アフターシンエヴァ「加持リョウジの物語」   作:ヨスキ

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二四 『お酒のせい』

 

 みんな泣いてた。

 あたしも少し泣けた。リョウジが大人になったように見えて、泣きながら、でも落ち着いて見ていられた。

 シンジとマリが手を叩いて、みんなからもリョウジは祝福されていた。リョウジは幸せ者だと思った。二人はクルーに招き入れられて、笑顔で参加していった。

 あたしも、はじめのうちいろいろな人に声をかけられた。

 

 でも気づくと、目の前のお酒ばかり見ていた気がする。

 途中からヒカリが隣に座ってくれた。

 でもあまり会話が弾まなかった。 

「今日は前みたいに飲まないの?」

「うん、しばらく、お酒はまたお休み。」

「なんで?体調悪いの?」

「ううん。体調整えるの。」

「・・・へぇ。」

 その時は頭が働かなくて、ヒカリが言った意味が理解できなかった。

「・・・ねぇアスカ、飲みすぎじゃない?」

「なんで?そんなことないわよ。」

 だって、前飲まされたときは、この倍はいってた。飲ませた本人がそんなこと言うのおかしいんじゃない?

「ダメ、もう終わりにしなさい。」

 そう言われて、何回かやり取りをしたうえで、あたしのグラスも徳利も没収されてしまった。肘をテーブルについて、周りをみた。みんな旧友同士、会話は弾んでいた。日向さんはまた泣いていた。

 確かに酒ばかり飲んで、誰と会話をしているわけでもない。前と違って正直言って楽しくなかった。

 原因はいまいちわからなかった。昔のなじみに会うのが嫌だったわけでは全然ない。一緒に働いていたクルーの面々と会えたんだから、ちょっと昔話じゃなくても、最近の話でもすればいいなと思ってはいた。でもその気にならなかった。何かつまらない。式典が終わったあたりから、気分が沈んでるという自覚があった。

 周りを見渡すと、みんな昔のなじみと話せて楽しそうだった。

 コネメガネはレイやカヲルのところで楽しそうだった。

 混ざりたくなかった。たぶん、向こうもあたしの気持ちを察していたのかもしれない。

 あたしは誰とも話してなかった。変なの。

 目を左の方に流すと、机の上に別の徳利があった。

 体をゆっくり横にずりながら近づいて、腕を伸ばして取ろうと思った。

左手をつかまれた。鈴原に。

「もうやめとき。」

 夫婦そろってあたしから酒を奪った。

「歩けるか?」

「だから酔っぱらってないって。」

「ほなら、このカラの方の徳利二つ、台所に持ってってくれんか?」

「えぇぇぇぇ?」

「ほいで、水飲んで、深呼吸して、鏡でも見ろ。」

 鈴原の表情を見ると、真面目な、変な顔してた。怒ってるわけではなさそうだけど、有無を言わさぬ、って感じ。

「はいはい、先生は怖いなぁ。」

 そういいながら、言われた通りのことをしようと思った。自分でも悪酔いしている自覚がある。祝いの席なんだから、悪く酔っぱらっちゃったら、水差しちゃうよね。

 広い台所のシンクに徳利を置いた。水道から水を流して手を湿らせて、顔を冷やした。なんでこんな気分になってるんだろう。

 シンクに背中を向けて腰を預けた。

 足元の三和土に目を向けて、サンダルをブラブラしてみた。

なんだったっけ。

 目の前では宴会が開かれている。三和土から段差があって、座敷が障子戸の向こうにあって、向こうは明るい光で包まれて、みんなの笑い声が聞こえる。三和土の電気は節電のため、ほとんど切ってるから、薄暗い。街にも行ったけど、ここはやっぱり田舎、って感じ。それでもみんな器用に移動できる。今は私だけ台所にいる。

 そこに一人混ざってきた。

 シンジが。

 両手に徳利持って、明るい場所から出てきた。何か楽しい言葉をかけられて、困った笑顔でサンダル履いている。

 あたしの横にきて、持ってた徳利をシンクに入れていた。

 その動きを目だけで追ってみた。シンジは、またいつもの軽い笑顔。 

「は~~~みんな元気だね。」

 あんたみたいに辛気臭くないわよ

 

「久しぶりだと話すこと多くて、ひっきりなしになるよ」

 あんたと話したい奴なんているのね

 

「前はちょっと怖かったけど、来てよかったな。」

 何を怖がるのよ。バカじゃない。

 

「みんな幸せそうで、よかったよ。」

 あんた幸せなの?

