アフターシンエヴァ「加持リョウジの物語」   作:ヨスキ

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二十一 『月明かりの下の屋上で』

 

 窓からずっと外を見ていた。夜、月明かりが見えるけど、月は見えない。誰も来ない部屋。個室。お金持ちですっていう部屋。

 誰も来ない。

 もう心がざわざわ言わなくなった。

 ザワザワザワザワ言いすぎて、苦しくて心を遠ざけると、引いて見ると、何も考えないようにすると、なにもかもどうでもよくなった。

 窓の外がきれいとか、楽しいとか、誰かが何か言ってくれるとか、もう、どうでもいい。

 どうせなにもできないし。

 

 視線をまっすぐに戻すと、いつのまにか、ベッドのわきに女性が立っていた。気づかなかった。少し驚いたけど、反応もできなくて、正直どうでもよくて、現実味もなくて、黙って待った。その女性が何か言うのを。

 明るい茶色のようにも見える金髪。ジャケット、シャツ。

 青い大きな瞳。スタイルはいいほう。

 わたしに何も関係のない、どっかのだれか。面倒くさい。

 その女性がちょっとだけ、のどのつっかえをとって、しゃべりだした。

「・・・ここではない世界で、貴女に会いたくてたまらない少年が待っています。」

 少し照れてた。

「どうかその御姿に見合う、美しい心で、お会いいただけますと幸いです。」

 棒読み。不満なんだろうか。なんのためにここでセリフを言ってるんだろう。

「いかがでしょうか・・・姫様。」

 ・・・・・・

 セリフが終わったみたいだった。

 女の人は、黙っていた。ちょっと恥ずかしそうだった。段々と赤くなってる。

 なんのセリフだろう。わたしに向かって言ってるのか。

 段々むかついてきた。それ自体、久しぶりだった。

「・・・は?」

 わたしが悪態をつくと、女の人は、目を一度上にあげてから、一旦ため息をついて、さっきと全然違う声色で話し始めた。

「あんたにどうしても会いたいって言ってる男が、待ってる。本気で。一緒に来てくれると嬉しいんだけど。」

「・・・はじめからそう言いなさいよ。」

 小さいうなり声が聞こえた。年に見合わず、女の子みたい。変な女。

「・・・好きにしたら。」

 どうでもよかった。わたしが知らないところで、誰かがはしゃいでいたって、わたしには関係ない。

 女の人は、用意していたのか、わたしの足を延ばせるそれ用の車いすを用意していた。

 痛みはあったけど、どうでもよかった。

 女の人は、思ったよりも器用にわたしをその車いすに乗せて、後ろから押し始めた。

 廊下に出ると、誰もいなかった。ナースステーションとか、誰かがいてもよさそうだったけど、誰もいなくなってて、不思議な気分になった。本当に違う世界が続いているようだった。

 ただ遠くの壁から、髪の長いメガネの女性が、明るい顔でのぞいてるのが見えると、後ろの女の人が何か合図を送っていた。合図と言うか、怒っているみたいな。

 どうでもいい。ただちょっとだけムカついた。

 とっとと役目を終えればいい。

 エレベーターにのった。その時にちょっとだけ気になって、後ろの女性を見てみた。

 奇麗な人。

 もしかしたら、この人がそうなのかもしれない。彼がいつかちょっとだけ言っていた、お姉さんみたいな人。

 お姉さん。

 わたしは妹にはそう思われていないかもしれない。

 あの子のことが、好きなのかもわからない。ほんとは嫉妬しているけど、喧嘩したくないから、ほとんど話さない。好きでいたいと思っているだけで交流がない。

 あの子がわたしを嫌いだと言ったら、もうだめだと思って話を避けてきた。

 でももしかしたら。

 

 エレベーターの扉があいた。屋上だった。ヘリコプターだってとまれそうな広い屋上。普段ならどうやっても入れないはず。関係者以外。

 そこに彼がいた。

 予想はついていたけど、少しだけ、心が揺らいだ。

 今日は窓じゃないんだ。

 じゃあ、今日は空からやってきたのかもしれない。

 

