アフターシンエヴァ「加持リョウジの物語」   作:ヨスキ

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十二 『大人が抱えるもの』

 

 シンジ君の家の前にいた。事前に連絡はしてなかった。村に帰る余裕がなくなってしまった。体力が尽きた気がして、気力がわいてこない気がして、気づくとシンジ君の家の前に立っていた。時刻はもう夜。事前に話したら、村に心配の連絡をされるかもしれない。そう思っているうちに、何の連絡もしないままドアの前まで来てしまった。電話の一つもすればよかったのに。

 迷惑な少年だ。

 ピンポーン

 はーい。

 部屋の中から女性の声が聞こえた。

「ありゃっ。」

 ドアを開けたのは、真希波マリさんだった。シンジ君の彼女さん。当たり前か。頭が働いてない。

「リョウジ君。久しぶり。どうしたの?」

「すみません。シンジ君いますか?」

 小学生の友達の家に遊びに来たわけじゃないのに。

「リョウジ君。どうしたの?」

 シンジ君が、中から心配そうにのぞき込んだ。

「とにかく入んなよ。」

 

 リビングに通されて、飲み物のコップを渡された。それを持ったまま、椅子に座って考えていた。

「17年前って、本当は何があったの?僕が生まれる前。」

 部屋の空気が変わった。シンジ君の表情が一瞬で、変わった。

 真希波さんは、笑顔のまま変わらない。

 シンジ君は何も言わず、僕を見ていた。真希波さんが口を開いた。

「クレイディトから説明を受けたんじゃない?」

「ガフの扉と、ネルフについては、おおむね。」

「その時点で一般公開されている情報よりも、高次で守秘義務のある情報ってことも聞いてるよね?」

「はい。」

「その上で、何が知りたいの?お父さんのこととかお母さんのこと?」

「親は関係ないです。」

「じゃあなに?」

「あの事態がなんで引き起こされたのか、詳しく聞いてみたい。それだけです。」

「どうして?」

「友達の家族が、あの事象をきっかけに不幸になってて、それを今でも引きずってるらしくて、それで。」

 シンジ君が表情を固めて話さなくなった。僕に目を合わせない。きっと親の時のように、僕以上に多くのことを知っている。

 いつもはシンジ君のやさしさだと思えた。その時は、ただ単純に、なぜかイライラした。

 真希波さんの、優しい大人のような言い方も気に入らなかった。相手が子供だと思って、秘密を言わないで、勝手に完結しているように見えて、少し腹がたった。

 僕がイライラしているのは、目の前の女性には見抜かれていた。

「それはその事象のせいなの?17年前の出来事だけど。」

「・・・きっかけってだけです。ただ知りたくなっただけです。誰のせいでこんなことになってるのか・・・」

「誰のせい・・・」

 シンジ君が僕の方を向いた。悲痛な顔に見えた。なんでかは知らない。

「君が何か思いつめて、夜シンジ君の家に突然やってきたのは、17年前の出来事のせいだって考えてるのね?」

「マリさん。」

「黙ってて。」

 真希波さんの口調が変わり、真面目になった顔を見て、唾をのんだ。

 一日に二度、好意的な女性に拒絶されている。

 あの時の事象も含めて、情報には段階的に制限がつけられている。重要と言われる情報は、その必要性があって秘匿にされている。きれいごとばかりじゃないのは、知っている。前線にいた目の前の元パイロット二人だって、僕たちと違って何人か人を殺していたって、なんの不思議もないんだ。命を懸けて戦っていたんだから。みんなそれを知っている。だからわざわざベラベラ喋らない。

