ボク、ピーマンが好きなんだよね   作:灯火011

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天高く ウマ娘 燃える秋

 夏合宿はボクにとっては、ものすごく実りのあるものだったと思う。ピーマンは美味しいし、トレーナーの練習もいつにもまして厳しかったけれど、その分、脚の筋肉と体幹の筋肉は外から見ても判るほど肥大化してる。

 砂のビーチを駆けるときは、隣を走っていたマックイーンから

 

「赤兎馬のように速いですわね」

 

 って言われたぐらいだ。ただ、その後に続けて。

 

「でも、私にはまだまだ、敵いませんわ」

 

 そういってスパートをかけるマックイーンに追いつけなかった。まだまだボクは鍛えなきゃいけないらしい。いずれはマックイーンを追い抜いて、シンボリルドルフさんも追い抜いて、日本一のすごいウマ娘になるんだから!

 

 夜になったらなったで、しっかりとストレッチを行ってから瞑想をして、寝る。最近ではゴールドシップとマックイーン、スぺちゃんもこの瞑想の仲間だ。

 

「ゴールドシップ、よく貴女が瞑想に付き合っていますわね」

「あ?んだよマックイーン。棘のある言い方だなぁ」

「それは普段の行いを思い出してくださいまし!」

「えー?マックイーンのスイーツを食ってる事ぐらいか?」

「それをやめてくださいと申し上げているのです!」

「あの…2人ともうるさいですよ」

「悪い」

「申し訳ありません…それにしても、テイオーは動じませんわね」

 

 このぐらいの喧噪じゃ、ボクの集中力は途切れない。皐月、ダービーで集中して自分の走りを出来たからこそ、勝てたんだ。だから菊花賞でもしっかりと集中して、自分の実力を出し切るんだと決めているから。

 

「マックイーン。私がなんで瞑想に付き合ってるか、だっけか。ま、ゴルシちゃんもこのテイオーにあやかろうって思ってな。お前もだろ?」

「ゴールドシップ。…その通りです。私は秋の天皇賞、そして来年の春の天皇賞を取らなければなりません。しっかりと鍛錬しなくては」

「私もスズカさんに負けていられません」

 

 三者三様で色々いっているけれど、ボクにも共通するその強い気持ちの名前。それは『勝ちたい』という事だ。もちろん、ボクがこの三人と走る機会があっても、ボクが一番で勝ちたい。それはマックイーンも、ゴールドシップも、スぺちゃんだって同じことだと思う。

 

「あ、それはそうとしてテイオー。鉢植えピーマン貰っていいか?」

「あ、テイオーさん。私も…」

「…ゴルシ!?スペちゃん!?それはだめだよ!ボクが丹精込めて育てた奴なんだから!」

「ぷっ…テイオー…!まったく、貴女はどこまでもピーマンですのね」

「うるさいなぁ!このおたんこピーマン!」

「なんですって!?このピーマン馬鹿!」

 

 そうマックイーンと言い合いをしながらも、急いで鉢植えをゴルシから遠くの場所に置き直した。まったく、ゴルシったら油断も隙もないんだから!

 

 

 合宿が終わりを迎える数日前、ボクはトレーナーと夜の海岸を散歩していた。ちなみに、トレーナーの手にはビールの缶が握られている。

 

「まさかここまで来れるとはなぁ…テイオー、ありがとう」

「なにさー改まって。それに、まだありがとうって言われるのは早いからね?」

「はは、そうだった。そうだった。菊花賞がまだ残ってるんだもんな」

「そうだよトレーナー。酔っぱらってなーい?」

 

 じゃれ合いながら歩く海岸は、夏の夜空と、それが反射してキラキラ光る波間が凄くきれいで、ずっと覚えていたいなと思うほどの風景だった。

 

「じゃあ、菊花を取ったら思いっきりおめでとう、ありがとうって言ってやる」

「えー!?やめてよ恥ずかしいなー」

「言わせてくれよ。だって、お前が菊花を取れば、ルドルフ以来の三冠。しかもただの三冠じゃない。無敗の三冠だぞ?俺をそんなトレーナーにしてくれるんなら、恥ずかしいって言われようとも、何度でも言ってやりたい」

「まぁ?そこまで言うなら?ただ、普通に言うんじゃ満足できないからね?全身でその喜びを表してくれなきゃやだよ?」

「もちろんさ」

 

 そう言いながらトレーナーは砂浜に座り込んだ。ボクも自然と砂浜に座り込む。

 

「ああ、そういえば、ダービーの褒美を渡してなかったな」

「え?ピーマン箱一杯でもらったよ?」

「そうじゃねぇよ。あれはチームとしての奴だ。俺からは、ほれ」

 

 トレーナーの手から渡されたもの。それは、カイチョーと同じデザインの勲章だった。

 

「無敗の二冠。それだけでも十分すぎる偉業だからな。ルドルフに許可も貰っているから、勝負服につけるといいさ」

「わ!ありがとうトレーナー!俄然やる気が出たよ!」

 

 そう言って私は勲章を握りしめる。全く、トレーナーったら、味なご褒美を用意してくれちゃって!そうやってトレーナーの顔を見てみれば、ごくりと、手にした缶ビールを丁度一口、美味しそうに飲んでいた。

 

「んー、旨い」

「…そのビールって、そんなに美味しいの?」

「あ?んー…テイオーにはちと早いと思うが、舐めてみるか?」

「え?いいの?」

 

 トレーナーから缶を受け取り、舌でちろりと舐め取った。

 

「うっげぇ!?苦っ!?」

 

 信じられないほど苦かった。しかもなんか変な香りまでする!