 

 アスカさんが車いすを、街と月の見える場所で固定して、僕は近づいた。アスカさんは、ちょっと離れた影に隠れるように、壁の方へ行った。

 ただ、話がギリ聞こえる場所にいる気がする。

 まぁ、いいけど。

 

 シンジ君が、計画を教えてくれた。

 彼女を、屋上に招待する。

 それだけ。

 あとは任せる、ってことだった。

 病院スタッフをその場から離して、その後問題にならないように赤木博士を含めて協力して、リーナを病室から連れ出す。

 僕は屋上で待つ。

 それだけ。

 

 舞台みたいだった。

 緊張していた。

 でも嬉しかった。

 

「久しぶり」

「うん。」

 久しぶり、でもないんだろうけど、数日だから。でも、会えないと思っていたから、本当に久しぶりな気がした。

 会いたかった。

「ごめんね。びっくりした?」

「いや別に。」

「そうか・・・」

 迷惑だっただろうか。でも、もうここを行くしかない。やるしかない。シンジ君が言ってた。

「うちのママね。」

 話を、リーナから始めてくれた。

 きっと、いろいろ話したかったんだ。でも誰も聞いてくれなかったんじゃないだろうか。

 僕にだけ、秘密を打ち明けようとしてくれているのかもしれない。

 そうであってほしい。

「あたしのことを天使のようだって、かわいがってくれたの。小さい頃は。バレエやってて、わたしが奇麗に踊ると、飛び跳ねて喜んでくれた。嬉しくて、一生懸命練習したの。たまにママが誰かと喧嘩しても、ママに問題があるって思ったことはなかった。かわいがってくれたから。でも段々と、おかしいな、って思うようになった。うちのママってちょっと変わってるな、っていうくらい。」

 あの、病院で見た、彼女の母親。

「好きな子ができた、っていったあたりかな。わたしのこと、一度汚らわしい、って言って、意味が分からなくて。意味がわかってから、あ、うちのママ変な人なんだって思った。」

 笑ってたけど、辛そうだった。

 ため息ついて、自分の足を見て、迷っていた。

 いつもの明るい、みんなが興味を持ってくれる話題じゃない話。彼女の気持ちを、ちゃんと聞くのは、本当は今まであまりなかったんじゃないだろうか。

「てめえは先生と不倫したくせに。」

 下を向いたまま、小さい声で、汚い言葉を吐いた。はじめてみた彼女の姿。でも、本当の気持ちなんだろう。僕が見たかった、本当の彼女の姿。僕に本当の姿を見せてくれる、彼女の姿。

「てめえは不倫したくせに。」

 わざと真似をした。

 下を向いたリーナが、自嘲的に笑った。一緒に笑った。君が汚い言葉を吐いても、嫌いにはならない。

「不倫して、パパが出て行った。ママがわたしと妹を渡さないってことで、金切り声で喧嘩してて、パパはあきれて出て行った。ママは相変わらずだったけど、一生懸命練習した。好かれたかったから。捨てられるかもしれない、って思ったから。」

「でも段々、妹の方が奇麗になって、成績もよくなってくると、成績が悪いわたしの存在価値が無くなっていった。わたしのこと、捨てなかった。はじめからいなかった、になった。」

「パパに会いに行ったの。ママと一緒に住めないと思って。パパならわたしのこと見てくれるんじゃないかと思って。でもちょっとしたことで、すぐ口げんかになったの。そしたらパパは、お前あいつに似てきたな、って、言って。」

「それから、一緒には住めない、って言われた。」

 外の方を見ていた。悲しそうには見えなかった。もう、気持ちが冷え切っちゃったのかもしれない。

「ねぇ、なんでリョウジ君が泣くの?」

 話の腰をおっちゃいけないと思って、泣いてないと嘘をついた。

 でもなんで、この子は、幸せになるべきなのに。

「・・・ママの昔の写真、確かに似てるの。今のわたしに。呪われてるって思った。でもわたしに他に何もなくて、だから中途半端にバレエもやめられなくて、でも学校にも行ってられなくて、街に出た。楽しかった。」

