今晩の晩飯は生ピーマンのサラダ!
ごま油と塩で味付けしたシンプルな料理!
シンプル故に旨いのです!
麦酒が実に旨いことこの上なし!
天皇賞春からしばらく経った頃。空気も春から夏へと移り変わり、木々も青々と生を謳歌している。
ピーマンの苗木も今年は2本ほど頂き、日々代わる代わる齧りついている形である。
いや、しかしやはりハウス栽培より露地栽培、露地栽培より『もぐ前』である。苦味と青臭さ、そして旨さとジューシーさが実にたまらない。
そうそう、最近ではあるが、あの坂路で並走していたお馬さんのゼッケン、色が金色になり、星が2個になっていた。多分、皐月賞とダービーを勝ったということであろう。いやはや、おめでたいものである。
ということで、私の厩舎の前を通り過ぎた事があったので、おめでとうのピーマンを差し上げたわけなのだが。
『何これ…何…え、苦…苦い…?旨い…?』
と、絶妙なニュアンスを伝えてきて、しかも微妙に後ずさりをしてしまっていた。なんというか、申し訳ない気持ちでいっぱいである。ただ『ぺっ』とはされなかったので、ピーマン同志No3に招き入れる事が出来るかもしれない。ま、レースで隣の厩舎にでもなった時には、もっとピーマンをわけてあげようじゃないか。
そして私自身はと言えば、なぜか車に乗せられてレース場へと向かっていた。しかも、移動距離は今までで最長である。
小さな窓から外を伺っていたわけであるが、富士山を横目に見ながら、東京に入り、そしてそこから更に別の高速道路に移った感じだ。移動車というものは暇なので、とりあえず外をじいーっと見ていたわけであるが、どうやら東京から離れて、更にどこかへ向かうらしい。うーむ…となると、新潟か、はたまた福島かといったとこであろうか。
夏なので北の方に向かうのは有難いとは思う。多分、涼しいのであろう。
と、思っていたのだが、あれよあれよと車は更に更に進み続け、なんと驚くべきことに、船に乗せられてしまったのだ。
ええー? 遠くないか? という私の疑問はさておき、車を乗せたフェリーは海の上を進んでいく。ただ、私は車と一緒に窓のない倉庫なわけで、海の風景を見られないのは少し残念である。
そしてあれよあれよと海を渡り、たどり着いたのはまた新たな大地であった。うーん…海を渡って?ということは、函館とか札幌であろうか?そして更に車に揺られること暫く。私は全く見たことのない競馬場の土を踏みしめていたのである。
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『さて今回の札幌記念、注目の一番人気トウカイテイオーですが、ここ数戦は勝ちきれない戦いが続いております。有馬記念は2位、天皇賞は3位とあまり調子が出ておりません』
『能力はある馬なのですが、いかんせん相手が強かったと思います。いずれも相手がレコードで勝利していますからね。負けとはいえ、トウカイテイオーもレコード。強い馬が揃ったと、そう思います』
『確かに。ただ、今回の札幌記念を最後にパリへと飛ぶトウカイテイオー。勝利を収めて勢いをつけてほしいものです』
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競馬場についてから、厩舎でのんびりと休息をとる。いや、流石に今回の大移動はなかなかに草臥れた。まぁ、嫌というわけではないが、なんにしてもずっと立ちっぱなしだったのだ。嫌ではない、嫌ではないのだが、辛いものである。
憂さ晴らしにストレッチをしながらピーマンをもっしゃもっしゃとしていると、次から次へと他のお馬さん達も厩舎に入っていった。ただ、あまり見知った顔がいない。
もしかしてこれは、天皇賞の前のようなダートであろうか?
