『亜米利加』から輸入されてきたものが日本で定着したという説がございます。
他にも欧米から、などなど説がございますが、なにはともあれ、
あの青臭くて苦い物体を初めて口にした先達に感謝を。
今日も今日とて、ピーマンイズワンダフル。
ゴールを先頭で駆け抜ける直前、私は今まで感じたことのない達成感を感じていた。
充実感、そう言い換えても良いだろう。足腰に漲る力、彼との絆、誰も並ばない先頭の景色。それらが重なって、最高の気分であった。それはまさに、音すらも消え、静寂に包まれる不思議な感覚であった。
最後の一歩を踏みしめた瞬間に、その静寂が消え去り、一気に歓声と馬の足音が聞こえ始めた時は、馬ながら鳥肌が立ったというモノである。
気づけば、彼は私の背で大きく右手を掲げ、大音声で叫んでいた。指を一本天に指差し、これでもかという大きな声で。少々うるさかったのだが、まぁ、今日は特別な日である。許してやろう。
彼の大声を聞きつつ、クールダウンをしながら周りを見渡していると、観客席で声援を送る人がいれば、頭を抱える人も見えた。そりゃそうであろう。この1992年の凱旋門賞。本来であれば日本のお馬さんなんていないはずである。しかも、勝利するなんて余計に有り得ないであろう事が起きたのだから。
『競馬後進国の日本の馬に我々の、欧州の馬が負けた』
きっとこう思う人々も居るであろう。事実、欧州から見れば、日本の馬のレベルはきっと低いものだと思う。だが、同時に。
『素晴らしい。日本もここまで馬を仕上げてこられるほどになっていたのか』
と感嘆を禁じ得ない人もいると、ぜひ、そうだと私は信じたい。なぜならば。
『お前速いな。次は負けない』
あのバナナのお馬さんが、クールダウンをしつつ、私を追い抜きながら、そうやって私にニュアンスを伝えて来たからである。
『次も負けないさ』
私もそうニュアンスを返すと、鼻息で返された。外国のお馬さんはなかなか大人しいと思っていたが、その内はやはり燃え滾っているようである。そりゃそうだ。私と同じサラブレッドなのだから。『私が一番である』。その本能は消せはしまいよ。
さて、そんなこんなしているうちに、内のコースを一周回って観客席の前に戻ってきていた。彼の手綱にしたがって脚を止めれば。
大音声の大喝采。まさにその言葉が当てはまるほどの歓声と拍手が私と彼に降ってきていた。そして掲示板を見てみれば、そこには。
20の数字が、てっぺんに輝いていた。
ああ、改めて、勝ったのだなと実感できた。と、同時に、彼は改めて右手を天に伸ばし、指を一本、天に突き出した。
更に大きくなる声援。
それならばと、私も1つ芸を見せることにした。私の脚と、体幹の筋肉を利用したちょっとした芸である。振り落とされるなよ、と願いながら、後ろ足に体重をかけて…。
前足で地面を思いっきり蹴り、後ろ足でしっかりと立った。
観客席からは、おお、とどよめきが起こる。ちらりと彼を見てみれば、めちゃくちゃ驚いている。だが、右手は天に指を掲げたまま。実にこれは狙い通りである。
私としてはやはり、凱旋門と言えばナポレオンであろうと思うのだ。
■
馬体検査を終えてから始まったのは、やはり表彰式であった。とはいえ、今回主に表彰されるのは、私というよりも、彼や私を世話をしていてくれた人である。
そして驚くことに、ここパリのロンシャン競馬場では、表彰台を馬が曳いてくるのである。結構な迫力に、少し後ずさってしまった。何せその表彰台を曳いている馬は、私の倍はあろうかという馬格なのである。脚も数倍太い。あれだ、農耕馬のでっかいやつと言った感じである。そして、そんな彼らに一瞬目を向けられ。
『おめでとさん』
とニュアンスを受けた時には更に驚いてしまった。というか、私がレースに勝利したと理解しているのかと。実に頭がいい馬であると思う。そして表彰台を見てみれば、レースの前に出会ったあの、外国人のお兄さんが居たのである。なるほど、凱旋門賞の表彰式にお出になれるぐらいのお偉いさんであったかと、そんなお偉いさんから手ずから餌を頂いたのかと、驚きの連続である。
ともかくとして表彰式を見ながら横で待機していたわけであるが、あるタイミングで、会場が静寂に包まれた。どうしたものかと耳を立てていると、厳かな、しかし、よく聞いたことのある曲が流れて来たのである。
