そう思っていたピーマンの木。
今朝、何気なしに木を見てみれば、やられていたはずのピーマンが実を結んでいた。
いっそいで暖かい場所に移動させました。まだまだ楽しめる露地ピーマン!
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トウカイテイオーがアメリカに着いて暫く、レース場で練習を終えて、トレーナーと別れた後の事である。
ホテルへ帰ると、見慣れないウマ娘が、トウカイテイオーを待ち構えていた。
「やぁ、君がトウカイテイオーか」
「ん?うん。ボクはトウカイテイオー。そっちは?」
「エーピーインディ。今回のブリーダーズカップクラシックでは、みんなから一番人気に推して頂いているんだ」
「へぇ。そうなんだ」
「うん。ああ、噂によると君もピーマンを好きなのだとか。スボティカから話は聞いてるからね。親睦を兼ねてパーティーを用意しているんだけど、どうだい?」
「本当!?もちろん行かせてもらうよ!わぁ、それはものすごい楽しみ!」
「ふふ。ああ、それとだ」
今までの陽気な雰囲気を潜めたウマ娘、エーピーインディは、急にテイオーの首元を掴みながら、顔を突き合わせた。
「BCクラシックで勝利だと?我々を舐めるなよ。たかだか芝の凱旋門を先頭で潜り抜けたウマ娘に、このアメリカのダートコースは荷が重い」
エーピーインディはそう言いながら、テイオーを睨んだ。だが、テイオーは全く気にせず、笑う。
「あははははは!荷が重い?そんなもの、ボクには関係ないね。ボクは無敵のトウカイテイオー。ボクから言わせれば、走る地面を選んでいるような『ひよっこ』に負ける道理は無いね」
「ククク」
「あはは!」
暫く顔を突き合わせた2人だったが、エーピーインディが手を離したことによって、2人に距離が開いた。そして、満足するようにエーピーインディがテイオーの肩を叩いた。
「豪胆!ああ!お前を気に入ったぞ!なぁ、テイオーと呼んでもいいかい?」
「うん。インディと呼んでも?」
「もちろんだとも。なぁ、日本のピーマンも持ち込んでいるんだろう?スボティカから『苦くて旨味が強い』と聞いていてね。ぜひ食べてみたいんだ」
爛爛と目を輝かせて、テイオーの肩を掴むインディ。
「うぇー!?スボティカめ、余計なことをっ…。まぁ、ちょっとぐらいならいいよ?でも、ほどほどにしてほしいなぁ」
「ああ、弁えて居るさ。スボティカから『ピーマンのないテイオーは気の抜けた温いコーラ以下の存在だから、勝負する気ならそこを良く気を付けたまえよ』と聞いているからな。勝負は全力を出せるように、しっかりと体調を整えてくれ」
インディの言葉に、目を丸くするテイオー。『気の抜けた温いコーラ』ひどい言いようである。
「何言ってんのスボティカ…!?」
「ははは。でも、フォワ賞はひどかったじゃないか。あれはピーマンが無かったからなのだろう?」
「…」
思わず視線を外すテイオーである。それに対して、インディは陽気に笑った。
「だんまりか!ははは!すまないね!機嫌を直してくれ。ああ、そうそう。実は今日のパーティー。君に会いたいという人もいてね」
「…ボクに?」
「ああ。一人は私の師、シアトルスルー。『アメリカにおける初の無敗の三冠ウマ娘』さ」
「え…!?無敗の三冠ウマ娘がボクに!?」
テイオーはすこぶる驚いた。それはもう、尻尾が立つぐらいにである。なにせ、日本で言うところのシンボリルドルフが自分を待っていると言うのだ。
「おっと、驚くのはまだ早いよ。あと一人。これは君も知っているだろうね。通称『ビッグ・レッド』。そうさ!セクレタリアトも今日のパーティーには来て君を待っているのさ!」
一瞬あっけに取られたテイオーであるが、それを理解した瞬間、思わず叫んでしまっていた。
「え、えええぇぇええ!?ちょちょちょっと待って、ボク、そんなすごいウマ娘じゃないよ!?」
「いやいや、日本の無敗の三冠、そして、世界をひっくり返した凱旋門ウマ娘。会ってみたいと思うのは当然さ!さあ、行こう!みんなが君を待っている!」
「えっ、ちょっ、ちょっと!?心の準備が!え、っていうか、みんな!?他にもいるの!?」
「ああ!まぁ、君は名前を知らないだろうウマ娘達さ。そうだな…ボールドルーラー、イージーゴアというウマ娘も来ている」
「いや、まって、知ってる!知ってるよその名前!?」
「ははは!知っているのならば結構!さあ、行こうじゃないか!」
