アフターシンエヴァ「加持リョウジの物語」   作:ヨスキ

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十九 『いろいろ複雑いろいろ単純』

 

 病院に戻って、シンジ君を探した。この前話した受付のお姉さんと仲良く話してた。

 こちらに気づいて、お姉さんとあいさつを交わして近づいてきた。段々とコミュニケーション能力が上がっている気がする。

「シ」

「おいウジウンジ。なにやってやがった。」

「ガキ大将みたいになってきたね。村暮らしだから?」

「お前今村民全員を敵に回したぞ。」

「それはいやだな。ごめんなさい。」

「遊んでたんじゃないでしょうね。」

「情報収集してたんだよ。」

「へぇ」

 仲良さそうに。

 あまり見ない笑顔で、話している。

 相手が姫だからか、なんて、わざわざ考えないけどね。

 

 ねぇ

 ユイさん

 あなたに似てきたよ。

 とぼけたところなんか特にそっくり。あと優しく笑うところ。

 少年みたいにか弱そうなのに、突然男らしくなったりするんだ。すごいよね。

 なんかその落差が似ている気がする。

 あなたのそういう所が好きだった。

 みんなを黙らせるほどの能力を持つのに、それを優しいことに還元していくその魂がまぶしかった。

 彼の笑顔を見て、あなたの笑顔も思い出す。

 あなたを好きだったように、今目の前の彼を好きになってるよ。

 ねぇユイさん

 

 ねぇ

 君にも似てきた。

 消えたユイさんを想って、君が壊れていく気持ちは、私が一番よく知っている。

先生より、たぶん彼より。私も一時、君の気持ちに一番近かったと思うから。

 一番理解していたと思ってる。君のその気持ちを。

 その私が敵側についた。

 敵と味方にわかれた。気持ちがわかったのに。

敵の多い君だったから、気にもしなかったかもしれないね。

 それから今は、こんな感じ。

 妙なご縁だよね。

 ねぇ

「マリさん。」

「・・・ん?」

「疲れた?ごはんにしようか。」

「しようしよう。何食べたい?」

「あんた作ってよ。」

「いいけど、時間ある?」

「パパって作ってよ。」

「そろそろアスカ作ってよ。もう慣れたでしょ。」

「洗い物だけだるいわ。」

「食洗器」

「あぁっ。」

「やっとわかったか。」

「いつもケンスケが洗うから。」

「最低だっ。」

 笑ってる。

「ねぇ、たまには外で食べよ。」

「・・・そう?そうだね。」

「コネメガネ何食べたいの?」

「ん。なんでも。」

「じゃあ裏通り行ってみよう。」

 

  

 辺りが暗くなってから建物の角から、3人で頭を出してのぞき込んでいた。正直言って、バカっぽい。

 多摩ヒデキから、少年たちがたむろする場所を何か所か教えてもらった。3か所まわったところで、いかにも、っていう連中がたむろしているのを見つけた。

 たまたま稼働していない工場の、トラックが運ぶ物品を搬入するような場所。ちょっとだけライトが照らされて、それなりの広さがある。

 大型の店舗などがある場所から、大きい道路を挟んでる。暗い場所から少年の動きを見ていた。

 年頃は、リョウジと同じくらい。それでも全然印象が違う。村にいる同じくらいの年頃の子たちとも全然違う。

 同年代のつながりは強いと思う。ヒデキが言っていた、リョウジと仲が良くて、捕まった少年と、つながりがあるかもしれない。

「とにかく、行ってみるよ。」

 そう言って角から見ていたシンジが歩き出した。スタスタと。一人で。

「うそっ、ちょっと。待ちなさいよっ!」

 フードを引っ張って停めたら、ペンペンみたいな声を出して止まった。

「何すんだよっ。」

「あんた一人でどうしようって言うのよっ。」

「どうって、話するんだよ。」

 唖然とした。話?あんたが?

