「たく、あいつはこっちの事情も考えずズカズカと……」
複雑な心境を振り払うように、大きく息を吸う。それと同時に慣れた煙が肺の中に満ちていき、それをため息とともに吐き出す。
その頭痛の種は、先ほどの会議が終わった後の会話だ。
『おぉジーサーティン! 一緒の任務は初めてじゃないかな、かな!?』
『……まぁな』
『あら淡泊。まぁいいや、作戦時間になったら呼んでね~☆』
『え?……あ、おい! どこ行くんだ!?』
『魔王様の所! 聞き忘れたことがあったんだったよ、失敬失敬!』
(……しっかしまぁ、あいつは本当にやることなすこと訳が分からん)
ニッケル、奴のことを意識するようになったのは今から十数年前。たまたま帝国にいた俺を含む数人を呼び出した魔王様が連れてきていた、あの日からだった。
『――というわけで、今日からこいつに実戦形式で訓練を受けさせてやってくれぃ』
『どーも初めまして、ニッケルです! よろしく、よろしく~!』
『……博士、何の冗談ですかこれは?』
どう見ても子供、しかも当時8歳だった奴を鍛えろと言われた時、何の冗談かと思った。俺たちは人間の赤子と少しずつ融合していくことで、何もせずとも知性を持ちながら力を発揮することができるようになった魔族なのだ。なのに実戦形式で鍛える、ましてやこんな幼い時より訓練を始めても何の意味もないだろう。
……まぁ、その考えは油断していたネプトを吹き飛ばした瞬間に霧散したんだが。
この時点でニッケルは、その強さの片鱗を見せ始めていた。
人間相手ではまともな訓練相手にならず、ネプトや俺、ピサラを筆頭に何度も実戦形式で戦った。
最初こそ互角以上に戦えていたが、瞬く間にニッケルは実力をつけていった。半年たった頃には勝率は5分になり、1年を越えたあたりで立場は逆転していた。もうこの頃になるとまともに相手ができるのはタケシタやブランディ、ウメヨくらいしか残っていなかったのだが、彼らには彼らの仕事がある。奴が手ごたえを感じるような戦いの数は、日に日に数を減らしていった。
(思えばそこからだったか、あいつが人間をおもちゃにしだしたのは)
奴が参加してから2年。ニッケルは再び魔王様の推薦により、今度は前線に出て人間相手に蹂躙するようになった。本当なら奴は役職持ちになる予定だったのだが、本人がそれを拒否。俺にあることを条件に防衛兵士長の立場を譲り、一兵士としてゾブル帝国が起こした戦争すべてに参加し始めたのだ。
そこでの活躍は報告書を何度か見ているので大体把握しているが、正直に言ってドン引きする内容だった。
敵陣の中央に突っ込んで歩兵を蹂躙、戦車をはわざと攻撃を誘って倒したと思わせてから破壊ときた。しかもピサラの報告では、味方の目につかない所で魔族の力も使っているらしい。色々弄られて凄惨なことになっている敵兵の死体を何度か確認したとのことだ。
この報告を始めて見た時、俺たちのニッケルに対する認識は決まったのだろう。超ド級の戦闘狂で危険人物、と。
――そして、その認識は7年たった今でも変わることはない。
「ハァ、胃が痛い……」
なんでそんな奴とコンビで、韋駄天どもの本拠地に強襲しなけばいかんのだ。心の中で、そう愚痴るのも仕方がないだろう。
あの映像を見る限り、ニッケルが出れば勝利は確実。師匠的な存在がいると魔王様は予測していたが、
さっさと任務終わらせて酒でも飲もう、そう考えながら俺は作戦開始の時間までこの場所で喫煙することにした。
「あ、ジーサーティン! 今日の戦いなんだけど、お願いここで使わせて☆」
「……なん、だと」
1時間後。飛行場に現れたニッケルから放たれた言葉によって、俺の胃が崩壊することが確定したのだった。
「ほれ、ここがわしの研究室じゃ」
「おぉ、ここが魔王様の研究室? おっじゃまっしま~す!!」
「手加減せんか馬鹿タレ!」
勢いよく扉を開き、そのままぶち破ったニッケルに対しすかさず怒鳴る。それを聞いたあ奴は謝りつつ扉を押し込んで戻したが、周囲には罅が入っていた。
これは何度注意しても繰り返すじゃろうな。そんな確信にも似た予想がつき、思わずため息を吐く。今の体は急ごしらえのもろロボットなのじゃが、そこは気にするでないわ。
そう思いながらニッケルを見ると、製造中のワシの身体をほぅほぅと言いながら眺めている。
