みんな泣いてた。
あたしも少し泣けた。リョウジが大人になったように見えて、泣きながら、でも落ち着いて見ていられた。
シンジとマリが手を叩いて、みんなからもリョウジは祝福されていた。リョウジは幸せ者だと思った。二人はクルーに招き入れられて、笑顔で参加していった。
あたしも、はじめのうちいろいろな人に声をかけられた。
でも気づくと、目の前のお酒ばかり見ていた気がする。
途中からヒカリが隣に座ってくれた。
でもあまり会話が弾まなかった。
「今日は前みたいに飲まないの?」
「うん、しばらく、お酒はまたお休み。」
「なんで?体調悪いの?」
「ううん。体調整えるの。」
「・・・へぇ。」
その時は頭が働かなくて、ヒカリが言った意味が理解できなかった。
「・・・ねぇアスカ、飲みすぎじゃない?」
「なんで?そんなことないわよ。」
だって、前飲まされたときは、この倍はいってた。飲ませた本人がそんなこと言うのおかしいんじゃない?
「ダメ、もう終わりにしなさい。」
そう言われて、何回かやり取りをしたうえで、あたしのグラスも徳利も没収されてしまった。肘をテーブルについて、周りをみた。みんな旧友同士、会話は弾んでいた。日向さんはまた泣いていた。
確かに酒ばかり飲んで、誰と会話をしているわけでもない。前と違って正直言って楽しくなかった。
原因はいまいちわからなかった。昔のなじみに会うのが嫌だったわけでは全然ない。一緒に働いていたクルーの面々と会えたんだから、ちょっと昔話じゃなくても、最近の話でもすればいいなと思ってはいた。でもその気にならなかった。何かつまらない。式典が終わったあたりから、気分が沈んでるという自覚があった。
周りを見渡すと、みんな昔のなじみと話せて楽しそうだった。
コネメガネはレイやカヲルのところで楽しそうだった。
混ざりたくなかった。たぶん、向こうもあたしの気持ちを察していたのかもしれない。
あたしは誰とも話してなかった。変なの。
目を左の方に流すと、机の上に別の徳利があった。
体をゆっくり横にずりながら近づいて、腕を伸ばして取ろうと思った。
左手をつかまれた。鈴原に。
「もうやめとき。」
夫婦そろってあたしから酒を奪った。
「歩けるか?」
「だから酔っぱらってないって。」
「ほなら、このカラの方の徳利二つ、台所に持ってってくれんか?」
「えぇぇぇぇ?」
「ほいで、水飲んで、深呼吸して、鏡でも見ろ。」
鈴原の表情を見ると、真面目な、変な顔してた。怒ってるわけではなさそうだけど、有無を言わさぬ、って感じ。
「はいはい、先生は怖いなぁ。」
そういいながら、言われた通りのことをしようと思った。自分でも悪酔いしている自覚がある。祝いの席なんだから、悪く酔っぱらっちゃったら、水差しちゃうよね。
広い台所のシンクに徳利を置いた。水道から水を流して手を湿らせて、顔を冷やした。なんでこんな気分になってるんだろう。
シンクに背中を向けて腰を預けた。
足元の三和土に目を向けて、サンダルをブラブラしてみた。
なんだったっけ。
目の前では宴会が開かれている。三和土から段差があって、座敷が障子戸の向こうにあって、向こうは明るい光で包まれて、みんなの笑い声が聞こえる。三和土の電気は節電のため、ほとんど切ってるから、薄暗い。街にも行ったけど、ここはやっぱり田舎、って感じ。それでもみんな器用に移動できる。今は私だけ台所にいる。
そこに一人混ざってきた。
シンジが。
両手に徳利持って、明るい場所から出てきた。何か楽しい言葉をかけられて、困った笑顔でサンダル履いている。
あたしの横にきて、持ってた徳利をシンクに入れていた。
その動きを目だけで追ってみた。シンジは、またいつもの軽い笑顔。
「は~~~みんな元気だね。」
あんたみたいに辛気臭くないわよ
「久しぶりだと話すこと多くて、ひっきりなしになるよ」
あんたと話したい奴なんているのね
「前はちょっと怖かったけど、来てよかったな。」
何を怖がるのよ。バカじゃない。
「みんな幸せそうで、よかったよ。」
あんた幸せなの?