「無理よ。見るからに多勢に無勢じゃない。」

「けんかするんじゃないんだから。」

「姫。任せなよ。」

 コネメガネが笑いながらあたしに言った。なんか保護者っぽくそう言っている。でも、

「絡まれてぼこぼこにされたら、どうすんのよ。助けに行けないことはないけど。」

「けんか強かったもんね。」

「白兵戦も得意とは。知ってるけど。」

「ふざけてる場合じゃないでしょ。」

 そうしてる間に、シンジが眼鏡をかけて、フードをかぶった。

「何それ。」

「変装。」

「意味あるの。」

「最初の印象でね、なんだこいつ、って思わせた方が、話はしやすいかも。」

 なんだかよくわからないけど、そういうもんなんだろうか。何を参考に話してるんだろう。

「姫、とりあえず任せてみなよ。頑張って。シンジ君。」

「ありがとう。マリさん。やっぱり信頼関係って大事だよね。」

「は?」

「骨は拾ってあげるよっ。」グッ

「あれ、信頼関係は?」

 コントをやっている場合なんだろうか。

 とにかくシンジが、テコテコ歩いて行った。シンジの姿を見て、近づく少年の表情が明らかに敵意に満ちていた。

 大丈夫なのか。殴られ始めたら助けに行くしかないんだろう。

「大丈夫だって。大人になったんだよ、あの少年は。」

「・・・」

「心配性だねぇ。」

「あんた彼女なのに心配しないの?」

「信頼してるの。」

「・・・ふん。」

 シンジが少年たちに何かを渡しているのが見えた。なんだろう。警戒しているようだったけど、話は続けてる。

しばらくして少年の一人が笑いだした。何かの話で盛り上がっているみたいだった。ちょっと煙も見えた。煙?

 煙草を吸っていた。シンジが渡したのは、それだったんだろうか。それから話で盛り上がっているのが見えた。

「だいじょぶそうでしょ?」

「・・・そうだね。」

 二人の信頼関係っていうものを実感した。確かに昔と違って、シンジは人とのコミュニケーションがとれるようになったみたいだった。

 気の弱い感じだったのに。

 目の前の悪そうな少年と携帯を使って、何かやりとりをしてた。

 情報を得られそうな雰囲気がある。

 へぇ。たいしたもんだな。

 みんないろいろと、変わっていくもんだ。

 知っていると思ってても、見た目にはわからない何かがある、ってことだ。

 