……いかん、このまま本題に入らなかったら余計なことが起きる。そう思ったわしは、さっさと話を進めるために口を開いた。
「それで、結局何の用なんじゃ?」
「ん?……あぁ、そうだったそうだった! 魔王様に聞きたいことがあってここまで来たんでした!」
「作業に戻っていいかの?」
「いやーすみません! 任務行く前に一応聞いとこうかなーと思ったことがあったんですよ!!」
そう言いつつ、どこからか持ってきた椅子にニッケルが座る。そして――
「博士ってさ、結局の所何者なわけ?」
――その雰囲気を一変させ、静かに呟いた。
「……ふむ」
「あれ、何も言い返さないんだ?」
「何を言っとる。お前が妙な皮をかぶっとること位、とっくに気づいとったわ」
「あらら、それは残念」
つまらなさそうに口をとがらせながら、ニッケルは椅子ごとクルクル回る。その様子を眺めながら、わしは奴との記憶を振り返っていった。
――生まれた赤子のうち、1名に感情の発露が見られず――
まるで人形だ。報告書を読んだわしがその赤子を見たとき、確かにそう思った。
かと言って魔族の人数は常に不足。少しでも頭数が欲しい現状、明らかな失敗ではないその赤子をどうするかわしは迷った。
『……まぁ、人間との融合自体はできておる。生殖能力が確認できるまでは放っておけ』
確か、そんな指示を出したんじゃったかの。
そしてその後は、年間報告でしかその成長過程を把握しておらんかった。だが、そんな状況でもその赤子が少し他の魔族とは違っていたことは気にかかっていた。
その赤子は最初の2年間、まるで感情を示さなかった。食事や睡眠こそとっていたが一度も泣かず、ただどこかを見つめているだけ。1歳を超えても歩き始めるそぶりはなく、誰かに話しかけられても反応することもなかった。ただ生きているだけ、そう例えるのが妥当な状態じゃったな。
しかし2歳を迎えて、少し様子が変わったようじゃった。どうも、外に強い興味を示すようになったらしい。いつの間にか歩けるようになったその子供は隙あらば施設を抜け出し、帝国内をうろつくようになったとの報告が上がってきたのだ。最初こそウメヨ達は止めようとしていたみたいじゃが、外を出歩くたびに少しずつ感情が見え隠れするようになっているらしく、止めたほうがいいか迷っておった。
感情を手に入れれるのなら、それに越したことはない。そう判断したわしは、念のため監視を1人つけた状態でその子供を再び放置することにした。そこからは監視役の魔族から直接報告を受け取っていたのじゃが、それもまた妙な内容だった。
曰く、笑顔で街を回っていたかと思えば、途端に死んだ表情をする。
曰く、空を見ながら考え事をしていたかと思えば、突如大笑いしながら子供とは思えない表情をする。
曰く、7歳という異例の速さで肉体の変形に成功。しかしそれを見ても動揺する様子はなく、それをずっとにらみ続けている。
まぁざっと抜粋するとこんな内容じゃったな。
最初こそ躓いたが、結果的に成果は上々といった所。これならどこかのタイミングで呼び出し、その能力と心情の変化を解析しようとわしは思っていた。
『こんにちは、僕ニッケル! ねぇねぇ、この変な人に僕を見張らせていた人っておじさんで合ってるかな、かな?』
――だがそのタイミングを計る前に、奴が自分からワシの研究室にやって来たんじゃがな。しかも、監視役の生首を片手に持った状態で。
そこで少々ニッケルに話を聞き、既に力を制御できていること、さらなる力を求めていることをわしは知った。本来なら何もせずともニッケルたち魔族は強くなっていくのだが、それまで待ちきれないとのことらしい。
魔族はその特性上、積極的に戦闘訓練を行おうとはしない。これはちょうどいい実験になると思い、わしはその話を承諾した。そしてちょうどその時帝国にいたネプトらにニッケルを鍛えるよう指示を出したのじゃが……まぁ、その結果はこの通りじゃ。
1人軍隊、怪童、化け物。それが今目の前にいる、ニッケルと言う魔族を現した呼称。
戦闘力・融合係数・残忍性。そのどれもが他の魔族より頭1つ以上抜けている、我が魔族軍最強の兵士じゃ。
そしてそんな奴が、わしの正体を訪ねてきた。
確か前にもわしが魔族ではないのではないかと魔族内で疑問が上がった時期があったが、その時の話をネプト辺りにでも聞いたのか?
