ようこそしたくなかったわ、こんな教室   作:薔薇尻浩作

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あけおめ(フライング)。
どうにか年内に1回は更新をと思い徹夜で書き上げました……綾小路視点は次回で最終回です!!
本当に展開遅くてごめんなさい……文字数だけが無駄に嵩んでいく。


『喜劇、或いは悲劇の傍観者』9

 

 

「どうやら何人かは居ないようだが、チャイムも鳴ったことだ。時間通りホームルームを始める」

 

 

『佐城事件』とでも名前がつきそうな今朝の騒動は未だ解決の目処は立っていない。

それでもあわや暴動か。とまで鬼気迫っていたDクラスの面々は時間が経ったからか表面的には落ち着きを取り戻し、こうして一日の終わりのホームルームを迎えた。

 

とは言え火種は未だに燻るどころか、いつ爆発してもおかしくはない。

どこか嘲笑じみた茶柱先生の声色と対照的に教室内の空気は重苦しく、どことなく荒々しさが残っていた。

 

事件の中心となった佐城は結局、あのまま早退扱いになったようで、あれから一度も姿を見せていない。

幸村との口論の末、あわや殴り合い寸前に至った須藤は怒りのままに教室を飛び出したまま帰っては来なかった。

池や山内にはメッセージが飛んで来ていたようで、今日はそのままフケるつもりらしい。

佐城を追いかけ留守にしていた櫛田や、保健室送りになった平田はあれから間もなく教室へと帰還していたものの、こうして席に着いている二人の表情は暗いものだった。

 

 

(まあ、それもそうだよな)

 

 

涙ながらに教室を飛び出した友人を追いかけた櫛田は、何とか一限目の直前に教室に戻って来ていた。

佐城を連れ戻すことが叶わず、自責の念に捕われていたのか、トボトボと力ない足取りでDクラスに戻って来た彼女は、クラスのあまりに混沌とした様子に思わず愕然。

大切な友人の端末から勝手にポイントを送金するという、あまりにも浅ましい男子たちの醜態には天使と称される流石の彼女も、もはや我慢ならなかったのだろう。

 

 

『いくら何でもこんなの酷いよ!!』

 

 

クラスのアイドルによる涙ながらの一喝に、男子もバツが悪くなったのだろう、佐城の端末からの集りはなし崩しに終わりを告げた。

櫛田から嫌われることを避けるためか、それとも女子たちが汚物を見るような視線を自分達に向けている事にやっと気づいたのか、多くの者は慌てた様子で自主的に佐城の端末へポイントを返金していた。

 

 

(まあ、盗んだ金を返したところで罪は消えないだろうけどな。それに返金したのが全員じゃない。っていうところがDクラスらしいというか……)

 

 

半ば意地になったのか、それともポイントが無いと生きていけないと危機感を抱いたのだろうか。

『佐城が好きにしろと言ったんだから返す理由は無い』と返金を突っぱねた本堂や。

小賢しくも全額ではなく半額以下のポイントを返金した上で、さも全額返して反省しました。と芝居を打つことで櫛田の機嫌を取りつつ、自分の小遣いを確保しようとした山内のような人間もいるのだ。

騒動から半日近く経っても櫛田の表情が落ち込んでいるのも無理はない。

 

顔色が悪いのはもちろん櫛田だけではない。

Dクラスのリーダーとして何とかクラスをまとめようと奮闘した結果、八つ当たりとばかりに須藤からの貰い事故で保健室送りになっていた平田の顔色も悲惨だ。

一限には間に合わなかったものの、そこまで大きな怪我は負わなかったようで間もなくクラスに帰って来た平田だが、悲惨なDクラスの現状に思うところがあったのだろう。

休み時間になると、どうにか声を張り上げて話し合いの時間を作ろうと何度も努力していた。

が、結果はお察しだ。

 

 

(佐城事件のせいで、もともと良好とは言えなかった男子と女子の仲が決定的なまでに悪化したからな)

 

 

佐城の端末からポイントを盗み取ったのは極一部を除く男子のみ。

女子の中にも魔が差して便乗しようとした者もいたようだが、クラスの女王である軽井沢や、今まで目立っていなかったが良識的な意見を述べた松下のおかげで、誰一人として他人の金を盗む者は出なかった。

この男女による決断の差が非常に大きかったのだろう。

 

