麦酒が止まらんです。
「やあ、君がトウカイテイオーか。私が「ビッグ・レッド」セクレタリアトだ。こいつが無敗の三冠ウマ娘シアトルスルー。そちらの、シンボリルドルフと同じ立場さ」
「お初にお目にかかるね。私がシアトルスルーだ。ベルモントパーク学園の生徒会長もやらせてもらっている。シンボリルドルフとはドリームトロフィーの打ち合わせでよく顔を合わせているよ」
「は、はじめまして…ボク、トウカイテイオーって、いいます。あ、ええと、二人とも、テレビでお見かけしたことが、あります」
見事に直立不動。そんなトウカイテイオーを見て、2人のレジェンドは大きく口を開けた。
「あはははは、これはこれは。緊張しすぎではないかね。君は、我々ですら獲れない凱旋門を見事に潜ってみせたのだ。堂々としてくれ給えよ」
「そうですよ。それにルドルフから、君の事は聞いていた。すごいウマ娘がいるんだとね。あのルドルフが少女の様に弾む声で話していたよ」
「え!?ルドルフさんがボクの事を!?」
「ああ、そうとも。だから私たちも君の活躍は他人事とは思えなくてね。エーピーインディの事をもちろん一番に応援してはいるが、その次に君を応援しているんだ」
「その通り。インディも素晴らしいウマ娘だ。BCのセンター候補さ。だが、それでも。君がこのアメリカのダートを制することを期待している」
「あ、ありがとうございます。精一杯頑張ります!」
「ま、ということで前祝だ。こちらにある料理は私、セクレタリアトが腕によりをかけて作ったものだ。存分に食べてくれたまえよ」
「君も我々と同じでピーマンが好きだと聞いている。無論、それ以外の物もあるが…アメリカのピーマン、とくと味わってくれ」
「はい!」
そんなテイオー達のやり取りを、遠くから2人のウマ娘が聞き耳を立てていた。
「うーん、見事なメンタル。流石凱旋門ウマ娘だ。今までの日本のウマ娘と違ってキモも据わってやがる」
「なぁ、インディ。あれが本当にトウカイテイオー?随分小さいじゃないか。あんなのが凱旋門賞ウマ娘なのか?」
「ん?…あ、ええ。あれが本物ですよ。イージーゴアさん。どうしたんですか?そんな不機嫌そうにして」
不機嫌そう。そう言われたにしては少々、楽しさをも感じるような笑みを浮かべて、イージーゴアはこう、呟いた。
「…アイツを思い出しただけ。あの忌々しい、小さな体のアイツをな」
「ああ、なるほど。確か今、日本にトレーナーをやりに行ってるんでしたっけ」
「そうなんだよ。あの野郎、俺に何も言わずに日本になんか行っちまいやがって。俺としちゃあ全く張り合いがない。全く、強者と走れるお前が羨ましいぞ、インディ」
■
もっしゃもっしゃ。毎度の如くピーマンを食らうわけである。しかし、このアメリカンなデカいピーマン。食い慣れてしまえばこっちのもので、この肉厚さが実に良いとさえ思えて来た。
甘さも気にならなくなってきたので、ついに私の味覚も進化しつつあるということなのであろうか。うむ。良い傾向だ。
酸いも甘いも喰ってこその良い体なのだ。食い物で体は出来る。そうだ、であれば、色々喰ってこそ強い体になるということなのだ。
あ、『ほぼピーマン』はぜひご遠慮願いたい。パプリカも同様である。
と、まぁ、そんな感じで朝飯を食っているわけなのだが、今日はこのレース場の雰囲気が昨日までとは全く変わっていた。
明らかにスタッフが忙しなく、右往左往、休みなく働いているのである。しかも、遠くで結構歓声が起こっている感じなのだ。
しかも、今日は珍しくオーナーや彼も、朝早くに私の厩舎へと顔を出していた。
ということは、まぁ、おそらく、今日が例の『ブリーダーズカップ』の当日という事なのであろうと思う。
いやはや、凱旋門の後、どこに来たのかと思えばまさかのアメリカというのは本当に驚いた。というか、体感で一カ月も経っていないので、よくよく考えればすんごいローテーションである。
ま、ピーマンがあるから深くは考えないようにしよう。というか、ここまで聞こえてくるのだから、ブリーダーズカップの歓声と人気は本当にすごいものである。
ではまぁ、ピーマンを食いながら、ゆっくりと出番を待つとしましょうか。
■
『さあ、いよいよ、第9回ブリーダーズカップクラシックの発走時間が近づいて参りました!注目の一頭はやはり我らが凱旋門賞馬トウカイテイオー!