 笑って話していた。本当に楽しかったんだろう。

「それで・・・それで、いろんな男の子と関係を持ったの。」

 チラッと僕の方を見た。

「わたしのこと、嫌いになったらそう言ってね。話やめる。」

「嫌いにはならない。」

 嫌いになんてならない。でもショックだった。そして悲しかった。そうしていた君を知って、泣きたくなった。

「なんか気持ちよかったし、必要とされていたから、その時だけ気分が晴れた。シンちゃんと会って、好きになって、しようと思ったら・・・」

 シンの話になると緊張した。きっと彼女は、彼が好きだから。

 好きな人から、好きな別の男の話を聞くだけ、想像するだけで、ここまで辛いとは知らなかった。

「自分汚して悦に浸ってるみたいで、見てらんねぇから、おまえとはやらない、って言われて。」

 やっぱあいつ良い奴だ。

「図星だったから、言い返せなくて。でも好きだったから。じゃあ好きになって、やりたくなったら言って、って言ったら、わかった、って。何度か喧嘩したりして、でも一応、自分を汚したり傷つけたりしないようにしようと思って、なんか、気持ちが落ち着いてきたんだ。そうしたら・・・リョウジ君が来た。」

 海と、高い足場と、向かいの君を思い出してた。

 奇麗にバランスをとる姿が思い起こされた。

「タイミング悪いんだよ。君。」

 リーナは、なんとか笑って話せるようにしてくれていた。

 僕はうまく笑ってみせたかったんだけど、うまくできなかった。

 君に好かれたい。

「はじめて会って、なんか明るい、格好いい子だな、って思った。」

「・・・ありがとう。」

「3人で遊んで、楽しくて。でも実は、リョウジ君の真っすぐな心が、本当は、嫌いで。」

「え?」

「いや、嫌いじゃなくて、イライラして、それで親のこと聞いた時に、あぁ、そういうことかって思った。本当は、誇りに思う親がいるのに、甘えてて、誰か似たように思っていそうな人を探してて・・・」

 シンも同じことを思っていたのかもしれない。

 だから、突き放した。自分とは違う、って。

「それで、それでね。」

 ちょっと言おうか言うまいか、考えていた。

「普段わたし、表の自分と、裏の自分がいる感じがして、表ですごくいい子で仲良くしながらね。裏の自分が悪態ついてたの。はじめのころから・・・」

 ためてためて、セリフを言った。僕に向かって、笑顔で。 

「・・・なんか腹立つなこいつ、って。」

「ブフッ」

 なぜか2人で笑ってしまった。

「でもやっぱり、シンちゃんと一緒で、優しい人って、すぐわかる。」

 一度呼吸を整えていた。上ずる声を、ごまかそうとしていた。

 親指同士をまわしてる。集中するための癖みたいだった。

「だって私の周り嫌な奴ばっかりだったから。」

 一度僕の方を笑顔で見て、涙が出そうになって、すぐに視線を下に戻した。笑顔は、すぐに隠れてしまった。

「親とか。・・・それと自分。」

 ふうって、息をしなおしていた。

「リョウちゃん、ずっと前からわたしのこと好きだったでしょ。」

「うん。」

 彼女は笑った。正直に僕が答えると思ってなかったのかもしれない。

 でもそうだ。

 もうごまかさない。

「嬉しかったんだ、けどね。」

 一度深呼吸した。

 ほんの少しだけ、浮かれた気分になった。少しだけ。

 けどね。

 ってついていたから。

「それで、イライラしたり、ちょっと気になったりして、自分が分からなくなって、シンちゃんに好かれたくて、我慢してたのに、あの時、お墓の前で考えてる君が急にかわいく見えて」

