アフターシンエヴァ「加持リョウジの物語」   作:ヨスキ

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五 『君の名前が知りたい』

 ちょっと海が見たかった。

 街に来たら、まず気になることだ。

 青い海。

 ここ数年でようやく人は減ってきたけど、青い海が見えるところには、遠目に見る人がパラパラといる。赤い海から青い海に変わった後、しばらくはその海を見ようと多くの人が海岸付近に並んでいた。海岸付近には人がいるのが当たり前だった。

 海岸に人がいるのは今でもそうだったけど、日常的に海が見える人には、普通のこと過ぎるんだろう。昔ほどは集まらなくなっていた。

 僕はというと、やはり少し気になった。海だ海だと騒ぐと子供みたいだけど、それでもやっぱり見たくなって、仕事と仕事の合間に、車を駐車場に止めてから、人が比較的少ないあたりを歩いていた。

 歩きながら見る海も、気持ちよかった。

 目の前にこの前の不良君がいることに、気づくのが遅れた。

「あっ!!」

「あっ」

「お前っ!」

「さよなら」

 手を立ててスルーしようとしたけど、素早く僕の前に立った。

 ため息がでた。

 明るいところで見る不良君は、少し年下に見えたけど、よくわからない。

「シンちゃん!シンちゃん!こいつこいつ!」

 僕の後ろに向かって、大声を張り上げていた。

シンちゃん?

 シンジ君?

「あぁそいつなの?」

 見てみると、金髪に坊主、ピアス姿の少年が目に入った。僕と同じくらいの年頃の、同じくらいの背格好の男。

 シンちゃん?

「ごめん。この前そいつがかつあげしようとしたらしいね。」

「かつあげじゃないよ。ケンカ売られたんだって!」

「はいはい。」

 こいつが兄貴分ってやつなのかな。やっぱり群れて行動するんだ。街の不良君は。イメージ通りというかなんというか。

「話聞いたら、会ってみたくなってさ。なんかすげぇ足早いんだって?」

「普通だよ。」

 また走って逃げようかと思った。

今日の仕事はとりあえず終わりで、あとで報告さえすればいいだけだから、誰かに迷惑がかかることもないと思うけど、からまれて得することは何もない。乗ってきた車は、今は、施設に駐車している。

 面倒くさいな。こんな面倒ごとに巻き込まれないように、車に乗って大通りに行けばよかった。海が見たかったからって。

 僕が立っている所は歩道になっていたところだったけど、海側に階段状になっていた。高い位置からは海が見える。低い位置に行くと壁があって、海が見えなくなるが、上から人の視線が入らなくなるようになっていた。少年たちは下の方でたむろしていたわけだ。下から数人が上がってきた。男が合計4人、女が合計2人だった。1対6。ケンカにはならないと思うけど、面倒くさいことに変わりない。

「ねぇ。帰っていい?」

「待ってよ。友達になろうよ。」

 聞き間違えだろうか。

「なんで?」

「山の方から来たんでしょ?なんか面白い奴っぽいし、友達は多い方がいいじゃん。」

 不良君のいう友達ってのは、どういう意味になっているんだろう。

 最初に絡んできたやつは、特に異論をはさまない。目の前の金髪坊主が、やっぱりまとめ役なんだな。

 海から風が吹いた。

 その時、金髪坊主の後ろにいた、女の子に目がいった。

 茶髪に、下はジャージ、でもスカート履いてる。どういうことだろう。制服なのかな。化粧している顔が、明るく見えた。村の子とはだいぶ違う。目が大きい。金髪坊主に笑いかけていた。

「ねぇゲームしようよ。」

 ハッとした。

 話しかけられるまで、見とれていた。女の子に。そのせいで逃げるタイミングを見逃した。

「ゲームって?」

「一度ゲームしたら友達になれるでしょ。」

 今から逃げるのは、まぁ無理かな。ゲームとやらの合間に、どこかで逃げるしかない。

「下に降りてよ。」

 そういって階段を下りて行った。不良君は後ろで僕の行動を見ている。逃がさない気だな。

 面倒くさいけど、しょうがない。

「で、なにするの?」

「・・・ここっ」

 そう言って金髪坊主が壁を叩いた。海に面した壁、その向こうには、青色に変わった海が広がっている。ただ、開放的な海、というより、工業用に開かれた海だ。

 3年前の大変革で、赤い海が浄化され、セカンドインパクト前の、青い海が広がった。ある評論家が、むしろ浄化された海が再度汚された、と騒いだのがいたのだが、とにかく、海は僕が生まれる前よりもずっと前、セカンドインパクト前の姿を多くの人の前に見せている。海の生物の死体のにおい。水平線の向こうの風を運んでくる海。その規模の大きさに、いつも心奪われる。

