■
第四コーナーを抜けて、前を見る。
もう息は絶え絶えだ。
まれにみるハイペースだ。信じられない。
だけど、そのハイペースの中でもスパートをかけて先頭争いをする化け物が居る。
現役最強、天皇賞春秋制覇のメジロマックイーン。
新世代を背負う帝王、無敗三冠のトウカイテイオー。
帝王を食らう末脚を持つ獅子、リオナタール。
帝王と獅子にも劣らない才能を持つ、ナイスネイチャ。
直線を向いて横一線。全員が前を向き、一番でゴールしようとしている。
特にマックイーンとテイオーはお互いに譲らない。
そして食らいつくリオナタール、ナイスネイチャも、離れない。
ああ、強い。すごく、強い。他のウマ娘は後ろに下がってきている。
私も限界が近い。嗚呼、脚が重い。肺が苦しい。
――だが、それがどうしたというのだ
足は動くのだ。
目は前を向けるのだ。
息はまだ吸えるのだ。
―――残り200メートル。
いくぞ、私。
そうだ、思い出せ。練習も、今までの経験も、今までのトレセン学園での年月も。
全ては、そう、全ては!
全ては、この有マの、この最終直線のために!
■
有馬記念のスタートは見事なものである。私を含めて、出遅れは誰もなかった。大外でスタートした私は内側にコースを取り、彼の手綱に従って、後ろから5~6番目の位置に付く。と、ふと前を向いてみれば、ゲート入りを渋っていた『12』のお馬さんが飛ばしに飛ばしていた。これは、俗にいう逃げ、更に言えば、大逃げという奴であろう。
大逃げの馬がいるせいか、初っ端からなかなかペースが速い。ただ、焦ってはいけない。私はどちらかというと、3コーナーからスパートをかけるお馬さんだと自覚しているので、ゴールで先頭を狙える位置を維持しながら付いていくだけである。
他の人気が高い馬も同じようで、見た顔が私の周りに集まっていた。
葦毛のお馬さん、同志、仮面のお馬さん。ふと、『8』の文字を探してしまったが、どうやら視界の中には居ないようである。となると、私よりも後方であろうか?
そうそう、今回のレースは2500メートルである。毎度、なんとなくレースを予想して走っているわけではあるが、暮で中山で2500メートルとなれば、日本広しといっても、やはり有馬記念であることは確定したわけだ。
そして、距離はダービーよりは長いが、菊花よりは短いレースだ。我ながら、スタミナ、スピード共に十分だと自信がある。
なお、スタートは観客席の逆側であり、菊花賞と同じような感じだ。カーブの数をしっかりと把握しつつ間違わないようにしなくてはならない。
最初と2個目のカーブを過ぎて、馬群は少し伸び気味だ。そりゃそうである。あの『12』番がすっ飛ばしているのだ。よくあの速度で逃げ続けられるなと感心する。
正面のストレッチに差し掛かると、大量の歓声が降り注いできた。これは俄然やる気がでるというものである。ただ、他の馬もどうやら同じようで、ストレッチを通り過ぎた頃には、皆一様に気合が入っていた。3つ目のカーブのノリが違うのだ。先頭はより加速し、最速のコースを走る。そのまま4つ目のカーブへと入り、気づけばゲートがあった、観客席とは逆のストレートへと入った。
と、同時に明らかにペースが更に上がってきた。先頭の『12』を捉えようと馬群が動き、馬群がどんどん詰まっていく。私はと言えば、少々外目を走っているため、いつでも加速が出来る態勢にあった。
5つ目のカーブ手前で、手綱が動いた。ふむ、私の想定よりも少し早いが、大人しく従うとしよう。外を通って少し加速していくと、私に合わせるように『1』『16』『5』が戦列を離れて加速してきた。なるほど、これは彼が振るい落としを仕掛けたのだなと、気づいた。ならばと本気で走り、6つ目の、最後のコーナーに入る頃には、私は先頭を捉えて先頭に立った。このままいけば私が勝利するわけだが、そうは問屋は卸してくれない。
私にぴったりと、3頭の馬がくっついてきていた。
嗚呼、やはり、残ったのはこの3頭かと納得していた。私が本気で歩幅を広げてスパートしているのにもかかわらず、私と彼ら。つまり、
位置取りとしては、コースの内側にいるのは葦毛のお馬さん。そこから少し距離があって私、その外に同志、更に大外に仮面の馬だ。
最後のコーナーを抜けて直線へと頭が向く。さあ、ここからもう真っ向実力勝負である。私の上の彼も判っているのだろう。手綱捌きで更に前に行け!と気持ちが伝わって来る。だが、私もなんだかんだで本気である。もちろん全力を残してはいるが、まだその時ではないと考えて、私は「前にもっと行け」という彼の手綱には従わなかった。
何せ、さっきコーナーでちらりと、我々の後ろに『8』が見えたのだ。
虎視眈々もいいところ。末脚を未だあのお馬さんは見せていない。明らかに、研いでいる。『8』はいつ来る?まだか?今か?いや、まだか?
そう思っていると、気づけば残り200。すかさずと、彼から鞭が入った。
―行くぞ―
という事である。オーケー。『8』の馬はまだ見えないが、スパートをかけるタイミングとしては最高だ。――では、彼に従って行くとしよう。
足を振り上げ、土を抉る。蹴り足を強く、一気にトップスピードへと体を持っていく。分厚くなった足腰の筋肉のおかげで、スピードの切り替えは一瞬で行われる。そのおかげか、葦毛のお馬さんの前に少し出ることが出来た。だが、それと同時に後方から殺気とも言えるプレッシャーがやってくる。
思わずちらりと、プレッシャーを感じた右側を見てしまった。そうやって、葦毛の大きな馬体の、さらに内を見てみれば。
『俺が勝つんだよ!俺が!俺が―』
『8』の文字が流星の様に、コースの最内を舐めるように、勢いよく飛び込んできたのである。
■
『さあ有
■
彼女が来た。ほらみたことか。マックイーンの驚く顔が見える。
「なっ!?」
驚くマックイーンの内側を舐めるように、だけど、それは流れ星の様な鮮烈さを持って、ボクの隣へと躍り出た。
「誰にも負けない!勝つんだ!」
そう言って彼女は、更に更にと、ボクの前に出ようとした。それは、まさしく彼女の全力で本気の走りだった。
――全く、ボクはレース前に、何を考えていた?8割の力で、怪我をしないように走る?現役を長く続ける?
ボクはバ鹿か!こんな走りを魅せられて、8割で抑えて!?そんな考え、こんなに必死で走ってる彼女を、バ鹿にする行為だ!
ギアを上げる。歩幅を開き、力を込めて土を蹴る。こうなったら、ボクだって本気の全力で、そうだ!全力で、彼女に挑むことに決めた。
150メートル。全力で駆け抜ける彼女になんとか並んだ。マックイーンとネイチャ、リオナタールは僅かに後方だ。
100メートル。なんとか彼女の前に出る。でも、すぐに追い抜かされる。左からナイスネイチャが再び伸びてきた。
50メートル。完全にボクとダイサンゲン先輩が横並びで先頭争い。彼女が叫んだ。ボクも叫んだ。嗚呼、彼女はなんて強い、ウマ娘なんだ。
■
『やはりメジロマックイーンとトウカイテイオーが先頭を譲らない!