アフターシンエヴァ「加持リョウジの物語」   作:ヨスキ

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十七 『作戦会議と思春期』

 

 ケンスケの部屋で、コネメガネとシンジが掃除している。なんか変な感じ。

 しかし、リョウジめ。

「男って、すぐふさぎこむわよね。」

 シンジに言った。アホシンジめ。聞こえないふりしてる。

「ねぇ」

 無視した。この野郎。

「また無視?」

「・・・なんでしたっけ?」

 また無視、がこたえたんだろう。ケンスケの家だから。ざまぁみろ。

「あんたその道のプロなんだから、教えなさい。」

「どの道」

「ウジウジする男の道」

 下唇が出てるけど、反論してこない。ちょっと面白くなってきた。

「なによ」

「いえ。」

「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。バカシンジ。」

「もう大人なんだから、人のことバカとかアホとかガキとか言わないでよ。」

「なに、反抗的ね。」

「言いたいことは言えって・・・」

「早くアドバイスしなさいよ。ウジウンジ。」

「せめて名前は残してください。」

「シンジウジウジ」

「もう場所も語呂も悪いよ。」

「早く。」

 もうちょっといじめたかった。

「リョウジ君は、ミサトさんのこと、まだ処理しきれてないんだろうね。」

「・・・そうね。」

「飛び出していったときどんな感じだったの?」

「・・・・・・」

「・・・ケンカしたんでしょ。」

「なんでわかるのよ。」

「トラウマが。」

「はぁっ!?」

「なんでもありません。」

 掃き掃除始めやがった。

 くそっ。

「まぁ、アスカは優しいから、それが伝わるよ。」

 ・・・は?

「何言ってんの。嘘言ってまでご機嫌とろうとすんじゃないわよ。そういうとこ変わらないわね。」

「嘘なんかついてないよ。」

「トラウマなんでしょ。」

「聞こえてた。でも優しかったよ。」

 あたし優しくなんてしなかった。また口になんか突っ込んでやろうか。

「あたしあんたにイライラしただけだから。優しくしたわけじゃない。」

「僕はアスカにも救われたんだよ。それぐらいはわかるよ。」

 まっすぐシンジの方を見つめた。なんかこちらが反応するのはしゃくだったから。

でもシンジもまっすぐこちらを見つめてきた。

「・・・やめてよ。」

「アスカが言い出したんでしょ。」

「やめて。」

「わかった。」

「イチャイチャ?」

「違うって。マリからも言ってよ。」

「いいけど、照れて怒り出すよ。」

「はっ!?」

「アハハハ」

「笑うんじゃないわよ!」

 シンクの方を向き直して、他のところを片付けようと思った。食卓に置いてあったコップをシンクに戻して、

「聞く相手を間違えたわ!」

 文句を言いながら、片付けをした。そろそろケンケンが帰ってきて、鈴原がやってくる。

 チラッと見るとシンジが、ウジウジがほうきを下げて、こっち見てた。

「なによ、早く掃除しなさいよ。あいかわらず腹立つな。」

「いや、昔と違って、家事姿が板についてきたね。」

 問答無用で殴り掛かる勢いだったからか、走って逃げやがった。コネメガネが前に言ってた、スタコラサッサっていう擬音がばっちり合いそうな動きで外へ。

「クッ。コネメガネ、あんたあいつになんか仕込んでんじゃないの!?」

「仕込んでるよぉ?わたしのワンコ君だもん。」

「バカップル!」

 