 はじめは水質調査やら生態系調査のみが許されて、今は工業用、産業用の船が往来できるまでになっている。公営機関が管理する、海水浴の可能な範囲も増えつつある。

 海を開放しろ、っていう運動も存在するくらいだ。平和なもんだ。

 そういうわけで、誰もかれもが海に入れるわけではない。許可された範囲。許可された期間。それ以外海に入ることも、何かを投棄されることも違法行為として厳しく取り締まられる。

 つまり、不良には最高のロケーションではある。

 監視の目がなければ。

「・・・大丈夫なの?見つかったら、下手したら警察署に連行されるんでしょ。」

「だぁいじょぶだって。この時間は。平和な世の中なんだから、今どきは昼の休憩時間中であいつら出回らないから。」

 自分たちを取り締まる側の休憩時間まで把握してるのか。たいしたもんだな。

「ね。やろうよ。お近づきの儀式ってことで、ちょっとした遊びだよ。」

 何が遊びだよ。どうにかしてやり返したい、ってことだろ。

 ただ逃げただけなのに、不良君のプライドを傷つけたみたい。やっぱり相手にせずに逃げればよかっただろうか。不良君の誰かが小さいバイクか何か持っていたら、面倒だけど、それでも街中に入っちゃえばまけたかもしれない。いまさらだけど。

 たたいた壁を見てみた。

 金髪坊主がたたいた壁は、胸くらいの高さで、その上は、同じくらいの高さの金属製の塀がある。金属の塀は海へのロケーションのために隙間を作られているものの、向こう側に入ったりしないようにするためのものだ。彼らの言う遊びは、その塀の上でするそうだ。

 ようはここを登れってことなんだと、理解した。

「よっ。」

「おぉっ。さすが。」

 目の前の塀を上って見せたら、なんか感心された。大したことじゃないと思うけど。ただ、自分の身体能力には自信があったから、世の中何が役に立つかわからない。

「おっとっとと・・・」

 手でバランスをとって、金属製の塀の上に立ってみると、それなりの高さだった。4メートルないくらい。3メートルはあるな。強度は、かなりある。突貫工事で見栄えを気にせずバッと作った感じ。人が乗ってもびくともしない。

片方の地面はコンクリートだから、普通に落ちたら痛そうだ。

 そして片方の地面は、地面じゃない、海面。

 その先は、海。

 その先が・・・

 目を奪われた。

 目の前に広がる青い海に。

 アディショナルインパクト、ネオンジェネシス。海が取り戻され、大地が取り戻された。そういうことだという説明は受けた。

 見に来たことはある。でもこんなに間近に見たのははじめてだった。手を伸ばせば届きそうな距離に。海からくる涼しい風が顔をなでた。海のにおい。太陽が反射する海面。何かがいそうな海中。

これが海。

「いい景色だべ?」

 下にいた金髪坊主が得意げに言った。

「山にいたら見られねぇだろ?」

 小ばかにする発言も、気にならなかった。それほど、綺麗な景色だった。

 海全てを囲うことはできない。とはいえ、人が集まりそうなところは、塀ではなく規制線がはられて入れないようにしてある。工業用、産業用のところは、そういう規制がしてない分、塀に上ってしまえば、海が間近になるのかもしれない。

 一般の人は味わえない距離に、海を感じた。

 彼らは、こういう場所を熟知しているんだろうか。

「今は金持ちが、高い場所からながめるものだけど、そのうち一般人にも開放されて、楽しめるようになるらしいよ。ただ、俺たちはそれを先取りして楽しもう、って考えてるわけよ。」

 下にいる金髪坊主は得意げにいっていた。

「友達になる儀式のスタート。気に入ってもらえた?」

「・・・これでもうおしまい?」

「いや、これからが本番。」

 不穏な空気になるのか、警戒して金髪坊主を見てみると、壁から離れて腰に手をあてている。そして、気づくと僕の立っている位置から2メートルくらい離れた場所の地面から、さっきの顔立ちがかわいい女の子がほかの男の子の肩に乗っかって、塀に上ろうとしていた。

