アフターシンエヴァ「加持リョウジの物語」   作:ヨスキ

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十五 『教育的』

 

「親って必要ですか?」

 ケンスケの家で、座っていたリョウジが言った突然の言葉に驚いた。ケンスケと目線を合わせた。でも、大事な話をしようとしていると思って、なるべく、ちゃんと話せるように心がけた。

 もう、街には行きません。

 暗い顔でそう言ったのが、さっき。朝姿が見えなくて、夜になって、帰ってきた。何かが解決したわけではなさそうだったけど、ひとまず、落ち着かせる必要がある。ひどい顔つきだったし、一緒にいた方が良いと思っていた。

「どうした?突然。」

「いや、なんとなく。友達の親のこととかあって、だからいなければ不幸、ってわけでもなかったし。それで、なんとなくです。」

「まぁあたしもいないし、ケンスケには良いお父さんがいたけど、もういない。」

「良いお父さんだったかはわからないけどね。」

「僕はほら、秋吉さんもいたし、村の人がみんな親みたいなものだったし」

 椅子に座って、落ち着いて話をしてる。でも、何か思うところがあるんだと思った。

「そうね。良い人たちがいたわね。うらやましい。」

「どうしても必要なものじゃないんでしょうね」

 真面目な顔を崩さなかった。

「・・・そんなことないわよ。」

「なんでですか?」

「無償の愛を注いでくれる人が、人生には必要ってことで。そうでしょ?だいたいは一緒にいるわよね。鈴原のところとか。幸せそうで、いたらやっぱりいいわよね。」

「・・・親である必要ありますか?僕の場合別にいましたよ。」

「ねぇ。ミサトも近くにいたら、そうしてくれたわよ。父親も。」

「でも近くにいませんでしたよ。」

「・・・しょうがないじゃない。」

 そういうとリョウジの目が明らかに不満の表情になった。しょうがない、なんて言っちゃいけなかったんだろうか。

「子供より優先させることがあったってことですよね。」

「あんたなにイラついてんのよ」

 あたし自身イラついていた。不安で。何かを決意したような顔をして話す、目の前の、男が、少年とも言えなくなってきた男が、何を言わんとしているのか、それが不安だった。

「親なんて、近くにいたら、わずらわしくて、自分の人生しめつけてたかもしれない。そんなやついっぱい街にいましたよ。そういうこと、ってだけです。」

「あんたはそうじゃないわよ」

「だからそれは僕の親が近くにいなくて、誰かが僕に優しくしてくれたからじゃないすか」

「ちょっとあんた」

「子供後回しにするのが良い親なんですか。」

 こっちを横目で見ていた。

「よせよ二人とも」

「・・・すいません」

 ケンスケの声で、トーンが少し下がっていた。

 でも、ミサトのことなら、あたしが話さなきゃ。もう他人事じゃない。

「ミサトは、イイ人だったわよ。あんたのそばにいたがっていた。父親も立派な人だった。あんたが生まれる前に、みんなのために命をかけたのよ。」

「・・・・・・」

「でもいつ死ぬかわからないところにいて、」

「じゃあなんで連絡も何もなかったんすか。母親は。」

「だからいつ死ぬかわからなくて・・・母親じゃなくて、お母さんとかでしょ。」

 または、ママ、とか。あんたはそういうの、欲しくないの?

「そんなの勝手ですよ。いつ死ぬかわからなかったのは、みんな一緒だったじゃないですか。」

「世界を救う船の艦長よ。それだけのことができる人だったってことじゃない。誰も代りができなくて。それで立派に全うして世界の人を救ったのよ。すごい人じゃない。」

「艦長として、世間の人にとって立派ってだけじゃないですか。やっぱり、親の代りは、いるってことですよね。」

「・・・そうじゃないわよ」

「そうですよ。」

「あんたいい加減怒るわよ」

「アスカさんにはわからないですよ。」

「・・・なに?」

「リョウジ。」

「・・・すいません。」

 深呼吸した。あたしから話をつぶしちゃいけないと思って、落ち着こうと思った。

 大人なんだから。

「親の愛って、必ず必要なんですか?」

「・・・誰の話?」

「世界の子供にとって、ってことです。」

「さっきも言ったけど、」

「なぁもうよそう。」

 ケンスケが止めようとしたけど、あたしもリョウジも、もう止められない実感があった。

「代わりさえいれば別の人の愛でも良いってことですよね。」

「いい加減にしなさいよ!」

「なんで怒るんですか。アスカさんだって親いないって、言ってたじゃないですか。」

「自分の親でしょ!それも立派なことした二人じゃない!」

「だから僕には関係のない二人じゃないですか。生まれた時に父親はいなくて、母親は子供を14年も見捨てて世界のために死んで」

我慢ができなくて、立ち上がって、リョウジの胸倉をつかんで立たせた。

「アスカ!」

「ほんとのことじゃないですかっ。」

 胸倉をつかまれても、そっぽをむくでもなく、あたしの方をにらんでいた。意志の強さを感じた。 

「立派なことしたのはわかりますよ。僕だって初めて聞いた時すごくうれしかったんだ。でもどんな人かもわからない。会ったことないから。周りが良い人だ、すごい人だ、っていうだけじゃないですか。」