水泳授業での男子からのイヤらしい目線から始まり、一部の連中で未だに続いているオッパイ賭博や、池と山内による佐城へのセクハラなど。

様々な要因で積りに積もっていた男子に対する女子からの嫌悪感と不満、そして何よりも怒りの感情が今回の醜態で爆発したのだ。

佐城の友人とは言え普段は気弱で物静かな井の頭や、孤立気味である長谷部ですら声を荒げていたと言えば、男女間の溝がどれだけ深刻かは分かるだろう。

 

 

(井の頭は佐城に心酔しているっぽいから怒るのも無理はない。長谷部に関しては……まあ水泳授業であれだけ見られてたら、そりゃ不満は溜まるだろう)

 

 

Dクラス間における男子と女子の亀裂はあまりにも深く、大きな問題となっていた。

男女共に影響力を持つ平田や櫛田が必死になって取りなそうとしても、結局はまともな話し合いどころか罵詈雑言をぶつけ合う罵倒合戦にしかならなかった。

これでは火に油を注ぐだけにしかならず、殺伐とした空気は更に強まっていく。

 

ふと教室内を観察してみれば、幸村は一日中怒気を放ち落ち着かない様子で貧乏揺すりをしているし、それに怯えた沖谷や佐倉は顔を青くして俯いていた。

 

山内や池は不貞腐れたように未だに小声で不満を垂れ流し、それを軽井沢や篠原などの気の強い女子たちが殺さんとばかりに睨みつけている。

恐らく茶柱先生がいなければ大声で怒鳴りつけていた事だろう。

ホームルームが終わった直後に喧嘩が始まってもおかしくない険悪さだ。

 

隣人の堀北もDクラスの空気の悪さのせいか、それとも不良品の集積所に自分が組み分けされたことに不満があるのか、とにかく終始不機嫌だ。

下手な軽口でも叩こうものなら、物理的制裁も辞さない。

茶柱先生を睨むように見つめる堀北には抜き身の刃物のような危うさすら漂っている。

 

我関せずは相変わらず余裕の表情で爪を磨いている高円寺ぐらいだろうか。

 

 

「どうやら昨日までと比べると授業態度もマシになったようだな。担任としては今後も腐らずに努力して欲しいところだ。もっとも、今さら取り繕ったところでポイントは0のままだがな」

 

 

 

学級崩壊寸前。いや、もはや上辺を取り繕っているだけで、内部からは崩壊しているかもしれない。そんな殺伐とした雰囲気の教室内で、決して大きくはない筈の茶柱先生の皮肉めいた台詞がやけに響いた。

茶柱先生はどことなくオレ達を挑発するかの様子を隠そうともしなかった。

見るからに不和が蔓延し、砂漠のように荒れているDクラスの面々を嘲笑うかのような視線で、彼女は淡々と連絡事項を告げていく。

 

 

「……さて、連絡事項は以上だ。ああ、それから今朝も言った通り定期テストで赤点を取ったものは即退学だ。精々、足掻くように」

 

 

退学。その言葉に幾人もの生徒が肩を竦めて怯えの表情を見せた。

この学歴社会において、高校中退という学歴は一生の汚点として残る玉瑕になりかねない。

人によっては実質的な死と同義だと恐怖で慄えている者もいるだろう。

そんな生徒達の様子を茶柱先生は何を思っているのか。

哀れみか、それとも蔑みか。凡そ、ポジティブな感情が透けて見えない冷たい声色は氷柱のようにDクラスの面々の心に突き刺さっていく。

 

 

「今朝にも言ったが大半の人間が聞き逃していたようだったから、もう一度だけ言っておいてやる。中間テストまでは残り3週間だ。各々じっくりと熟考し退学を回避してくれ」

 

 

最後の3問以外はお世辞にも難易度が高いとは言えない、あの小テストですら6人は赤点だったのだ。

範囲と教科が更に大きく広がるであろう中間テストにこのまま臨むことになれば、退学者候補は更に増えて行くのは間違いないだろう。

タイムリミットまでの3週間。一瞬足りとも無駄にせずに全力で勉学に励まなければ間に合わない筈だ。

 

 

(いや、人によってはもう間に合わないのかもな)

 

 