 壁の方を向いて、肩車というかその上に立って、さらに上にある金属製の塀に手をかけてのぼってる。慣れているのか、それでも意外な光景だった。

「・・・君がやるんじゃないの?」

「俺よりもラスボスが相手するよ。」

「ラスボスっ?」

 女の子が笑いながら返事をした。綺麗な透き通った、でも、かわいい声だった。

 思ったよりも機敏に金属製の塀の上までのぼった。落っこちるかと思ったけど、割とバランスはいいみたいだった。

「危ないよ。」

「フフッ。」

 余裕を含んだ笑い方。周りで見ている男たちも、なんかニヤニヤしている。なんなんだ。

 海に落ちるならまだいいけど、それでも危ないし、コンクリートに落ちたらどうするんだ。下の男たちが支えてやるんだろうか。

「怖い?」

 足をクロスさせて、手をうしろにしながら、首をかしげてそう聞いてきた。

 足場は細いはずなのに、器用なものだ。

 綺麗だ。

「たいしたことないよ。山の猿だから。」

「フフッ。」

「君は大丈夫なの?」

「ラスボスっつったべ?」

 金髪が笑って言った。どういうことかよくわからないけど、一番バランス感が良いってことなのか。

「これで、何するの?」

「よし、ルール説明。」

 金髪は、僕と彼女の間に、立会人みたいに両方が見れる距離に立って腰に手を当てた。聞いたルールは、まぁルールなんてたいしたものじゃないけど、要はこの足場から落ちないようにする、ってこと。片方が何か動いて、もう片方が真似をする、ってことだった。

 片足を上げてポーズをとってもいい。

 ターンをしてみせてもいい。

 だいたい同じ動きならオーケー。

 その辺はあいまいでもいい、ってことだった。

「バク転してもいいよ。」

 できるわけない。彼女は。僕だって自信はない。

「こうとか?」

 僕が両手を水平にして、片足を前方向の、高い位置まであげてみた。

 どうも目の前の女の子が、こういう体を動かすことで他の人より秀でているように見えないんだけどな。とにかくとっとと終わらせた方がよさそうだと思った。

「そうそう。」

 金髪坊主がそういうと、それに合わせて、向かいに立っている女の子は同じ動きをした。

 いや、もっときれいだった。腰から流れるように足がまっすぐ上げられて、足先はピンとしている。軸足の踵は上がっているように見えた。

 足が下げられて、女の子は得意そうに笑いかけてきた。

 かわいかった。染められている髪の毛も、大きな瞳も。

 街の女の子の中で、どれほどかわいいと言われるほどの子なんだろうか。村にいたら、全員の心を奪うんじゃないだろうか。大人だってたじろくかもしれない。

「見とれてないで、次いきなよ。まだ攻めていいよ。ラスボスだから」

「ラスボスってひどくない?」

「なんで、格好いいじゃん。」

 金髪坊主とこの女の子は、特別仲が良いみたいだった。周りの男は、あまり間に入らないようにしている。

 急に、自分がこの場にいることに対する、場違いな感じが際立った。

 とっとと終わらせて離れるべきかもしれない。

「じゃあ、こう。」

 足を今度は後ろに伸ばした。手を水平に横へ開いて、頭は下げた。

 だんだんと難易度を上げようと思った。いきなり女の子が落ちたりしたら大変だ。それにあっさり負かしてもかわいそうだし。

 彼女は、声も出さず、すんなりと同じ動きをした。まったく、つっかえることなく、流れるように。僕の動きより数段綺麗だった。

 動きを終えると、僕の顔を得意げに眺めた。早く次。そう言われているようで、少しあせった。

 ジャンプして見せた。3回。高さがあって、幅が狭いところで飛ぶのは、意外と難しいはず。それは村での遊びで知っていた。高い木に登ったことがある。僕よりも高い木に登る子を知らない。でも彼女は、笑顔で3回跳んだ。綺麗だった。バレエ、だろうか。