 リョウジがまくしたてた。にらみつけるだけで、あたしは言い返せなかった。

「どんなクズでも、子供の自分を大事にしてくれて近くにいてくれる親だっているんだ。俺ならそんな親だって、愛して一緒にいたかもしれない。」

 本気の目をしていた。唇が震えだしていた。

「なんで14年以上も俺に内緒だったんだよ!世界に一人の子供なんだろ!一度も会うことも話すこともなく死んじまったんだろ!」

「俺は見捨てられたんじゃねぇか!!」

 

 あたしが拳で殴りつけると、リョウジは後ろに飛ばされたけど倒れまいと足を踏ん張っていた。

 リョウジの両目が吊り上がって、あたしを見据えた。

首をしめられると思った。

でも、リョウジの両手はあたしの肩に突き出されて、あたしはその勢いで後ろにあった食卓の角に突き飛ばされた。重たい食卓がずれて、上の軽い食器がスライドした。あたしは反撃のためにコップを投げつけた。リョウジは手でそれをかばいつつ後ろに下がっていた。

「リョウジ!」

 後ろに下がりながら、怒った顔で、泣きそうな顔になって、それからあたしたちを避けるようにして、入口のドアへ走っていった。

「待ちなさいよ!」

 ケンスケが間に入ったけど、それを払いのけようとリョウジに近づいた。

 アルミの扉が開くのが見えた。なんかちょっと前に見た光景のような気がして、頭に血が上った。

「逃げんなこらぁ!!」

 ケンスケが私の腰にしがみついて、それ以上追うのを許さなかった。

 

「無敵のアスカ様も、寄る年波には勝てまへんか?」

「おばあちゃんみたいないい方しないでよ」

 鈴原の診療所で、あたしは診療台の上でうつぶせになっていた。

 リョウジが出て行ってから、しばらく二人で黙っていた。

 ポツリポツリ話をして、またあいつに何かを伝えなくちゃって話をしていた時に、腰の傷に気が付いた。

大丈夫だって言ったのに、トウジに診てもらえ、行かないならおぶって連れていく、っていうから、不本意ながら診療台で寝ている。

腰を見せて。っていうかケツも一部見せて。

「油断したわ。あいつがあんな顔して突き飛ばしてくると思ってなかった」

「男なめたらあかんよ。男子三日会わざれば刮目してみよ、って言うで。」

「あんた、おっさんになったわね」

「お前も大人にならんかい。殴りつけたそうやないか。」

「・・・ケンケン」

「骨に異常はないが、痛そうやな。」

「こんなの大したことな痛っ。ちょっと!」

「痛いやろ、これ。」

「・・・まぁね。」

 本音、か。リョウジの本音は、やっぱり別にあったんだ。聞き分けが良すぎて、それを簡単に見ていた。

「・・・・・・あいつな・・・」

 それからしばらく沈黙が続いた。うつぶせになってたあたしが振り返ると、鈴原があたしの腰付近を見つめたまま固まってた。

「ヒカリィ!!あんたの旦那があたしのケツ見て固まって痛ぁっっっ!!」

 言い終わる前に引っぱたかれた。

「えぇかげんにせぇ!考えてただけじゃ!」

 なんかの軟膏が塗られて、それより大きめのカットバンが貼られた。

「リョウジはまっすぐやな」

「まぁね。」

「シンジみたいにいかへんやろ」

「・・・はっ?」

「リョウジのことや。シンジみたいにいかへんやろ。」

「あのバカよりは立派にまっすぐ育ってんじゃない。そりゃ全然違うわよ。」

「まっすぐ過ぎてもな。ボッキリ折れたりもすんで。」

「リョウジが?」

「あいつちょっと真面目に考えすぎちゃうか。」

「・・・そう?」

「お前さんや、ミサトさんのおかげで生き残れたが、世界が崩れる前に、人や社会に殺されるかもしれん時があってやな。」

「強盗とか?」

「そうや。それだけやなくて、村八分っちゅうて、社会を優先させて、個人の動きを管理せなあかん時もあった。それは必要なこともあったけど、暴走すると、簡単に個人が殺されていきよる。」

