また、街に来た。自分が村と街のパイプ役になっているみたいだ。クレイディトの仕事だけど、ずっと畑や現場や研究所、っていうわけにもいかなくなってきた。こういう行ったり来たりする役割の人も必要で、色々な部署に回って窓口の人とやり取りをしていると、組織に仕事を任されている、っていうことなんだと実感することが増えた。
街にいること自体は、楽しい。刺激はある。
そういう部分を見越して、自分にこういう仕事が割り振られているんだろうか。村以外の、街や、そこに住む人との交流も必要、という意味で。毎回緊張はするけど、新しい仕事を覚えていくうれしさがあった。
あるとき資料を持ちながら歩道を歩いていると、女性に声をかけられた。
「リョウジ」
女の人に名前を呼ばれて驚いた。街で名前を呼ばれるなんて、クレイディトの職員だろうか。そう思って振り返ると、白い綺麗なTシャツに、ジーパンの女性がたっていた。綺麗な顔立ちで、髪は束ねられていた。誰だろう?
「忘れちゃった?」
声で急に思い出した。リーナだ。
「リーナ」
「そうっ。」
前に見た格好と全然違って気づかなかった。今日見た服装はこぎれいで、育ちがよさそうに見える。化粧も薄いし、気崩してもいない。
思っていた以上に細くて、綺麗な印象をうけた。
「クレイディトの職員だったんだ。すごいね。若いのに。」
言われて、自分が職員証を首から下げていたことに気が付いた。隠すべきだった。
「なんで隠すの?」
「・・・怖い不良に目を付けられたくないから。」
「あははは。警戒しすぎだよ。いい人たちじゃん。」
笑ってる。自覚がないのか。
「・・・そうかな。海に突き落とされたけど。」
「フッ。ごめん。」
改めて、同じ人なのか不安になってきた。印象がやさしくなっている。年上に見えるほどだ。
「ねぇ、今日の夜また遊ぼうよ。みんなに紹介する。みんな君に会いたがってるよ。」
「・・・いや、無理だよ。村に帰るんだ。」
「遠いの?」
「そうだね。」
「朝帰ればいいじゃん。若いんだから。大丈夫大丈夫。」
人のことだと思って。だいたいなんで僕が・・・
「また君と遊びたい。」
ドキッとして、はっきりと断れなかった。
「また前のところで待ってるねっ。」
そういって彼女は歩道を歩いて離れていった。向こうの方で、黒塗りの車に乗るのが見えた。男性がドアを開けていて、乗り込む前に手を大きく振った。僕も手を振った。
割と、金持ちのところの子らしい。
思い返してみると、自分がたいして反応も出来ず、子供みたいだったことを思い出して、恥ずかしかった。
夜、車をとめて、歩いてこの前の海が見える階段に行った。
近づくと、小さいキャンプライトみたいなもので、明かりを残して、この前と同じくらいの人数でたむろしていた。近づくと金髪坊主が笑顔で迎え入れた。
「リョウジ!」
手を出してきた。握手みたいだけど、これまでしてきた握手より、斜めに入ってきて、力強かった。ギャングですよ、って言ってるみたいだったけど、話すと映画に出てくるようなギャングっぽさがなくなる。キャラクターなんだろうか。無言で握手を返した。
「会いたかったよ。」
「嘘でしょ。」
「ほんとだよ。君だからこそ生き残ると思っていた。」
「生き残る、って。」
「アハハハ。」
階段の前に座って、話をした。
「そういえば名前なんていうの?」
「あら、あたしにも興味持ってくれた?」
急に変な口調になった。厳つい雰囲気なのにギャップがすごくて、思わず笑った。
「大井戸シンイチ。よろしくね。」
「加持リョウジ。」
「よろしくリョウジ。俺はシンでもいいよ。」
「・・・シン、ね。」
シンジ君と似てるな。名前って不思議だな。急に距離が縮まった気がした。
この人は、まだ、信用できるかもしれない。
「楽しかったね。」
「・・・海に落ちるのが?」
「そうだよ。しょっちゅうは無理だけど、チャンスがあったらまた飛び込むよ。なんか戻るべき場所へ戻った感じしない?」
「なにそれ。」
「すべての生命体は海から生まれた、って昔授業でやってたよ。」
「らしいね。」
「赤い海しか知らなかったからね。そういえば、どこに住んでるの?」
人懐っこいシンと、話をした。
彼は、今は仕事しつつ、こうして友達とつるんでるらしい。だいたいが同じ年齢。年下の子も結構いる。やっぱり彼が不良君のまとめ役。
それからみんなだいたい同じ境遇だということが分かった。里親がいたり、親がいるにはいるがほとんど会えない、という奴もいた。
