露地栽培の
ピーマンが楽しめる時期は
5月から11月末までです(最重要)
12月とか、3月とかは露地栽培、無いんですよね。HAHAHAHA
競馬場の一角で、2人の男が立ち話を行っていた。
「お疲れ様です」
「おつかれさま。いやはや、4着でなんとか走りきれたよ」
「本当にご苦労様でした。やはり、こいつの調子は良くなかったですか」
「うん。走り出す前はいつもの調子だったから判らなかったんだけど、走り始めたらね。今日はレースをさせちゃダメだったかもしれない」
「まぁ、直前まで良いように見えたので仕方がないことですよ。本当に、あいつと一緒に無事にこちらに戻ってくれたので安心ですよ」
「ああ、まぁ、そうだね。変に自分から加速しないでくれて、賢い馬で助かったよ」
騎手と調教師はベンチに座り、煙草に火をつけた。
「しかし、どうしたんだいテイオーは。レースを走り出したら脚元がボロボロだったじゃないか。練習ではそうでもなかったのに。厩舎で何かあったのかい?」
「あー…まぁ、そうですね。隠しても仕方がないのですが…ピーマンが無いんです。そのせいか、厩舎では調子悪そうにしていたんですよ。ただ、練習に出すとご存じの通り調子は良くなるので、今日は見事にダマされました」
「ピーマンがない、か。確か、テイオーの好物だったよね?」
「ええ。なんとか探し出して、こちらのピーマンも試したんですがどうもだめで、今は日本の、いつも食ってるピーマンを手配しています」
「はは、なるほどね。まぁ、僕自身もこちらにきて一カ月は経つが、未だに胃腸の調子が悪いからねぇ。テイオーの調子が崩れるのもわかるさ。しかも好物が食えないのならなおさらだろう」
「本当にそう思いますよ。対してですよ。今回勝利したレオダーバンはこちらのピーマンが口に合ったようでバリバリ食ってます。その結果がこれです。対極ですよ」
「好物が食えて調子も上がる、か。確かに良い馬体に仕上がっていたと思うよ。でも」
ちらりと騎手は調教師を見る。
「わざわざそれを私に話したということは、テイオーが盛り返す算段が付いた、のだろう?」
「ええ。実はですが。―――上手く行けば三日後にはあいつのピーマンが届きます。そこから先は私の腕の見せ所、という奴ですね。幸いあいつは従順ですからね」
「しかし、検疫などが厳しいんじゃなかったのかい?」
「はは、そこは国がバックについてくれましたよ」
「ああ、なるほどね。中央競馬の最大出資者は日本国そのもの、だったね」
「ええ。『我が国の最高の馬がそちらで実力を出せないとはどういう事か』だそうで」
「それはなかなか強気に出たね」
「オグリキャップの競馬ブームが下地にあったのもプラスに働いたと聞いています。世論も動いたらしいですが。なんにせよ、これでトウカイテイオーは万全に凱旋門に挑めます」
「そうか。…嗚呼、―それは良かったよ」
■
『テイオー、テレビ見てたよー?なーに、あのふがいない走り』
「うるさぃなぁ…判ってるよー。でも、気持ちが入らなくて」
『ピーマンが食べられなくて負けましたー。だっけ?全く、あんだけかっこよく私に「ジャパンカップは勝ってねー」とか言った癖して、いくら何でも情けなくなーい?』
「うぇ…。ぐうの音も出ないよ。ネイチャ」
『と、いうことでぇ。ピーマンが食べられなくて腐っているトウカイピーマンに、私からのサプライズを準備してまーす』
「トウカイピーマン…ボクの事?って、サプライズ?」
『語呂、良いでしょ?ま、それはともかく、そろそろそっちに着くはずなんだけど…』
トントン、と、テイオーが滞在している部屋のドアがノックされた。
「あれ、誰だろ?」
『お、来たねー。さ、テイオー。出てみなって。きっと良い事が起きるから』
ガチャリ。テイオーがドアノブを回して、ドアを開けた。
「やぁ、テイオー。久しぶりだね」
「おっす、テイオー。なんだしょげてんなー。宝探しでも行くか?」
「お久しぶりです。テイオー。早速ですが、差し入れをお持ちいたしました」
「うぇ!?ルドルフさんにゴルシにマックイーン!?なんでここにいるの!?」
「そりゃあお前。ナイスネイチャとリオナタールから相談を受けたからに決まってんだろー?ピーマン食えなくてしょげてるって。なんの冗談かと思ったぜ。ということで、暇なウマ娘三人からの差し入れってわけだ。とりあえず私からはこれな?」
ゴールドシップから渡されたもの。それは、テイオーが部屋で育てていたピーマンの鉢植えそのものであった。
「うえええ!?あれ!?これ、検疫でボクだめだーって言われて泣く泣く置いてきたやつじゃん!?」
「お?そうなんか?ゴルシ様が「いいでしょう?」って流し目したらオッケーって言われたぞ?」
「なにそれ!?え、でも、あ!ちゃんと生ってる!わー!?ありがとうゴルシ!」
「なーに、気にすんなって」
ゴルシはそう言って鉢植えをテイオーに手渡していた。
「では次に。わたくしからはこれです。じいやー?」
マックイーンの言葉に、じいやが大きな台車で箱を運んできていた。
「我がメジロ家特製、京ゆたかの露地栽培ものです。日本から空輸で運ばせましたの」
「うええええ!?マックイーン!?え、っていうかこれもボク、検疫でダメだーって」
「あら、そうでしたの?『お願い』をしましたら大丈夫と太鼓判を押して頂けましたけれど」
「ええー…!?」
台車を置いて、さっと立ち去るじいや。そしてマックイーンの顔は誇らしげである。
「…さて、最後に私から、なんだが」