 親もそうだっただろう。誰かに、銃を向けて、何かを吠えたりとか。子供の僕と違って、大人として戦っていたんだから。

全てが終わった後に、僕が、友達とうまくいかなかったからって、軽い気持ちで傷口をほじくり返そうとしていた。

 自分の中のイライラがどうしようもなかった。

 シンジ君も、真希波さんも悪くない。悪いのは自分だ。

 真希波さんが言っていることが正しいんだ。

 それが気に入らなかった。

「エヴァっていうロボットがいて、ネルフとゼーレっていう組織があって、神聖存在とも言える物を使ってあの事象を引き起こすために儀式が引き起こされた。」

「それは、おおむね、聞いたとおりです。」

「そうしようとした大人がいて、それを阻止しようと、あなたのお父さんとお母さんが命をかけたの。」

「親は関係ないです。」

「関係あるよ。」

「僕が知りたいのは、誰のせいかってことです。」

「君の生活がうまくいっていないことが、だったっけ?」

「マリさん。お願いだ。」

 どうしてこんな言い方をするんだ。当然の疑問じゃないか。

 また堂々巡りだ。

 そしてまた、目の前の女性が正しい、って結論にたどり着く。人の傷をほじくって、心をいじくって。

 あの足の傷。

 何が奇麗だ。

 ここはいやだ。

「お邪魔しました」

 立ち上がって、真希波さんの横を通り抜けようとした。

「待って」

 腕をつかまれた。

「来るときも勝手に来て、優しくされないから勝手に帰るの?」

「どこに行ってもいいじゃないですか。大人なんだから。」

「勝手に帰るなら、今すぐ村にいる相田君に連絡をとる。」

 動けなくなった。

「もう遅いから、シャワー浴びて、ここで寝ていきな。ごはんは?」

「・・・何も食べたくありません。」

「少しでも食べた方がいいと思うけど、とにかくシャワー浴びて、今日はここで寝なさい。」

 黙っていた。

「それ以外は許さない。」

 少しだけ、怖かった。大人が。 

 

 

 

 シンジ君が外に出るのが分かった。夜中。隣の部屋のリョウジ君が寝たのを見計らっているのはわかっていた。

 こういう時に行く場所はわかってる。このマンションの屋上。なぜかシンジ君は、屋上に行くカギを大家からもらってる。仲良くなって、使わせてもらってるんだ、って話していた。

 さみしい時に、一人で屋上にあがってぼうっとしているのを、わたしは知ってる。噴き出したLCLが宇宙に放物線を描いた。あの世界を思い出しているのか、忘れようとしているのか、よく空を見ていた。

 扉を開けると、落下防止のフェンスの近くにいたシンジ君が、こっちを見た。

 口を開けて、言い訳を探してた。

 眠れなかったんだ、ちょっと考え事をしたくて、月がきれいですね、ぐらい言ったって良さそうだけど、全部意味がないとわかったのか、両腕を組んだ私を見て、口を開けたまま固まっていた。

「わたし、嘘は言ってないよ。」

 シンジ君の右手だけ、目の前の格子状のフェンスを握っていた。何かをつかんでいないと、倒れてしまうのかもしれない。

「うん。ごめんね。気を使ってもらって。」

 優しい笑顔になった。

 なぜかイラっとした。

「一から十まで全部を彼に話すことが、彼のためになるとも思えない。」

「うん。」

「君だけのせいじゃないんだよ。あれは。何度も言うけど。」

 あれ。ニアサー。フォースインパクトも起こしかけた。きっかけだったかもしれない。リョウジ君のお父さん、加持さんが亡くなった。ミサトさんが自分の命を犠牲に世界を救った。よく、知ってる。

