ボク、ピーマンが好きなんだよね   作:灯火011

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ピーマンは

露地栽培について

温暖な地域では

4月に植え込みを行い

5月末から収穫が行え

11月頭まで収穫を

楽しむことが出来るらしい


冬はその季節じゃない

 車に揺られ、競馬場から牧場へと戻ってきた私を待ち構えていたのは、3杯のバケツ一杯に盛られたピーマンであった。おそらく普通の馬や人間であれば罰ゲームであろう。

 

 しかし私にとってはご褒美にほかならない。

 

 ただ、いくらご褒美といっても、バケツ3杯はやりすぎであろうとは思う。何せデビュー戦でこれなのだ。これから別のレースで勝った場合は、バケツでは足りなくなるのは明白じゃないか。などと無駄な思考を続けながら無心で口を動かしている。

 しゃりしゃりと心地よい音、口に広がる青臭さ、舌に広がる苦みと旨味。うん、やっぱりピーマンは最高である。ちなみに最近の私のピーマンの楽しみ方は、生はもちろんだが、牧草を間に挟んで食べると言う、いわばピーマンの肉詰めならぬ、ピーマンの牧草詰め風というものをやっている。

 案外と食感と味の違いを感じられて非常に旨い。ただ、これには新鮮なピーマンと牧草が必要なわけで、おいそれと楽しめないわけであるが。

 

 あと、忘れがちであるが今は寒い。ピーマンというのは夏野菜である。

 

 今のピーマンもすこぶる旨い。おそらくはハウス栽培か何かのピーマンであろう。しかし、やはり露地栽培の夏のピーマンに勝るものは無いと思っている。分厚い皮、これでもかと新鮮な緑、食った瞬間広がる匂い。どれをとってもだ。

 

 故に、夏の時期のレースのご褒美のピーマンには期待を持とうと思う。飽きるほどのピーマンを食らえるよう、それまで体を作り、しっかり鍛錬を積み、乗る人間との呼吸を合わせていこうと思う。今私は、まだまだ未熟なのだ。

 

 それにしても、今日は人間も特にやってこない。普段であればやれブラッシングだの、シャンプーだの、訓練だのとせっせと動いているのだが。まぁ、静かな分には有難いものだ。さて、ある程度ピーマンで腹を膨らましたわけだし、さっと軽く昼寝でもするとしよう。

 

 

 日々坂を駆けあがる訓練を行ううちに、走り方に一つの方向性を見いだせていた。二種類の走り方、つまりはあまり関節を使わずに抑える走り方と、全力で関節を稼働させる走り方は今まで通りではある。

 それに加えて、双方の走り方の中でもさらに細かく足を使い分けるという事に思い至ったわけである。

 というのも、コーナーは歩幅が小さいほうが曲がりやすいし、ストレートは歩幅が大きい方がスピードが乗りやすい。加えてスタートでは最初こそ歩幅を小さくし、徐々に大きくしていった方が足への負担も減る。特に私は、後方から追い抜く戦法で前回勝てたわけなので、スタートの消耗を減らすという意味だと非常に有意義である。

 そして最後の追い込み。これもいくつか種類があり、大きく歩幅を取り加速してスパート、という方法が一般的であろうが、せっかく柔らかく良い関節を私は持っているわけで、であれば滑らかに、動作を無駄なく行って加速するという事もできるのではないかと思い立ったわけだ。

 

 具体的には足ではなく体幹をメインとして筋肉を使うイメージだ。走る、に対する競歩とも言えるかもしれない。見ている人からは胴体が全くぶれずに、しかし、気持ち悪いぐらい加速するイメージである。擬音で言えば『ぬるっ』とである。ダイナミックじゃないのになんか加速した。そんな感じを目指したいものだ。

 

 しかしながら現在の走り方もそれに近い。脚を地面に叩きつけるように加速しても、胴体は比較的ブレていない。しかし、それよりももっと胴体をブレないように、そして地面に足を叩きつけなくても加速できるように体幹を意識して、そして地面を必要以上にえぐらないよう、脚を地面につける時間を短く、一瞬で飛ぶように。と、練習を考えながらこなしていると、よく背中の人間から首を叩かれるようになっていた。よくやった、という感じなのであろうか。言葉が判らぬので、実際の所はよくわからない。

 ただ、タイムは確実に伸びているようで、今まで併せ馬をしていた馬では私にはまったく追いつけなくなっていた。なかなか練習の結果が出ているようで、我ながら安心している。