「・・・アスカ大丈夫?」
大丈夫じゃないわよ
・・・しゃべってなかった。
ずっとにらんでたみたい。
シンジが心配そうにこちらを見て、やっと気づいた。
「・・・なに?」
「いや、飲みすぎて気持ち悪くなってない?」
自分の中のイライラが、沸き起こっている実感があった。
「ちょっと酔った。」
「大丈夫?家まで送ろうか?ケンスケ呼ぶ?」
ケンスケ、と言われたあたりで、何か超えてはいけない線を自分が超えた気がした。
「うるさい」
シンジをにらみつけると、声の調子で、あたしがいつもと違うと思ったのか、不安そうな顔になった。
「アハ。ごめん。」
不安の顔に笑顔をはりつけて、ごまかそうとした。
「また軽い笑顔ですまそうとする。」
あたしの嫌味に、また不安そうになる。でも言い返さない。昔みたいにわめいたりしない。大人になったってことか。それで本当に腹が立ってきた。
シンジも話しかけるのをやめた。でも不機嫌な顔にはなってない。
黙って、徳利を洗ってる。あたしが置いた分も、他の人が置いた分も。
「そろそろ戻るよ。」
「あんた式典の時どこにいたの?」
シンジの言うことを無視して、あたしが気にしていたことを質問した。
水道で洗っていた手を止めて、顔だけこちらに向けて固まった。
「式典、いたよ。」
「どこに、って聞いてんのよ」
「どこって、後ろの方」
「後ろのどこ」
「ねぇ、なんで怒ってるの?」
言われて黙った。なんで怒ってるんだっけ。
ただ自分の感情が湧きあがってくる。頭が整理できない。
「どこにいたのか聞いてんのよ」
「どこでもいいでしょ。」
「よかないわよ!」
落ち着こうと思ってたのに、シンクを左手で叩きつけてた。
宴会場の音が止まった。
「ちょっと、落ち着いてよ。」
「いなかったんでしょ!式典に!」
「いたって。確かに結構後ろの方で。」
「人のいないところでしょ!なんでみんなと並んでないの!」
あたしの言わんとしていることがわかったのか、シンジの眉にしわが寄って不安そうな顔にまた変わった。手が所在無げに前に出たまま、固まってた。あたしを落ち着かせようとしている手が、またあたしをイライラさせた。
「あんたなんなの!?目を覚ました時は、自分は悪くないって逃げ回って!他の人の考え無視して、裏目に出ることやらかして!そのあとは自分の殻に閉じこもって!大人になったら、今度は自分だけが悪いことしたとか勝手に考えてるわけ!?」
「いや、そんなこと思ってないよ・・・」
「じゃあなんでみんなと並ばなかったのよ!」
もう一度シンクを叩きつけてた。肩で息をしていた。手に力が入っていた。
シンジは驚いた顔のまま固まっていた。
「・・・・・・なんか、申し訳なくて・・・」
それを聞いて、あたしは一歩踏み込んで、右手でシンジの胸を強く押した。
ドンと音がしたけど、シンジは強くなったのか、倒れなかった。
「落ち着いて」
声の方を見ると、みんながあたしを見ていた。みんな不安そうにしてる。
ケンスケが近くにいた。
肩で息をして、それでも声を荒げないよう必死に言葉を並べた。
「ミサトは最後なんて言ったのよ。あんたに。」
シンジは一瞬固まった後、言った。
「・・・リョウジ君の話をして、行ってらっしゃいって・・・」
目の端で、リョウジが立っているのが見えた。まっすぐこっちを見ていた。逃げずに。
「あんたがやらかしたこと、恨んでた?」
「・・・恨んでなかったよ。」
「あんたが悪いって言ったの?」
「・・・いや。感謝してる、って。」
「・・・・・・・」
「僕がそれからすることにも責任を、もつ、って。」
そうだ。ミサトだけが、大人としてシンジに向き合ってた。あたしたちは大人だったけど、強い力を持つ子供を、恐れていただけだった。だから拒絶していた。
「ミサトだけ、大人として、あんたを守ったのよね。」