 コネメガネと暗い建物の角で様子を見ていた。顔が近かった。

 シンジはなんか、見たことのない光景だったけど、年下の少年の心をうまくつかんで、話を引き出しているみたいだった。あたしあんなことできない。

 そう思っていたら、コネメガネが腕をつかんだ。

 なんだと思って、そっちを見ると腕をつかむ力が強くなって、建物の裏側に引っ張られた。

 シンジからは見られない角度。ライトもほとんどない、暗い場所。誰も通らない。暗い場所。

「いたっ。なんなのよ・・・」

 喋っている口をふさがれた。口で。

 引っ張られた左腕は壁に押し付けられた。右腕はあげられないように、上から抑えられた。

 暗くて、静かな空間に、音が広がった。

 あたしは、少し動きを遅くして、付き合った感じ。

 お互いを薄目で見た。

 少しして、コネメガネの顔が、少しだけ離れた。

「・・・なに。急に。」

「ちょっと前に姫の裸見て興奮してた。」

「・・・なんで今。変態。」

「・・・ここ来る前に乳繰り合ってるカップル見えたから。」

 ニヤッて笑った。

 確かにいたかも。思い出した。都会の若いのはさかってんな、と思ったんだ。

 コネメガネはあたしの左腕じゃなくて、左手を広げ合わせて握ってきた。

「女同士でも浮気になるかにゃ?」

「・・・なるでしょ。」

「仲いい女友達がふざけあってるだけだよ。」

「・・・フン。」

 もう一度コネメガネが口に近づいた。

 少し口を結んで、抵抗した。付き合ってやる必要はないし、今そんな気分になるわけない。

 っていうか・・・いつだってそんな気分になるわけはない。

 かまわず動いてる。

 突き飛ばしたりはしない。こいつがなんでこんなことを急に、今、隠れて、するのか、それだけが気になっている。それだけ。

 左手に絡む5本の指が動き回った。

 あたしは、動じず、口は結んでいた。

 コネメガネが気にせず、あたしの左首の方へ顔を近づけた。

「あんた今こんなことしてる場合んっ・・・」

 変な声出た。

 くそっ。

 コネメガネも意外だったのか、顔を少し離して、あたしの顔を確認した。

 ベロが少しだけ出ていて、それでまたニヤッてした。猫め。

 顔が熱い。

「おやっ、ノッてきた?」

 右腕を抑えていた左手が離れて、腰の辺りに移動した。ヘビみたいに。

 もう一度首に近づいたから、ちょっとだけアゴを引いた。

 緊張はしていた。でも突き飛ばしたりはしなかった。

「嫌ならそう言って。やめないけど、にゃ。」

 耳の近くで、小さい声で、ささやいた。右手を握る力が強くなった。

 コネメガネの口が、またあたしに口に近づこうとしやがった。

 狙いがあったから。いいようにコントロールしているつもりになるな。

 ぎりぎりまで引き付けた。

「・・・あんたあいつに親の話、してやった?」

 ピタッて顔が止まった。

 