歴史などの単純な暗記科目以外を除けば、勉強というのは基礎が大事だ。

例え、特殊な文法や必須と呼ばれる公式を必死に暗記したところで土台となる基礎知識。

つまり中学時代に習った筈であろう範囲の知識がなければ、どんなに応用知識を身に着けたところで無駄となる。

どれだけ時間をかけて勉強したところで土台がしっかりしていなければ砂上の楼閣だ。

どれだけ積み上げたところで、いざという時には脆くも崩れ落ちることだろう。

 

オレの友人の三馬鹿などは、そもそも勉強の習慣が全く無いせいで、自主学習のやり方が想像すら出来ていないだろう。

何歩か譲って、科目によって得意不得意があることを考慮しても、小テストの拙劣な結果から考えれば、Dクラスには彼らのような人種が多いと思われる。

そんな人間が一ヶ月にも満たない期間で必要な知識を身に着けることが出来るかと言うと、簡単な事では無いだろう。

 

 

「不良品のお前らでも赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している。出来ることなら、実力者に相応しい振る舞いをもって、この学校に入学出来たのは運やまぐれではなかったと証明して欲しい」

 

 

 

オレがぼんやりと暗雲立ち込めるDクラスの未来を憂いていると、先ほどまで生徒達を皮肉げにこき下ろしていた様子から一転。

茶柱先生はどこか発破をかけるような台詞と共にほんの少しだけ微笑んだ。

『確信している』。とは、どういう意味なのだろう。

果たして本当にあるとでも言うのだろうか? 最低限の知識すら危うく、学習意欲が最底辺。

なおかつクラスの団結すら望めない程にギスギスとした、最悪とも呼べるこのDクラスの面々から一人も退学者を出さない。

そんな奇跡のような方法があるとでも茶柱先生は言いたいのだろうか。

彼女らしくもない、どこか楽観的な言葉選びにオレが決して小さくない違和感を感じたその時、タイミング悪くチャイムが鳴る。

残念ながらホームルームは終了だ。

 

 

「では本日はここまで。放課後をどう過ごすかは自由だが最終下校時刻は守るように……」

 

 

呟くように言いながら茶柱先生が帰り支度を整え、教室の前扉に手をかけ。

放課後を迎え、生徒達も各々帰り支度や雑談などを始めようとした。

 

まさに、その時だった。

 

 

「Dクラスの皆さんこんにちはー。ちょっと失礼するわねー?」

 

 

茶柱先生が手を触れる直前、ガラガラと音を立てながら唐突に入口のドアが開く。

 

弾むような女性の声に思わず視線を向けると、そこにはウェーブのかかったセミロングが魅力的な女性が立っていた。

もしもこの学校が男子校だったなら、たちまち全生徒の心を鷲掴みにしてしまうこと間違いなし。そんな大人の魅力に溢れた美人だった。

 

 

「え、あの人って……保険医の?」

 

「え? 誰?」

 

「確か星之宮先生だよね? Bクラスの」

 

 

予期せぬゲストの登場にざわつくクラスメートの声から察するに、乱入して来た妙齢の美女の正体は他クラスの担任教室らしい。

 

 

「何の用だ星乃宮、お前の担任はBクラスだろう。放課後とは言え、むやみに他のクラスの教室に入るなど容認できん」

 

 

一瞬、瞠目した様子を見せた茶柱先生はすぐにいつもの表情に戻ると、どこか突き放すように星乃宮先生を問い質す。

確かに担当授業以外で担任以外の教師がDクラスを訪ねに来る事など今まで一度も無かった。

何かアクシデントでも起こったのだろうか。

 

 

「うーん、それはそうなんだけどね。今回はあくまで他クラスの担任教師じゃなくて保険医として。と言うより証人としてお邪魔したワケだから、規則的には問題無いと思うのよねー」

 

「……いきなり何を訳の解らないことを。第一、証人とは何の話だ」

 

 

片や不愉快そうに、片やどこか愉しそうに。

訝しむような目つきの茶柱先生とニコニコと明るい笑顔の星乃宮先生の表情が対照的だ。

 

 

「まあ、とりあえずお仕事の一環でここにお邪魔してるわけだし、サエちゃんは邪魔しないでねー……あ! Dクラスの皆んなは初めましての人が殆どだよねー? 私は星乃宮知恵。Bクラスの担任よ。詳しい自己紹介はちょっと省略しちゃうけど、この学校の教師で、悩める生徒をお助けする大人の一人。今日はそのことだけを覚えておいて欲しいな」

 

「おい、星乃宮。お前何を……!」

 

 

