ボク、ピーマンが好きなんだよね   作:灯火011

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ピーマンのご親戚やねぇと思って食った「甘長とうがらし」。

豚肉と炒めて食べましたら、これがなかなかにピリッとしておりまして

ピーマンとは違う美味しさがありました。ごはんと酒が進みました。

しかし長細いピーマン、もしくはししとうのデカい奴、のような見た目をしながらも、しっかりと唐辛子をしている様に衝撃を受けた次第です。


1992.9.13-ロンシャン2400

『さあ、やってまいりました。フランスはパリ、ロンシャン競馬場。グループ3、フォワ賞。6頭立てのこのレース。凱旋門賞の前哨戦であります。日本からはご存じ、昨年の三冠馬トウカイテイオーと、天皇賞春を制したレオダーバンが参戦。特にこの2頭はこのまま凱旋門賞に流れ込む予定ですので、注目のレースであります』

『勝利とは言わずとも好走を見せてほしいですね。特にトウカイテイオーは遠征直前、国内で洋芝が使われている札幌競馬場で行われた、札幌記念で強い競馬を見せてくれました。その走りに期待したいところです』

『さて、そのトウカイテイオーですが、パドックでの様子は非常に落ち着きを見せております。おっと、出ましたテイオーステップ。どうやら今日も調子は良さそうです』

『レオダーバンは少々落ち着かない様子ですが、ただ、馬体の張りは素晴らしいものがあります。もしかするともしかするかもしれません』

 

 

 海外に来てからしばらくした頃。毎日のように、直線コースや芝のだだっぴろいコースなど、様々な場所を走りまくっていた。特に直線コースは日本の坂路よりも長く、かなり楽しめている。それに自然の地形を利用しているためか、アップダウンも多くてこれがなかなかに鍛錬になるのだ。流石に距離が長いので、日本のように10往復!とまでは行かないが、2~3往復は熟せているので満足度は高い。

 芝のコースでは、本当にだだっぴろい草原のような場所に、コーンをいくつか立てて、コースに見立てて走っている様な感じである。こちらも自然の地形を利用し、芝も手入れはされているものの、比較的自然に近いのでなかなかパワーとバランス感覚が必要で、最初のうちは苦労したものである。ただ、既に走り始めてから数日、こちらの地形にも慣れて来たので、気持ちよくすっ飛ばせている。

 同志も同じようで、最初こそ。

 

『走りにくい』

 

 と愚痴のようなニュアンスを飛ばしていたが、今では気持ちよさそうに私の後ろや横を走りまくっている。というか時々置いていかれるので、同志の実力の伸び方がえげつないと感じている。

 

 これはなかなか、負けていられない。

 

 そういえばであるが、日本から持ってきたピーマンはもう全て無くなっている。しかしながら最近、なんとかかんとかピーマンらしき、野菜を食えている。形がピーマンでデカいやつ、小さいシシトウのようなやつ、一応ほぼピーマンのやつなどである。

 

 デカい形ピーマンは、ほぼパプリカっぽいピーマンである。ただ、ほぼパプリカっぽいピーマンというだけあって、苦みと青臭さはピーマンに近い。ただ、同志はいまいちお好みではない様子である。私もあまり好きではない。

 

 小さいシシトウのようなやつは、気持ちピーマンより青臭さと苦味が強い。というかその中に普通に辛い奴もある。これはさすがにと同志と共にバケツをつき返した。

 

 ほぼピーマンは、ほぼピーマンである。同志はどうやらこの味に納得したようで、ほぼピーマンをバケツで2杯、毎日のように食っている。しかし、私はどうにもこれがピーマンだとは納得したくないのだ。青臭さと苦味、旨味共にかなり近いのだが、何かが違う。ううむ…なんであろうか。例えるならばそう。芋で言うところの「紅あずま」と「紅はるか」の違いの様な感じというか。同じサツマイモなんだけどもほくほくとねっとりの違いと言うか。

 

 ということで、昨今ではバケツ2杯を食い続ける同志に対して、私はバケツ半分のほぼピーマンで妥協している形だ。もちろん他の野菜や牧草も食ってはいる。食ってはいるのだが、好物がこれではどうも気合が入らない。

 

 ううむ…日本のピーマンが実に恋しいと思う日が来るとは、思いもしなかった。

 

 あのシンプルにシャリシャリと、青臭くて苦くて、しかし旨いあのピーマン。ああ、日本の厩舎に居た頃には何の苦労もせずに食えていたのに。海外に来ただけでこれではなかなかの仕打ちではないか。

 

 まぁ、しかし、幸いにして体調は良い。ということで、これはもう、私が好きな日本のピーマンがここには一つも無い、ということはもう仕方がないと納得するしかない。切り替えていこう。結局はレースが近いのである。

 

