あまり仕事を楽しんでいるようには見えないけど、いろいろと不満はあるんだろうと思う。普段はビシッとして、決められたとおりの仕事をちゃんとしている。自分の思いをわきに寄せて、大人としてしっかりと仕事している。

 僕は今、あまり仕事に身が入っていない。そういう自覚があった。周りからはもっと悪く見られているかもしれない。ちゃんと寝られていなかったり、疲れていたり。僕がそうなるのが意外なのか、周りの人に心配されている。申し訳ない。

 でも今自分が従うべき気持ちは、こっちだと思っていた。

 面会できるか聞いて、できることならリーナにあう。会えたら、そこからは思うままに行動する。それだけ。単純だ。

 今日は仕事がない日だから、病院の周りをウロウロするしか、あとは、他にやることが思いつかなかった。

 シンジ君は、頼っていいだろうか。

 わからない。

 もしかしたら、心配したり僕の交友関係を考えて、相田先生や赤木博士に連絡をとってしまうかもしれない。周りの大人がすべて反対するなんてないと思うけど、それでもいい顔はしないだろうと思った。それなら、誰にも連絡を取らない方が良いと考えた。

 やらなきゃいけないことは単純なんだ。

「何べん来ても無理だよ。」

 僕の希望を折ろうと事務のお姉さんがそういった。実直な勤務姿勢なだけ。

 ため息が出た。

「真面目だね。」

 ほめられてもうれしくなかった。

 会えないのなら。

「彼女、手術はちゃんと終わって、今は個室で先生の診察を受けてるだけみたいだよ。」

 事務のお姉さんの顔を驚いてみると、さっきと同じように頬杖をついて話していた。

「・・・個室って、どこなんですかね?」

 僕が質問すると、頬杖の姿勢のまま、別の方向を向いた。

「5階の、国道沿い。一番見晴らしがよいところ。」

「ありがとうございます。」

「あたし独り言言っただけ。」

 出入り口に速足で向かった。

 

 病院はでかくて、よく見えなかった。国道を渡って、広めの歩道側から見ると、その大きさがよくわかった。山みたいだ。

 ざっと見て直角の形をした病院が見える。奥はどうなってるか知らないけど、その直角の、一番国道沿いの5階を見た。ベランダのある部屋が見えた。ベランダ。たぶんそこじゃないかと思った。わからないけど、そこしかないように思えた。気持ちが高鳴っていくのがわかった。

 あそこに彼女がいる。そのことがわかっただけで、こんなに気持ちが晴れると思っていなかった。子供みたいだ。恥ずかしいが、かまわない。

 




 ロマンスが書きたい、ってことなんですけど、それをうまく書けているかもわからず、うわ恥ずかしい、ってなりそうとは思ってます。でもまぁそれなりに、一応書きました。詩が、書きたいです。的確で、心を動かす詩が。難しいです。
 1人称が変わるときに、改行を増やすっていうことで表示ししています。そういうことしないでも、パっとわかると、うまい文章なんでしょうか。
 割と、急展開に読む人を引き込まなきゃいけない、とわかってはいても、技量不足ですね。
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