 あの時。

 僕にとっての、大事なあの瞬間。

「なんで」

 その先は、言わないでほしい。

「なんであんなことしちゃったんだろう、って後で思って。シンに好かれたいのに裏切って、その後結局君のことも傷つけた。」

 僕は、あの時に、あの時に、何かが変わってしまった。

 君にとってもいい思い出であってほしかった。

 耐え切れなくなって、目線を月に向けた。奇麗だった。

「シンに謝ろうと思ったのに、連絡とれなくて、それで車で事故にあって。きっとあんなことしたから、事故にもあったし、シンは悪いことして捕まったんだって思って。」

「それは関係ないじゃん。」

「わかってるんだけど、子供っぽいのは。でも、自分がどんどん嫌いになっていって。ママだけがわたしを悪く言ってくれるし。なんだか、わけわからなくなっていって。」

 君のお母さんが君のことを悪く言うのは、君のことを想ってのことじゃない。そう言いたかったけど、傷つけるだけだと思った。きっと彼女も気づいている。

「最後まで、君に悪いことしたな、と思ってて、最後に、会えてよかったよ。だから、わざわざ人呼んで、ここまでしてくれて、ありがとうね。」

 一応、話は終わったみたい。

 これで話は終わり、かな。

 でも

「聞きたかったんだ。」

「・・・何を?」

「5階まで忍び込んだ時。」

「・・・うん。」

 少し息を吸ってから、答えてくれた。思い出してくれている、と思った。

 聞いた。

「窓に僕がいたときに、君が嬉しそうにしてくれたように思えたんだけど・・・違う?」

 悪いことをしたことを、言い当てられた、って顔をした。

「本当に、心から、僕が来たことを嬉しく思ってくれたって、本当に嬉しく思ったんだけど・・・違った?」

 まるで、嘘を並べていた悪事を暴かれたような、そんな顔で下を見ていた。

 そんな顔しないでほしい。

 僕にとっては、飛び跳ねるほどうれしい事実のはずだから。

「そ。」

 リーナが息を吸って、下を向いた。言葉を発しようとして、でもできなくて、手の指が所在無げに動き回って、言葉を探してた。

 そ?

なんて言葉を探してるのかな。

 そんなことあるわけないよ、かな。それは嫌だな。

 そうだよ。

 そうかもしれない。

 そのときは、とても嬉しかったよ。

 そうだね。

 そう。

 君が好き。

 そう言ってほしかった。

「シンが好き・・・」

 眉が下がって、泣きながら言葉を絞り出した。

 質問の答えには、なってなかった。

 でも何が言いたいか、意味は通じた。

 嘘はいわないで、正直に答えようとしてくれてる。

「話しているうちに、君に気持ちが近づくにつれて、シンちゃんに悪いことしてる、嫌われるって気持ちが強くなって、どんどん腹が立っていった。邪魔だって、思って。最初だけだったよ。嬉しかったのは。もう忘れた。」

 きっと君は。

 僕が窓にあらわれたことを嬉しく思ってくれた。

 感動してくれていた。

 だからあんなに僕に必死に近づいてくれて、窓を開けて、招き入れてくれた。

 あぁそうか。

 あの時に、君の両手をとって、キスをするべきだった。

 あの時に、ちゃんと伝えるべきだった。

 僕の気持ちを。

 自分に自信が持てなくて、本当に大事なタイミングを、心から望んでいたその瞬間を、バカみたいに浮かれて、その時すでに通り過ぎていた。

 あの時の僕に近づこうとしてくれていたのに。

 あんなに美しかったのに。

 あんなに目を潤ませてくれたのに。

 足が痛いのに。

 心が傷ついていたのに。

 僕はバカだった。

 話を重ねて、彼女の中で僕が離れていくことに、気づいていなかった。

「早く帰って、って思い始めた。」

 君は悪くない。僕がバカだっただけ。

「悪いのわたしなのに。」

 耐え切れなくなったように、顔がゆがんで、涙が流れた。

 涙をこぼして、僕を見てくれた。

「君は悪くないよ。」

 僕がバカだっただけ。

「でも自分勝手に考えて、君を傷つけてる。優しくしてくれたのに。」

 消え入りそうな声で、説明してくれている。

「君を傷つけたくないのに。」

 消え入りそうな声で、涙と一緒に声を出していた。

「僕は大丈夫だよ。」

 でも、泣く君を見ることが、大丈夫だとは言えなくて、弱い自分が、情けなかった。

「自分が好きな自分を取り戻したい。でもどうせ何もできない。こんな脚じゃ。ママが死んじゃえば、自由になる気もするけど、本当に死んだら、二度と歩けない気もする。リョウジ君と一緒にいるのは辛い。シンに会いたいのが変わらないから。リョウジ君を傷つける自分を、どんどん嫌いになる。」

