どうしても確かめたくなった。
車を運転していた奴の顔を。
シンの住んでいるところから近かったはずだ。同じような団地。なんかの時に話を聞いたことがある。詳しい場所はわからなかったけど、この辺だという建物をうろついてみると、難なく見つかった。昼間なのに、玄関ドアが少し開いていて、騒がしい部屋があった。のぞいてみると、荒れた部屋があった。
「すいません。」
しばらくすると、つるんでいた連中の一人が出てきた。腕のタトゥーも見えて、顔は赤かった。酒を飲んでる。
「あれ、リョウジ。」
「よう。」
「何しに来た?」
「ちょっと聞きたいことがあって。」
「ふ~ん」
そういって部屋の奥に入っていった。入っていいってことだろうか。
部屋の中に入ると、むっとする部屋内にタバコの煙、酒の匂いが充満していて、つるんだことのある女の子がソファで寝ていた。
「で、なに?」
タケがそう言ってきた。
いつも以上にイライラしてそうだった。
「君が運転してたんだよな?」
「あぁそう。派手に事故った。」
なに普通に話してんだよ。
「リーナが車外に吹っ飛ばされた。」
「そうだよ。」
「なんで助けなかったんだ?」
「助けようとしたんだよ。でも動かなくて、人が集まってきたんだ。」
だからなんだよ。関係ないだろ。
「酒飲んでたし捕まるところだった。走って逃げたんだよ。リーナは動かなかったけど、誰かが通報しだしてたから、すぐ病院に運ばれると思ったんだ。実際そうだったろ?」
だれかが?お前じゃないのか?
「それで、気に入らねぇってんで、うちきたのか?」
「・・・話を聞こうと思ったんだ。」
「だから気に入らねぇってんだろ?」
酔っぱらってる。
緊張感があった。
「死んでたかもしれないだろ。」
「だから生きてたじゃねぇか。うるせぇな。あいつはご令嬢なんだから、すぐそれが分かって、貧乏人よりも立派な治療が受けられるのはわかってたからな。」
「捕まりたくないから逃げただけだろ。見捨てて。」
「うるせぇんだよ。リーナ目当てで偉そうに。」
だったらなんだよ。
段々と自分の中の声が大きくなってきた。
「恥ずかしくねぇのか」
「うるせぇって、の!」
そういって、タケが僕の髪の毛をつかんだ。
「お前ホントむかつくな。最初から。シンちゃんもなんでこいつの肩もつのかな。」
自分の中で押さえられないものが湧き上がるのを感じた。
酔っ払い相手なのに。早く帰るべきだった。来るべきじゃなった。
「タヌキみたいに死ねばいいのに」
途中から、部屋の中が赤くなった気がした。それからのことが、後になってもあまり思い出せない。
「すいません、でした。」
気が付いた時には、目の前の奴が顔から血を出して、手のひらをこちらに向けていた。
僕が胸倉をつかんでいて、僕の右手に血がついていることに、何か関係があるようだった。
壁際に他の子がおびえて立っていることも、僕が原因だった。
心臓がドラムのキックを鳴らし続けているみたいだった。実際に足を床に踏み続けているのかと思った。ただ足が震えていただけだった。
右手に感覚が戻ってきて、自分の呼吸の音がやっと聞こえてくると、僕は胸倉をつかんでいる手を放して、口元の汗を拭いた。血の、鉄のようなにおいがした。左手にも血がついていた。
自分が引き起こした部屋の惨状が、突然おそろしくなって、黙って部屋を出た。
バイクに乗って、村に戻った。
誰かが僕に車をぶつけてくれないかと思ったけど、その時だけ車にほとんど行きあわなかった。
僕一人に大人のみなさんが、鈴原先生の診療所に集まっていた。鈴原先生も、ヒカリさんも、相田先生も、アスカさんも。
僕のこぶしのケガを見て、心配になったみたいだった。あるいは、アスカさんみたいに、怒ってる。顔の傷も見てもらった。足も。
ヒカリさんが拳に包帯を巻いてくれた。傷を見終わった鈴原先生は、何も言わなかった。
みんなが黙っている。僕も何も言わなかった。僕を見ているのに。治療行為の音だけが聞こえた。何があったのかを、誰も聞かない。僕も口を開かなかった。
でも、しばらくしてから、壁の近くにいたアスカさんがはじめに話し出した。
「あんた、バイクのカギ返しなさいよ。」
近くにいた3人がアスカさんの方を見た。
「・・・アスカ。」
「なによ。」
相田先生が間に入ろうとしたけど、アスカさんの怒りはかなりのものだった。
もうそれは、しょうがないことだ。
「・・・はい。」
返事をしてから、僕は立ち上がって、ポケットからバイクのカギをアスカさんの前に出した。眉間にしわを寄せて、怒った表情のまま、僕をにらんでいた。
バイクを貸してもらえないなら、バスで行く。夜でバスがないなら、自転車で行く。
別にバイクなんて、なくたっていい。
誰の力も借りない。
仕事ができなくなるっていうなら、やめてやる。
僕が出してる鍵を早く受け取ったらいいのに、両腕を組んだまま、僕をにらんで固まっていた。
相田先生が、アスカさんの肩に手を置いて僕の前に立った。目を見られなかった。
「バイクは貸しておく。必要がなくなったら返せばいい。」
「・・・ダメよ。いつか事故起こす。」
「・・・大丈夫だよな?」
返事ができなかった。事故が問題なんじゃない。
自分でも、周りに迷惑をかけてるのはわかってた。こんな喧嘩傷作って戻ってきて、心配をかけているのはわかってた。
でも、どうしても、そうしなきゃいけなかったんだ。
それをわかってほしかった。
「返事しなさいよ!」
「アスカよしなよ。」
頭をさげて、自分の寝床に帰った。
だいぶ離れて、アスカさんの怒った声が聞こえた気がした。
自分の部屋で傷を見ながら、何を考えるともなく考えていた。
リーナと話がしたかった。
早朝、誰も起きていない時間を選んで、街へ出た。
子供から大人になるってことについて、男の子から男になるってことについて、月並みな展開だとは思ってるんですけど、少し深刻なケンカをして帰ってくる、大人が心配そうにしている、けど、子供を叱るようにはしない、っていう空気を目指したんですけど、もうちょっとうまくかきたかった。アスカのキャラクターというか、立ち位置がよくて、リョウジ君の惑い方が、一応自分としては好きな展開にできたと思っています。