サエちゃんとは恐らく茶柱先生のことなのだろう。

ウチの担任と比べるとヤケに気安い態度でありながら、どこか押しの強い星乃宮先生は、何事かと問い質そうとする茶柱先生を押し退けるように、やや強引に教室に入って来た。

 

 

「もしかしたら部活やデートとか、放課後に予定が入っている子もいるかも知れないけど、今日だけはちょっと我慢して教室に残って居た方が個人的にはオススメよー。あっ、でも心配しないでね? これは学校側からの命令とかじゃないよー。あくまで何の強制力も無い『ただの助言』だから。どうしても帰りたい。って人は帰宅しちゃってもいいからねー?」

 

 

思いもしなかったハプニングに教室は更にざわめきを増す。一体何が起こっているのだろうか。

それに星乃宮先生の台詞も妙に含みをもったモノに聞こえるのは、果たしてオレの気のせいだろうか。

 

 

(『ただの助言』ってどういう意味だ? 強制力が無いってことは無視しても罰則は無いんだろうが、どうにも引っ掛かる言い方だよな。もし助言を無視した人間には、何らかの不利益を被ると考えるべきか?)

 

 

さて、オレはどうしようか。放課後の予定は特に無いから居残るのは問題は無い。

とは言え早く帰れるに越したことは無い。周りの反応次第、といったところだろう。

チラリと横を眺めると、いの一番に教室から去って行きそうな人間代表である堀北が、大人しく席に着いていた。

 

 

「何かしら。不躾な視線でジロジロと」

 

 

何というか、凄く意外だった。

 

 

「いや、堀北のことだから、とっとと帰るものだとばかり思ってな。クラスの今後とかも興味なさそうだったし、平田が放課後に誘っていた話し合いも不参加するって言っていたし」

 

 

実はDクラスでは放課後に今後のクラスの運営や方向性について平田主催で話し合いの機会が予定されていた。

平田や櫛田が生徒一人一人に頭を下げながら、一人でも多くのクラスメートに参加してもらおうと骨を折っていたのを思い出す。

尤も、隣人たる堀北は速攻で断っていたし、オレもそれに便乗する形で断りを入れていたのだが。

 

 

「……別に、茶柱先生に聞きたいことがあるから残っているだけよ。先生が教室から出ていったら私も用は無いわ」

 

「そうか」

 

 

不機嫌そうな堀北の言葉に短く返事を返したオレは何となく察した。

気位の高い彼女のことだ。恐らく自分が最底辺であるDクラスに配属されたことが納得いかないのだろう。

茶柱先生へ聞きたい事はその理由を問い質すためと言ったところか。

 

 

(堀北だけじゃなくて誰も帰ろうとしないだなんて、ちょっと意外だな)

 

 

グルリと教室内を観察してみれば、どの生徒も落ち着かない様子でどよめいてはいるものの、教室から去ろうとする生徒は皆無。

見知らぬ先生の登場で単に好奇心を刺激されているからか。

それとも『助言』という不可思議で意味深な言葉が足枷になって二の足を踏んでいるのか。

それとも元々、平田の話し合いに参加する為に放課後は残るつもりの人間が多かったのか。

 

(まあ、池や山内のように単純に綺麗な大人のお姉さんに見惚れているだけ。っていう雰囲気の男子も居るようだが)

 

 

意外と言えば、唯我独尊自由人である、あの高円寺すらどこか愉快な物を見るような笑みを浮かべ席に着いているのが妙に思えた。

事なかれ主義のオレとしてはここで一人立ち上がって悪目立ちをするのは避けたい。

選択肢は無いに等しかった。

 

 

「うん。皆んな残ってくれてるみたいだねー。聞き分けのいい子が多くて先生嬉しいわー」

 

「星乃宮! いい加減にしろ!! これ以上勝手な行動をするようなら上に報告するぞ!!」

 

 

とうとう痺れを切らしたのか、茶柱先生が声を荒げた。

美人が怒ると怖いのは本当だというのに、対する星乃宮先生はそれでも楽しげに微笑んでいる。

 

 

「だからーさっきも言ったじゃない。私は仕事でここに来ているのよ。規則上、何の問題も無いし、そこまで言うならサエちゃんだけ先に職員室に帰ってもいいわよ? 多分、後悔すると思うけどね」

 

「……お前、何を企んでいる?」

 

 