 やっとわかった。

 僕の中で本当に大事にしていた場所。君が作った場所。

 君の中の、大事な場所には、もう彼がいるんだ。僕以外の男が。

 それは、どうしようもないことだ。

 僕はそれをよく知っている。

 自分ばかり考えていた。この子のことを、まるで理解していなかった。

 彼女の目から涙がとまらなくなった。

 鼻をすすってて、呼吸が苦しそうだった。

 泣かせたくて、ここに来てもらったんじゃないのに。

「ごめんね。もう今日で最後にしよう。最後にして、ください。わたしを許して。無理なら、嫌いになって。」

「嫌いにはならない。ごめん。」

 謝りあうために、ここに招待したわけじゃない。

 それが申し訳なくて、他に言葉が見つからない。

 伝えたい言葉があったのに。

 最後にもう一度僕の方を向いてくれた。ちゃんと目を見開いて、言葉を探して、目から涙をこぼして、僕を見てくれた。

 僕も、目をそらすべきではないと思って、言葉を待った。

「・・・・・・ごめんね。」

 彼女は謝った。気の利いた答えが出せず、不甲斐なかった。自分の目から涙が出るのがわかった。

 

 合図すると、アスカさんは静かに彼女の座る椅子に手をかけ、移動してくれた。リーナは何も見ないようにしていた。

「リーナ」

 もうすべてを話したつもりだったのに、名前が口をついた。

 彼女がこっちを向いた。

 彼女がくるまでに、考えていた、言葉。

 

 君のことが好きだ。

 君が望むならすべてを捨ててもいい。

 親も、仕事も、村も捨ててもいい。

 こんなこと考えたことなかったのに、君にならそう言える。

 君が苦しんでいることがわかって、とても苦しい。

 一緒にいてほしい。

 また僕に笑いかけてほしい。

 君の傷を代わってあげられたら。

 君とのキスで、僕の人生が変わってしまった。

 なかったことになんかできない。

 もう戻れないのがわかる。

 あの時、あの瞬間に、致命的に変えられてしまった。

 僕のことを一番に考えていなくても、それはわかってほしい。

  

 他にも多くの言葉を言えた気がする。

 でも結局何も言えなかった。

 傷つけるだろうと思ったから。

 

「さよなら」

 それだけ言った。

 先のないおまじない。

 これが終わり、だと、思った。

 

 

 わたしが彼女を病室に戻した。

 車いすからベッドに戻した。会話はなかった。

 話を聞いた時には、あたしの方が、リョウジより、この少女の心に近い気がした。

 女だったし、あたしに両親のこととかはわからないけど、なぜか共感できることが多い気がしていた。

 どこがだろう。全然似てない気もする。でも似てる気もする。

 結局どうすればいいかわからなくなった。リョウジもそうだと思う。

 

 彼女はベッドに座る形になった時、外からの光で彼女の顔が良く見えた。

 美しい。

 そう表現するのが一番正しいと思うほど、奇麗な顔立ちだった。

 一人の男の子の、心を致命的にえぐった、美しさ。

 感情はどこかへ捨ててしまったようだった。

 ただ、今も美しくて、そこにいるだけで、リョウジの心をえぐりつづける。

 

