ボク、ピーマンが好きなんだよね   作:灯火011

1 / 74
ピーマンイズワンダフル


始まりは馬ですか。そうですか。

 物心ついたときには、馬であった。

 

 確かではないが、私はどうやら前世の記憶があるらしい。とはいっても、頭の遠くの霧の向こうに、二足歩行で生活していた記憶があるぐらいだ。故に、物心はあれど馬であることに変わりはない。

 

 はたと自分の何かに気づいたときには、既に母親から離され、飯を食っていた時だ。

 

「牧草とはカツ丼に比べてなんて味気ないモノか」

 

 そう思ったときに、はて、カツ丼とはどんなものだったのか。首を傾げたときに、どうやら私は2度目の生を受けたらしいと気が付いた。ただ、それまでも、そして今現在も、一切合切馬としての生活に違和感など覚えていないあたり、もう私は完全に馬である、と言って良いだろう。

 

 ブラッシングを受けて、併せ馬を行い、蹄鉄を交換し、馬の装備を付ける。

 

 実にどうってことのない日常である。ただ残念なのは、人間の言葉が一切理解できないのだ。何か音を発しているのまでは判るのだが、どうもその先の言葉としてとらえることが出来ない。ただ、なんとなく『サラブレッド』だの、『中央で』などのニュアンスは判るため、自分はどうやら競走馬、つまり競馬で金を背中に乗せて走る可能性があるという事は判ったのだ。

 

 とはいえ、目下私に出来ることは無い。強いて言うなれば、人間の言う通りにトレーニングを行うことぐらいであろう。また、馬の装備については暴れる同胞もいたが、私は腐っても人間であった。大人しく一発で装備を付けられたことに、人間が驚いていた事は少し面白みを感じたものである。

 

 そのかいもあってか、併せ馬、つまりは先輩の馬との競争も他の馬より人一倍…この場合は馬一倍と言っていいのだろうか?少し脱線したが、量を熟している。合わせて牧草の食う量も増え、私の体はおそらくデカくなっていっているはずだ。鏡が無いからそこらへんは不明であるが。

 

 まあ、ただ、やはり馬に負けるわけにはいかないわけで、基本的には全部併せ馬は競り勝った。危うい場面もあったが、そこはただの馬ではない。気合と根性を四つ足にぶち込んだだけだ。案外何とかなるものである。

 

『若いのにお前速くね?』

 

 馬の言葉も判らないが、なんとなくニュアンスで感じたのはコレである。項垂れつつ小さく嘶いた馬に。

 

『申し訳ねぇ…』

 

 そう気持ちを込めて嘶いたところ。 

 

『いいってことよ』

 

 そう返された気がした時もあったものだ。

 

 ただし、今後この無茶はなるべく行いたくはない。なにせサラブレッドという競走馬はケガが多い。無茶にフルパワーを出してしまってはケガのリスクが多くなる。8割ぐらいの力で、10割以上の速度を出せるように考えながら走らねばならない。

 

 あと、他の馬を見ながら自分のフォームを見ていたところ、どうやら体の柔軟性が私は高いらしい。足元…いや、前足…?前の腕…?ううん、いまいち人間の感覚で言うと難しいところだが…歩くたびに手首足首が地面についてしまいそうになるほどに柔らかい。走っていても同じで、どうやら私の体は足が他の馬よりも大きく動かせるようであった。他の馬よりも大股で進めて速いと自覚をしている。

 

 ただし、その分、脚を地面につける際の衝撃が大きいはずなので、まさにそこを改良していかなければならないであろう。

 

 他の馬にはできない芸当ではあるが、私は残念ながら二度目の人生…馬生?なので、そこは経験を生かさせていただこう。とはいっても簡単なことだ。全力を出せばケガの可能性が大きくなる。なのであれば、その全力を最後に出せばいいのだ。

 

 『スパート』を『フォームの変化』と共に行えばいいのだ。

 

 加えて、足腰…?足腰でいいのか…?まぁ、いいか。4つ足の柔軟と肩の柔軟をできる範囲で行って、しっかりと関節と筋肉のケアも行う。まぁ、普通の馬ではないと思われるが、そうやっていた方が注目もされやすいであろう。

 

 何せ私は競争馬だ。ケガをすれば処分、速くなくても処分。速くて頑丈な馬こそ、長生きをするコツである。

 

 ということで、今日もこつこつと伸びを行ない、脚をわざと大きく振りながら肩の関節と筋肉を解しながら放牧を楽しんでいる。人間がなにやらこちらを見ながら首を傾げているが、いいぞいいぞ、そうやって注目してくれ。

 

 