「それがシンジ君にしようとしていた話?」

「そう。」

 ちょっと止まってから、あたしの腕をつかんでいた手を離して、ちょっとだけ距離をとった。

 一度髪をかき上げた後、腕を組んで、明後日の方を向いてため息ついた。不満げ。

 あたしも、腕を組んで、話が始まるのを待った。

 さっきと全然表情が違うじゃん。

「してないよ。」

「なんで。」

「必要ないもん。」

「なんで。」

「わたしにも大事にしたい思い出があるんだよ。それをシンジ君に話して、変化したり、シンジ君との関係が変わっちゃうくらいなら、それは残していくだけの方がいい。」

 腕を組んで、顔が少し傾いて、話してる。目も、最初と全然違う。

「あいつの親の話だよ。」

「わたしの思い出の話だよ。彼から聞かれてから考える。だから余計なこと言わないで。」

 メガネの奥の視線が、軽く敵意に変わった。彼から、だって。

 へぇ。

「あんたそんな顔するんだ。意外。」

「複雑なの。知らない顔なんていっぱいあるよ。」

「ハッ。」

「姫ほど単純じゃないよ。」

「ほう。」

「まだシンジ君のこと好きなくせに。」

「・・・前のことは謝ったでしょ。」

「ほんと単純。」

「あいつと話してるあたしにイラついて、こんなことしたんだ。」

 コネメガネは否定しなかった。

「けっこう気合入ったことするのね。」

 腕を組んで、敵意を持った表情が固まっていた。

 あたしもほとんど同じ姿勢、腕を組んで話をしてた。口だけ笑って見せた。

 引かなかった。ただやられているばかりでもない。

 あんただって本音隠して、行動してるくせに。

「シンジ君と話したければ、この後話したらいいよ。たまには、そうした方が良い。」

「へぇ。器が広いことで。」

 わざと挑発した。

 眉間にほんの少しだけしわができた。下唇を少し噛んでた。

「・・・でも、余計なことは言わないで。」

「言わない。でもリョウジのこともあるから、あいつが親をどう思ってるのかだけ、確認したい。」

「わかった。約束ね。」

「うん。約束する。」

「・・・それから、前みたいなことはしないで。もう笑えない。」

「・・・だから謝ったって言ってんじゃ」

 メガネの奥の敵意が少し強くなっているのが見えた。

「次は許さない。」

 へぇ。

「・・・わかったって。彼氏心配するか女襲うか、どっちかにしたら。」

「相田君かシンジ君か、どっちかにしたら。」

 ・・・まぁ。

 ここは、あたしには分が悪い。ケンスケに決まっている、とはいえ。

 ただ、じゃあ、あたしにあんなことしないでほしい。

 なぜかため息が同じタイミングがでた。

 目を合わせた。

「・・・姫とは仲良くしたい。」

「あたしもだよ。今さら何言ってんの。」

 猫がうなった。

「仲良くしたい人にいきなり襲い掛かるんじゃないよ。」

「ちょっとだけその気になったくせに。」

 ・・・なんかムカついてきたな。

 遠くで乗り物が離れていくのが聞こえたけど、反応しないで、にらみあってた。

 足音が近づいた。

「あれ。二人とも何してるの?」

 勘の鈍い男が顔出した。

「仲良くお話ししてたよ。どうだった?」

「ばっちりだった。友達頼って寝泊まりしてて、近くにいる人が、話通してくれるって。」

「やったじゃん。ね、姫。」

「おまえにしてはやるな。」

「ガキ大将?」

「ここにくるの?」

「そうしてもらったよ。さっきの子たちは帰った。」

「素直にくれば、解決だわ。」

「くるよ。きっと。」

 シンジは優しい笑顔でそう言った。

「二人でどんな話で盛り上がるの?」

「コイバナとかかな?」

「へぇ?」

「今こいつに襲われてたのよ。」

「アハハハハハハ」

「ニャハハハハハ、ハ・・・」

 シンジは冗談だと思ってんな。

 さっきの場所に戻る勘の鈍い男の背中側で、細い目で視線を交わした。

「シンジ君、あたしちょっとトイレ。」

「うん。わかった。途中の大きなお店で借りられるよ。」

「うん。」

 3人笑顔で手を振りあって、別れた。

 シンジが背中を向けたのでついて行ったけど、コネメガネがこっち見てた。

 ・・・どういう意味だその顔はっ。

 フン。

 さっきシンジが少年と話していた場所まで、二人で歩いて行った。

 

   そろそろ女同士で喧嘩始まると思うで

   サクラ

「クソっ!!!」

「えっ!!!???なに?」

 

 

 シンジと、工場の搬入口の前で座ってリョウジが来るのを待つことになった。シンジは、なんと、タバコ吸ってる。

「あんたタバコ吸うのね。」

「新しい人生で、なんか、大人って感じのことをした方がいいのかな、と思って、吸ってみたことがあって。普段は吸わないよ。」

「それこそガキの思考よ。背伸びしてみたってことでしょ?」

「わかってるよ。でも、タバコなんてそんなもんだよ。吸う?」

 言ってシンジがタバコから1本顔を出させてあたしに向けてきた。少し考えて、1本とって、シンジが出すライターで火をつけた。

 軽い、メンソールの香りのするやつだった。

 割と深く吸っても、むせなかった。

「これ、嫌いじゃない」

「悪くないでしょ。」

「でも今タバコって吸うやついるの?」

「税金でめちゃ高い。」

「はぁ。」

「電子タバコが流行ってて、体にも害だからっていうことで、地区によっては有害扱い。」

「なんだそれ。それでなんで吸ってんのよ。」

「昔が懐かしくて。」

「なにそれ。おっさんになったわけ。」

「もう自分が何歳か自信ないよ。」

 自嘲気味に笑ってた。

「受付の人見て、貴重品というか高級品で面白いから、いい話のきっかけになると思って、お店聞いて何箱か買ってきたんだ。さっきの子にお礼として渡したよ。」

「・・・そういうところ気が回るタイプだったっけ?」

「大人ですから。」

「社畜リーマン。」

 