「はぁ。」

「人なんて簡単に死ぬで。わかるやろ?」

「・・・まぁ。」

「みんな手を取り合って、ってのが理想かもしれんが、そうも言ってられん時があって、荒れた時代に生まれて、今はだいぶ平和になった。そういう環境の変化に、思春期の時分に、いろいろ抱えとっても、まじめに生きとる。立派なことやと思うが、俺はちょっと不安があるで。」

「なんでよ。いいことじゃない。」

「多少ひねた方が健全っちゅうこっちゃ。」

「よくわからない。」

「女やしな。」

「何それ。そういうもんなの?」

「知らん」

「何だそれ」

「シンジだってひねてるように見えたけど、まっすぐしてるやんか。」

「あのヒネヒネのバカシンジが。あいつは世間も知らなったし、ガキみたいにグズグズ言ってたわよ。リョウジの方が何倍もまとも。まっすぐなんて、ほんのちょっとそうなったってだけでしょ。」

「おまえ相変わらずシンジのことになるとムキになるな。」

「・・・けんか売ってんの?」

「いや、まぁ。ただ、ちょっとは素直になったらどうや。」

「・・・まぁ。」

「リョウジは、まっすぐすぎんか。ちっとひねてもえぇ思うねん。」

「今ばっちりひねてるけど」

「よく見ておいてやらなあかんで。まっすぐすぎて、曲がって、もう戻らんことだってある。」

「あ~~~~~~男って面倒くさい。」

 ため息がもれた。

 

「っていうかもう座っていい?」

「あ、もうとっくに終わってます。」

「・・・やっぱあたしのお尻見たかったんじゃない。」

「お前冗談でも外でそういうこと絶対言うなよ。なめんなよ評判を。」

「ヘイヘイ」

「さっき言ったやろ。村八分って。」

「社会に抹殺されてしまえ。」

「お願いします、黙っててください。」

「フッ。」

 台に座って、鈴原から話を聞くことにした。

 少し悔しいというか恥ずかしいというかだけど、人生の先輩になる同級生に、意見を聞いた方が良いと思った。

「あたし、厳しすぎかなぁ。バカシンジにならケリ入れてたけど。よくわかんなくて。」

「ワシ昔シンジ殴りつけたことあるで。」

「なんで?いつ?」

「お前が中学編入してくる前や。サクラが初号機の行動で、壊れた建物の近くにいて大けがしてな。そしたらパイロットが同じクラスに入ってきて、それがわかったんで学校の中で殴った。」

「ほんと?知らなかった。」

「ぼくだって好きで乗ってるわけじゃない、って言ったから、もっかい殴った。」

「アハハハハハハハ。言いそう。」

「笑いすぎや。でも、シンジが頑張って命はってんの見て、申し訳なくなってな。ワシのこと殴ってくれっちゅうて、殴らせて、仲良うなったんや。」

「時代遅れの胸熱の熱血ね。」

「お前も似たようなもんやないか。」

「グッ」

「今は時代も変わってきたからな。性格も違うし、どうしたらええんやろな。」

「殴ったら突き飛ばされるし。」

「それはお前が悪い。」

「でも時には殴るのも必要よ。そう思うでしょ?」

「思う。」

「ケンケンはそういうのしないじゃない。」

「シンジ殴った時ケンスケも一緒にいたけど、」

「嘘。」

「ホンマや。時代遅れのやつ、って感じに俺のこと言ってたんやで。」

「・・・言いそう。」

「せやろ。」

 

 鈴原が笑ってた。いつもの適当な笑い方じゃなく、多くの人生経験を積んだ大人の笑い方だった。自嘲的だけど、人生や人の生活そのものを愛おしく感じてそうな、疲れてる大人の笑顔。

「結局人ってのは変わらんな。」

「変わったわよ。あんたこんな落ち着いてなかった。」

「おっさんじみてきたな。」

「フフッ」

「・・・お前もずいぶん変わったで。」

 また、大人の顔する。なんか悔しい。

「さて、帰りますか。」

「愛する人の待つ愛の巣へな。」

「やめてよ。」

「違うの?」

「・・・あってるけど。」

「ブワハハハ。」

 ヒカリが帰ってきた。

「アスカ大丈夫?どうしたの?」

「ちょっとね。大したことじゃないわ。じゃあ鈴原。」

「おう。お大事に。」

「嫁さん大事にしなさいよ。」

「おまえは、うちの嫁さんを、見習え」

 頭を小突こうとしたのでサラリと避けた。年寄りの説教なんて聞いてられない。

「アスカぁ。抱っこ」

「ツバメエエェェェェェっっ。こっちおいでぇぇぇ。」

「どっから声出てんねん。」

 幸せそうな家族をうらやましく感じて、あたしはケンスケの待つ家へ帰ることにした。

 ヒカリに、今度の宴会は出るんでしょ?と聞かれて、あいまいに答えた。

 

「綺麗なお尻だった?」

「えっ」

 