 さて、それからしばらくと言うもの、私は運動と、そしてヒトを乗せる訓練を熟していた。更に脚には蹄鉄を打たれ、坂を駆けあがる訓練なども行うようになってきていた。

 

 いよいよこうなると、私はサラブレッドなんだなと確証を持つに至った。

 

 ちなみにではあるが、この坂の訓練、道幅が狭くて他の馬との距離が近い。私は元々人の記憶があるためか、どうも馬の後ろに付くのが苦手である。ということで、その苦手の克服のためにもわざとその後ろについてみたり、しかしスピードがいまいち遅い相手には突き放してみたりと色々と工夫を凝らして練習を行っていた。

 

 人間からはやはり首を傾げられているが、まぁ、良くも悪くも注目されているということであろう。

 

 そして、しばらく人を乗せて走っていたせいか、手綱の感覚にも慣れてきたものだ。緩められて「行け」、引っ張られて「まだ抑えろ」、扱かれて「加速しろ」などと言った具合だ。乗り手によって少し癖があるのだが、概ね一緒である。まぁ、いずれ活躍することが出来れば、同じ人に乗られるのであろうから、細かいところは今は気にしないでおくとしよう。

 

 なお、個人的に好きなものはプールである。もちろんリラックスという事もあるが、泳いでいる間は足に負担がかかりにくいのだ。更に、浮力でもって足を思いっきり可動域ぎりぎりまで動かせるため、柔軟運動にもなる。更に、頭まで浸かって息を止めつつ、心肺機能を上げつつスタミナアップという美味しいところまで目論んではいるものの、実際そこまでうまくいっているのかは判らない。

 

 ただ、いつも一緒について回っている人間がやめろと、無理にでも止めようとはしないため、おそらく私のやり方は正解なのだと思われる。継続は力なりとも言うし、全力で、しかし故障しないようにしっかりと練習を積もうと思う。

 

 しかし首は傾げられている。一体何が納得いかないと言うのだろうか。

 

 そして練習の後、体を動かした後は飯と就寝の時間である。馬になってからというもの唯一の楽しみの時間といっても良い。ただ、悲しいかな肉は食えないので、牧草と野菜で腹を満たすわけだ。

 

 おお、これはピーマン。ピーマンじゃないか。よくお分かりで。

 

 何を隠そう、前世である人間の時、それこそ物心ついたときからあの苦みが好きだったのだ。

 

 好きな食べ物は何か、そう言われればいの一番に「ピーマン」と答える程度には私はピーマン好きである。ただし、馬の好物だと言われているニンジンは嫌いである。どうもあの甘味が好きではない。

 

 ということで、今私の相手をしている人間もかなり私の食には苦労したであろうと思う。他の馬が喜んで食べるニンジンを私はひとっつも食べないのだ。

 

 牧草はしっかり食べる。しかも他の馬は食いながら水を飲むために水飲み用のバケツが汚れるが、私はしっかりと口の中の物をなくしてから水を飲む。だから、私の水はとても綺麗である。そして、他の野菜も食べる。行儀のよい馬とでも思われているのかもしれないほどに。

 

 ただし、ニンジンだけは食べない。首を傾げられているが、苦手なものはどうやら死んでも治らないらしい。

 

 ただ、とある日にピーマンを出された時に勢いよく食いついたので、私の飯には必ずピーマンが入る。実際、私は食品全てのトップにピーマンがあると思っているので、これで問題は無い。

 

 緑の青臭く、苦いピーマン。青臭く苦いものほど私の好みである。ピーマン野郎と言われれば本望である。

 

 なお、その後はきっかりと10時間ぐらいの睡眠を取るようにしている。寝る子は育つと言うものだ。

 

 

「…やっぱこいつ変な馬ですよね?」

「言うな。考えるな。ただ、こいつは化け物で、あの馬の子供で、おそらく三冠馬だってことは間違いない」

「そりゃそうですけど…そうは言ってもどうなんですかね、こいつ。寝るかピーマンの事しか考えてないですよ、絶対。」

「考えるな。ケガをさせず、しっかり調教してから鞍上に渡す事だけを考えろ」

「判りましたよ。色々目を瞑ります」

 

 

「やぁ、今日はカツ丼か」

「こんにちは。うん。なんか無性に食べたくなっちゃって。そっちは?」

「ニンジンハンバーグ定食だ」

「うげ、ニンジン?ルドルフさんよく食べられるよねぇ…」

「そういえば君はニンジンが苦手だったな。甘いのがダメだった、か?」

「うん。どちらかというとピーマンみたいな苦くて青臭い野菜が好きなんだよね。特に昔ながらのにが~い奴」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。