「加持さんもタバコ吸ってたよね。格好良かったな。」

「そうだったわね。海洋研究所で見たわ。」

「リョウジ君がすいかを育てて、なんか、親子っていいなって、思ったよ。」

「・・・そうね。」

 そこまで言ったところで、シンジにぶつけることにした。

 顔だけ横向いて、まっすぐ、眼鏡の先を見据えて。

「でも・・・無理に近づく必要なんでないのよ。」

「・・・うん。まぁ、そうだろうね。」

 なるべく、まっすぐシンジに届くように話しかけた。

「それに、無理に離れようと考える必要だってない。」

「・・・うん。」

「・・・あんたは、あんたなんだから。」

 あたしが真剣に話していることに気がついて、シンジが驚いた表情でこちらを向いた。

「そうよ。あんたのことよ。碇シンジ。」

 表情が固まった。リョウジのことじゃない、自分のことだと気がついて、頭が働いていない様子だった。それから、うっすらと笑顔になった。ごまかそうとして。

「笑わないで。」

 あたしがそういうと、顔から笑顔が消えた。

 目が少し死んだと思うと、顔を正面に戻して、真面目な顔でどこかをにらんでた。視線が少しだけ宙を舞った。

 それから目を閉じると、痛みに耐えるように眉間にしわを寄せた。

 眼鏡越しの目が、辛そうだった。

「・・・うん。」

「あんたも、親のことを考える必要なんてないでしょ。」

「・・・うん。」

 碇ゲンドウ。

 こいつの父親。

 大人になって、やっぱり少し似てきていた。メガネをかけると、より一層似てる。

 リョウジのこともあって、こいつにもそれを言うべきだと思っていた。

「気にしてるんでしょ?」

「よく、わかるね。」

「昔のなじみに会うのを、いつも避けてるし。あんた単純だから。」

 目は変わらなかったけど、口だけ笑った。あたしの軽口というか嫌味みたいなものも、頭の中で処理出来ているようだった。

「・・・父さんのことは」

 シンジが話し始めた。

「なかったことにはできない。」

 目線が自分の正面になっていた。何もないところをにらみつけている。

「父さんが考えていたこと、よく考える。父さんのしたことは、許されないことで、自分勝手な行動だけど・・・」

 慎重に言葉を選ぼうとしていた。それでもどこかで、自分の中にある思いが出口を求めて、あふれ出ようとしているのを抑えようとしているようだった。歯を食いしばるのがわかった。

「母さんを愛して、母さんがいなくなったことで、自分を見失った。その上で、自分の関わっていたプロジェクトの延長線上に、母さんに会える方法を見つけて、その目的のために何年も犠牲にして、人の命を犠牲にして、自分の魂も犠牲にしてた。」

「・・・そうね。」

「許されないことだけど・・・」

「・・・そうね。」

「でも・・・」

 一度呼吸を整えた。

「・・・理解できないことでは、なくなった。」

 シンジは、また目を閉じて、痛みに耐えるような表情に変わった。

 言ってしまった、という顔だった。

 あたし自身は、こいつに失望するかと思った。

 でも、できなかった。

「少しずつ思い出して・・・前に冬月副指令に言われた。君は母親が消えるところを見ている、って。それから、父さんがどうなっていったかも、本当は見ていたんだ。僕は小さくて、ただ、母さんがいなくなったことと、父さんがふさぎ込んでいくことを、受け止められなくて、忘れてて・・・父さんが、母さんをどれだけ愛していたかを、考えちゃうんだ。」

「・・・そのエゴで世界を」

「わかってる。それは、やっぱり、許されないことなんだ。母さんに会う、という目的以外のことに関しても、父さんは世界を巻き込んだプロジェクトを進めていた。だから、父さんを擁護しようとか、そうは思ってない。」

 何を言われるか、それは何度も頭の中で逡巡していたんだろう。それでも、同じような結論に戻ってきてしまう。

 父親をただの悪者として葬るだけ、ということはできない。

 世界は、深い情報を知っているこいつのまわりは、決してそうは思ってくれないが、息子である自分は、どうしても父親を、悪として抹殺できない。死んだ体に石を投げることは出来ない。墓に唾を吐くことは、できない。

「机の向こうで、僕を見なくった父さんの顔を、思い出して・・・明後日の方を向いていて、母さんを探している顔を思い出した。どこにもいないのに。ぼうっとしてて・・・」

 シンジの顔が、本当に、さみしそうになった。あたしの中で、何かゆらめいた。

「もう、父さんを考えてあげられるのは、世界で、僕だけだから。・・・親をなかったことにはできない。」

 そう言って、唾を飲み込んで、こめかみに力を入れて、また痛みに耐えるような顔に変わった。

「呪いじゃない。自分を認めてあげるために、親のことも、受け止めようとしているだけだよ。どんな親でも、受け止めて、振り回されないように、自分を持って生きていきたいんだ。親の言いつけだと思って、命をかけることは、もうしない。自分で生きていく。でもそのために、親と同じ目線を確認しなきゃいけないんだ。もうその父さんも母さんも看取って、この世界にはいないけど、でも、やっぱり、なかったことにはできない。僕の過去を、否定したくない。二人が愛し合って、生まれたんだから。」