 家に着く前の上り路で、ガレージの方から光が見えた。

 ガレージ、ちょっとした贅沢を、ケンケンの希望で建てられていた。真新しいガレージ。

 中にはミサトの青いスポーツカーがある。譲り受けたものだ。ケンケンが時間を見つけては整備している。ほとんど動かせるようにもなったけど、完成させるまではってことでまだ、走ってはいない。リョウジにも、それがどういう物なのか、説明をしていた。

 前に置いていた場所で、3人でこの車を見たことがある。あたしはその時は、14歳の体だった。携帯ゲームしていた。今なら3人で、この車をよくしてあげたらいいと、思った。それで走り出せたら、良い節目になると思っていた。

 さっきのことがあって、一瞬不安がよぎった。

 ケンケンがいた。

「どうしたの?」

 背中に声をかけても、振り返らなかった。

 避けて、車を見て、黙った。

 青い車に黒い塗料がぶちまけられていた。リョウジは、家を飛び出してすぐに、これをやった。

「あいつっ。」

 言葉が続かなかった。ミサトの乗ってた、あの青い車。奇麗な車だったのに。

「行ってくる。」

「バイクがない。」

 冷たい言い方だった。

 今日リョウジは、バイクを自分の寝床の近くにとめていた。ケンスケは、リョウジと話をしようとあたしを鈴原のところに行かせて、会いに行って、会えずに戻って、これを見つけたんだ。

 ケンスケの表情は今まで見たことがないものだった。わからないけど、心が読み取れない。目が怖かった。

「ねぇ。」

 反応しない。

「あいつ街に行ったんだよ。電話して、呼び戻そう。出ないなら探しに行こうよ。」

「必要ない。」

 それだけ言うと、体の向きを変えて歩き出して、ガレージの電気を消した。あたしもいたけど、かまわず電気を消してガレージから出て行った。

 振り返ると、青いスポーツカーがどう汚れているかわかりにくくなった。

 悲しい気持ちになった。  

 

 

「おはよう。」

 次の日にケンスケにあいさつをされたとき、少し不安になった。昨日のことが頭から離れない。

「リョウジは?」

「・・・職場にはきてないそうだ。一応体調不良ってことで、しばらく休む、って。」

 あの野郎。

 でも一応職場に連絡はしたのか。

「それでも、数日たって、無断欠勤ってなるとね。機密情報も扱う職場だから、最悪・・・」

「拘束される?」

「こ、いや、それはないと思うけど。一般企業よりも厳しく、処分されるだろうね。クビとか。」

 クビ。それに、あいつがこのまま帰ってこないなんてことも、なくはない。

「・・・これからどうするの?」

「どうって?」

「リョウジのこと。探すの?」

「必要ない。」

 ピシャリとそう言った。顔は昨日より温和になっている。でも言葉から、まだ怒っているのがわかった。あたしは言葉を待った。

「大人なんだから、きっと戻ってくるよ。」

「戻ってこなかったら?」

「それもあいつの責任だよ。」

 あたしは黙った。本心でそう言っているのか、考えた。そうかもしれない。子供じゃないんだから。

 でも、ミサトと加持さんの子供だ。

 ケンスケが笑った。

「今日、村の宴会が予定されていたよね?悪いんだけど、僕出られないんだ。」

 突然話題が変わって頭が追いつかなかった。

「そう、なんだ。なんで?」

「赤木博士と一応直接話をしてくるよ。リョウジのこと。さっき予定合わせて、宴会とかぶっちゃったんだ。トウジには伝えてある。」

「あたしも行く。」

「アスカは宴会の方頼むよ。」

「・・・・・・はぁっ!?」

 あたしは怒ったけど、ケンスケが笑った。

「なんで怒るの?」

「あたし嫌よ。」

「毎回そう言ってるけど、もう役場の人なのに、そんなこと言っちゃだめだよ。」

「そっ。そ。嫌よ。」

「大人なんだから。」

「ケンスケも出てよ。」

「だから僕赤木博士のところに行くから。」

「そっちあたし行く。」

「ダメ。だいたい一度も行かないなんてダメだよ。義務義務。」

「アルハラって言葉が。」

「村では通用しません。郷に入っては郷に従えです。」

「・・・・・・・」

「楽しんできてね。」

 




 かなり最初の方で展開は決めて書き終わってました。調整はしたけど。そもそもこの話を作ろうと思ったのが、相田ケンスケ役の岩永哲哉さんが、薄い本を出してケンスケ、リョウジ、アスカのシーンについて言っていたからなので、かなり根幹的シーンだったと思います。それで、大人になる、でも、迷いや間違いもある、っていう。アスカに関しても両親がいない、ケンスケも父親をもう亡くしている、っていうことで、1つのファミリーの困難を書きたかったです。
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