なぜか、居心地がよかった。
変な話だけど、居心地のいい場所にいることで、不安になった。
矛盾している。
それから、リーナ。名字は深海。フカミ。深い海。僕が落ちたあの海と同じ。
彼女のまわりに、人が集まっていた。昼間に見た時とは全然違う、砕けた服装。前に海の前で見た時と同じ格好。その彼女の周りに、女の子1人と他の男が話をしている。
彼らの中でも、彼女は別格の存在なのかもしれない。
「昼間彼女見たよ。」
「リーナ?仕事中の姿を見るってレアだね。」
「仕事?」
「家の仕事。あいついいとこのいい子ちゃんだから。」
「なにか仕事してるの?」
「家っていうブラック企業。」
「・・・なにそれ。」
「辛いお仕事みたいよ。彼女にとって。」
ようは、家が嫌いなのか。
家庭。どうしたら嫌いになるのか、よくわからなかった。かといって、普通の家にいて、どうしたら好きになるのかも、よくわからない。彼女には両親や兄弟はいるんだろうか。
彼女は、ときおり家のいいつけどおりに、何か習い事や学校に行っているようだった。それでも、自分の希望がとおることもあるのか、完全に家の言う通りにしなきゃいけない、ということでもないらしい。なんだか、中途半端に不自由そうで、他に人に比べて、半端な感じがした。不良について半端。よくわからないけど、そんな感じ。
しばらく他愛のない自己紹介みたいな、話をした。世の中がどれだけくだらないか、自分の家がいかにひどいか、今何が楽しいか、そんな話題。あまり、共感はできないことが多かったけど、なぜか楽しかった。汚い言葉も、ちょっとした悪い言葉も、なぜか心地よかった。よくないこととは思ったけど。
突然、みんなの動きが固まった。
「・・・なに?」
「シッ」
近くにいたやつが全員シンの方を向いた。
シンは、目を開きながら、でも笑顔で、口の前で指を立てた後、ゆっくりと腹ばいになった。そうすると周りにいた奴らも、同じ顔をしたあと、同じように腹ばいになって、一人がキャンプライトを消した。
わけもわからず、同じ行動をした。
近くにいた。同じように腹ばいになったリーナと顔が接近した。心臓が高鳴った。リーナは口に手を当てて声を出さないようにして、でも楽しそうにしていた。みんなが、虫みたいに、コンクリートの地面に腹ばいになっていた。
地面に腹ばい。
普通こんなことしない。それが面白かった。
でも、なんなんだろう、これは。
しばらくしたら、自分たちがいる段より上の方で、ライトの光が移動するのが見えた。警備員か、警察か、ただの見回りの関係者なのかわからない。ただ黒い空に、白いライトの線がちらちらとして、奇麗で、興奮していた。見つからないようにしているんだと理解した。
リーナを見た。
本当に楽しそうに笑いをこらえていた。何がそんなに面白いんだ?
そう思いながら、自分が彼女の笑顔を見て笑っていることに気がついた。まわりも、今にも噴き出しそうにしているのが、雰囲気でわかった。
「・・・ブフッ!」
誰かが限界を迎えた。
瞬間白いライトがこっちを向いた。
「おいっ!」
「ラン!」
シンが大声を上げると、一斉にみんな走り出した。逃げろ、じゃないんだ。
訓練されていた部隊のような一体感と、俊敏性があった。
全員が逃げた。笑顔で。落ちてた持ち物も、器用にみんな拾い上げて走っていった。僕もあわててみんなを追いかけた。
暗い街中を逃げた。工業地帯みたいなところだから、どこがゴールとかじゃなくて、とにかく走って、隠れる場所を探した。
「リョウジッ。こっちこっち。」
しばらく走ると、でかい倉庫と倉庫の間にできた狭い路地から、リーナともう一人の女の子が手招きしていた。走って逃げられない人は、こういう所に入ってやり過ごすみたいだった。あわてて体を横にして、路地に入った。路地の向こうは塀。他の倉庫の敷地につながっているようだった。行き止まりだ。これで見つかったら、彼女達はアウト。
狭い路地に僕の荒い息遣いが響いた。行き止まりの方へ移動して、僕が入ってきた入口から、さっきの警備員みたいな人が覗き込まないか、ドキドキして3人でみていた。
僕の腕に、リーナとは別の、金髪の少女が手を添えてくっついているのがわかった。背は小さくて、金髪で、ジャージとシャツ。シャツから肌が多く見えた。少し見えすぎな気がしていたけど、上から見ると、見せてるんじゃないかってほど胸が見えてた。都会の人って、こういうことに無頓着なのかな。