まぁいい、ここは誤魔化さずに言うのが賢明だろう。そう思ったわしはニッケルのほうを向き、音声をつなげる。
何も問題はない、何せ――
「そう言われてもの……わしの正体なんぞ、わしのほうが知りたいくらいだわい」
――そんなこと、言えるものならとっくに言っているからだ。わしの正体なんぞ、わしが知りたいくらいだわい。
「記憶喪失、ってこと?……ちぇ、あいつらと戦う前に聞いておきたかったんだけどな~」
そう言いながら、ニッケルはクルクルと椅子ごと回る。ただその言葉を聞き、わしは少々疑問に感じた。
戦う前に聞く? あの程度、ニッケルなら瞬殺できるじゃろう。少し引っ掛かり、そのことを聞くために回り続ける奴に向かって言葉を紡いだ。
「何を言っとるんじゃ。お主ならあの平和ボケした韋駄天程度、楽勝じゃろう? そのあとに聞いても、何も変わらんではないか」
その瞬間、ぴたりと奴の動きが止まる。わしに背を向けている状態なのだが、奴は笑っている、そんな気がした。
「本当に?」
「なに?」
「本当に魔王様は、あそこにいるのがあの3人だけって思ってるの?」
「ん?……あぁ、あの時言っていた師匠的存在のことか。可能性はあるとはいえ、あれはただの予測――」
「よ~く考えてみてよ、魔王様。本当にそれは予測だったのかな、かな?」
「……ふむ」
そう言われ、改めて考えこむ。
そう言われたものの、あ奴ら以外の韋駄天の予測なんぞできる訳が…………。
『おじいさま!』
……なんじゃ、これは? 何かが今、わしの掠れ切った記憶の中にあった。
周囲の状況もわからず、自分の姿もわからない。正面に誰かが立っているが、その表情にも靄がかかっている。
だがしかし、正面にいるこやつのことを思い浮かべると、何とも言えない感情がわしを満たす。
誰じゃ、こ奴は?
わしは、こ奴を知っているのか?
なぜわしは、この少女を思い出せないのだ?
「魔王様?」
「ッ!!」
声をかけられ、ハッとして顔を挙げる。そこまで時間は立っていおらず、いつの間にか立ったニッケルがわしの顔を覗き込んでいた。
「ずいぶんと考え込んでましたね。……てことは、何か思い出せちゃったり? 」
「今のは、一体……?」
そう話したところで、ふと気づく。わしは今、何を思い出していた?
確かに先ほど考えた時、何かを見た。それに衝撃を受けていたはずなのじゃが、それが何だったのか全く思い出せない。
「何か、何かを見た。あれは人間……いや、まさか?」
「う~ん、もしかして何か思い出せはしたんですかねぇ? でもそれを忘れてしまった、と」
今度はわしの周りをぐるぐる回りつつ、ニッケルはしばし考えこむ。そしてポンと手のひらをたたき、笑顔でわしの正面に立って口を開いた。
「魔王様って、やっぱり結構なお爺ちゃんなんだね!!」
「ボケとらんわ!……もう質問はよいじゃろ? はよ行ってこい」
「えー、もうそんな時間?……あ、ジーサーティンからも連絡きてるや」
気づけば、作戦開始時刻までかなり近づいている。さっさと体を修復しなければいかんと言うのに、ずいぶんと時間を無駄にしてしまったわ。
心の中にあるしこりを振り払うようにして、わしは再び作業を再開することにした。ニッケルにも催促が来とるようじゃし、おとなしく飛行場に向かってくれることじゃろう。
「それじゃ行ってきま~すッ!!」
「手加減しろとさっき言ったばかりじゃろうが!」
……これで、何回目になるんじゃろうな。
そう怒鳴りつつ、わしは部下に連絡して新しい扉を持ってこさせることにした。
「危ない危ない、余計な薮つついちゃったや」
研究室を出て、飛行場に向かうために廊下を歩く。いやはや、直接会うまでは記憶なんか取り戻さないだろうと思ってちょっと揶揄ったんだけど、まさかほんのちょっとだけ取り戻すことになるとは思わなかった。すぐに忘れちゃったとはいえ、余計なことしちゃったな。
そう考えながら、チラリと時計を見る。すでに集合時間は過ぎており、今頃ジーサーティンはお冠になっている事だろう。
でもしょうがないよ、魔王様と話すのはやっぱ楽しいからね!