 その彼女の顔がゆっくりこっちを向いた。

「なに。」

 眉間にしわをよせて、眉毛をあげて、威嚇していた。

 あたしが、リョウジの味方だから、攻撃すると思ったのか。それともただ、混乱して、目の前に女がいることに腹を立てたのか。

「早く帰ってよ。」

 ただ一言、好きだったとか、優しい言葉をかけてあげるだけで、一人の少年の魂が救われるのに、と思った。でも、彼女なりに優しい心を、一生懸命出してくれた気もする。

 彼女を救ってあげなければいけない気もした。

 でも、あたしにもリョウジにもできなかった。

「一言いい?」

「なに?」

「・・・リョウジに思い出を作ってくれて、ありがとう。」

 にらんでいた表情が変わらなかった。ただ、涙がもう一度流れただけ。

 この子は、自分がどう生きたらいいか、まだわからないんだろうと思う。あたしだって、よくわかってないけど。親にもっと愛されていたら、求めるものがまた違って、自分のことを嫌いにならないで、今とは違う生き方を選ぶんだろうか。その生き方なら、リョウジを選んだかもしれない。

 ないものをねだっても、しょうがない。それは誰でもそうだ。

 彼女に背を向けて部屋を出た。

 彼女のことを誰が救ってあげられるのかは、知らない。  

 

 

 リョウジと2人、ケンスケの車で村へ向かった。バカップルと別れて、ケンスケがバイクに乗って、後ろからついてきてた。あたしがバイクでもよかったんだけど、なんかあたしが車を運転することになった。わざわざ口に出さなかったけど、その方が良いと、あたしもケンスケも思った。

「シンジ君となんでうまくいかなかったの?」

 助手席で窓の外を見ながら、リョウジがそう言った。いつもと違う少年が甘えたような喋り方。

 なんか、ミサトが運転していた車で、あたしが以前そうしたことがあった気がしたから、変な気分だった。

 でも質問がしょうもない。

「あたしがなんであんなガキと・・・」

 動かないリョウジに対して、ちょっとは真面目に答えてあげなきゃいけない気がした。

「・・・めぐり合わせでしょうね。」

「でも好き同士だったんでしょ。」

「そ・・・・・・・・・まぁね。」

「そ・・・」

「なによ。」

「さっき彼女が、同じように、そ、って言ってたなと思って。」

 そ、うだったね。

「シンジ君、真希波さんと出会えてよかったんだろうね。」

「そうね。」

「出会わなかったら、不幸だったかな。」

「さぁ・・・どうだろうね。でも今幸せそうよ。」

「・・・大人だね。嫉妬とかしないの。」

「しない。」

 嘘つけ。でも今はリョウジの話だから。

「あんたももっといい女に出会えるよ。」

「・・・そうかな。」

 そうだよ。

「相田先生を選んだのはなんで?」

「あんたここぞとばかりに聞いてくるわね。」

「教えて。」

 さよなら、アスカ。ケンスケによろしく。

 あいつの言葉が思い出された。普通そういう風に言うかね?あたしが目を覚ました時に、どんな気分でいたか、少しでも想像したんだろうか。

 あの、エントリープラグの中。

 あたしの方がおとなになっちゃった。

 そ、うだったっけ。あいつもおとなになったけど。

 まぁ、背中を押された気はした。優しく、背中を。

 別れの時だった。あいつは、優しかった。

 リョウジも、ちゃんとそうできたじゃない。よくやったよあんたは。

 あの時は、悔しいやら、嬉しいやら。さみしくはあったけど。

 その後また会えるとは、思わなかった。妙な縁だ。あんたにも良い縁があるといいね。

 ケンスケ、ね。中学の時、あまり意識してなかった。

 パートナーになるなんて、想像もしてなかった。

 どうして変わったんだっけ。

 ちょっとくせ毛、眼鏡、茶色系の服、こちらに広げる両腕、笑顔、抱き着いた時の匂い、鎖骨。同い年のような、年上のような、兄のような、父親のような。

 優しい声、言葉。

 なんだっけ。相田先生を選んだのは、だっけ。

 選ぶ。そんな話だっけ。どうして好きか・・・

「・・・ホッとするのよ。」

 うん。

 そう表現するのが、一番、心に近いかな。

 まっすぐ暗い道を見ながら答えた。

 それなりに、正直な言葉だと思うわ。少し照れるけど。

 たまには、正直な言葉を、誰かに言うのも良いのかもね。

 ・・・・・反応は

 カシャっ

「・・・・・・・いや、サクラさんが、良い画とって、って言ってたから。今良い顔してるなって、」

 