 でも終わったこと。

「うん。わかってるよ。」

「じゃあなんでそんなに苦しそうにしているの?」

 笑顔が引いて、怒られた犬みたいに、眉がさがってきた。

「・・・リョウジ君の友達に影響を与えていたのは事実だ。もちろん彼にも。」

「当たり前でしょ。それがじぶんのせいだって言われたいの?」

「・・・違う。ただ、申し訳なくなって。」

「縄でしばりつけられて、みんなから石を投げられれば、つぐなわれると思ってるの?」

 下を向いちゃった。ちょっと興奮しすぎている。

「君にしかできないことで、世界を救ったんでしょ?違う?」

「・・・そうだね。マリさんや、ミサトさんや、みんなのおかげで。」

「変に気を使わないで。君がちゃんとやりとげたんだよ。」

「・・・うん。」

「わざわざほじくり返したいの?」

「・・・違う。」

 目を閉じていた。わたしは同じ姿勢のまま。

「彼女に全てを託されて、君が落とし前をつけるために命を懸けたんでしょ?」

 ついに黙りおった。

「忘れちゃった?」

「・・・ミサトさんを忘れたことはない。」

 目を閉じたまま怒った。右手に力が入るのが見えた。ちゃんと聞いてる。

 

「・・・ごめん。」

「・・・いいよ。今は私が嫌な言い方をした。ごめんなさい。」

 下を向いたまま、私を見られなくなっちゃった。泣きたいんだろうけど、それもできなくなった。大人だから。

 彼に近づいた。

 彼の腕に手を伸ばした。

「シンジ。」

 あまりこう呼んだりしない。でも今はこれが自然。

「こっちおいで。」

 頭を抱えてあげると、言うとおりに肩に頭を黙って落とした。わたしが背中に腕をまわしてあげると、黙って私の首に腕をまわしてきた。

 泣きゃいいのに。

 背が高くなったな。でも心がまた、小さい少年みたいに。ワンコ君かな。

 まったく。

「美人の胸で慰められるなんて、幸せもんですぞ?」

「・・・・・・」

 わたしの冗談にクスリともしない。

「おいっ」

 パシッと、背中を叩いた。

「・・・・・・はい。」

 やっと起きた。困ったワンコ君。腰をまく手の力だけが強くなった。大人の力。でも子供みたいだった。

 

 

 シンジ君達と無言の朝食の後、二人に謝って、部屋を出ることにした。真希波さんが話しかけてくれた。優しい言葉で。

「友達とうまくいってないんだね?」

「・・・・・・・はい」

「職場には?」

「一応、数日体調不良で休ませてくれ、ってさっき連絡はしました。」

「よし。村に帰る気は?」

「・・・今は、街でやることがあります。」

「・・・わかった。相田君にはまだ何も言わない。姫にも、村のみんなにも。」

「すいません。」

「でも、大人を頼ることも忘れないで。」

「・・・はい。ありがとうございます。」

 玄関先で、靴を履いていた。シンジ君に何か言わなくちゃと思っていた。彼を傷つけていた気がする。

 なんていえば良いかわからなかった。

「リョウジ君。」

 また、大人から決めてもらってる。

「君が幸せになることを望んでいる。」

「・・・ありがとう。でも、どうすればいいかわからなくて。」

「・・・そうだね。何か力になれるなら、なんでもするよ。」

「ありがとう。・・・どうしたらいいんだろう。」

「僕にはわからなくて。」

「そうだよね。」

「でも。きっとやるしかない。」

「・・・え、なにを?」

「・・・わかんないけど。」

 なぜか小さく二人で笑った。後ろで真希波さんが呆れるんじゃないかと思って、小さい声で。

 やるしかない。少し気力が戻った気がした。

 

 自分のポジティブな行動の結果、裏目に出ることがあると、この後学んだ。

 後悔はしていない。

 いい気分にはならないけど。

 




 全体的に見ると、後の方で考えた展開だったんですけど、それなりに気に入ってます。本家の、シンジ君の贖罪、について、僕なりの解釈というか、こういう展開を頭に描いてしまうことが、話として展開していくと自然に出来上がっていって、それによって真希波さんの立ち位置やキャラクターができていきました。本家では違うんでしょうし、全然違うよ、っていう考えの人がいるのは理解しています。僕のはこう。母親的であり、恋人的であり、一個人的であったり。
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