「……あ、ニッケルさん!」
「ん?……おやおやピート君。どうしたのかな、かな?」
余計なことを考えつつ角を曲がると、その先に立っていた少年が僕めがけて走ってくる。それが誰かわかり、僕はひそかにほほ笑んだ。
その少年――新兵ピートは、手のひらサイズの袋を僕に渡す。しかしその表情には疑問が浮かんでいて、どうやらこの中身は知っているようだった。
「こちら、頼まれていた物資になります!……しかし、なぜこれを?」
「何を言ってるんだピート君。いいかい? 僕がこれから向かうのは孤島なんだよ、こ・と・う。任務が終わった後、ちょっとくらい遊んでも罰が当たらないとは思わないかな、かな?」
「は、はぁ」
「真面目だなぁピート君は。……まぁいっか、ありがとね!」
「は、はい! お気をつけて!」
バイバーイと、手を振ってピートと別れる。
いやーよかったよかった、これが間に合うかどうかは正直一か八かだったんだよね。魔王様とのお話で時間を稼いだ甲斐があったってもんだ。
……さて。
(どちらにしろ、これ以上は限界だったしな)
やれるだけのことはやった。身体の仕上がりは上々、能力に関してもいくつか手札は用意できた。
やれやれ、あの日にアニメの出来事を全部書き出しておいてよかったよ。今となっては記憶から掘り出すのは難しいが、あれを見ればすぐに思い出せるからね。おかげで、かろうじて対策と呼べるものもある。イメトレだって欠かさなかった。最初こそ何も防げずぼこぼこになってたけど、今は大分進歩しているのだ。
……だけど、それは所詮イメージ。僕の中の常識内でしかない。
これから相対する相手に対しては、すべてがぶっつけ本番だと思ったほうがいいだろう。それくらい常識外れの存在なのだ、韋駄天って奴は。
「――おいニッケル、もうすぐ着くぞ」
「……ん。おおー、流石は高速戦闘機。あっという間だねぇ」
「呑気だな……で。お願いを使うんだろ? 何がお望みなんだ、
「アハッ、ありがとジーサーティン。これからの任務について、いくつか言っておかきゃと思ってね、てね?」
「1つ。ほぼ間違いなく師匠的存在がいると思ってて」
「やっぱりか」
「2つ。もしいた場合少し作戦変更で、必ず僕たちどちらかの生存を優先するよ。絶対に帝国にその情報を持って帰るんだ」
「……は?」
「3つ。――――――――――――――――――――――――」
「……オイオイ」
「最後、4つ。―――――――――――――――――――――」
「勘弁してくれ……」
「……なぁ、一つ提案いいか?」
「なにかな、かな?」
「一回戻るべきだろ、それ。お前がそこまで予想するってことは、相手は相当なもんだ。今からでも応援呼んで……」
「ジーサーティン、何言ってるのさ?」
そう言いながら、コックピットのハッチを開く。凄まじい勢いで風が吹き付けてくるが、それを物ともせずにハッチのふちに腰かけて、僕はさらに言葉をつづけた。
「それじゃ、僕が彼女と1対1で戦えないだろ?」
何を当たり前のことを言ってるんだろうね?
そう考えていると、ちょうど目標が真下に来ているみたいだ。それを確認した僕は帽子が落ちないように手で押さえつつ、まるで台から飛び降りるくらいの気軽さで、空中に身を投げ出した。
「じゃあちょっと……逝ってきまぁぁぁぁぁぁぁすッ!」
さてさて、僕は一体どこまで彼女と戦えるのかな?
書く時間なさ過ぎてワロタ。