「全然勝てないね。」

 金髪坊主がそういった。あおってくる。彼女が笑顔のままほとんど話さないことも、何か、気に入らなくなってきた。

得意げに顎を少しだけ上げている。笑顔で。かわいくて、憎らしかった。

「負けたらどうなるの?」

「あ!言ってなかったね!」

 金髪坊主は手をたたいた。

「俺たちが勝ったら、海飛び込んでよ。」

 周りの少年たちがギャハハって笑ってた。

 僕が負けたら、海へダイブ?不良君たちの仕返しにもなるし、見た目的には確かに面白いかもしれない。警察へつかまるかもしれないっていうスリルも込みなわけだ。

 なるほどね。

 変に感心していた。

「君が勝ったら、俺が飛び込むよ。バク転で。」

 金髪坊主がそういった。勝負しているのは目の前の女の子なのに。

「いや、別に君が飛び込むの、見たくはないよ。」

「えぇ、じゃあ何か希望は?」

 希望。

「・・・・・・君の名前教えてよ。」

 目の前に立つ女の子に向けてそう言った。名前。君の名前は?

 不良君たちが一瞬黙った後、口笛をふきだした。

「いいね!それにしよう!なっ!」

「・・・いいよ。」

 女の子は、両手を後ろにまわして、そう答えた。風が吹いて、スカートと茶色い髪が煙みたいにたなびいても、体の重心はぶれなかった。まっすぐ見つめた。僕の希望があるとすれば、それくらいだ。

 少しムキになりだしていた。

 さて

「じゃあ、君からやってよ。」

 僕から彼女にそういった。彼女は得意げな顔を変えなかった。

それから無言で一度おじぎをして、スカートをつまんだ。やっぱり、クラシックバレエってやつだ。モダンバレエか?よく知らないけど。彼女は、ターンをした。

スカートが外側に広がって、手は、つるみたいな形で胸の高さで保たれていた。

重心がきれいで、円が描かれたみたいだった。綺麗な、水平な円。

ピタっと止まると、右手は空を向いて止まった。目を奪われているのを認めざるを得なかった。

「格好いいっ」

「イエェェェェェェェ」

 ストリートギャングみたいな声を出す不良君たち。

 完全に僕は、のまれていた。

 ゲーム。

 敵対心、警戒心、そういうものが第一だったのに、金髪坊主の明るさに、話し方にのまれていた。やっているゲームそのものにも、悪意がなくて、海が気持ちよくて、のまれていた。

 何より、目の前の女の子に。

「早く。」

 彼女が言った、僕を急かす声にハッとした。

 ターン。

 下を向くと、平均台よりちょっと太いくらいの足場。集中して右足をあげて、回転した。手は普通だった。バレリーナみたいにまわってもよかったけど、不良君たちにはやしたてられるのも嫌だったから。

 一瞬うつった海に気を取られて、落ちそうになった。

「おっ、ととと。」

「ううぉぉおおおおおお、おしい!」

 下にいた不良君が騒いだ。

 さて、次は?

いつまでも遊べない。決着をつけようか。

「次僕から。最後でいい?」

「おや、強気。」

 金髪坊主が楽しそうにしている。ほかの奴は、携帯をこちらに向けていた。

 目の前の足場を見た。両手でつかんだ。

「おっ!?」

 手を支えに、倒立した。バランス感覚には自信があった。度胸も。

「マジで?」

「すごくね?」

 そのまま固まった。1秒、2秒、3秒・・・5秒過ぎて少ししてから、ゆっくり戻った。

 少し緊張した。

 でもこれで終わるはず。

 勝った。

 これで名前が。

 じゃない、帰れる。

 目の前に立つ女の子は、大きな目をさらに大きくして、驚いて見せていた。その顔もかわいくて見とれていた。笑顔は変わらなかった。

「よぉし」

 子供みたいなしゃべり方をしてから、両手を広げた。

 嘘だろ?