茶柱先生の怒気のせいか、それともどこか余裕のある微笑みを浮かべる星乃宮先生の奇妙な存在感のせいか。

ざわついていた教室は次第に静まり返り、今やピンと糸が張ったような緊張感に満たされていた。

 

 

「人聞き悪いこと言わないでよー。私は一教師として『対価』に見合った行動をしているだけよ。サエちゃんなら……ううん、茶柱先生ならこの学校において最も重要視される『対価』の重要性は分かってるわよね?」

 

「……誰だ? 誰がお前に『支払った』?」

 

「えー? それ、態々聞く意味あるかなー? 私がこうしてDクラスに来ている。って時点でサエちゃんだって誰が何を『買った』かなんて何となく気づいてるんでしょー?」

 

 

『対価』、『支払った』、 そして『買った』。

生徒たちを置き去りにした教育者二人の会話は、恐らく何かを売買したであろう内容だ。

だが、あえてなのだろう。恐らくは重要なキーワードとなる文言をどうにか誤魔化すような曖昧なものだった。

それでもこの意味深な会話の中には、決定的な何かがあったのだろう。

二人の顔色がその旗色を明確に表していた。

 

茶柱先生は歯を食いしばり悔恨を堪えるような厳しい目つきで目の前の同僚を睨みつけ。

対する星乃宮先生は優しげな微笑みの中にも背筋が寒くなるような冷酷な蔑みの感情を孕ませている。

何を争っているのか、それとも競っているかオレを含めた生徒達には全く想像がつかない。

だが、それでも。不確かな直感に従い、あえて言うならば。二人の内、どちらが『勝者』なのかは明白だった。

 

 

「今朝の、職員会議の後の。あの時の話、か……チエ。お前、私をハメたな?」

 

「人聞きの悪いこと言わないでよー。私はあくまで頼まれた事をそのままやっただけなんだから。っていうか藪を突いたのは完全にサエちゃんのせいだよね? 私『達』は何も悪いことしてないよー?」

 

 

意味深な言葉の応酬が続けば続く程、沸々と怒りが溜まっていくのだろう。茶柱先生の視線は刃物のように鋭くギラギラと光り、怒気を通り越した危うい殺意すら宿って見えた。

普段はどこか俯瞰的で冷淡な態度が常である彼女が、あそこまで感情的にな様子を見せるのはオレ達生徒からすれば初めてのことである。

あの鈍感な山内ですら茶柱先生の憤怒の様子に頬を引き攣らせている程、と言えばその衝撃と迫力が伝わるだろうか。

 

 

「何時からだ。いや、そもそも何故。どうやって……アイツは一体何を買ったんだ」

 

「まあまあ、ほら! 気になるのは分かるけど生徒達も困っちゃってるからその辺にしようよ? 」

 

 

 

ニコニコ。そんなオノマトペが音符マークと共に跳ね回るような幻想が浮かんで見える程に機嫌良さそうな星乃宮先生は、きっと実にイイ性格をしているのだろう。

茶柱先生が必死に押し殺しているだろう溶岩の如き怒りが溜まれば溜まる程、星乃宮先生の笑顔は益々輝きを増しているのだから。

互いを下の名前で呼び合うほどなのだからよっぽど親しい仲にも見えるが、オレ達のような未熟な子供には想像もつかないような深い因縁でもあるのだろうか。

 

 

「それにほら、そんなに色々と聞きたいことがあるならさ」

 

 

そう言いながら星乃宮先生は俯く茶柱先生の両肩にポンと手を乗せると、そのまま引き摺るようにして窓際側の、教室の隅に移動して行く。

まるで物を運ぶように粗雑に扱われる茶柱先生が少し哀れに思えた。

だが星乃宮先生はそんな茶柱先生の様子など知ったことかとばかりに、明るい声のまま遠くに呼びかけるように声を張り上げた。

 

 

「本人に聞いた方が早いよねー?」

 

 

そんな星乃宮先生の台詞を待っていたかのように。いや、実際に待っていたのだろうか。

教室の扉が、再び音を立てて開いていく。

 

 

「あっ……⁉」

 

 

思わずといった様子で声を上げながら、勢いよく立ち上がった女子生徒の名は言うまでも無い。井の頭だ。

王や櫛田も、声こそあげなかったものの大きく反応している。

当然のことだろう。彼女達の大切な友人が帰還したのだから。

 

 