「昔一緒に住んでた人ってことで、シンジ君にいろいろミサトさんの話をしてもらった方が良いんじゃない?当時は艦長じゃなくて、上司兼お母さん役だったらしいじゃん。」

 家を片付けるのを手伝って、小物を棚に置きながら、コネメガネがそういった。

「殴りあって深まる友情なんて、フィクションだと思うけど。」

「もう殴らないわよ。ついよ、つい。」

「まぁ話して分かってくれるのが、一番いいけどねぇ。」

「なんか話しかけたってふさぎこんで、黙り込んじゃうどっかのバカのイメージが強いのよ。」

「すいません。」

「いたの、あんた。」

「ひどくない?」

 それからあれこれ、どうリョウジに接したら良いか、話してた。あまり参考にはならなかったけど、あぁじゃない、こうじゃないって。んで結局

「どうしたらいいのよ」

「姫は口下手だからにゃぁ」

「うん」

「今、うんって言った?」

「いえ、言ってません。」

 脛狙って蹴ったけど、サラッとよけやがった。

「抱きしめてあげたら?」

 シンジがちょっと考えた後、そういった。

「・・・はっ?」

「いや、変に言葉をかけたり、気を使ったりするより、ただ抱きしめてあげた方が、わりと救われるんじゃ、な、い、か・・・な?」

 時間がとまった。

 コネメガネの目だけがシンジを向いた。

「あ~~~~~~~~!ガキシンジに聞くんじゃなかったあああ!!」

「え、いや、ちょっと。」

「だから、あんたコネメガネと付き合ってんでしょ!?乳でかくてママに甘える感じが味わえるから!」

 コネメガネが、自分の手をクロスして胸を隠しながら、キャッ、って姿勢で止まった。

 なんか見た覚えのある姿勢の気がして、なんか余計に腹立った。

「でかい声で恥ずかしいこと言うな!」

「ああもう、男なんてみんなガキよ!ガキ!」

「やめろよ!」

「やっぱあたしのケンケンみたいに大人じゃなきゃあたしと釣り合わないわ!話もできないわ!あんたといい鈴原といい、乳やらケツやらおっかける一生中二なのよ!どうせリョウジもそのうち女を、ヤレルヤレナイで判断するようになるのよ!大人の男なんてほっとんど存在しないのよ!」

「プッ。あたしのケンケン。」

「お前もえぇ加減大人になれや」

 気づくと鈴原が扉を開けて入口にいた。

「遅かったじゃない。」

「お前ほんまおぼえとけよ。でっかい声で村の人に聞こえんねん。お前の声は。」

「女性の本心を代弁してんのよ」

「大人の女性はもっと慎ましくて、男を敬ってくれますぅ。うちの嫁さんを、見習え。でっかい声でほんまお前は・・・」

「はいはいはいはいはいはいはいはいはいはい」

「やかましい!」

 鈴原が家に入ってきて、机の上にちょっとした紙を広げた。

「トウジ」

「作戦会議や」

 喉の調子を整えて、もっともらしい言い方をして、鈴原が言った。

「リョウジ更生大作戦のな」

「ネーミングがださい」

「お前ほんまぶっ飛ばすぞ」

「暴力はんたあい」

 鈴原が来て、会議をすることになった。会議、ってほど仰々しいものでもないんだけど、四角い机に5人が囲んで話をすることになった。考えてみたら、これだけ多くの人がここに集まるのは初めてかもしれない。コップは足りたかな。

 鈴原と、帰ってきたケンケンが座って、反対側にシンジと、コネメガネと、あたし。

 鈴原が紙を広げた。これからの作戦についてらしいんだけど、そこにあったのは、子供の絵日記レベルのもの。みんなでのぞきこんだんだけど、よくわからない。一応街の地図らしい。

「なにこれ。」

「まぁ聞きなさい。リョウジがうろうろしてた施設とかが、このへんやろ?そこで良い友達と出会ったわけやが、それがこじれて、今あいつは青春しとる。飛び出していったってことは、この辺の友達を頼っていった可能性が高いわけやんか。サクラの家とそんな遠くないねん。」

 そうか、あの辺か。

「で、病院がこの辺やんか。」

「はぁ。」

「ほなら、サクラの家に待機して、情報もらったらそこに行って、直接確保するのが一番効率良いとおもうねん。」

「そうね。一つ質問していい?」

「なんや。」

「この地図はツバメが書いたの?」

「ワシや!」

「アハハハハハハ」

 バカップルが笑ってる。あたし本気だったけど。

「なんや!アナログが一番効率良い時もあんねんぞ!」

「携帯で設定してよ。」

「いや俺よくわからんねん。あれ。どないなってんの?昔よりもっと難しくなってるやん。」

「そうかな?」

「シンジやっておいて。」

「はい。」

「村で生きてて思うけど、大事なもんはどのみちシンプルなもんやから、あれこれ新しくせんでもえぇねん。」

「早くスキャナとかデータ端末とかクレイディトに申請してよ。」

「とにかく!」

「聞けよ。」

「街に待機する組が必要や。そこで、三バカトリオ。」

「だ、れ、が、三バカだ。」

「お前らに決まっとるやろ。シン三バカ。」

「え?わたしも?」

 コネメガネが自分を指さして意外そうにしていた。

「お前らは街に潜って、ワシらの情報を待って、目標を見つけ次第補足して帰還せよ。」

「は?」

「勘の悪いやっちゃなぁ。わかるやろ。割とおっかない経歴の3人組なら。」

「ようするに街ぶらぶらして、情報があったら見つけて連れてくればいいんでしょ?」

「お前、せっかく俺が作戦風に言ったのにぶち壊しやないか。」

「作戦なめんなシロートめ。」

「グッ。」

 