「・・・・・・」
「ケンケンや鈴原はあんたを見守って。」
「・・・・・・」
「あたしたちは、あんたを子供として、拒絶するか、恨むかしてて。」
「ねぇ、もうやめようよ・・・」
「あたしたちが怖い?」
「いや、そんなことない。」
「じゃあなんで避けるの?」
「避けてないよ。」
「嘘よ。逃げて、笑顔でとりつくろってる。」
「考えすぎだよ。式典だって、ちゃんと後ろにはいたんだよ。アスカの言う通り、一緒に並べばよかったから、申し訳ないけど。」
また笑ってる。
離れた柱のところではサクラが泣いてるのに。
あたしのせいか。
「あんたがつけてたチョーカー、あたしもコネメガネもつけてたじゃない。」
「うん。」
「必要なことだったのよ。」
「うん。わかるよ。」
「わかってない。」
「うん。わかってなかった。」
「今だってわかってない。」
「・・・・・・」
「大きさは違うけど、みんな死ぬ覚悟も殺す覚悟も持ってやってきたじゃない。」
「うん。」
「もう終わったことでしょ。結局まだあたしたちのこと恨んで信用してないんじゃない?」
「・・・違う。」
「違わないわよ。」
「違うよ。」
「違わない。」
「ねぇもうやめよう。お酒が悪くまわっちゃってるだけだよ。」
「なんであんただけ背中丸めてコソコソして、それで人に笑顔振りまいてんのよ!そういうところがイライラするの!」
また、シンクを叩いた。脇にあった皿が一つだけ落ちて、割れた。
それだけだっけ。
こいつがまだ罪の意識を抱えていることがイライラするんだっけ。
もっと他にも、ある気もしていた。でも気持ちが抑えられない。
14年ぶりに顔を見た時、強化ガラスを殴りつけた。
あの時と同じ気分になってる。
本当に気持ちは、
それだけだっけ。
「・・・もっと自分を好きになっていいよ。」
「・・・何の話よ。」
「ミサトさんに昔言われたんだ。自分が嫌いだから、人より自分を傷つけるんだって。」
「・・・あたし、あんたを傷つけてる。」
「僕は大丈夫。アスカも、自分を傷つけなくていいよ。」
あんたなにきいてんの?あたしの話じゃないし、あたしが自分を傷つけるわけないでしょ。
言い返したかったのに、口を少し開けたまま、息を吐いて吸うだけだった。
あたしの頭に、14歳のころの自分が浮かんだ。それから、車いすのあの子。
熱いような冷たいような呼吸をして、肩で息していた。
「アスカが気に病むことないよ。」
あたし、あんたの話を、してるの。
口から言葉が出なかった。
シンジの言葉に同意するように、ケンスケがあたしの右肩に手を置いてくれた。
気が付いたら、目から涙が出ていた。ずいぶんまえからかもしれない。
「あんたを、誰かが、抱きしめてやればよかったのに。あたし、引っ張りまわして、突き放してばかりで・・・」
ミサトがこっちを見ていた。
違う。
リョウジがまっすぐこっちを見ていた。ミサトに似ていた。
「アスカは優しかったよ。」
「誰かが、あんたを・・・あたし」
「・・・僕抱きしめてもらったよ。」
「・・・だれに?」
「ミサトさんと、父さん。」
碇ゲンドウの話が出て、ちょっとだけ周りにいた人たちがざわついた。
あたしたちにとっての、碇ゲンドウ。
シンジにとっての、そこにいた、世界でユイイツの父親。
ミサト。
「みんなも間違ってなかったし、優しかった。」
「碇さん・・・」
サクラが声を絞り出すのが聞こえた。
鈴原が近づいて、肩に手を置いていた。
「だから、大丈夫。ありがとう。」
少しだけ、近づいた。
「アスカ。」
そう言ってシンジがあたしに触れようと手を伸ばした。
優しい手。
知ってる。
とっさに、右側にいたケンスケの胸に逃げて、顔を隠した。
あたしに優しくしないで。
シンジは笑って髪をかいて、恥ずかしいみたいな顔をみんなにアピールした。わざと、おどけて。