 

「・・・アスカ大丈夫?」

 大丈夫じゃないわよ

 

 ・・・しゃべってなかった。

 ずっとにらんでたみたい。

 シンジが心配そうにこちらを見て、やっと気づいた。

「・・・なに?」

「いや、飲みすぎて気持ち悪くなってない?」

 自分の中のイライラが、沸き起こっている実感があった。

「ちょっと酔った。」

「大丈夫?家まで送ろうか?ケンスケ呼ぶ?」

 ケンスケ、と言われたあたりで、何か超えてはいけない線を自分が超えた気がした。

「うるさい」

 シンジをにらみつけると、声の調子で、あたしがいつもと違うと思ったのか、不安そうな顔になった。

「アハ。ごめん。」

 不安の顔に笑顔をはりつけて、ごまかそうとした。

「また軽い笑顔ですまそうとする。」

 あたしの嫌味に、また不安そうになる。でも言い返さない。昔みたいにわめいたりしない。大人になったってことか。それで本当に腹が立ってきた。

 シンジも話しかけるのをやめた。でも不機嫌な顔にはなってない。

 

 黙って、徳利を洗ってる。あたしが置いた分も、他の人が置いた分も。

「そろそろ戻るよ。」

「あんた式典の時どこにいたの?」

 シンジの言うことを無視して、あたしが気にしていたことを質問した。

 水道で洗っていた手を止めて、顔だけこちらに向けて固まった。

「式典、いたよ。」

「どこに、って聞いてんのよ」

「どこって、後ろの方」

「後ろのどこ」

「ねぇ、なんで怒ってるの?」

 言われて黙った。なんで怒ってるんだっけ。

ただ自分の感情が湧きあがってくる。頭が整理できない。

「どこにいたのか聞いてんのよ」

「どこでもいいでしょ。」

「よかないわよ!」

 

 落ち着こうと思ってたのに、シンクを左手で叩きつけてた。

 宴会場の音が止まった。

「ちょっと、落ち着いてよ。」

「いなかったんでしょ!式典に!」

「いたって。確かに結構後ろの方で。」

「人のいないところでしょ!なんでみんなと並んでないの!」

 あたしの言わんとしていることがわかったのか、シンジの眉にしわが寄って不安そうな顔にまた変わった。手が所在無げに前に出たまま、固まってた。あたしを落ち着かせようとしている手が、またあたしをイライラさせた。

「あんたなんなの!?目を覚ました時は、自分は悪くないって逃げ回って!他の人の考え無視して、裏目に出ることやらかして!そのあとは自分の殻に閉じこもって!大人になったら、今度は自分だけが悪いことしたとか勝手に考えてるわけ!?」