「ごくり」
「このマックイーンのピーマンと鉢植えのピーマンを使って、料理を振る舞いたいと思うのだが。食べるかな? テイオー」
そう言って笑みを浮かべるシンボリルドルフ。するとテイオーも笑顔を浮かべて。
「はい!はい!もちろん!食べます!絶対に食べます!」
「そうか。それはよかった。ああ、せっかくこれだけのピーマンがあるんだ。リオナタールも呼ぼう。みんなで楽しもうじゃないか」
「はいっ!あ、あとレースで知り合った娘も呼んでいいですか?」
「もちろん」
「やった!…って、そういえば、マックイーンはピーマン苦手じゃなかったっけ。大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫です。最近、食わず嫌いをやめましたの」
がやがやと一気にやかましくなるテイオーの部屋。更にそこにトレーナーやリオナタール、そしてフォワ賞で知り合ったスボティカを交えて、楽しい一日を過ごしたテイオーであった。
『ね?どう?テイオー。元気出たでしょ?』
「うん。ありがとね、ナイスネイチャ」
『ん。どういたしまして。ま、勝ってね。テイオー』
■
ロンシャン競馬場の何か判らないレースで見事に負けを喫してしまった。というか、外国のお馬さん達の加速力が想像以上であった。一瞬でトップスピードまでギアを上げるあの感じは、日本の競馬にはない独特のものだなと肌で感じることが出来た。
いやしかし、コースを最初から最後まで本気で走ってみて思ったのが、やはり足元が今までよりも柔らかい。今日はそれに加えて、明らかに調子が上がらなかったのも、私の負けの理由の一つであろう。
とはいえ、手綱を介して彼から『行け』と言われれば、この柔らかい芝ということもあるし、試しに全力で行ってもいいか、などと思っていたのだが、今回のレースでは手綱は動くことは無かった。最後の最後までである。
レース後にこそ一応は彼からは首を叩かれて、よくやったなと言われた感じがしたのだが、なんともいえない不完全燃焼感だ。
それに対して、同志はそれはもう気持ちよさそうに先頭を走り抜けていた。うーむ、流石に私についてくるだけの脚がある。しかも、毎日のようにピーマンをバリバリ食っているからか、めちゃくちゃ調子がいいようにも感じる。今日なんかもレース中に。
『俺が一番だ!』
と気合がこちらにも伝わってきたほどである。ただ、他のお馬さんはそこまで闘争心がないのか、ニュアンスは何も伝わってこなかったのが一つ気がかりである。
そして、私は特に表彰なども無いので、芝のコースを後にしたわけであるが、厩舎に戻ってみてもあの緑のあんちくしょうはバケツに入っていなかった。
うーん。ほぼピーマンがバケツに入っているのみである。
しゃり、しゃりとほぼピーマンをつまんで、牧草を食い、野菜を少し多めに食べる。幸いにして野菜の味はそこまで変わらないため、違和感はないし、牧草も同じくである。ただ、このほぼピーマンが本当に曲者である。いやはや、日本のピーマンを本当に食べたいものである。
『おいしくないの?』
ふと、そんなニュアンスが伝わってきたので、そちらに目をやると、今日、3番目にゴールに入ったお馬さんがこちらをじいーっと見てきていた。昨日、私がこのほぼピーマンを渡したお馬さんでもある。
仕方ないので一つ摘まんで渡すと、しゃりしゃりと音を立てて、あっと言う間に平らげてしまった。
『…これおいしいの?』
昨日の焼き直しである。まぁ、今回は正直に答えよう。
『これはまずい』
『だよね。これあげる。おいしい』
そういってお馬さんは、こちらにバナナを一つ渡してくれた。なんという優しさであろうか。感謝を述べて、そのバナナをよーく味わい尽くしたのは言うまでもない。
■
レースから数日後、いつもの鍛錬が行われる牧場へと戻ったある日。私の厩舎の前に見慣れた箱が届いていた。
そう。日本のあのピーマンの箱である。
目を覚まして、厩舎の前にあの箱があったわけで、思わず、箱を確認するや否やガタッっと勢いよく立ち上がってしまった。
その音に驚いたのか、いつも私を世話している人間が飛んで走ってきたのであるが、それはともかくとして一つくらいピーマンを頂けないであろうかと、鼻息を荒くしていたわけであるが、人間はひとしきり周囲を確認したのち、首を傾げ、そして箱に手をやり…。
私の鼻を撫でながら、ピーマンを手ずから食わせに来たのである。
これ幸いと、しかし急がず、唇でそれを受け取る。
前歯に挟み、一気に口を閉じた。
しゃりっという音と共に広がるこの青臭さ。
かみ砕くうちに感じるこの苦さ。
噛み続けると感じるこの旨さ!
間違いない。これはいつもの、本物のピーマンである!
二足歩行であったのであれば、間違いなく、恥も外聞もなく、ガッツポーズを取っていた。いやしかし、本当に久しぶりの好物というのは、実に旨いものだ!
そんなテンションが最高潮に達した私であるが、こうなるとやはり、1つでは物足りないのである。同志を真似してバケツを叩き、早速催促を行う。
―仕方ねぇなぁ―
そんな顔で人間は、私のバケツいっぱいに、ピーマンを入れて差し出してくれた。
おお!なんと!いつぶりのご対面であろうか!体感的には1年以上たっている様な気がするほどに待ち遠しかった!
緑の、青臭い!しかし旨いあんちくしょう!ピーマン!ピーマンイズワンダフル!さぁ、感動の再会はここまでにしてだ。万感の思いを込めてしっかりと頂くとしよう。では改めて。
『いただきます』