 あたしは鈴原とふざけてたけど、ずっとケンケンが気になってた。これまでずっと腕組をしたまま何も話さないケンケンが。

 あたしから話さないといけないと思った。

「ねぇ。ケンスケも街に出て探そうよ。」

「なんや、旦那と離れてもうさみしいんかいな」

「ちょっと黙ってて」

 その場の空気が凍ったのがわかった。でもしょうがない。ケンスケが怒ってるし。

「ねぇ、そうしよう?」

「僕はこっちで情報収集するよ。」

「そんなの鈴原に任せればいいじゃない」

「仕事もあるし」

「調整できるでしょ」

 ケンスケは答えなかった。鈴原が横目で見ても、反応しない。

「まだ怒ってるの?」

「・・・僕自身は、探す必要ないと思ってるよ。」

 その場に沈黙が広がった。話し合いが始まってからずっと不機嫌そうにしていた。

やっぱり、怒ってる。鈴原は、静かに笑顔で固まってる。

 バカップルは存在感を消そうとしていた。

「・・・どうして?」

「もうリョウジは大人だよ。自分の責任を自覚すべきだ。」

「あいつだって子供だよ。」

「考え方の違いだね。」

 ムッとした。

「・・・そんな言い方しないで。」

「・・・ごめん。」

「ねぇ、ケンケンが探してあげた方が、あいつも喜ぶと思うの。」

「関係ないよ。」

「いつまで怒ってるの?」

「・・・君たちが探すのは止めないよ。」

 君たち。

「だから、あなたの話を・・・」

 話の最中にケンスケは立ち上がって、入口の方へ歩いていった。私も立ち上がって机に手を付いてたけど、気にせずケンスケは歩いた。

「ちょっとぉ、大将ぉ!」

「・・・見回り行ってきます。」

 ガラガラと音を立てて、いつものとおり出て行った。

 あたしは机の上を見ていた。下手な地図以外何もないけど。

 視線を横にずらした、シンジとコネメガネが見ている。

「ナニ見てんのよ。」

 二人で両掌を上げた。息が合うのが腹立つ。

「おまえも、ケンスケも、シンジも、難儀な性格しとんなぁ。」

「え、僕今悪くない・・・」

 ギロッ

「怖っ」

 鈴原とシンジが、音をたてないように、横歩きで家から出て行った。

「姫」

 反応しなかった。自分の中のザワザワを抑えるのに必死で。

「ひぃめぇ」

「・・・何よ」

「ん、なんでもなぁい。」

 首に巻き付いた腕を、払う気も起きなかった。

 

「鈴原君」

「なんや真希波さん」

「もっと砕けた呼び方で良いよ。」

「じゃあマリちゃん。」

「距離の詰め方が量子テレポートだね。」

「ちょっと何言ってるかわからない。」

「なんでだよ。」

「なに」

「姫って中学の時どんな感じだったの?」

「あいつ?もっとすれてたけど、かわいげがあったよ。でも中坊やしね。みんなそんなもんだと思うけど。」

「へぇ。」

「あいつ今幸せそうやな。」

「・・・そうだね。」

「マリさんのおかげやね。」

 

「君ちょっと変わってるね。でもいい人だ。」

「あら、ありがとう。ほれてもうた?」

「照れ隠しして。」

「グッ。マリさんっていくつなん?」

「レディに年聞く?」

「なんかおかんと話してる気分になんねんけど。」

「失礼すぎません?」

「ほめてますやん。」

「ふっ。これからもよろしくね。」

「ほいな。リョウジのこと、しくよろ。」

「ほいな。」

 コネメガネが、両手を腰に当てて、目の前の地面を見ていた。

 あたしがバイク乗り回した場所。

 ちゃんと片付けてなかった。そんな必要のない場所だったから、ジャンプ台も、地面をならしたりもしていない。乾いたから多少変化していただろうけど、なんとなくの形は残ってる。あたしは近くのコンテナに座って、立てた膝を抱えて、その様子を見た。

「ぶるん。」

 突然バイクにまたがってキックスタートの真似をした。

 スタートした位置も、だいたい同じ。残った地面でどこでどうしたか、頭で計算しているんだ。コネメガネのこういう能力、頼もしかったな。

「ぶるるるるるるるる。」

 そうそうそこでスピード上げて

「ばばぁぁぁん」

 そうそうそこで思った以上に跳んで

「ああああん、ざざあああ」

 そうそうそこで着地して、バランスをとろうと車体を振って

「ざざざざああああああ」

 そうそうそこで逆に降ってバランスとって、

 そう、そのまえあたりでリョウジがふっとんだ。

「ざざざぁ。」

 そう、そこで止まった。

 たいしたもんだよ。あんたは。

 