「いや、そんなこと思ってないよ・・・」

「じゃあなんでみんなと並ばなかったのよ!」

 もう一度シンクを叩きつけてた。肩で息をしていた。手に力が入っていた。

 シンジは驚いた顔のまま固まっていた。

「・・・・・・なんか、申し訳なくて・・・」

 それを聞いて、あたしは一歩踏み込んで、右手でシンジの胸を強く押した。

 ドンと音がしたけど、シンジは強くなったのか、倒れなかった。

「落ち着いて」

 声の方を見ると、みんながあたしを見ていた。みんな不安そうにしてる。

 ケンスケが近くにいた。

 肩で息をして、それでも声を荒げないよう必死に言葉を並べた。

「ミサトは最後なんて言ったのよ。あんたに。」

 シンジは一瞬固まった後、言った。

「・・・リョウジ君の話をして、行ってらっしゃいって・・・」

 目の端で、リョウジが立っているのが見えた。まっすぐこっちを見ていた。逃げずに。

「あんたがやらかしたこと、恨んでた?」

「・・・恨んでなかったよ。」

「あんたが悪いって言ったの?」

「・・・いや。感謝してる、って。」

「・・・・・・・」

「僕がそれからすることにも責任を、もつ、って。」

 そうだ。ミサトだけが、大人としてシンジに向き合ってた。あたしたちは大人だったけど、強い力を持つ子供を、恐れていただけだった。だから拒絶していた。

「ミサトだけ、大人として、あんたを守ったのよね。」

「・・・・・・」

「ケンケンや鈴原はあんたを見守って。」

「・・・・・・」

「あたしたちは、あんたを子供として、拒絶するか、恨むかしてて。」

「ねぇ、もうやめようよ・・・」

「あたしたちが怖い?」

「いや、そんなことない。」

「じゃあなんで避けるの?」

「避けてないよ。」

「嘘よ。逃げて、笑顔でとりつくろってる。」

「考えすぎだよ。式典だって、ちゃんと後ろにはいたんだよ。アスカの言う通り、一緒に並べばよかったから、申し訳ないけど。」

 また笑ってる。

 離れた柱のところではサクラが泣いてるのに。

 あたしのせいか。

「あんたがつけてたチョーカー、あたしもコネメガネもつけてたじゃない。」

「うん。」

「必要なことだったのよ。」

「うん。わかるよ。」

「わかってない。」

「うん。わかってなかった。」

「今だってわかってない。」

「・・・・・・」

「大きさは違うけど、みんな死ぬ覚悟も殺す覚悟も持ってやってきたじゃない。」

「うん。」

「もう終わったことでしょ。結局まだあたしたちのこと恨んで信用してないんじゃない?」

「・・・違う。」

「違わないわよ。」

「違うよ。」

「違わない。」

「ねぇもうやめよう。お酒が悪くまわっちゃってるだけだよ。」

「なんであんただけ背中丸めてコソコソして、それで人に笑顔振りまいてんのよ!そういうところがイライラするの!」

 また、シンクを叩いた。脇にあった皿が一つだけ落ちて、割れた。

 

 それだけだっけ。

 こいつがまだ罪の意識を抱えていることがイライラするんだっけ。

 もっと他にも、ある気もしていた。でも気持ちが抑えられない。

 14年ぶりに顔を見た時、強化ガラスを殴りつけた。

 あの時と同じ気分になってる。

 本当に気持ちは、

 それだけだっけ。

 