オーストラリアに旅立ったレオダーバンのレースが来週に控える中で、このトウカイテイオーはどんなレースを見せてくれるのでしょうか!
一番人気はエーピーインディ!父にアメリカ無敗三冠馬シアトルスルー、母父にはセクレタリアトを持つまさにエリート!
そう、父に無敗の三冠馬シンボリルドルフを持つトウカイテイオーとよく似ている馬であります!
今回のレースは、その無敗の三冠馬の子の対決でもあるのです!
ですが今回、トウカイテイオーは初のアメリカのダート。かなり不利な状況が予想されます。が!凱旋門賞馬としての、そして、日本ではダートも走り勝利したその強烈な末脚に期待いたしましょう!
さあ!発走まで後わずか!いよいよ、本馬場入場です!』
■
予想通りと言わんばかりに、馬具を付けられてパドックに来てみれば、そこに現れたのは見事な大観衆と、そして大きな建物である。なんであろうか、ヨーロピアンな優雅な建物だ。
そして観客が一段低い場所にいるからか、今までと違って少し違和感がある。何せ、日本もパリも、私は見下ろされる側だったのである。観客を見下ろせるとは、なんというかむず痒い。
ちらりと周囲を見渡してみれば、いたいた。エーピーインディ。なんというか、残念ながら調子は良さそうである。
というか、周りのお馬さん達の馬体も、私より一回りも二回りもデカい。そのデカさのせいで、ただでさえ皆調子が良いように感じてしまうのだ。それに海外のお馬さんの特徴なのであろうか、ニュアンスもあまり伝わってこない。
うーむ…気になるお馬さん、とも思ったのが、こうも静かでは何も情報が得られない。実際、今までのレースでも私が『良い』と感じた馬が上位に入ってきていたりするので、我ながら結構貴重な時間なのだがなぁ。
ただ、その中でやはりエーピーインディだけは。
『やる』
と小さくニュアンスを発していた。流石のお馬さんである。
そしてパドックを見回していると、大きな画面を発見。それならばいつものチェックである。レース名は…これか、1992 Breeders' Cup Classic。うむ、間違いない。明らかにブリーダーズカップクラシックである。
いやはや、改めて思う、本当にかと。
こちとら一か月前に芝の王になったばかりである。今度は砂の王者に成れってか。人間達もなかなかの無茶を振って来るものだ。
で、何々。私トウカイテイオーは『11』なのだが…ふむ。5番人気といったところか。まぁ、順当であろう。で、件のエーピーインディは『4』なのだが…ああー、やはり。一番人気である。当然であろうな。史実での勝利馬であるわけだし。いままでの経歴もまさしく砂の王者なのだから。
…それにしてもこのパドック、妙に居心地が良い。やはり建物がいいのだろうか、それとも、見下ろされる感覚が無いからか?謎である。
などと考えていたら止まれの合図が流れ、彼が私の下へやってきた。三回首を叩き、私に跨り、一発強めに首を叩かれた。
――獲るぞ――
そう感じ取れるような気合の入った一発である。
――あたぼうよ――
鼻息を鳴らし、そして、彼がしっかり跨ったことを確認してから、パフォーマンスがてらに前足を蹴り、立ち上がる。…よし、パドックの観客から歓声が上がったので、満足である。
そして異変はレース場に入場したときに起きた。なんと、凄まじいブーイングが飛んできたのである。まぁ、確かにだ。明らかに今回のレースのエースはエーピーインディ。そこに挑む日本の、しかも芝の王者。舐めているとしか思われないだろうなぁ。ま、とはいえやる事は変わらない。脚を深く沈ませて、跳ぶ。動的ストレッチをしながら脚を温める。そして彼の手綱に合わせてウォーミングアップでコースを軽く一周。
ふむ。足元は非常に硬い。日本の芝よりも固い。ただ表面の土は芝よりは柔らかい。やはり妙な感触である。
ゲート前までウォーミングアップを行い、すっとゲートに収まる。そして、他の馬のゲートインとスタートを待つわけなのだが、その間もなかなかのブーイングが止まらないのである。並のお馬さんであれば萎えているかもしれない。
だが、こちとら中に人がいるのだ。萎えるなど冗談ではない。
凱旋門賞馬であるこの私にブーイング?いい度胸じゃあないか。―――いいだろう。全力で獲りにいってやる。
■
『トウカイテイオーが本馬場に現れました…!?っと、すごいブーイングだ!画面越しでもわかるブーイング!芝の王者に対して厳しい洗礼だ!