 あたしが見たシンジの横顔は、大人になっていた。

 リョウジも、同じように、いない親を想って、悩んでいる。

 ため息をついた。

「アスカ、ありがとう。」

「・・・なんで」

「こんな話、アスカにしかできない。」

 固まった。レイにも言われた。あたしが何か変わっているんだろうか。

「コネメガネに言えばいいじゃな」

「マリさんには」

 かぶせるように弁解した。

「・・・まだ、聞けない。」

 コネメガネの顔が浮かんだ。笑顔が。信頼してくれる人なつっこい笑顔。

 それからさっきの怒りの顔。約束した。あいつとの約束は守る。あたしの、大事な友達。 

「・・・怖いんだよ。今がとても幸せで、その幸せを、自分から壊しちゃいそうで。マリさんのことは信頼している。でも、近くにいても、お互いの距離感を間違っちゃいけないと思うから、まだ、聞けない。」

 こいつとコネメガネには、信頼関係ができてる。いちいち確認しなくても、同じ歩調で歩いてる。愛し合ってるって、言っていいはず。だって、こんなに、気持ちが通じてる。

「コネメガネも、そう思ってるかもね。」

 思ってるかも、どころじゃないんだけど。シンジは笑ってた。知ってるって顔で。

 ほんのちょっとだけ、心がざわついた。よくなかった。

 余計なことを考えた。

 じゃあ、あたしにはどうして話ができたの?

 あぁでも、信頼関係とは、違うのかも。

 あたしになら、話しても、傷つかないから、かな。

「あたしには、言いやすいのか。」

 だから、レイも、こいつも、あたしに心情を吐露しただけ。変に意識することは、ないはず。

「・・・ごめん、迷惑だった?」

 瞬間的にあたしを見たシンジの表情を見て、ドキリとしていた。

 不安そうな眼をして、あたしを見ていた。

 あたしに、見捨てられたくない、みたいな。 

「辛気臭い顔すんじゃないわよ。」

 そんな目であたしを見ないで。

 大人になったんじゃ、なかったの。

 

 シンジは煙草を吸い終わって、ポケットから携帯灰皿を出した。

 目が、辛そうだった。

 あたしのタバコも終わった。灰皿を差し出されたので、そこに入れた。

 何も言えなくて、突然間がもたなくなった。

「・・・もう一本もらえる?」

「うん。」

 煙草を一本持って、シンジが火を近づけてくれた。顔を近づけたら、シンジも同じタイミングで火をつけた。

 ものすごく顔が近づいた。たまたまだけど、少しドキドキしていたから、顔が近づいて、思わずタバコを落としそうになった。

 全く気にせず、シンジは正面に顔を戻して、頭を手で軽く抱えてた。

 こっちがうろたえたのに、全く気付いていなかった。自覚が、ない。

 あたしの心臓は少し、せわしなくなっていた。

 

 それからマリの顔が浮かんだ。

 混乱した。

 こういうときに判断を間違える。

 

 目の前の男が、悩んでいた。

 苦しんでいた。

 何かしてあげたいと思った。

 

「シンジ・・・」

「・・・うん。」

「チチ貸そうか。」

「・・・へ?」

 違う違う違う違う間違えた。

「胸、貸してあげようか。」

「むね?」

 シンジがこっちを向いて固まってる。

 また間違えた。

 顔面が火を噴いた。

「ちがうっ。あの、だ、あの、鈴原がっ」

「・・・トウジが?」

「あ、っあんたが、このまえ、なんか言葉より抱きしめてあげた方が救われる、っていうから、それを鈴原に話したら、チチ貸してあげたらええやんけ、とか、言ってたから、それを言い換えなきゃいけなかったのに、間違え、て。」

「・・・それでチチ?」

「・・・・・・・・・」

「・・・ブフッ」

 火を噴いてるあたしの顔面を見て固まっていたシンジが、口と鼻を鳴らして吹きだした。

「アハハハハハハハハハッ」

「グッ、言い間違え、違う、和ませようと思ったの!」

「ハッハ、アハハハハ、ゲホッゲホッ」

 あたしが顔の温度をさげようと手で覆っている間、シンジがずっと笑っていた。

 たまにむせて、せき込んでいた。ちょっと泣いてた。

 お腹をおさえて、笑ってる。もういい加減。

「うるさい!」

「いたっ。ははははははは。」

 笑うのをやめない。

 腹立つ。

 なんで、あんなこと言い出してしまったんだろう。

「は~ぁ・・・」

「・・・笑いすぎ。」

「じゃあ、今度借りようかな・・・」

「・・・・・・・」

 どういう意味で。

「・・・・・・・ちち。グフォっ。」

 笑顔のあほの横っ腹を突いた。

「ちょっとっ。」

 声のする方を見ると、コネメガネが近づいてきた。

「いつまでイチャつく気かにゃ。」

 化け猫登場だ。

「リョウジ君がかわいそうでしょ。イチャイチャ楽しんで待ってたら。」

 あたしにだけは、ちょっと意味合いを変えて言ってるんだな。

 きまずいから無視した。深呼吸して、気持ちを切り替えた。

 猫の後ろをついてくる、くせ毛の男。

 