「ほっ!」

 僕と同じように倒立をして、とまった。驚いた。こんなことできる女の子、そんなにいないんじゃないか?ラスボスっていったっけ。

 スカートがまくれて、ジャージ着ているとはいえ、腰のまわりがあらわになっていた。思わず、目をそらした。

「腹が見えてるっ!!」

 下にいた不良君がはやし立てた。

「フッ!」

 笑っているのか、余裕が無いのか、それだけいうと、しばらくして女の子は、後ろに戻った。バランスを崩しそうになったけど、建て直した。

 まくれたスカートを戻しながら、足場の感覚と、呼吸を戻そうとする彼女の顔は、どんなもんだ、って顔と、危なかった、の中間くらいだった。

 思わず笑ってしまった。

「やった。できた。わたしの勝ち。」

 呼吸を整えながらそう言っていた。

 彼女と会話を重ねて、ゲームを交互にやって、それだけで、少し心臓が高鳴っていたのが、わかった。

「まだ僕負けてないよ。」

「さっき最後って言ったじゃん。」

「次が最後。」

「いいよ。わたし勝つもん。」

 スネたような言い方をし合ってから、僕は足場にしゃがんだ。膝を外に開いて、手で足場を確認する。その太さ。僕の後ろにも同じ太さが続いている。集中した。できる。大丈夫。

 本気の顔をしたから、周りの不良君たちも黙った。

 気合を入れて跳んだ。後ろに。

「うおおおおおっっ!!」

 周りがはやし立てた。僕はせまい平均台みたいなところで、バク宙をして見せた。

 さすがにバランスをとるのが難しくて、両手を思いっきり振った。声を出す余裕もなかった。

 心臓が高鳴ったけど、なんとか成功した。これで終わりのはず。

 女の子は手を叩いて驚いていた。

「僕の勝ちだね。名前教えて。聞いたら帰る。」

「え、わたしまだやってない。」

 ・・・いや、無理でしょ。僕の勝ちだよ。

 そういおうと思ったら、彼女は僕と同じような、膝を外に流して座る格好になった。

「っ無理だよ。危ないって。」

 返事をしなかった。いたずらっぽく僕の方をにらんでる。

 マジでか。

 彼女の反応を待った。

・・・しばらく待った。

「・・・ハンデちょうだい。」

 ほっとした。本当に飛ぶんじゃないかと。

「そうだ!ハンデくれぃ!」

「相手は女の子だぞ!」

「ハンデっ!ハンデっ!」

 なんだよ。

「いいけど、どうするの。」

「手、つかっていい?」

 手?

「無理だって。」

「手つかっていい?」

 もう一回同じことを言った。できっこない。

「いいけど、あきらめたら。」

 無理だって。危ない。

 あれ、アスカさんにもこんなこと言ったっけ。嫌な予感。

 彼女は、ニヤッと笑うと、綺麗に両手を空に上げながら、バク転をした。少し横を向いて、側転ぎみだったけど、腕、胸、腹、足の流れがきれいで、危ないという気持ちがどこかに行ってしまった。

 唖然としていた。

 足が片方ずつ足場に着地しだした。危ない。落ちる。落ちたら大けがだ。

 両足が着いたところで、彼女は手を横にしながらバランスをとった。

 その時バランスを崩した。

「ハッ!キャッ!」

 だから言ったのに!

 思わず低い姿勢になって近寄った。

 彼女は手を僕の方に伸ばした。助けを求めるように、伸ばしたその手を急いでとって、僕は彼女を自分の方に引き寄せた。力は強くて、僕もバランスを崩しそうで、必死だった。

 彼女が僕に近づいたけど、今度はその体の重みでバランスがさらに崩れそうになった。

 一瞬彼女の顔が近づいた。

 綺麗だった。

 たじろいだ。その綺麗さに。目の大きさに、綺麗な肌に。笑っている唇に。

 僕に向けていたずらっぽく向ける笑顔が、綺麗だった。

 手は僕の胸にあった。

 重心が少し横にずれた。

 二人でダンスして回転を始めるみたいだった。

 彼女の手は細く、きれいで、僕の胸に置かれていた。

 僕の背中は、いつのまにか、海に面していた。

 ぐっとそのまま、綺麗な手で、胸を押された。

 彼女は、してやったりの笑顔だった。

 その手をつかみたかったけど、できなかった。

 

 くそっ

 やられた。

 いたずらっぽく笑う笑顔と、つかまれないようにしている手。

 自分が海に向かって落ちていくのがわかった。

 でも目が離せなかった。

 僕の胸を押した奇麗な細い腕が。

 落ちていく僕を愛おしい目で見るその顔が。

 風になびくスカートと、髪が。

 奈落に落とされるシチュエーションの中で、一番素敵だった。

 できるならもういちど

 ドボーン!