だが、鞍上とトウカイテイオーは涼しい顔でいつものテイオーステップを踏む!芝でもダートでも関係ないと言わんばかりだ!
ウォーミングアップを終えたトウカイテイオー、11番に入ります。いやしかし、ブーイングが止まらない。
おっと…トウカイテイオー、珍しくゲート内で落ち着きがないか。少々前足で地面を抉っている。やはりブーイングが効いてしまっているのか。』
『うーん、やはりアメリカはダートが主戦場ですからねぇ。凱旋門馬がダートの王者を決めるブリーダーズカップクラシックに出るなんて、現地のファンからしてみれば舐められている、と感じても仕方が無いでしょう。トウカイテイオー、落ち着きを取り戻せればよいのですが』
『確かに。さあ、全14頭。ゲートインが完了しました。第九回ブリーダーズカップクラシック。今、スタートです!各馬揃ってスタート。先頭争いですが、ジョリファとサルトリーソング、ラジアンロードの三頭がどうやらレースを引っ張っていきそうです。エーピーインディは前目に付けて4番手、我らがトウカイテイオーはすっと下げて後方12番手からの競馬であります』
『あのブーイングの中、鞍上がうまい事折り合いをつけて逃げでも先行でもない、一番トウカイテイオーが強い位置に付けましたね。期待が高まります』
■
スタートは見事に決めることが出来た。少々、隣のお馬さんがよろけたせいで減速してしまったが、まあ、問題は無い。何せ、彼からの指示も、減速して後ろに付けということだったのだ。
すっと力を緩めて後ろから三番目でホームストレッチを駆け抜ける。エーピーインディはと探してみたが、馬群でよくわからない。ただ、おそらくは前目についているはずだ。おっと、後ろのお馬さんなのだが、スタート直後からものすごい走りにくそうである。大丈夫か?
前に後ろにと確認しながら、最初のカーブに入る。馬群の先頭のほうが見えた。ああ、いた、4番手にエーピーインディだ。先頭は確か、先の画面で…ええと、ジョリファというお馬さんであったはずだ。後方から見てもなかなかいい走りをしているじゃないか。
いやしかし、これまたレースとなるとこの土は走りにくくなる。他のレースや、前を行く馬のせいでより締め固められているのか、硬い地面なのにもかかわらず、荒れた芝のように凸凹でなかなか走りにくい。そしてそれをいとも簡単に走る彼らはやはりすごい脚の持ち主たちである。正直に尊敬できる存在だ。
そんなことを考えながら、最初のカーブ、そして次のカーブを抜けてホームとは逆のストレッチへと入った。先頭は未だにジョリファであろう。前でそんなに動きは無い。だが、後方の2頭は明らかに馬群から離れていた。そして、今になってニュアンスが伝わってきた。
『はしりづらい!』
ああ、であろうな。私ですらそう思うのだ。というか、アメリカのお馬さんでもダートが苦手なお馬さんって…まぁ、そりゃ居るか。芝の競馬がメインである日本ですらも、芝がダメでダートが得意な馬がいるぐらいであるしね。
などと考えていたら、三つ目のカーブがやってきていた。と、同時に、彼から手綱の指示が飛ぶ。右の手綱を引っ張られ、そして緩められる。それだけで理解が出来る。
―――大外を回しながら加速だ―――
了解と手綱を食み、コーナーの入り口から体を外に滑らせつつ、脚の回転を上げる。今回はパワーではなく、回転で速度を出すのだ。彼もそのつもりであろう。
と、同時に、『4』のゼッケンのエーピーインディも最内を滑るように加速していく姿が見えた。なるほど、奴と仕掛けは一緒か!
三つ目のカーブを抜けて四つ目のカーブへ。私は大外から追い上げ、前から6番手といった位置。エーピーインディは最内で3番手という位置でコーナーを駆け抜ける。
いやはや、これはどうだ、行けるか?そう疑問を浮かべつつも加速をしながらカーブを回る。そして、カーブを抜ける直前、彼から、鞭と手綱が早めに入った。
―――行くぞ相棒!―――
―――合点承知! ―――
手綱を食み、回転をピークへと持って行く。これでもかと心臓の脈動が上がり、呼吸も荒くなる。だが、所詮30秒程度の全力。であれば、この私に出来ない事は無い!
歩幅を小さく、回転を上げろ! 背中と腹の筋肉をフルに使って蹴りだした足を速く戻せ! そして鍛え上げた脚の筋肉で土を素早く蹴り上げろ!