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もっしゃもっしゃ。そろそろピーマンの肉詰めなど食いたいなぁと思いを馳せている私である。まぁ、残念ながら私は草食動物であるので、叶わぬ願いであることは承知の上で、ではあるが。
さて、アメリカの大地を踏みしめて数日。未だレースが始まる気配はない。ただ、その機運は高まっているようで、最初こそインディと私しかいなかった厩舎に、徐々に馬達や人間の姿が多く見えるようになってきていた。そして、毎度の事ではあるが、ポスターも張り出されていよいよといった具合なのである。
そんな張り出されたポスターの文字を見てみると『1992 Breeders' Cup Gulfstream Park』となっていた。
あー…なるほど。1992年のアメリカ。大レース。そしてエーピーインディ。つながった。エーピーインディがこの1992のブリーダーズカップクラシックで優勝して引退したのだ。
ということでだ、エーピーインディがいる時点でなんとなく察してはいたのだが、今回、私が走るレースはブリーダーズカップであるらしい。アメリカ競馬最大の祭典であり、獲得賞金も世界でトップクラスのレースである。
まぁ、つまりはだ、G1レースが一日で10本ぐらい行われる祭典なのだ。その規模の大きさといったら、まさに世界一である。日本で例えるならば、暮の中山で、その日行われる11レース全部G1で、ダートから短距離から長距離まで行われる有馬記念みたいなもんである。そんなものが日本にあったらぜひ見たい。
まぁ、つまりはこのブリーダーズカップに出場するために私はアメリカに連れてこられたということであろう。いや、マジか。凱旋門では飽き足らずにブリーダーズカップまで。欲張りとはよく言ったものである。
ま、とはいえ私は走り切るのみであろう。それとだ、凱旋門賞馬となった今、なんとなくその重圧を感じてはいる。特に国外で私が走るとなれば、つまり、私のレースは日本の競馬そのものになってしまうのだ。
ああ、実にこれは負けられんなぁ。
とはいえだ、ブリーダーズカップは一日に何レースも行われる。芝もあればダートもあるし、短距離もあれば長距離もある。どれに出てもまぁ、負ける気はさらさらないのであるが、どれに出るかは少し知っておきたいとは思う。心構えが違うのだ。短距離であれば電撃的に、長距離であればダイナミックに。芝であれば圧倒的速度で、ダートであれば力でねじ伏せる。その心構えをしたいところなのである。
うーむ、さて。未だ鍛錬が行われないので、練習から感じられるそこらへんの情報が無いのである。厩舎で休むのも良いのだが、私としてはそろそろ走りたいわけなのだ。
と、隣の厩舎から「がばり」と音が聞こえて、馬の顔が厩舎の入り口からこちらを見て来た。
『あれくれ』
開口一番それかいと突っ込みつつも、ピーマンを1つ差し上げる。器用に唇でそれを受け取ったインディは満足げにニュアンスを伝えて来た。
『旨い。旨い』
それはようござんしたねとニュアンスを返して、私もピーマンを食らう。
…この私の隣のお馬さん、エーピーインディが出るとすれば、間違いなくブリーダーズカップの中でもメインレースであるクラシックであろう。賞金が最も高く、ダートの約2000メートルを駆け抜けるレースである。
おそらくはまぁ、厩舎で隣同士になったということは、私のレースもブリーダーズカップ、その中のクラシックではないだろうか。実際、可能性は高いだろうな。覚悟はしておこうと思う。
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あくる日、厩舎から出された私は、なんとレース場のコースの上に居た。あれ?レース場?本番?鍛錬はどうしたんだろうか。と疑問に思ったが、どうやらこのアメリカでは、レースを行っていない間にレース場で鍛錬を行うのが当たり前であるらしい。エーピーインディも、他のお馬さん達もそれはそれはもう全力で走り込みを行っている。
しかし、この地面はなかなか初体験の感触である。まぁ、予想通りダートのコースに連れてこられたわけであるが、このダート、日本のダートとは全く違うモノなのだ。
日本でダートと言えば、砂の事である。芝に比べて、雨に濡れればぬかるむし、乾いていたら乾いていたで舞うし、しかし足への負担という意味ではかなり良い地面である。
対して、アメリカのダートは、砂ではない。明らかに土である。しかも、結構踏み固められた土である。イメージとしては、日本の、そう、日本の砂地の公園みたいな感じであろうか。というかだ、下手をすればこのダート、締固められているせいもあってか、日本の芝よりも固いかもしれない。