 明日も鍛錬だ。食事もそこそこに、瞑想をして、しっかりと睡眠を取る事にしようじゃないか。

 

 

 ピーマンが恋しい。などと日々考えていた所に、なんと、日本とは形が違うものの車が、私達を迎えに来ていた。つまりこれはレース場へ向かうという事であろう。という事で、私は大人しく車に乗ったわけであるが、やはりいつもと違う形の車ということで、同志は困惑しているようだ。

 

『なにこれ。なんか違う』

 

 まぁ、外国だから仕方がないさとニュアンスで伝えてはみるが、まぁこれが通じない。同じ馬なのにあんまりコミュニケーションが取れないというのも問題である。あ、ただ、ピーマンについては。

 

『…いつものに似てる。こっちがいいかも』

『私はこれダメだ』

『お前わがまま』

 

 などと一発で意思の疎通を行なえているので、やはり同志であると言えよう。いや、それはどうでもいい。未だに乗車拒否をしていたので、仕方ないので端的に。

 

『レース行くよ』

 

 とニュアンスを伝えてみた所、しぶしぶ車に乗ってくれた形である。いやはや、馬とも人とも意思疎通は難しいというのはなかなかに気苦労である。

 

 そして車に揺られること暫く。予想通り、どこかのレース場の土を私は踏んでいた。ただ、やはりどこなのかは全く見当がつかない。というか、海外の競馬場の厩舎やパドックなどはじっくり見たことも、生で見たことすらも無いのだ。コースに出てみればここが何処かは判るかもしれないが、しかし、それだけ特徴的なコースというのもなかなかない。大体は周回コースのトラックである。

 

 まぁ、とはいえ、国外のレースの中で、凱旋門賞は何度も見たわけで、あの特徴的な、蹄鉄のようなコースは一回見ればわかるはずだ。あと凱旋門と同じコースを走るフォワ賞も、である。オルフェとディープには実にいい夢を見させていただいた。

 

 さて、厩舎に入って休憩、というのは日本と変わらずであるが、やはりここは国外の厩舎であるなと実感していた。まぁ、少々汚いのは仕方がないとしよう。清潔さは日本が一番であると実感はしている。

 

 ただ、やはり我々の世話をする、つまり厩務員、と言える人々が割と外国人ばかりである。見てくれからすると、おそらくここはヨーロッパであろうか。顔の彫りが実にイケメンと美女である。あとは近くの厩舎で飯を食っている、おそらくは地元のお馬さん達も、我々と少し違う。ものすごい大人しいのである。なんというか、レース慣れしているというか、どっしりと構えている感じ。隣でほぼピーマンを貪っている同志とはえらい違いである。いやそろそろ食うのやめないか?他の馬と人間にめちゃくちゃ見られているぞ?

 

『…あれ旨いの?』

 

 あれ、お隣さんからのニュアンス。ちらりとそちらを向いてみれば、そこに居たのは、体は黒毛ながら、鼻のあたりから額ぐらいまで白い毛で覆われているお馬さんであった。

 

『旨いよ』

 

 そういって、私のバケツにあったほぼピーマンを一つ渡してみる。すると、そのお馬さんはしゃりしゃりとほぼピーマンを食らっていた。

 

『…これ、旨いの?』

 

 疑問形に変わってしまった。まぁ、お馬さんにとってピーマンは味覚に合わないというのは日本で散々体験している。外国のお馬さんもしかり、ということなのであろう。

 

『私にとって、あいつにとっても旨い』

『変わってる』

 

 そうニュアンスを私に伝えて、そのお馬さんは厩舎に引っ込んでしまった。まぁ、そうだな。『ペッ』とされなかっただけでも儲けとしておこう。そして同志。ピーマンが無くなったからって催促にバケツで音を出すのは止めなさい。他の馬の迷惑になるでしょうが。

 

 

 翌日。私は見慣れぬパドックをぐるぐると回っている。日本のパドックとは全く違う環境に少々戸惑ってはいる。

 

 というのも、人との距離がめちゃくちゃ近いのである。それこそ、私と、観客席の最前列の人間の距離と言えば、触れるぐらいに、である。あとは大きな電光掲示板も無い。更には、パドックの中に木が植えてあり、その木漏れ日が非常に心地よいのである。なんというか、これから走るとは思えないほどの優雅さだ。

 

 そしてよくよく見れば、周囲に『BAR』なんて文字も見える。なんとおしゃれな競馬場であろうか。などとパドックを見ながら足のストレッチを行っていたわけであるが、あっという間に止まれの合図で、彼がこちらに歩み寄ってきていた。日本のパドックを歩く時間よりも相当短い時間である。なるほど、なかなかに外国というモノは手筈が違う。

 

 とはいえ彼はいつもの調子で私に跨り、そして首を三回叩いていた。これは変わらない。

 

―行くぞ―

 