なんていったって相手はエーピーインディ!並大抵では勝てないのだ!そうやって、今の走り方で出せるトップスピードでホームストレッチに突っ込んだと同時である。
最内から爆発するかのように、エーピーインディの馬体が先頭へと躍り出たのだ。
■
『さあ第三コーナーを周りましてトウカイテイオー鞍上が動いた。マークを嫌ってか大外へ廻してスパートをかけたか!?
対して一番人気エーピーインディ、内側を舐めるように前へと上がって行っている!これはトウカイテイオー不利か!?
第三コーナーを抜けて第四コーナー…トウカイテイオー動いた!鞍上の鞭が飛ぶ!大外をすごい勢いで加速してきたトウカイテイオー!あっというまに先頭になら…ばない!?
最内からエーピーインディが伸びた! 一気に後続との、トウカイテイオーとの距離が開いていく! 一番人気は伊達ではない!
だがトウカイテイオーも粘る!エーピーインディ伸びる!最終直線!砂の王者まではもう少しだ!頑張れトウカイテイオー!』
■
こいつはやっぱり速い!エーピーインディ!!やっぱりお前速いなぁ!!!
私の全力でも追い抜けないか!ええい!こっちの脚の回転はこれ以上上がらんぞ!
残り200メートルの標識が飛んでいった。と、同時に、手綱を捌いていた彼から更に3発の鞭が入った。
ええい、そうだよな!それしかねぇよな!判ってるじゃないか!
手綱を更に深く食み、腰を落とした。そして、凱旋門のラストスパートの様に、一気に後ろ足を蹴り、しかし滑らないように蹄をしっかり地面に立てる。
更に、一気に歩幅を広げて自慢の脚のパワーに加え、今まで上げに上げた回転力を乗せて、土を抉った。
正真正銘の私が今出せるトップスピードである。
硬い土に骨がきしみ、関節が悲鳴を上げた。
だが、まだ、まだ私の自慢の脚の筋肉は悲鳴を上げていない!
――――イケる!
さあ勝負だエーピーインディ!お前がアメリカダートの王者であることは知っているさ!
だが俺だってなぁ、誇り位あるんだよ!
100メートルの標識が後方にすごい勢いで飛んでいった。残り僅かだ!
ああちくしょう!そうだよ!こちとら凱旋門の、日本の誇りを背負っちまってるんだ!
お前が何者であっても、伝説のエーピーインディであっても!
ここで私が負けたら、日本の競馬はこんなもんだって思われちまう!
なによりもだ、名馬トウカイテイオーがこんなところで負けてられるかよ!!
ええいクソっ!速いな本当に!だが!だけどなぁ!行くぞこん畜生!根性見せろや俺の脚!
さぁ!これが、これこそが俺が全力で絞り出した本気の本気の全力だ!――――手綱を、捌けぇえええ!
■
『最終コーナーを抜けてトップはエーピーインディ!やはり一番人気、強い!
だがここできたきた大外に振ってトウカイテイオー!残り200メートル!鞭が飛んだ!トウカイテイオーが再び伸び始めた!射程に入ったか!?だがエーピーインディも譲らない!まだ伸びる!
残り100メートル!エーピーインディにトウカイテイオー並んだ!並んだ!並んだ!だがエーピーインディも再び伸びる!譲らない!?
残り僅か!エーピーインディ!トウカイテイオー!エーピーインディ!!トウカイテイオー!!っとお!?トウカイテイオーが加速した!?最後の最後に伸びて!伸びて!伸びて!伸びたああああああああ!
先頭、トウカイテイオーで今ゴールイン!!
なんてこと、なんてことだ!誰がこんなことを予想できたでしょうか!砂のゴールを、先頭で駆け抜けたのは!
ブリーダーズカップクラシック!砂の王者は!
凱旋門を勝利した、芝の王者!トウカイテイオー!
砂の冠を堂々の戴冠!砂と芝!