 

「あっはははは!ま、いくら速く走っても、まだまだテイオーはお子様ってことだな!」

「何をぅ!?こんな苦いものが美味しく飲める方が信じられないって!」

「苦いのがいいんだよ、こういうのはな」

 

 そういって、またトレーナーはビールを一口飲んだ。うーん…苦いのが良い、大人って、そういうものなのかなぁ?

 

 

 夏合宿が終わっていよいよ秋レース本番。ボクのチームでは、マックイーンの天皇賞がその初戦だったのだけれど、結果は見事一位に入着。マックイーンは見事に天皇賞春秋連覇という偉業を達成することになったんだ。曰く『日々の精神鍛錬の賜物です』だって。かっこつけてるよねー。

 ただ、ノリに乗っているメジロマックイーン、トウカイテイオー。どちらが速いのか。なんて記事も出されるぐらいに、ボクとマックイーンは脂が乗ってきている。

 

 総じて結論は「トウカイテイオーは長距離を走ったことがないので未知数」という結論で終わってしまっている。ひどいと、マックイーンが有利である。という言葉で締めくくられるのだ。

 

 ボクだってなんとなくそれは感じられている。夏合宿でボクも実力はついた。でも、マックイーンだってさらに実力が伸びているんだ。だからしっかり、もっと実力をつけるために鍛錬を積む!

 

 そうやっているうちに、今度はボクの『菊花賞』当日を迎えていた。 

 

 パドックでお披露目が終わった後、リオナタール、ナイスネイチャ、シガーブレイドに話しかけられ、宣戦布告を受けていた。

 

「久しぶりだね。ダービーでは一着を譲ったけど、今度は負けないからね!」

「テイオー。今度こそ勝つから」

「私が一番でゴールするんだから」

 

 そういう彼女たちの体をよく見れば、彼女たちの体もまた、ボクと同じように一回り大きくなっていた。顔つきだって、夏の前に比べると別物だ。だから、自然と笑みが浮かんでしまう。

 

「やあ、元気?久しぶり。ふふ、ボクは君達に負ける気はないよ」

 

 キミ達が夏に大きくなったように、ボクだって大きくなったんだもん。シガーブレイドにナイスネイチャ、それにリオナタール。全力で来なよ。ボクはキミ達が思うほど、甘くは無いからさ。

 

 だってボクはシンボリルドルフさんに並ぶんだから。それに、今日は初めて、ルドルフさんが観客席から見ていてくれる。無様な姿を見せられるわけがないからね。

 

 

「おめでとう、テイオー。見事な勝利。見事な無敗。見事な三冠。まさに帝王の走りだったと、見てて思ったよ」

「ルドルフさん!ありがとうございます!やっと、やっと並べました!」

「ふふ。並ばれるのがこうも嬉しいものだとはね。ああ、テイオー。本当におめでとう」

 

 テイオーとルドルフは固く握手を交わしていた。そして、しばらくそれを噛みしめるようにしていた2人であるが、どちらからと言うわけでもなく、握手を解く。そしてふと、ルドルフが口を開いた。

 

「さて、テイオー。これから君はどうするんだい?過去の私と同じように、ジャパンカップに挑むか?それとも、有馬まで休養をするのかい?」

「ううーん…あんまり考えていませんでした」

「はは、そうか。まぁ、ゆっくりと考えるといいさ」

「あ、でも、少し前から考えていたことがあります」

「ほう?」

「ボク、ピーマンを食べていると幸せなんです」

「知ってる。それがどうかしたのかい?」

「いえ、その」

 

 戸惑うようにルドルフを見つめるトウカイテイオー。しかし、その目には確かな決意が宿り。

 

「―来年の秋。ロンシャンのピーマンを食べてみたいなって」

 

 その言葉を聞いたシンボリルドルフは、文字通り硬直した。だが、その意味を噛みしめると、自然と、腹の底から。

 

「…は、はは、ははは。ははははは!」

「笑わないでよルドルフさん!」

「いや、失敬失敬。そうか、ロンシャンのピーマンか!そうか、ロンシャンの!…ああ、ああ!素晴らしいなそれは!

 …そうそう、知っているとは思うが、あそこのピーマンは皆大きく、苦みも強いと聞くぞ。―それでも君は、ロンシャンのピーマンを食べたいと、そう言うのかい?」

「うん。―ボク、ピーマンが好きなんだよね」

 


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