「おっぱいみた?」
「見てないっ。」
小さい声でやりとりした。
「エロい猿だ。」
「エロい山の猿だ。暗がりで変なことしないでね。」
「しないって。」
2人に言われて笑いながら話していると、突然ライトの光がこっちを向いた。見つかった。
「奥奥!塀登って!」
せまい路地の奥を進んだ。後ろから大人が迫ってきた。塀をよじ登った。リーナから登って、その後もう一人の女の子の足を上がらせるために、僕が下から持ち上げて、塀を乗り越えさせた。
「ごめんね、リーナじゃなくて。」
「は、早く上がってッ。」
笑いながら上がっていく女の子を追いかけるように僕もかけあがった。あとで追いついた大人は、それ以上追いかけてこなかった。ばかばかしくなったのかもしれない。
しばらく笑いながら走った。笑いながら走るととても苦しいことがよくわかった。
リーナの案内で進んだ先に、1台の車があった。シンが運転席にいて笑ってた。車を持っていることに、驚いた。村でそんな少年は1人もいない。
ちょっと小さめのワゴン。普通に乗れる人数は、6人ってところだった。8人いたけど。
「ほれつめろつめろ。」
シンが言うと、みんないうとおりにした。僕は助手席に座った。後ろは、ギュウギュウ詰めになってた。
「よし逃げろ!」
そう言って車を走らせた。全然スピードがでない。
「おっそっ!」
シンがそういうとみんなで爆笑してた。
「マッちゃん。」
「ナニ」
「降りろ。」
「やだよ!リョウジ君降りてよ!」
「僕もやだよ。」
「そうだよ。一番の戦力になる男だぞ。マッちゃん降りてください。今。」
「走ってんじゃん!」
「窓開けるから。」
「せめてドア!」
「よし開けろ!」
「うそウソ嘘っ!」
みんな笑ってた。時折シンが意味なくブレーキ踏むたびに笑ってた。
「おっとぉ、犬が、飛び出して。来ましたっ」
言葉の区切りのたびに車体が止まったり、動いたりして、ゲラゲラ笑ってた。
しばらく走って、街の適当なところでおろしてもらった。
「また遊ぼうよ。」
「うん。」
「じゃあねぇぇぇ。」
みんなから手を振られて、手を振り返した。
居心地がよかった。
それが意外で、ちょっとだけ不安になった。
職場の車に乗って村に帰った。
「先生、バイク貸してもらえませんか?」
僕が相田先生のところに頼みに行ったら、相田先生とアスカさんに驚かれた。
「いいけど、どっか行くのか?」
「えぇ、まぁ、練習もかねて。」
「・・・事故おこさないようにな。」
「はい。」
免許はクレイディトの補助で早めにとった。何が役に立つかわからない。
「別のバイクが増えたら、ツーリングでもしようか。」
「いいですね。よろしくお願いします。」
仕事がないときに、クレイディトの施設や寮や、村にいることが落ち着かなくなった。何かしなきゃいけないと思いながら、どこにいて何をしてようが、落ち着かなかった。単純に、街に出て、海を見て、みんなと話がしたかった。
職場の車は簡単に使えない。それで、先生のバイクを借りられないか聞きに行った。職場の知り合いに、あまりいう気になれなかった。少し、街のことは、秘密にしたかった。
バイクがとまっている場所までいって、ヘルメットも借りて、またがったところでアスカさんが腕を組んで話しかけてきた。
「女でしょ。」
ドキッ。
「違いますよ。」
「嘘ついちゃって。」
女の勘、ってやつなんだろうか。
「意外と乙女なんですね。」
ヘルメット叩かれた。図星なくせに。
「気を付けてね。」
「はい。ありがとうございます。」
しばらく乗ってみて、乗り心地が良くて、気持ちが高鳴った。
これでどこへでも行ける。街にも。
世界が変わって、みんなが狂喜乱舞してあっちこっちに出かけていったけど、僕にとって本当に世界が開けた時は、この時だったと、あとになって分かった。
街に出て、新しい友達と出会う、ちょっとだけ悪い友達。そういう展開を妄想していきました。もちろん、かわいい女の子目当てで。定番ですが、年頃の男の子って、だいたいそんなもんじゃないのかな、今でも、と思ってます。村に不満はないが、抱えていた問題をはきだす場所は、やっぱり違う環境で、っていう気もするので、街で新しい友達と出会って向き合う、ってことにしたかったです。
悪友と盛り上がる、みたいな展開を、もっと面白い文章として広げられたら良かったな、と思ってます。技量不足。