 バイクないけど、あるみたいな形で固まっている。

 それから、ギョロって頭だけ私の方を向いた。

 変な奴。

「姫。」

「なに。」

「今度私も乗せて。」

 でも今度はかわいそうな男子の命を載せないで頼むよ。

 かわいそうな男子の命、じゃないよな。

「いいよ。」

「やった。」

 

 シンジとコネメガネが休みをとって連休にしていた。最初は遊びに来るって話だったんだけど、リョウジの話を聞いて急きょ、リョウジをつかまえて話をする、っていう計画になった。ドクターゴリラの雑な計画で、サクラの部屋で大人3人が泊まりに行く。綾波家族はお留守番。

 ホントはケンスケも一緒のはずだった。うちのメガネは、頑固だな。メガネが頑固なのか。弱いメガネを見たことがない。あたしの周りには。

 鈴原家族の前であいさつした。

「アスカ行ってらっしゃい。」

「うん。行ってきます。」

「役所の仕事は気にしないでね。」

「ありがとう。」

「相田君にも、うまくいっておくわ。」

「ありがとう。ほんといい奥さんね。なんで鈴原とくっついたの?」

「おまえ本人がいる前でよく言うな。」

「あ、いたの?」

「いましたぁ。最初からいましたぁ。」

「・・・ねぇ。ちょっと聞きたいことあるんだけど。」

「・・・ん。おう、そうか。じゃあ、出かける前に診療所で聞くか?」

「うん。」

 こいつこんな察しの良い男だっただろうか。環境が人を大人にするのかもしれない。

 鈴原と診療所に移動して、二人で話をした。

「シンジにも聞いたんだけど」

「おう」

「リョウジのこと抱きしめてあげたら、とか言ってて。」

「おう、ええやん。」

「なんなの。男って結局母性を求めるわけ?」

「それは男女関係ないんちゃうか?」

「でもママに甘える、っていう男多いじゃない。」

「まぁ、だいたいお母さんが家にいて、っていうのが、割とふつうやったからな。幼少期の気持ちが、一生付きまとうっちゅうのは、わかる気がするな。」

「ママに甘えてる男って、ガキっぽいじゃない。」

「ん~~~まぁ。でも父親にずっと甘えてたらヤバイ奴な気もするで。同性ってな。やっぱ乗り越える乗り越えない、って見方もするしやな。」

「あんたもヒカリに母性を求めてたりするわけ?」

「あぁもうそら、ワシバブバブいうとるで、夜は。」

「キモイ」

「・・・まぁ本気でいうとな、そらもう一生そうやないか?」

「なにが」

「異性に母性やら父性を求めて、そこに救いを求める、っちゅうのは。」

「そうなのかな。」

「お前さんも、ケンスケに父性や母性を求めとるやろがい。」

「・・・ん~まぁそうね。」

「お、珍しく正直やね。」

「認めざるを得ないわね。」

「えぇこっちゃ。相手が許してくれるなら、存分に甘えてえぇ思うで。格好つけても仕方ないしな。」

「そういうもんかね。」

「大人でもそういうもんやろ。」

「・・・うん。」

「リョウジは、やっぱり、甘えさせてもらえる良い人はいたけど、やっぱりさみしい、って思ってたんちゃうか?」

「・・・」

「・・・・・・・そのへん、お前さんが一番理解できるとこちゃうの?」

 鈴原は、あたしに両親がいない、という生い立ちを、少しだけ知ってる。わざわざ隠すのも格好悪いから、いつか話した。

「・・・そう、だったわね。気にしてなかったけど。」

「甘えたい、って誰かに言うのは、勇気のいることやからな。」

「・・・うん。」

「チチ貸したれや。」

「は?」

「リョウジにチチ貸したれや。あたしの胸でお泣き、いうて。」

「セクハラドクターって触れ回るわよ。」

「すいませんでした。」

「だいたいリョウジが甘えてこなきゃね。」

「せやねん。せやから、あいつ真面目すぎ、思うねん。」

「あぁ、そうか。そういうことか。確かにね。」

「せやろ。」

「あんた割と色々考えてんのね。」

「見直したやろ。」

「今元に戻ったわ。」

「なんでやねん。」

 