だとすればまた逃げであろうか。3200メートルより短ければ逃げ切る自信は多分あるが、しかし、そうは言っても不安な面もある。というか、最近ちょっと勝てていないので気持ち的に少しだけ気持ちが悪いのだ。
『三冠馬なのに勝てない』
あのG3ダートこそ勝てたが、他のG1、つまり有馬記念と天皇賞は負けてしまっている。これはあんまりよくないよなぁ、と我ながら思うわけだ。
あの若いお馬さんもどうやら三冠に王手をかけているわけだし、これ以上負けたくはないよなぁと思いつつも、怪我だけはしたくないので後先考えない走りというのもしたくはない。
実に、なかなか自分の気持ちというのは難しいものである。
まぁ、幸いにしてオーナーやいつも世話をしている人間や、彼には見放されてはいない様子であるし、まぁ、ひとまずは、今日のレースを何とか勝ちたいなぁとは思うのだ。
そんなことを思いながら迎えたレース当日。馬具を身に着けてパドックに出てみれば、結構多くの人が私を迎え入れていた。おお、結構大きなレースの予感がする。
掲示板をチェックしてみると、私の番号は『10』で『2.0』であった。相変わらず1番人気に推されているようだ。これは今日はぜひ勝ちたいところである。『11』が『3.6』で2番人気、『7』が『5.2』で三番人気…とはなっているようだが、いまいち気合が乗っていない感じがする。
私的には『9』『12』あたりの気合のノリが気になるところであるが、『7.3』『10.8』と人気はそこそこである。うーむ、まぁ、人気と実力は今までのレースからして参考にはならないのだから、ひとまずは自分の直感を信じて警戒をしようとは思う。
そしてレースの距離は…2000メートル。レースの後ろの文字は『G3』である。
なるほど、グレードレースだったか。だからこそ人が多いわけだ。…ただ、客観的に見るとグレード1ぐらい人出があるような気もするのである。
とはいえレース自体の事を考えると、距離から見てスタミナ的には十分である。パワー、スピードも我ながら良い。あとは彼の手綱であるが、2000メートルであれば逃げても後ろからいっても大丈夫だとは思う。
などと考えていたところで、止まれの合図である。脚を止めて、彼を待つ。
いつものように3回首を叩かれてから、彼を背中に乗せる。
―さて、やるぞ―
首を一回撫でられると、そういうニュアンスが伝わってきた。
―もちろんだ―
鼻息を荒げて、彼に答える。そして、馬道を抜けて、いざ芝のコースへ。もう慣れたものである。そして足を延ばして軽くジャンプ…したのだが、何かいつもと違う。
何が違うのか確認しようと、いつも以上に足踏みをしてみたり、少しジャンプしてみたり、少し走ってみたりと繰り返してしまった。気づけば彼も少し困惑しているようで、首を何度も撫でられていたことに気づいた。これは失敬と、ウォーミングアップがてらコースを一周回り、スタートのゲートへと向かう。
そして、一周ウォーミングアップで走って判ったことが一つある。
この芝コース、ダートとまではいかないが、何かフカフカするのだ。
何というのだろう。普通の芝が木の床であるならば、これは絨毯と言うか、なんというか。かといってダートのように脚を取られるわけでもない。不思議な感覚である。
気合を入れ直す意味を含めて、改めてゲート手前でストレッチを行っていると、なぜか観客席から大きな歓声が上がった。はて、何かあったのであろうか。周りを見回してみるが、特に何も起きていない。
ファンファーレが鳴り、私を含めて馬達はゲートに入る。そして、人間が捌けて、旗が振られた。
同時に、彼の手綱も捌かれる。オーケー、今日はどんな感じで行くんだい?
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『札幌記念、グレード3。今スタートしました。するするっと先頭に躍り出たのはマルセイグレート行きました。キングオブトラック、ナルシスノワール続いていきます。トウカイテイオーは…おおっと!?今回は後方待機の形で最後尾から2番目の位置で競馬を進めています。第一コーナーを通り過ぎまして第二コーナー。先頭争いは落ち着きを見せてマルセイグレート先頭。外側にキングオブトラック、後方にナルシスノワールが続いていきます。トウカイテイオーはいまだ後方』
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今日のレースはなんと、久しぶりの後方待機であった。しかも、後ろから数えたほうが早いぐらいの、追い込みとでも言う場所だ。
いやはや、逃げを打ち続けていたので、元に戻っただけなのに非常に違和感が強い。
それにしても、変に脚を使わなくていいというのは楽である。スタミナとパワーとスピードが均一に使われている感じがなんとも心地よい。やはり私の位置はここであると、逃げでは決してないなぁと認識した次第だ。ま、もちろん、逃げろと言われれば逃げれるので、いざという時の武器として持っておくことにとする。