 そう彼が私に伝えて。私は鼻息を荒げ。

 

―おうよ―

 

 そう答えるのみである。

 

 そして、これまた地下、ではなく地上の馬道を通って、そこそこの歓声に迎えられて、おそらくスタンドの間を抜けてコースへと立った。おお、これはまた見事な芝のコースである。

 

 一歩、その芝を踏みしめる。そういえば、昔どこかで、『日本の芝と外国の芝は違う』と聞いたことがあったが、そんなに違和感は無かった。どちらかというと、日本の札幌競馬場に近く、柔らか目の地面であると言えよう。同志も案外と落ち着いてコースへと入っているようだ。さて、とりあえず同志の事はそこそこに、足首を伸ばし、更に腰や肩の関節を動かすように、少しジャンプするように動的ストレッチを行いながら、足元をよくよく確かめる。うーん、札幌競馬場に近いとは言ったが、こちらのほうがより手入れのされていない、自然の状態に近い感じである。つまりは、荒い。なるほど、ここ外国に来てからというもの、自然に近い場所で鍛錬していた理由はこれか、と納得がいった。

 

 軽くウォーミングアップがてらにコースを走る。うん、脚が沈む感じがして、これはなかなかにパワーが必要そうだ。ただ、走る反動は少なそうなので、おそらくはそこそこ本気で走れるであろう。

 

 そして、スタートのゲートへと向かった時である。ある、アルファベットが目に入った。

 

『LONGCHAMP』

 

 思わず立ち止まってしまった。

 

 そうだ。私は日本のレースが好きであったが、それと同じぐらい凱旋門賞を見ている。凱旋門賞、その競馬場はどこかと聞かれれば即答できるぐらいに。

 

 ―――それは、ロンシャン競馬場である。あちらの言葉では、『LONGCHAMP』。

 

 ということはだ、ここはフランス、パリ、ロンシャン競馬場ということなのではないだろうか。もしかして凱旋門賞…!?と、言うにはあまりにも人の出が少ない。

 

 ううむ…これはどうとればいいのだろうか。凱旋門賞の前哨戦か?いや、この1990年代。凱旋門賞に挑んだ馬なんてエルコンドルパサーぐらいだ。となれば、それとも、『LONGCHAMP』という名前の別の国の競馬場なのであろうか。実に謎である。…まぁ、とはいえ、悩んでいても仕方がないか。とりあえずは今のこのレースをしっかりと、しかし怪我なく走り抜けよう。

 

 それにしてもだ。ぜひ久しぶりに、日本のピーマンを食いたいものである。どうも調子が出ないのだ。

 

 

『最終直線に入りまして先頭はスボティカ!続くようにマジックナイトも上がってきた!2頭の叩き合いだ!日本の二頭はまだ中段だ、ここから上がれるのか!?

 おっとここでレオダーバンに鞭が入った!一発、二発!トウカイテイオーは未だ動かない!ここでマジックナイトが先頭に変わりました!残り200メートル!おっと!?外から外から飛んできたレオダーバン!スボティカを躱して残り100メートル!マジックナイトに届くか!届くか!届くかー!?

 

 届いたー!?レオダーバン先頭でゴールイン!フォワ賞を見事に勝利で飾りました!日本調教馬としては史上初!凱旋門賞へ向けて最高の滑り出しだ!

 

 2番手にはマジックナイト!3番手にはスボティカが続きました!日本の三冠馬、トウカイテイオーは残念ながら4番手!』

『レオダーバンはよくやってくれました。調子も上がり気味で凱旋門賞本番にも期待が持てます。対して、トウカイテイオーは少々伸びが悪かったですね。凱旋門賞までには調子を戻してくれていれば良いのですが』

 

 

「やったー!やったーー!勝った!勝ったー!」

「…負けたぁ…」

「もー、そんなに落ち込まないでよー。テイオー。だって、テイオーの本番は凱旋門でしょう?」

「…それでもさぁ。誰にも負けたくないって思うじゃん。というかリオナタール、いつの間にあんな末脚を身につけてたの?」

「えへへ。それは教えられないなー。ふふ、でも油断してたら凱旋門、私が獲っちゃうかもよー?」

「それは絶対に嫌だよ!ボクが凱旋門ウマ娘になるんだから!」

「うんうん。その調子その調子。三冠ウマ娘さんがしょげてたらさ、私も気合入んないもん」

「あはは、ありがと」

「それにしてもテイオー。全然調子出てないじゃない。一体どうしたのよ?」

「…最近さぁ、好きな食べ物が食べられてないんだよ」

「え?」

「似たようなのを試したんだよ。色々。でもやっぱり日本のじゃないと、なんか違うなって」

「まさか」

「…そうだよ。まさかだよ。ピーマンだよ!なんかこっちのって甘かったり辛かったりでなんか違うんだよー!こんちくしょー!!!」


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