 なんか結局鈴原に人生相談してもらった気がする。

 でも昔と違ってプライドが傷つかなかった。

 プライド、なんのためにあったんだっけ。

「ワシからも一言言っておこうかと思ってることがあるんやけど。」

「なに、告白?」

「おまえほんま変わったな。」

「うるさいな。」

「・・・おまえとシンジって似とると思うねん。」

「・・・はぁっ!?」

「なんかくっつくんやらくっつかんやらしとるけど、兄弟っぽくも見えるし、似てるんよな。」

「ぶっとばすぞエセドクター」

「中学の時にお前らが仲良くしてたころが、懐かしくてな。数日間一緒に行動して、仲良くせぇよ。」

「・・・やめてよ。」

「ツバメに弟でもできたら、おまえらみたいなんがえぇな、思うて。」

「・・・なんだそれ。」

「でもまた面白いネタ作ってきてくれ。村で盛り上がんねん。サクラにも言うとくわ。」

「悪趣味なことするな!」

「すまん。それが言いたかったことや。」

「ドクターゴリラ!」

「そうです。わたしがゴリラドクターです。グフォッ」

 

 

 

 リーナはかわいいねぇ。あたしの天使よ。

 そう言っていたくせに。

 お前はあたしの子供じゃない!

 間違いなくお前の子供だよ。

 おいで。あたしのかわいいこ。

 ママ。

 しばらく会話をしていない気がする。

 あんた

 そんな言い方しかされてない気がする。

 名前を呼ぶのも面倒になったんだろうか。

 足が痛いよママ。

 もう触ってもくれないの?

 もう飽きた?

 ふざけんなよ。

「診察ですよぉ。」

 看護師の声が聞こえた。

 心底どうでもよかった。

 

 自分の価値がなくなった。

 死んだ自分にも何の価値もないのに、高い部屋に囲われている。

 本当に死んだ後の私の抜け殻は、ママに届けてほしい。

 抜け殻になった私を見て、ちょっとは悲しめばいいのに。

 でもきっと

 余所行きの涙を人に見せるだけだろうな。

 

 シンちゃん

 リョウちゃん

 早くここから出して

 そうしてくれないなら

 ここで息の根を止めて

 できればママの前で

 あの女がどんな顔したか

 あとで教えに来て

 

 窓を見た 

 

 

 

「いたかったらいつまでもいてもいいよ。あたし今フリーだから。」

「ありがとう。助かった。」

 ウメちゃんに電話して、家にあげてもらった。自分がすんなりと、女の子の家にいれてもらえる能力のある人間だとは思わなかった。誰も頼ることができないと思って、ダメもとで電話したら二つ返事でOKしてもらえた。

 ウメちゃんは、名字がウ、名前がメから始まるみたいだった。だからウメちゃん。

マツ、タケ、ウメ、だ。ゲラゲラゲラ。

 なんかそんなやり取りをした気がする。それはいつだったっけ。もうずいぶん前な気がする。

 ウメちゃん。本当の名前はなんだろう。君の名前は。そういえばいいのに、その気が起きなかった。

 

 夕方になって、一緒に食事をして、その後にキスをされた。

 服を脱がされた。僕も服を脱がそうとした。

 でも途中で、彼女が、僕の手を取って、ため息をついて立ち上がった。何がいけないのか、よくわからなかった。

「仕事、行ってくるね。途中で化粧していく。カギとか、気にしなくていいから。」

「わかった。ありがとう。」

 そういう僕に、冷たい目線を送ってウメちゃんが仕事に行った。何がいけなかったんだろう。

 悪いことをしている気がした。

 メモを書いて、部屋をあとにした。

 もうどうでもよかった。

 

 半日後、公園のベンチでひっくり返っていたら、ウメちゃんが怒った顔で見下ろしていた。

 よくここがわかったなと思ったけど、悪いと思って黙ってた。

 座っている僕の手を引っ張って、しばらく歩いて、結局彼女の部屋に招き入れられた。

 怒っていたけど、特に喋ったりしなかった。

 謝ったけど、返事をしてくれなかった。

 ペットと飼い主みたいだった。

 

 




 口語というか、しゃべりだけで話を作ることにハマって、しばらくそういうシーンが続きました。割と、本家を見てからの、自分の中での補完と言うか救いと言うか、そういうシーンを見たくて、自分で書いて、っていう作業が主でした。だから、解釈違う人が見ると、は?ってなるかも。あとは、大人のケンカの雰囲気とか、トウジとマリさんがキャラクターとして転がっていくのが楽しかったりとか、男女の考え方、親の考え方、みたいなものを文章にしていたので、結構楽しかったです。最後のリョウジ君のところは、村上春樹が好きなので、影響されたというか、もしかしたらほぼ同じようなシーンがあった、かもしれないです。
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