誰も笑わなかった。
ケンスケがあたしの頭を抱いてくれていた。
シンジが優しくしてくれたのに、気持ちと裏腹の拒絶の言葉を吐いて、今の恋人の胸に逃げ込んで、泣いてる。
卑怯で、臆病な、女。
結局あたしも、あの車いすの少女と同じなんだろうか。
あの傷ついた少女を、どこかでバカにしていたのに。
大人になって、どんどんどんどん弱くなってる。
情けなくて、申し訳なくて、涙が止まらない。
「アスカ、アスカほら。」
ケンスケが声をかけてきた。見上げると優しい顔がこちらを見ていた。
促す視線の先を見ると、シンジが右手を出して、止まっていた。
「仲良くなるためのおまじない、だね。」
カオルの声が聞こえた。
「僕それ好きだな。」
あたしも好き。
でも手を出していいかな。
「ほら。」
ケンスケが促したから、ケンスケから離れず、左手だけそちらに向けた。力なく。情けない。シンジは右手を出していたから、互い違いになっちゃった。いつもそう。気持ちは同じはずなのに。
「・・・ごめんなさい・・・」
子供みたいに、大人の男の胸の中でわめきながらそう言った。
もういやだ。
もういやだ。
帰りたい。
「アスカ、帰ろうか。」
顔を上げると、ケンスケが優しい顔で頭をなでながらそう言ってくれた。
あたしは泣きながらうなずいた。
それからケンスケが何かみんなに言って、手を引いて家まで帰ってくれた。帰りの道で、あたしは子供みたいに声を上げながら泣いていた。
昔は人形を手に泣いていた気がした。今はケンスケが手を引いてくれていた。
お酒が悪かったんだよ。
ケンスケがそう言ってくれた。
肯定も否定もできずにただ声を上げて泣いた。
台所に逃げて、洗い物をあらかた洗った。
みんなが僕を見ているのがわかった。
やっぱり、僕は来ない方が良かったのかもしれない。リョウジ君とミサトさんのことが気になって、祈念碑が見たくて、きたけど、僕は来ない方が。
洗い物がなくなって、手を拭いて、振り返った。
笑って頭をかいたけど、誰も反応しなかった。
トウジが座って下を向いていた。
「トウジ」
声をかけると、目を拭いて立ち上がってくれた。
「ごめん、先に休ませてもらうよ。酒が抜けたら、車で帰るね。」
「・・・・・・おう。」
それから何かを言わないといけないと思った。
「ごめんね。雰囲気悪くしちゃって・・・」
最後まで言い終わる前に、トウジは僕を上から腕をまわして抱きしめた。表情が見えなかった。
「・・・そういうこと、二度と言うな。」
そう言った。
父親のような、兄のような、同級生のような、トウジらしい言葉だった。
「うん、ありがとう。」
体を離してから、右手で握手をした。
入口へ向かおうとしたら、マリが軽快な足取りで、僕に近づいてきた。
顔はいつものように笑顔だった。
いつもそうしてくれる、優しい笑顔だった。
僕の右手をとって、入り口へ向かった。
全体的な進捗の中で、半分のころにはすでに出来上がっていたシーンです。シンエヴァ見た後の感想で、アスカがシンジを厳しく気遣うシーンが、僕としては、ちょっと悲しかったというか、もうちょっとこうだったらよかったなぁ、とか、思ったり。本人も辛かったんだ、みたいなシーンがどっかであって、救われる、みたいなシーンが見たい、っていうのが原動力だったと思います。あとお酒のせい、っていう失敗のシーン。シンジ君の右手を引いてくれる笑顔のマリさん。贖罪。受け入れてくれるトウジを筆頭のみんな。なんかそういうシーンが見たくて作ったシーンです。解釈違いの人ごめんなさい。でも僕このシーン好きです。
旧劇のミサトの部屋での二人の口論シーンとか、箱根駅で黒服に囲まれながら、トウジとケンスケに思いのたけを叫ぶシンジ君のシーンとか、オマージュしてます。