ブルルルルルルル・・・

「・・・話盛り上がってるのかわからないけど、安全運転してほしいなぁ。」

 

 

 

 リョウジと一緒にミサトの青いスポーツカーのところにいた。

 こいつが汚したスポーツカー

 夜中になりそうだったけど、奇麗にしたいって言いだしたから、ガレージに移動した。

 ケンスケは、気を使ったのか、先に家に帰った。

 ガキに必要なのは恋人じゃない、母親よ。

 昔コネメガネにそう言ったことがある。

 こいつは、子供なのか、大人なのかわからない。

 あたしがリョウジにとってどうあるべきかも。

 ミサトは、シンジに対してどう思っていたのだろう。

 最後は、ちゃんと見送ってあげていた。

 あたしも、その役目をちゃんと全うしないといけないと思った。

 

 液剤をかけて、一応体にふれないような恰好をして、まずはスポンジで洗った。ポリッシャーを使ってもよかったけど、うるさいし、そういう気分でもなかったようだった。

「先生にも、アスカさんにも、みなさんにも迷惑かけちゃって申し訳なかったです。」

「・・・そうね。」

「でもいい経験でしたよ。ずっと村じゃ、わからないことがいっぱいあって。」

 明るい声だった。そうふるまおうとしていたのはよくわかったけど、何も言わないでいた。

「俺の親父、なんか軽かったらしいじゃないですか。」

「・・・誰がそんなこと言ったの?」

「いや、うわさで。はは。」

 まったく、悪く言うことないのに。

「でも、母親を、お母さんを愛してた、って聞いて、なんか、そういうのがいいな、って思って。」

「うん。そうよ。」

「今は、そういうこともすごく、いいなって、思えます。」

 いろいろ、悩んでいたんだろうけど、結果的に、よかったみたいだ。

 彼女にはふられたけど。

 リョウジは車の右側をこすってた。あたしより、少し大きい背になった。車の上までよく手が届く。

「あぁあ。奇麗な青色が。誰がこんなことを。」

「おめぇだよ。」

「ひどいことするなぁ。」

「・・・あんた写真ちゃんと消したの?」

「消しましたって。見せたじゃないですか。」

「隠しファイルとかにしてたらぶっとばすからね。」

「怖っ」

 そう言いながら、今度は車体の下の方を拭きだした。反対側にいるあたしには姿が見えなくなった。

 縁。縁を大事にか。坂本さんそんなこと言ってたな。あのふざけたじいさん。でも言ってることが的を射てる気がするな。

 縁。日本に来るまで、考えたこともなかった。存在意義、とか、なんかそんなのばっかり考えて、あの、寒い国で、1人だった。

 黒塗りの車に乗った少年を思い出した。両親と一緒で、母親に優しそうに抱かれていた。

 顔があまり思い出せなかったけど、うらやましかったのは今でも覚えている。

 それからケンスケ。

 選ぶ、とか、そういうこと言っていいのかな。ケンスケが、あたしを、選んだと言われれば、悪い気はしない。まぁ、嬉しい。選んでくれた。ありがとう。

 リョウジは、選ばれなかった。

 リョウジの悲しみが、やっぱり伝わってきた。

 選ばれない。自分に価値がない、とか思っちゃってんのかな。

 まっすぐ、育ってるのに。親がいなくても、周りに愛されて。あたしとは違ったな。

 でも、あたしも今、みんなに、愛されている気がする。良い人たちが周りにいる。だからあたしも誰かを愛したい。

 目の前の車を拭いて、ちょっとジョウロで水をかけて、ひと段落かな。細かいところはまた今度。

 そう思った時に、車体の向こう側から音がしていないことに気が付いた。

 