 

 強い衝撃を受けた。水に向かってまっすぐに落ちずに平たく落ちたせいで、全身が痛かった。でもその分深く沈まずに済んだ。服を着ているから、早く水面にいかないと、手遅れになる。村の湖で経験済みだから、すぐに水面に向かった。

「ブハッ!」

「ギャハハハハハハハハハ」

「ひでぇっ!さっすがぁ!」

 僕を見下ろすため、さっきいた不良君全員が金属製の塀から顔を出した。一人は動画をとっている。僕と対峙した女の子だけ、立って僕を見下ろしていた。満足そうに。

 海の水は、塩辛くて、あと思ったよりも浮力がある気がした。何度も顔を拭いて、海の味に違和感を覚えながら、浮かんだ。

「ぎゃははは。ざまぁ」

「つば落としていいかな。」

「バカやめとけ。」

 見上げて金属坊主が話すのを待った。

「気持ちいい?」

 悪気なく言ってるけど、段々とムカついてきた。やられた。

「・・・あぁ。」

「そうでしょ?面白かったよね。」

「・・・僕の勝ちでしょ?」

 距離があるから自然と声が大きくなる。

「えぇ?」

「僕の勝ちだよねっ。」

 不良君たちが黙った。

「落ちたのに?」

「落ちそうなのを助けただけだよ。」

「・・・そうか。」

 金髪坊主は女の子の方を向いた。女の子はずっと、僕を見つめていた。

「名前は?」

僕も少しやけになって、大きな声で聞いた。

「名前っ。」

「・・・ィーナ。」

「・・・・・・はぁっ?」

 女の子が笑顔で言った。よく聞こえなかった。返事しないと思ったから。

 女の子が自分の口にマイクみたいに拳を近づけて、改めて大きい声で言った。

「リーナっ!」

 それで僕の方にそのマイクを向けた。

 僕。

 僕の名前は。

「リョウジ…」

「・・・はぁっ!?」

 不良君がギャハハって笑った。

 またマイクがむけられた。

「リョウジっ!」

 みんなが黙った。

 リーナと名乗った女の子がまた自分の口に当てて、笑顔で、大きな声で言った。

「リーナっ!」

 また僕。それから交互に

「リョウジっ!」

「リーナっ!」

「リョウジっ!」

「リーナっ」

「うるせぇっ!早く助けろ!」

 ギャハハハハハハハハハハハハ

 なぁやっぱあいつ面白いよ

 

 くそっ。

 

「リョウジ・・・」

 間違いなく、僕の名前をつぶやいた。僕は次の言葉を待った。もう一度呼んでほしくて。

「バイバイっ。リョウジっ。」

え?

 満足そうに僕を見ていた、リーナは、手をひらひらさせた後、僕に背を向けて塀を降りた。

 不良君たちが笑いながら、段々と塀から消えていった。少女が見てくれなくなって、途端に不安が押し寄せてきた。

 金髪坊主が顔を突き出して説明した。

「早くあがったほうがいいよ。警察に見られたら連行されるから。あと貨物船からも見られたら、すげぇ怒られる。しかも海の中に何かいるって話だよ。今まで赤かったんだから、今なにがいてもおかしくないし。」

 冗談じゃないよ。

 あわてて上がれそうな所を探したけど、ずっと壁で、全然なかった。

「あっち行くとあがるとこあるよ。10分くらいかかるけど。」

「くそっ!」

 声に出してから、金髪坊主が指をさした方へ移動した。

「またね。リョウジ君」

 金髪坊主も塀から消えた。

 そのうち不良君たちの

「やべっ!」

っていう声が聞こえてからは、壁の向こうが静かになった。僕も静かにした。誰かに捕まったら、仕事場に迷惑がかかるから。

 陸に向けて泳いでいる最中、水平線の方を向いた。

水色の制服を着た少女を見た気がしたけど、幻覚だった。

 




 オリジナル要素でほぼ作ったシーンです。相手のキャラも、シチュエーションも、長いとは分かってるんですけど、自分が書きたい話でした。なかなか、思った通りにできないのが苦しかった。重要人物との重要なシーンにしたかった。女の子に心を奪われだす最初のシーン。重要にしたかったんですけど、技量不足ですね。
 ただシチュエーションを思いついたのは、自分なりの感性と、それを純粋に書こうと思えたってことで、満足してます。技量が不足しているだけ。
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