 

 それにしても寒さがより深くなってきた。叶わぬ願いとは判っているが、のんびりと炬燵にでも入りたいものだ。

 

 

 ある日の朝、またもや車に乗せられて、気づけばまた競馬場の土を踏みしめていた。

 

 多分であるが、私の感覚で一か月も経っていないのにもかかわらず、本番のレースであるらしい。ただ、今回は場所については判る。移動する車の中から見えた風景は、前世の記憶の中に遠く存在する京都のそれであったからだ。

 ともすれば、ここは京都競馬場であろうか。確か、天皇賞や菊花賞が行われる場所だったと記憶しているが、いまいち定かではない。何せそこまで深い競馬ファンではないからである。それに、今回のレースはそういうものじゃないと思う。だって2度目のレースだもの。

 そして、2度目のレースともなれば慣れたもので、現地入りして大人しくコースの確認やらちょっとした練習やらを熟して、気づけば本番当日である。

 

 人間に引き連れられてパドックを回っていれば、今回の私の番号、『6』の横に並ぶ文字『5.4』を見ることが出来た。前回に比べて少し数字が大きいという事は、まぁ、他に有力馬がいるということなのであろうか。それでも、十何倍などとなっていない事から、私はそこそこの人気馬であるらしい。ちなみに距離は2000メートル。結構長い気がするが、前回1800メートルで気持ちよく走れたので、もしかしたら楽に駆けれるのかもしれない。

 

 出来れば今回もレースの勝利を収めて、このまま人気を伸ばしたいものだと思う。

 

 ただ、今回のレースはしっかりと周りを見ようと思う。前回はなんだかんだいって最後気持ちよく走ってしまって、周りとの実力差がはっきり言って判らなかった。

 今回、そこらへんをしっかりと見て、どのぐらいの力で勝てるのかをしっかりシミュレートして次へと生かしたいところだ。乗っている人間さえ許せば、ラストスパートはフォームを変えずに、つまりは全力でないスパートで勝利を収めたいと思っている。

 

 ただ、これは驕りではない。今後のためだ。

 

 もしここで本当に全力を出さなければならないなら、全力を出しても故障しない練習を改めて考えなければならないし、なにより今まで、他馬よりも明らかに、真面目に練習をしていてもコレということは、私自身の能力はそんなに高くないということだ。

 逆に今回全力を出さずに勝てれば、私は比較的才能があり、真面目に練習していた甲斐があったというもの。それが判れば戦略もまた広がってくるというもので、いよいよ『勝利への方程式』みたいなものも考えていけるであろう。

 

 ま、ひとまずは今日の結果次第であることは間違いない。

 

 ストップの合図で足を止めて、パドックの向こうから歩いてくる彼を待つ。今後の色々は君にかかっている。今回もしっかりと私の手綱を握っていてくれよ。

 

 

 今回のレースはどうやら右回りであるらしい。ゲートに入って前方を見てみれば、見事に右にコースがカーブしていた。

 どうもコースの芝生に上がってしまうと、緊張で未だ周りが見えなくなるらしい。いずれ慣れる日が来るといいな、などと思いつつ、最後の馬のゲートインを待つ。

 

 最後の馬がゲートに入ったと同時に、旗が振られて勢いよくゲートが開く。そして、手綱が扱かれて勢いよく足が前に動いた。

 

 やはりこの彼は、手綱さばきがめちゃくちゃ巧い。今回はさすがに2度目のレースということもあって、周りも安定したスタートを見せてくれてたためか、なんと前から4番目か5番目という好位置につけることが出来た。

 7番のゼッケンを付けた馬が加速して先頭につくのを尻目に、私と彼は中段の位置のままで控える。ここらへんは日々の練習の賜物で、我々は手綱無しにでも息ぴったりの動きが出来るまでに進化している。

 コーナーを2つ抜けても、順位はほとんど変わらない。直線に入って少し動きがあり、後方で控えていた馬が前にすっと順位を上げた。と同時に私の進むべきコースが塞がれてしまったわけだが、そこは巧い彼。さっと手綱を操り、私のコースを外へと振ってくれた。目の前には馬は居ない。少し大外のコースにはなるが、いつでもスパート発射体制に入ることが出来る位置だ。

 3つ目のコーナーの前で少し登りがあり、私にとっては特に何も感じないような坂であるが、馬達にとってはそうでもないらしい。

 