つまり、これは国歌の斉唱であろう。
流れてきたのはもちろん、日本が誇る国歌、「君が代」である。いくら言葉が判らぬとも、曲ぐらいは判るというもの。ああ、なかなかに誇らしい。そして、国歌が終わると同時に、表彰式はお開きとなったのだが、最後の最後に記念写真が待っていた。
そういえば、こういうものを確か、日本では「口取り式」と言ったか。
ならばしっかりとやらせていただきましょうか。とはいえ、笑ったりはするはずもない。当方、ただの馬ですので。
しかしながら若干人が入ってますので、顔と馬体、あとはゼッケンがしっかりと写るようにポージングは任せてくださいな。と思ったら、カメラマンがジェスチャーで色々伝えてきたのである。
あ、もうちょっと後ろ足を?こう?ああ、前足はこうですね。えー、で、首は前を向いて?なかなか注文が多いカメラマンである。私以外の馬であれば、きっと暴れているであろう。
あ、はいはい。体はもう少し斜めですね。おっとオーナー。邪魔らしいので少し後ろに…口で肩をたたいて教えて進ぜましょう。ふむ、これでいいんですか?親指を立てるジェスチャーをされたので、問題は無いらしい。
ではしっかりと撮っていただきましょうか。…って君達何をそんなに首を傾げているんですかね。カメラは前ですよ?
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もっしゃもっしゃ。うむ。今日のピーマンは特別美味しい…などという事はない。いつもの通りに美味しいピーマンである。普段の通りにピーマンが食える生活とは実に素晴らしいものである。
それはさておき。レース場から戻った私と同志であるが、同志はなんと既にここには居ない。昨日ではあるが、車に連れられてどこかに行ってしまった。ただ、こちらの人間と彼方の人間が、やたらと挨拶を交わしていたので、『お疲れ様、また日本で』的な感じであったと思う。つまり、レオダーバン同志は先に日本に帰宅したのであろう。羨ましい限りだ。
私も早い所、日本に帰りたいなぁなどと思いながらピーマンをもっしゃもっしゃしていたわけであるが、案外とその日はすぐに来た。
体感にして同志が日本に旅立ってから数日後の事。あのお偉いさんの外国人のお兄さんや、バナナのお馬さん、そして、「16」のお馬さん…そういえば、レース中に勢いで「彼」と言ってしまったが、どうやら「彼女」であったらしい。気を付けねば…。に見送られながらも、私は車に乗り込んだのである。
彼らの私を見送っていた顔が実に良い笑顔であった事が、実に好印象であった。そしてたどり着いたのは、あの大きな空港。そして目の前には大きなジャンボジェット機。うむ、これは間違いない。帰国の途についたということである。
来た時と同じように、箱に入れられ、いざ搭乗!
さぁて、ここからは長くても半日の旅路である。のんびりとフランスの空気を思い出し、感傷に浸りながらのんびりとしていようじゃないか。
…そういえば、今回、凱旋門賞をトウカイテイオーとしての自分が勝ったわけであるが、その場合、本来の勝ち馬はどうなるのであろうか…?まぁ、今さらか。三冠馬トウカイテイオー。これだけでも史実をかなり変えているのだ。実際、私のせいでレオダーバンは菊花を取れなかったはずであるが、凱旋門に連れてこられるほどの人気があり、レースをきっちり入着で終えている実力あるお馬になったわけであるし、私が活躍しても悪いようにはなるまいと信じよう。
それにだ。レースに勝つのは私の仕事だが、それから先は人間が考える事なのだ。馬である自分があまり気にしても仕方がないのである、という事にしておこう。
しかし、帰ってからもレースは続くのであろうか。時期で言うと、ジャパンカップもあるだろうし、有馬記念もある。来年も走るとなれば、天皇賞、宝塚もあるだろう。おそらく今の私であれば、トウカイテイオーであれば勝ち切れるであろう。ああ、でも、もしかするとダート路線に変更して東京大賞典や帝王賞なども走るかもしれない。まぁ、どちらでもドンと来いというものだ。
こちとら凱旋門を走り切った名馬、トウカイテイオーである。国内のグレード1レースなのであれば、なんでも来ると良い!