カツン。カツン。とローファーが床を踏み下ろす音を立てながら、彼はゆっくりと。

いっそ焦れったくなるほどにゆっくりと歩みを進め、やがて静かに教卓の上に立った。

 

 

月明かりが蕩けたプラチナブロンドのショートボブ。

雪より白く真珠よりも輝きを見せ、いっそ神々しく見える神秘的な白皙と、それを彩る薔薇色の頬。

唇はどんな果実よりも瑞々しく潤み、丹念に磨き上げた珊瑚のように煌き。

耳鼻の形の美々しさと言ったら、造形美における完璧という言葉の具現化で。

曼珠沙華の花弁を重ねたような重厚で長い睫毛が、鳥が翼を広げるが如くフワリと広がれば。

そこに浮かんだ碧とも紫とも緑ともつかぬ二つの瞳は、この世のどんな宝石よりも美しくて。

 

 

「勇気をもって告発いたします」

 

 

魔貌の美少年。佐城 ハリソンが静かにオレ達を見下ろしていた。

 

 

 

絢爛豪華。

 

目の前の光景とはむしろ正反対の意味な言葉だというのに、この四文字が頭に浮かんできたのは何故なのだろうか。

 

打ちっぱなしのコンクリートに包まれた寒々しい教室は、腐敗した生徒達の性根が汚染したかのように埃が舞い、放課後の西陽がぼんやりと室内を照らしている。

どこにでもある放課後のワンシーン。

乾燥無味の一言で捨てられるような色の無い教室。

そんな薄暗く、窮屈で殺風景な小さな箱の中に居るだけだというのに。

 

 

「ボク。佐城 ハリソンは」

 

 

彼が立った。

只、それだけで世界は色づき、燦然と輝くようだった。

 

灰色のコンクリート壁は主役を引き立たせる為の舞台装置と化し、あたりに浮かんだ砂ぼこりですら白金の如く輝くダイヤモンドダストへ。

郷愁を煽る弱々しい西陽はあっという間に小さな舞台を彩るスポットライティングへと進化する。

 

 

「Dクラスの一部生徒から」

 

 

『美』が立っていた。

 

己が存在一つで世界を煌めかす美貌の化身が、優しい微笑みを浮かべながら悠然と立っていた。

教室が。生徒が。教師が。この世に存在する全てすら魅了する偉大なる主役が、悠然と舞台の上に立っていた。

 

ふと、オレは高円寺が彼につけたあだ名らしきものを思い出す。

アクターボーイ。つまりActor。役者。

 

全く、成る程。確かに高円寺の観察眼とそのセンスは、独特ながらに見事に卓越したものだと今まさに感服した。

 

 

「卑劣で」

 

 

観客を煽るような大袈裟な身振りも、聴衆の情動を揺さぶるような派手な抑韻も無く。

小さな教卓の上に立ち、ただゆったりと語りかけるその姿こそが。

文字通り(スター)のように輝いている。

 

 

「醜悪で」

 

 

嗚呼、その美声。美貌。そしてその月光のような神々しい輝きに。

網膜が焼け付き、脳が蕩け、魂が揺さぶられる。いっそ、凶器的ともいえるその存在感にすっかり視線が奪われつつも。

それでも。それでも何とか正気を保ち、本能から泡立つ鳥肌に冷や汗を抑えながらも、どうにか己の感情を抑制できている、その理由。

 

 

「陰湿で」

 

 

錆びた機械のように凝り固まり死んでいたオレの心のせいだろうか。

あの白い部屋での教育の成果だというのだろうか。

 

否。それは違う。

 

 

「悪質な。そう……」

 

 

だって、ほら。一目で分かるではないか。

 

 

「極めて、悪質な」

 

 

慈母のような優しげなその微笑みの裏側に。

 

 

「イジメを受けています」

 

 

決して隠し切れない泡立つ屁泥のような邪悪な感情が、膿のようにドロドロと溢れ出しているのだから。

 

 

(始まったな)

 

 

喜劇か、悲劇か。否、人によっては残酷劇(グラン・ギニョール)にすらなりかねない。

天使のような美貌の裏に、悪魔のような謀を張り巡らせた男。

佐城ハリソンの舞台が、今、幕を開ける。

 

そんな確信を抱いたオレの口角は、やはり無意識の内にヒクリと跳ね上がっていた。

 




感想返信遅れて申し訳ありません。ですが全て目を通しています、そしてニヤニヤしています!!
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