それにしてもこの妙な芝。ウォーミングアップ時には違和感しかなかったが、走り始めてみれば案外と良い感じである。普通の芝ほど硬くないので強く蹴っても足に負担が来ないし、かといって砂の様に力は逃げないので、なんとも力を入れて踏みやすいのだ。これは我ながらなかなか良いスパートが出来そうである。
そう思いながら最初、2番目のカーブを抜けていき、観客席とは逆のストレッチへと入った。いまだ手綱は動かない。しばらくぶりの後方待機だが、やはり、しっくりくるというものだ。先頭の方で何頭か動きはあるが、まぁ、今はまだ動かなくても問題はないであろう。この距離なら、射程圏内だ。
しかし、今日はいつも仕掛け始める3つ目のカーブでは手綱は動かなかった。まだか?と思いながらも少し体を外に振りながらカーブを周る。
そして4つ目のコーナーに差し掛かったところで、手綱が動いた。
―そろそろ行くぞ―
伝わって来る意思に応えて、大外を回るようにしながら力を脚に加えて加速する。ふむ、やはり思った通りだ。この妙な芝、非常に良い。私の脚の力を、綺麗に推進力に変えてくれている気がするのである。
4つ目のコーナーを抜ける頃、後方待機していたということもあるが、前から5番目で最終直線を迎える形になった。少々後ろ目な気もする。距離は残り3~400メートル。まだスパートには早いはずなのだが、彼の手綱は動いたままなので、もっと行って問題ないということであろう。であれば、力を更に加えて、歩幅を広げて、全力ではないが、一歩手前の本気で加速を行う。
そして、その一歩目を踏み出した瞬間である。
今までよりも、グンっと、体が加速したのだ。これには少々びっくりした。おそらくはこの妙な芝の、沈む感じが私に合っているのだろう。力を入れて踏み出すたびにグングンと体は加速して、200の標識を過ぎる頃には、自分では今まで出したことの無いようなスピードに達したのである。
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『さあ注目のトウカイテイオーは最終コーナーを抜けて最終直線に入りましたがまだ中段というところ!サンエーサンキューピンクの勝負服が一番前!残り200メートルを切ってサンエーサンキュー先頭!外からニックテイオーもやってきた!最終直線は叩き合いだ!
おっとここで大外からとんでもないスピードでトウカイテイオーがやってきた!?ニックテイオーを交わしてサンエーサンキューに迫る!サンエーサンキュー、トウカイテイオー!サンエーサンキュー!トウカイテイオー!トウカイテイオーが行った!トウカイテイオーだ!トウカイテイオーだ!
トウカイテイオーが圧倒的な差で今ゴール!
復活だ!三冠馬トウカイテイオー!パリへの旅路が幸多からん事を!!』
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「え”!?2人ともロンシャン行くの!?」
「そだよー。ボクとリオナタールはちょっとパリで走ってくる」
「ええ。って、あれ?ネイチャに言ってなかったっけ?私とテイオー、2人とも有マまでトゥインクルを休む感じだよ」
「聞いてないわよ2人共ー!?え!?どうすんのジャパンカップとか!?テイオーとリオがいなかったら日本勢やっばいじゃん!?」
「あはは、そこはねぇ?」
「うん。別に心配していないというか」
「なんでそんなに落ち着いてるの!?ねぇ!?」
慌てるナイスネイチャに、顔を見合わせているテイオーとリオナタール。そして2人はネイチャに顔を向けると、さも当然といった感じで言葉を発した。
「そりゃ、ネイチャがいるからじゃん」
「そそ。だから私とテイオーはロンシャンで心置きなく戦ってくるよ」
「その通り!ま、ボクはその後アメリカに飛ぶし、リオも休養に入っちゃうからさ。日本の誇りはネイチャに任せた!」
「そうそう!私もテイオーも不在となれば、真打登場!ナイスネイチャだよ!」
2人の言葉に、ナイスネイチャはほほをかいた。まんざらでもない様子である。
「う…そう言われると弱いなぁ…」
ナイスネイチャの様子に、満足げに2人は笑顔を浮かべて言葉を続けた。
「ということで任せたよ。ネイチャ。ボクは凱旋門を獲る」
「私が凱旋門を獲る」
「ボク!」「私!」
ぐぬぬと顔を見合わせていた2人であるが、ふっと肩の力を抜き、笑いあった。
「…んまぁ、そこは置いておいてだ。凱旋門を獲ったっていうのに、ジャパンカップで負けたなーんて、日本のウマ娘としてさ、カッコ悪いじゃない?」
「そーそー。だからネイチャ。一着以外は許さないからね?」
そう言いながらテイオーとリオナタールは足早にネイチャの下を去っていった。去り際に2人からピーマンを投げ渡されたナイスネイチャは、困惑しながらそれを受け取った。
「はは、なんで2人共ピーマンを渡してくるのよ。…おなじみ3着、なんて言っている暇は無い、か。こりゃ、気合を入れて頑張りますかねぇ」
ネイチャはピーマンを齧る。苦さに一瞬顔を顰めるが、口を大きく開き、そして、しっかりと食い切った。