そう心を新たに、決意を決めた。
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「獲ったな…」
「ええ…獲りました…」
「現実感がないな」
「ええ…全く。しかもこいつ、あんだけ全力で走ったっていうのに、変わりなくピーマン食ってますよ」
「ま…確かに勝った負けたは我々人間が勝手にやっていることだしな。馬にとっては関係ないだろう」
「走ってみたら旨いピーマンが食えてうれしい。という感じですかねぇ」
「その通りだろうな。はは」
「そういえば、ナイスネイチャ陣営に連絡しましたらね、『おめでとう。本当にやらかすとは思わなかった、ジャパンカップを楽しみにしてろ』だとか」
「…ははは、本当にやったな」
「ええ…嗚呼、化け物とばかり思ってましたが、こいつは正しく帝王でしたよ」
「皇帝を継いだ帝王か。いやはや、本物になったものだ」
「さて、と、次のレースは、アメリカか」
「ええ、ブリーダーズカップクラシックです。ターフの王は獲った。であれば今度は、ダートの王を」
「そういえば、ピーマンは大丈夫なのか?」
「ええ。今度は抜かりなく。ピーマンも、冠も、両方しっかり頂く予定です」
「なんとまぁ。随分と欲張りになったもんだな」
「そりゃあ私は、帝王の側近ですからね。欲張ってこそというものです」
「…それはそうと、あいつ、口取りの写真の時、カメラマンのジェスチャー理解してなかったか?」
「…偶然だと思いますよ?」
■
『さあ!お集まりいただいた皆様!今宵もやってまいりました!
ウイニングライブのお時間です!
本日の凱旋門賞はご存じスペシャルプログラム!
勝利したウマ娘の国の代表曲を披露していただきます!
まさかまさか!今年の凱旋門賞、誰がこの結果を予想したでしょうか!?
誰が、我々欧州のウマ娘が、このロンシャンで負けると予想できたでしょうか!
まだまだ未発達だと思っていた!そんな極東のウマ娘に負けると予想できたでしょうか!?
私も含めて、失礼ながら誰も予想していなかったことでしょう!
ええ、正直に申しましょう!我々は、日本のウマ娘を完全に舐めていた!
改めて!我々の想像を超える!素晴らしい走りを見せた、日本からきた勇者たちに、大きな!惜しみのない!最高の拍手と声援を!
…………ありがとう、ありがとうございます!
さあ、今日のウイニングライブは繰り返しますが、スペシャルプログラムとなります。
その前に少しだけ語らせてください。極東のウマ娘の話を。
―――彼女らは、デビューから一年後に、あるレースに挑みます。
ウマ娘レース発祥の地であるイギリスでは、2000ギニーステークス、ダービーステークス、セントレジャーステークスとよばれ。
私達にとっての、プール・デッセ・デ・プーラン、リュパン賞、ジョッケクルブ賞、ロワイヤルオーク賞とよばれるクラシックレース。
日本では、皐月賞、東京優駿、菊花賞という名前でクラシックレースが行われております。
今日のレースで勝利をおさめたトウカイテイオーは、なんとこの三つの賞を勝利したのだとか!惜しくも入着で終わったリオナタールも、トウカイテイオーに迫る実力を発揮したのだとか!そりゃあ、強いはずだ!
…そしてまた、日本でも我々と同じように、様々なライブが行われ、幾多の名曲が生まれております。
さて、今宵、勇者達が披露してくれる曲は、皐月賞、東京優駿、菊花賞での勝利者、つまり、日本で行われるクラシックレースの覇者のみが歌える特別な曲。
まさに、ウマ娘の生の中で、その時デビューしたウマ娘の中で、その時しか歌えない曲!
日本の三冠ウマ娘、トウカイテイオーですらも三度しか歌えないはずであった、まさに日本のウマ娘にとって特別な曲であります!
だが、しかし!その時しか歌えないと、その生の中で、三度しか歌えないと誰が決めた!
今宵のセンターは!『凱旋門を潜りし帝王』トウカイテイオー!
脇を固めるのは惜しくも敗れた我らがスボティカと、
見事な走りを見せてくれた『獅子』リオナタール!
さぁ諸君!我々に勝利した日本のウマ娘の!魂の叫びを聞こうじゃないか!
では披露していただきましょう!曲名は!』
『WINNING THE SOUL!!!!』
ピーマンは亜米利加へ飛ぶ。