『うえー登ってるじゃんー』

『脚がおもーい!』

『我慢…我慢…』

『もうむりー!』

 

 いろいろなニュアンスが聞こえてくるが、ほぼほぼネガティブである。だが、こうなった時こそ私のチャンスの時間だ。周りをよく観察する。馬群は前のレースよりもギュッと小さくなっていて、前後の距離は短い。

 前を見てみれば、皆消耗を嫌って内に内にとコースが寄っている。私はと言えば、彼の手綱さばきもあり、少し外を走っている。後ろの連中も同じように内へ内へとよっているため、私についてくる馬もおそらくは居ない。

 

 行くか?そう思った瞬間、手綱が緩められた。

 

 …君は私と本当に気が合うようだ。それならば行かせてもらおう。フォームは変えずに、しかし力を少しだけ込めて。するするっと3つ目のコーナーを抜ける頃には外から先頭を狙える位置にまで付いた。

 4コーナーに差し掛かった。手綱が更に緩められて、スパートとは言わないが加速しろ、という事であろう。何せこちらは比較的外を回ってしまっている。内側を走る先頭の馬に追いつくには、今から加速しておいて損は無い。更に脚に力を籠める。

 

 そしてコーナーを抜けて直線。ここで初めて、本番のレースで私に一発の鞭が入った。

 

 勿論、馬の皮膚の前には、人間の力で振るった鞭などこれっぽっちも痛くない。むしろ、蚊か何かが止まったか?ぐらいの感覚なものである。しかし、この一発は手綱を捌く以上に意味がこもった一発である。

 

―行け、勝て―

 

 それにこたえるように、私は足に、肩に、体に、力を込めた。ただし、フォームは変えることはしない。なぜならば、それでも徐々に徐々に先頭に立ち始めたからだ。

 

 見かねた彼がもう一度鞭を見せるが、私はフォームを変えない。その代わりに、少しだけ歩幅を広げて見せた。すると彼は鞭を仕舞い、手綱を握り、捌いた。

 そしてその手綱さばきに身を任せているうちに、私は見事、先頭でゴールに駆け込んだのである。

 

 

 

「あいつ連勝しちゃいましたね」

「したな。本当に強いな、あいつ」

「しかも最後見ました?あいつ、スパートかけてなかったですよ」

「ああ、しっかりと見た。加速こそしたが、フォームが変わってなかったな」

「実は言ってなかったんですがね、あいつ、最近訓練で色々試してるんですよ」

「色々?」

「ええ。鞍上の指示もなく、歩幅小さくしてみたり、大きく飛ぶように走ってみたり」

「…それ、本当か?」

「ええ、本当ですよ。鞍上曰く、『指示していないのに色々試すんですよね。扱いにくい馬ですが、こいつ滅茶苦茶賢いです』だそうで」

「自分の意思でフォームを変えている、か」

「ええ」

「セクレタリアトみたいだな」

「あのアメリカの名馬の?でも、ピーマンに目が無いんですよ?」

「あー…」

 

 

「やぁ。今日は冷えるな」

「あ、ルドルフさん!本当ですよ。早く宿舎に帰って炬燵に入りたいです」

「ははは。だがこれから君はウイニングライブがある。帰る事は許されないぞ」

「判ってますよー。やだなぁ、あはは」

「それはともかくとして、2勝目、おめでとう」

「ありがとうございます!ふふ、このまま無敗のクラシック三冠を目指して見せますよ!」

「それは非常に楽しみだ」

「えへへ。あ、でも、ルドルフさんはなんでココに?会いに来てくれるのはうれしいんですけど」

「ああ、それについては、一つ君に聞きたいことがあったんだ」

「ボクに?聞きたいこと?」

「ああ、君、今日はスパートをかけなかっただろう?どうしてかな、と思ってね」

 

「んー…他のヒトには内緒ですよ?実はフォームの改良中なんです。もっと体幹を使って、水面を滑るように加速できないかなって。今日はそのフォームを意識しながら走ってみたんです。だから、前回みたいなフォームを変えてスパート!じゃなくて、シームレスにスパートをかけていたんです」

 

「ほう…私ですら気づかなかったよ。すごい事を考えているな」

「だって、ボクはルドルフさんに追いつきたいんですもん。色々武器を持っておいて損はないと思ったんです」

「そうか。―キミが私の元に追いついてくる時が、実に楽しみだ」

 


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