「・・・もっと自分を好きになっていいよ。」

「・・・何の話よ。」

「ミサトさんに昔言われたんだ。自分が嫌いだから、人より自分を傷つけるんだって。」

「・・・あたし、あんたを傷つけてる。」

「僕は大丈夫。アスカも、自分を傷つけなくていいよ。」

 あんたなにきいてんの?あたしの話じゃないし、あたしが自分を傷つけるわけないでしょ。

 言い返したかったのに、口を少し開けたまま、息を吐いて吸うだけだった。

 あたしの頭に、14歳のころの自分が浮かんだ。それから、車いすのあの子。

 熱いような冷たいような呼吸をして、肩で息していた。

「アスカが気に病むことないよ。」

 あたし、あんたの話を、してるの。

 口から言葉が出なかった。

 シンジの言葉に同意するように、ケンスケがあたしの右肩に手を置いてくれた。

 気が付いたら、目から涙が出ていた。ずいぶんまえからかもしれない。

「あんたを、誰かが、抱きしめてやればよかったのに。あたし、引っ張りまわして、突き放してばかりで・・・」

 ミサトがこっちを見ていた。

 違う。

 リョウジがまっすぐこっちを見ていた。ミサトに似ていた。

「アスカは優しかったよ。」

「誰かが、あんたを・・・あたし」

「・・・僕抱きしめてもらったよ。」

「・・・だれに?」

「ミサトさんと、父さん。」

 碇ゲンドウの話が出て、ちょっとだけ周りにいた人たちがざわついた。

 あたしたちにとっての、碇ゲンドウ。

 シンジにとっての、そこにいた、世界でユイイツの父親。

 ミサト。

「みんなも間違ってなかったし、優しかった。」

「碇さん・・・」

 サクラが声を絞り出すのが聞こえた。

 鈴原が近づいて、肩に手を置いていた。

「だから、大丈夫。ありがとう。」

 少しだけ、近づいた。

「アスカ。」

 そう言ってシンジがあたしに触れようと手を伸ばした。

 優しい手。

 知ってる。

 とっさに、右側にいたケンスケの胸に逃げて、顔を隠した。

 あたしに優しくしないで。 

 シンジは笑って髪をかいて、恥ずかしいみたいな顔をみんなにアピールした。わざと、おどけて。

 誰も笑わなかった。

 ケンスケがあたしの頭を抱いてくれていた。

 シンジが優しくしてくれたのに、気持ちと裏腹の拒絶の言葉を吐いて、今の恋人の胸に逃げ込んで、泣いてる。

 卑怯で、臆病な、女。

 結局あたしも、あの車いすの少女と同じなんだろうか。

 あの傷ついた少女を、どこかでバカにしていたのに。

 大人になって、どんどんどんどん弱くなってる。

 情けなくて、申し訳なくて、涙が止まらない。

「アスカ、アスカほら。」

 ケンスケが声をかけてきた。見上げると優しい顔がこちらを見ていた。

 促す視線の先を見ると、シンジが右手を出して、止まっていた。

「仲良くなるためのおまじない、だね。」

 カオルの声が聞こえた。

「僕それ好きだな。」

 あたしも好き。

 でも手を出していいかな。

「ほら。」

 ケンスケが促したから、ケンスケから離れず、左手だけそちらに向けた。力なく。情けない。シンジは右手を出していたから、互い違いになっちゃった。いつもそう。気持ちは同じはずなのに。

「・・・ごめんなさい・・・」

 子供みたいに、大人の男の胸の中でわめきながらそう言った。

 もういやだ。

 もういやだ。

 帰りたい。

「アスカ、帰ろうか。」

 顔を上げると、ケンスケが優しい顔で頭をなでながらそう言ってくれた。

 あたしは泣きながらうなずいた。

 それからケンスケが何かみんなに言って、手を引いて家まで帰ってくれた。帰りの道で、あたしは子供みたいに声を上げながら泣いていた。

 昔は人形を手に泣いていた気がした。今はケンスケが手を引いてくれていた。

 

 お酒が悪かったんだよ。

 ケンスケがそう言ってくれた。

 肯定も否定もできずにただ声を上げて泣いた。

 

 

 台所に逃げて、洗い物をあらかた洗った。

みんなが僕を見ているのがわかった。

 やっぱり、僕は来ない方が良かったのかもしれない。リョウジ君とミサトさんのことが気になって、祈念碑が見たくて、きたけど、僕は来ない方が。

 洗い物がなくなって、手を拭いて、振り返った。

 笑って頭をかいたけど、誰も反応しなかった。

 トウジが座って下を向いていた。

「トウジ」

 声をかけると、目を拭いて立ち上がってくれた。

「ごめん、先に休ませてもらうよ。酒が抜けたら、車で帰るね。」

「・・・・・・おう。」

 それから何かを言わないといけないと思った。

「ごめんね。雰囲気悪くしちゃって・・・」

 最後まで言い終わる前に、トウジは僕を上から腕をまわして抱きしめた。表情が見えなかった。

「・・・そういうこと、二度と言うな。」

 そう言った。

父親のような、兄のような、同級生のような、トウジらしい言葉だった。

「うん、ありがとう。」

 体を離してから、右手で握手をした。

 入口へ向かおうとしたら、マリが軽快な足取りで、僕に近づいてきた。

 顔はいつものように笑顔だった。

 いつもそうしてくれる、優しい笑顔だった。

 僕の右手をとって、入り口へ向かった。

 




 全体的な進捗の中で、半分のころにはすでに出来上がっていたシーンです。シンエヴァ見た後の感想で、アスカがシンジを厳しく気遣うシーンが、僕としては、ちょっと悲しかったというか、もうちょっとこうだったらよかったなぁ、とか、思ったり。本人も辛かったんだ、みたいなシーンがどっかであって、救われる、みたいなシーンが見たい、っていうのが原動力だったと思います。あとお酒のせい、っていう失敗のシーン。シンジ君の右手を引いてくれる笑顔のマリさん。贖罪。受け入れてくれるトウジを筆頭のみんな。なんかそういうシーンが見たくて作ったシーンです。解釈違いの人ごめんなさい。でも僕このシーン好きです。
 旧劇のミサトの部屋での二人の口論シーンとか、箱根駅で黒服に囲まれながら、トウジとケンスケに思いのたけを叫ぶシンジ君のシーンとか、オマージュしてます。
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