 肩を落として、あたしの目を見ない。この野郎。

 注意したのに街にばっかり出るようになって、どっかでケンカ傷つくってきて、説明もしないですっ飛んでいった。

 あたし突き飛ばして、ミサトの車にあんなことして、仕事バックレそうになって、連絡無視して、心配かけた。

 腕を組んでにらんだ。手の届く範囲で、しょんぼりしていた。

「・・・すみませんでした。」

 手を伸ばした。抵抗しなかった。

「あんた、ほんとバカね。」

 あたしがくせ毛の頭を抱いてやると、頭を下げておとなしくしてた。

 本当まじめなやつ。

 男って、ほんとバカで頑固で、一人よがり。

 ちったぁ甘えろ、って思った。

 

「姫。」

 コネメガネが小さい声であたしに言ってきた。探りを入れてきた。

「約束は守ってくれたかな?」

 黙ってコネメガネに向きあった。

 男二人は先で話をしながら歩いている。後ろに気づいていない。

 腕を組んで、首をかしげて、目の前の女をよくみた。

「あんた、母性が強いからそんだけ胸でかいのかしら。」

「えぇっ?なにそれ。」

 小さい声で話してた。それでこの余裕のある笑顔。

 さっきから、なんか、腹立たしい。約束は守った、と答えていいはずなのに。

「あたしの胸の話してたの?これの?」

 わざと肘を寄せて、強調している。確かに、普通よりはスタイルが良い、んだろう。その余裕が、若干、イラッとした。

「とりあえず、紳士協定は守られたってことでいいのかにゃ?よかった。姫がまた暴走してわたしのダーリンとイチャコラ」

 ガッ!モミッ

「ハッ、ィヤッ!・・・・・・」

 コネメガネが驚いて胸を隠して腰を引いた。かわいい声だして。

 確かに、でかい気がする。感触の残る自分の右手を見てそう思って、それからコネメガネに視線を戻した。

「・・・えっ、なに、なん、姫、なに?」

「・・・・・・・女の声が出たね。」

 眉間にしわが寄って、顔が赤くなってる。怒ってる。それはそうだ。

 日ごろから自慢げにブンブンしてるくせに。割と弱いな。

「ィヤッ!・・・だって。」

 やり返してやった。ざまぁみろぃ。

 ニヤッと笑った後、両手をポケットに突っ込んで、無視してまた前に歩き出した。男二人が、何事かこっちを見て驚いてた。

 後ろで驚いた表情からワナワナにかわるコネメガネを余韻にして、とめてある車の方へ行った。

「・・・・・・シンジ君!」

「は、はいっ!」

「あとで話がある!」

「はいっ!」

 シンジの脇を通るときに

「あたしが言ったこと喋ったら殺す。」

と、小さい声で伝えておいた。

「はい。」

と、ワンコがちゃんと返事をした。

 よろしい。

 




 マリさんが、本当に変わっていって、すごく楽しかったです。すごく複雑だけど、大元はもちろんすごくいい人で、っていうキャラクターで、まったく異論はないんですけど、そうはいってもみんな人間じゃん?個人的感情とか、身勝手な部分あるじゃん?みたいなのが好きで、ゲンドウ君についても、勧善懲悪のストーリーではないようにしたくなったんで、シンジ君の悩みも自然とそっち方面になりました。解釈違いで不快に思う人ごめんなさい。
 暗い倉庫、2人で話す男女、たまに顔を出す昔の恋ごころ、とか、どうかな、書きたいなと思って頑張りました。
 男の間に女2人、男の前では表ざたにしない、みたいな空気が、最後の方で思いついて楽しかったです。
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