名実ともに! サラブレッドの帝王誕生だー!』
■
「…ははは、はははは!なんだあいつは!なんだ、なんなんだあいつは!」
「どうしたんだセクレタリアト」
「アイツ、アイツ、歩幅、スパートの時に歩幅を、走り方を変えていただろう! ああ、なんてことだ、ああ!?」
「等速ストライドの使い手は確かに珍しいが、それは君もだろう?」
セクレタリアトはダン、と強く地団駄を踏んだ。
「違う!私の等速ストライドと、アレは違う!」
シアトルスルーは困惑し、思わず声が漏れた。
「は?」
セクレタリアトはそんなシアトルスルーにお構いなしに、言葉を続けていた。
「アレは等速ストライドなんて甘いものじゃ決してない!あれは正真正銘の可変ストライドだよ!数種類のストライドを使い分けた私と、ストライドを自在に変化させているあいつじゃモノが違う!ああ、ああ!あれは、あれこそがウマ娘の理想形だよ!なんてこと、なんてことなんだ!」
セクレタリアトはそう言って、地面に蹲ってしまった。どうしたと、心配しながらシアトルスルーは声を掛ける。
「…セクレタリアト?」
そう言って肩に触れた瞬間、今度はセクレタリアトは、拳で地面を殴っていた。
「なんで私はあいつと同じ時代に産まれなかった!私は!ああ!ああ!ちくしょう!ちくしょう!なんであいつに挑めない!なんであいつと勝負が出来ないんだ!ちくしょう!」
衝動。勝負したい。あいつに勝ちたい。そんな衝動である。だが、そこには時代の壁が大きく立ちはだかる。セクレタリアトは過去の栄光である。だが、目の前の、日本のウマ娘はまさに『今』栄光を勝ち取ったウマ娘。交わる事は本来、決してない存在だ。
「…いや、セクレタリアト。勝負は出来る」
だが、シアトルスルーはそれが交わると言った。その言葉に、セクレタリアトは食って掛かる。
「ああ!?どうやって、どうやってだ!」
「日本のドリームトロフィーリーグがあるだろう。あそこに奴が上がるまで、待てばいい」
「…ドリームトロフィーか。しかし…なぁ、私にはもう、全盛期の力は…」
「だが、奴と走るにはそうするしかあるまい。可能性はそこにしかあるまい。今の私であれば、ベルモントパーク学園の生徒会長の私、シアトルスルーであればお前をそこにねじ込める」
シアトルスルーはそう言って、セクレタリアトを見た。その目は、静かに、セクレタリアトの言葉を待っていた。
セクレタリアトはシアトルスルーの目を見て、そして、はっきりとこう告げた。
「――――ねじ込め、シアトルスルー」
獰猛な笑みを湛え、セクレタリアトは静かに吠えた。
「勘を取り戻す。明日からだ。数人、良い練習相手を用意しろ。―――いいな?」
「アイマム。―――ビッグレッドの仰せの通りに」
シアトルスルーは静かに頭を下げた。と、更にセクレタリアトは言葉を続けた。
「ああ、あと。日本でトゥインクルを走っているヒシマサルに連絡だ。来年から私のトレーナーになれと」
「…あいつをあなたのトレーナーに?なぜです、ビッグ・レッド」
「あのトウカイテイオーを作り出した日本のトレセンに通っているんだぞ?しかもトウカイテイオーの後輩だぞ?学ぶべきものは多いだろう。それに私はもう衰えている。だからこそ、使えるものは全て使う。当然だ」
「そういうことでしたら。早速、連絡を取りましょう」
■
トレセン学園のカフェ。2人のウマ娘が、BCクラシックをテレビで見ていた。
「わー、BCクラシックでテイオーが勝ったかぁ………」
「ふむ。やはりあいつは最強だったか。凱旋門で勝負できたことは誇りに思うよ」
「…そーですねー」
「む、君も同期が勝って嬉しくはないのか?ナイスネイチャ」
「嬉しい、すごく嬉しいんですけどね、スボティカさん。ちょっとプレッシャーが」
「ふむ。そうか。それならばまぁ、気晴らしに並走でもどうだい? テイオーがライバルとして認めている君と走れるのなら実に楽しいのだがね?」
「…いえ、その。レース本番で走る相手と併走はあんまり…」
「おおっと、これは失礼した。確かに君は日本の代表…確か、日本総大将とか言ったか?ではまぁ、あまり探りを入れては仕方がないね。テイオーが認めている君に、ジャパンカップでしっかりと勝てるようにユーザーフレンドリーと練習することにするよ。では、また」
そう言ってナイスネイチャの下から去るスボティカ。その背を見えなくなるまで見ていたナイスネイチャであるが、次の瞬間、肩をがっくりと落としていた。
「…おなかいたい」
だが、そう言いながらも、テレビの向こうで、アメリカの大地で、大舞台で、見事勝利をおさめたテイオーの姿をしっかりと見つめ直すナイスネイチャの姿があった。
「けど、そうかぁ。芝も砂も、世界のトップはテイオーが獲ったかぁ。すごいよねぇ…」
そして、そのテレビの向こう側のテイオーを睨みながら、小さく、しかし、しっかりとこう、呟いた。
「ジャパンカップ。――――『テイオーが出ていれば』なんて絶対に言わせないから。有マ記念で、絶対にあんたと冠をかけて勝負してやるから、ね?」