 あたしが車のボンネットにスポンジをおいてリョウジの方へ行くと、リョウジは車に手をついて、膝をついて、うなだれて固まってた。右手に持ったスポンジを握りしめて。顔が見えなかった。今自分の中で湧き上がる感情を、必死でせき止めようとしているんだと思った。

 あたしは、何かはわからないけど、自分がすべき何かをする、タイミングがくるのを、待った。

 それから、腰を下げて近づいて、右腕に触れた。

 あたしに気づいて、顔をこちらにむけたリョウジのそれが、ゆがんで、眉が下がって、また下を向いて隠れた。

 コンクリートの床に涙が落ちるのが、少しだけ見えた。

「いてほしい人が、いつも、俺から離れていくんです・・・」

 あたしは、どうしたらよいかわからなくて、リョウジの脇にあるタイヤに背中をつけて地べたに座り込んでから、片手でリョウジの頭を引き寄せた。

 リョウジは、されるがままに、あたしの肩におでこをのせた。

 マリなら、両手で抱き着いて、頭をなでて明るい言葉をかけるんだろう。

 レイなら、膝枕でもして黙って泣かせてあげるんだろうか。

 ヒカリなら、母親として優しい言葉をかけてあげそうだ。

 ミサトなら。

 ミサトなら・・・

 あたしは、わからない。でもできることをしなきゃ。こいつのために。

 

 リョウジは鼻をすすって、泣きながら、声を絞り出していた。

「みんなが俺を、嫌って、避けて、いなくなる・・・」

「そんなことない。」

 頭を抱えてあげて、そう言った。

 背中をさすってあげた。

 リョウジは子供みたいに震えて、泣いていた。

「みんなあんたのことが好きだよ。」

 本心だった。

 きっと今は、大事な人に会えなくなって、悲しいだけ。

 みんながあんたを好きなことを忘れないで。

 

 あの泣く少女を、抱きしめたかったんだろうなと思った。

 でもそれはよくないと思って、しなかった。

 ミサトはこいつを抱きたかったんだろうな。

 知ってる。

 でもできなかった。

 

 気づくとリョウジはあたしの首に手をまわしてた。

 あたしの肩付近にある口が、声を上げて、泣いていた。

 はじめて、声を出して泣くこいつを見た。

 大人と変わらない声と体に近づいていたけど、泣いていた。震えてた。

 あたしは緊張していた。これからどうしたらいいんだろう。

 そう思ってずっと緊張していた。

 リョウジはしばらく泣いた後、静かになって、それから涙を拭いた。

 膝に手を置いて、頭を下げて

「すみませんでした。」

と言った。

 気にしないでいいよ。

 そう言えばよかった。

 あたしは緊張して、不適切なことを言って傷つけてしまわないか怖くて、ちょっと笑って見せることしかできなかった。

「もう、自分の寝床に帰ります。」

 ゆっくりと、顔をよけて動き出した。

 何か言わないと。

 あたしも、成長しないと。

「リョウジ」

 動きが止まった。

「みんなあんたのことが好きだから、あんたも、自分を好きでいなよ。」

 とっさに出た言葉だった。

 リョウジは、眉をさげて、何も言い返さなかった。

 泣かせてしまった。

 それからもう一度頭を下げて、帰っていった。涙を拭きながら。

 これでよかっただろうか。

 

 あたしは、しばらく地べたから立ち上がれなくて、立てた膝に腕を置いて、地面を見ていた。

 その後に電気を消して、家に帰った。

 

 その夜は、ケンスケに抱きついて寝た。

 何も聞かないでいてくれた。

 




 何回も書き直しました。ロマンス部分だからっていうところと、肝だったので。なかなかうまくいかないで軽いノイローゼに。アスカとリョウジ君が車で帰って話すシーンは、破を見て、ミサトとアスカが話すシーンを見て、オマージュというかなんというかのシーンになりました。それと、シンエヴァを見て、アスカとくっつかんのかい!みたいな気持ちを、浄化と言うか除霊というか補完したいがために、こういうシーンになった気がします。
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