思わず何度も蹄で地面を確認してしまったほどだ。表面こそ確かに柔らかい土なのであるが、その下は明らかに硬い土。土間というか、岩とまではいかないがかなり硬い。芝のつもりでストレッチがてら軽く跳ねてみたりしても、結構脚に衝撃が走る。うーむ、これは今までに無いタイプの地面である。
ひとまずは、彼の手綱に従って軽く流してみたり、時には本気で走ってみたりと緩急をつけて走っているわけである。ただ、凱旋門の時の様に思いっきり踏み込むと、少々、筋肉どころか骨に響く痛みが出るので、これは改善の余地があるだろう。となると、一歩一歩のストライドを広げて力で加速というよりは、歩幅を狭めて、脚の回転で加速していった方がいいのではないだろうか。
お、ちょうどいいタイミングで併せ馬。せっかくなので試してみよう。
お、おお!?相手のお馬さんを上手い事、置いてきぼりに出来た。なるほど、回転を上げて加速すると実にこのダートでは良い感じである。ただ、この回転で速度を上げる場合は、ストライドを広げたときの様に一気に加速が出来ないので、彼の勝負勘というものが一層大切になってくるのだ。
さて、色々と課題が見えて来たわけだし、時間は短いがしっかりと鍛錬を積むとしよう。私の方は万全に仕上げよう。だから、戦略は任せたぞ君よ。
そう意味を込めて鼻息を荒くし、首を彼に向けたところ、首を2回、優しく叩かれた。
―判っているよ―
確かに、そう聞こえた様な気がしたのは、私の気のせいではないはずだ。
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「お疲れさま。あいつ、よく食べているな」
「お疲れ様です。何とか口に合うピーマンを手に入れられたのでほっとしました。日本のピーマンと合わせてめっちゃ食ってますからね。安心ですよ」
「うーむ。フォワの時は輸送直後だったから輸送に弱かったのかと思ったが…本当にピーマンでやる気が出てそうなのがなぁ…変わった馬だよ」
「ま、腐っても凱旋門馬です。誇り高き我らがテイオーですよ」
「それにしてもよくもまぁ都合よくBCクラシックに出場できたな。いくら日本で活躍しているとはいっても、ねじ込むのは難しかっただろうに」
「ええ。というのも都合よくイギリスの出場予定だった馬が辞退を申し出たのが功を奏しました」
「なるほど。辞退者が。本当によく、この時期に日本馬が走れる空きが出来たと思ったよ」
「ええ。というのも、その馬は今まで芝でこそ強かったらしいのですが、陣営がこのBCに出場させて箔を付けようとしていたらしくてですね。すぐそこまで来てたのですが、テイオーが凱旋門を勝利した姿を見て、ああ、この馬が出るというのならば辞退したほうが良いと判断したそうで」
「なるほどな。そのおかげというわけか…と言うか、その馬が辞退していなければ、テイオーはブリーダーズカップクラシックを走れなかったということか!?」
「はい。ま、その場合は適当なレースを走って帰国する予定でした」
「本当かよ。オーナーの決断力と、お前の豪胆さがすごい際立つな。…でだ。実際、こっちのレース場で調教を始めたわけだが、感触はどうなんだ?」
「ぼちぼちですね。最初こそ戸惑っていましたが、走り始めればいつもの通りでした。ま、あちらさんから喧嘩を売られるとは思いませんでしたが」
「ほう?」
「ジャパニーズの芝の馬がダートを走ってるなんてな!芝と登録間違ったんじゃないのか?と。地元のジョッキーから舐められた言葉をね」
「そりゃあまたずいぶんと舐められたもんだ。で、どうしたんだ?」
「奴らの倍以上周回を繰り返して、その上で鞍上と話を合わせて、その舐めてきたジョッキーに併せてからぶっちぎってやりました。その上で『今日は非常に残念でした。芝が主戦場のテイオーでも追い抜ける馬しかいなかったという事は、BCクラシックに出る馬と騎手は、今日はこのダートに居ないのですね』としっかり伝えておきましたよ」
「やるなお前。しかし、あまり感心はしないが」
「わかっています。テイオーのしっかりとした足腰とスタミナだから出来た芸当ですよ。それに、実際、舐められててもいけませんからね。実力はある程度見せておかないとと思いましてね。ま、ただこれで、マークは厳しくなったでしょうね」
「だろうな」
「ですがまぁ、それでも勝てると踏んでいます。何せ我々の最高の帝王ですからね」