ボク、ピーマンが好きなんだよね   作:灯火011

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しかしてピーマンは旨い。

ピーマンをヘタと種をつけたまま4つに割って、それを素揚げにしまして。

カレーライスの上に乗っけるとこれまた美味になります。いやはや。

ピーマンイズワンダフル!


ピーマンは、海を越えた

「おめでとうございます。ついにやりましたね!ターフとダート。名実ともに最強ですよ!」

「ありがとう。いや、すごい馬だと常々思ってこそいたけれどね…。ここまで連れてきてくれるとは夢にも思わなかった」

「あっはは!完全に同意しますよ。ああ、こんなことならまだ乗っていればよかった!」

「ははは。まぁ、君は君の夢を追い求めたんだ。いいじゃないか。でも、ありがとう。君が譲ってくれたおかげで、僕はここまで来れた。本当に感謝するよ」

「何をおっしゃいますか。先の私の発言は冗談として聞いていただいて構いません。ここまでは私ではあいつと一緒に来れなかった。あなただから一緒にここまで来れたんですよ」

 

「…ありがとう。ありがとう。ああ、ああ、ありがとう」

 

「しかし、こうなると次が気になりますね。陣営は何と?」

「有馬記念とは言っているけれど、詳細は帰国後だろうね。何せここまで活躍した馬だ。もう種牡馬として子孫を残す方向にシフトしてもいい頃だと思う」

「確かに。もう良い頃合いではありますよね」

「ああ。ただ、僕はできる限り乗っていたいんだ。正直言うと、僕は夢の続きを見ているんだ。できれば、できる事ならば、いつまでも見ていたい夢の続きさ」

「夢の続き、ですか」

「ああ。ルドルフで見ることが叶わなかった、夢の続き。まさか地続きの地平で見ることができるとは思いもしなかったよ」

「…ああ。なるほど。しかも国内最強どころか世界最強ですから、文句なしですね」

「うん。ま、ただ。国内古馬のG1を勝てていないのが、ひとつ、心残りではあるかな。ただ、そうだね。もしテイオーが種牡馬になるというのならば、僕は―」

 

―――鞭を置いて、この馬の子の世話をしたいかな。その時は君に、ご指導ご鞭撻のほどをお願いしたいと思っているよ

―――ああ、それは。素晴らしい良い夢ですね。私としては、いつでも歓迎しますよ

 

 

 『お前速い。お前気に入った。もっとピーマンくれ』

 

 脈略もないニュアンスを送ってくるのは、隣の厩舎でピーマンを貪るナイスガイ…ナイスホースのエーピーインディ氏である。いや、どうしてこうなっている? 状況としては、レースから数日たっているにも関わらずに、私とエーピーインディはこうやって隣同士の厩舎でのんびりしているのだ。

 

 というか、バケツ3杯のピーマンのうち、1杯はこいつにやらねば暴れるのをどうにかしてほしい。エーピーインディの世話をしている人間よ、そろそろそちらの手でピーマンを用意して頂けないであろうか。私のピーマンが減るのは非常に嫌なのであるが。とはいえ相手はただのお馬さんであるので、まぁ本能に従っているわけであるし、仕方ないかとも諦めている。

 

 ということでピーマンの入ったバケツを1つくれてやる。器用に唇でそれを受け取ったエーピーインディはといえば。

 

『これこれ。旨い。苦い、青臭い。旨い。お前好き』

 

 なんだそりゃ。と鼻息を荒げておく。完全に私への好意はもののついでじゃないかと文句を言いたいが、私は生憎馬畜生である。大人しく、もっしゃもっしゃとピーマンを食らう事しか出来ないのだ。

 

 それにしてもだ、やはりBCクラシックを勝った影響は大きかった。レースから数日たった今でこそこうも落ち着いていられるが、当日、翌日、その翌日。3日間はもう取材の嵐で、流石の私も疲れたのである。お隣のエーピーインディなど、写真を撮るためのストロボに驚いて暴れるわ、不貞腐れるわ、それはもう大変な始末であった。

 

 まぁ、そう考えれば、今こうやって落ちついてピーマンを食らっている彼を見ると、安堵しか感じない。いやはや、実に落ち着いている良い日々である。

 

 ちなみに、彼や、世話をする人間、オーナー、彼らも連日のように私の下に来て、よく首や頭を撫でたり、軽く叩いたりとスキンシップを働いてくれている。お陰様で、変に暇にもならず有難いものである。ただ、できればそろそろ日本に帰国したいなと感じ始めている。

 

 地道な練習こそ最強への近道であるので、こうやってのんびり厩舎で過ごすのもいいのではあるが、プール、坂、芝、ダートのルーチンワークを、鍛錬を再開したいところなのだ。

 

 それに、今回の私の全力で、私自身の耐久力の底が見えた。ならば、骨を守るためにも筋肉を付けようそうしようと思い立ったのだ。特に今回、全力の感覚は完全に掴んだ。であれば、練習もこの全力に近い状態でやっていれば、自ずと私の限界値も上がるのではないかという、非常に安易な考えである。

 

 例えるならば、今までは自重の筋トレ。これからは、器具を利用した筋トレみたいなものである。負荷がかなり違う上に、怪我の可能性も大きい。ただ、見極められればマッチョになれる。そう。つまり見極められればよりパーフェクトなボディを持ったトウカイテイオーが出来上がるのだ。

 

 ラストスパート。あの距離を長く。そしてパワーをより強く。そしてトップスピードをより速く!

 

 いっそのこと3200メートルを逃げ切れるぐらいのパワーとスピード、そしてスタミナを手に入れてみせようじゃあないか。

 

 ま、とはいえここはアメリカである。日本に帰るまで、まぁ、その。惰眠を貪るとしよう。

 

 

『さあ、先週、見事にブリーダーズカップクラシックに勝利したトウカイテイオーに続けるのかレオダーバン!最終コーナーを周って先頭は一番人気のサブゼロ!さあ残り僅か!メルボルンカップの勝者は誰になるのか!我らがレオダーバンは未だ最後方!だが鞍上が外に振った!サブゼロ強い!先頭でぐいぐいと伸びていく!残り200メートル!出た!ここで出た!レオダーバン!フォワ賞で見せた末脚をここでまた見せるのか!ぐぐっと前に出てきて残り100メートル!先頭は未だサブゼロ!こちらも伸びを見せている!レオダーバン!サブゼロ!レオダーバン!!レオダーバンか!?レオダーバン並んだ!並んだ!

 

 並んで、並んで、並んで!2頭横一線でゴールイン!これはどうだ!?』

 

『これはまたレオダーバンは強い競馬をしましたね。しかし体勢はサブゼロ優位に思えますが…。写真判定という事ですが、結果が待ち遠しく感じます』

 

『ええ。さて、映像を確認してみますが…うーん、これはどちらだ。サブゼロが粘って、レオダーバンが追いすがって…うーん、映像でも見てもこれは同時と言っても過言ではないと思いますが…』

 

『それにしても、最後尾からわずか200メートルで駆けあがってきたあの末脚は見事でした。年末の中山で、トウカイテイオーとの最終直線勝負、今から非常に楽しみです』

 

『確かに。トウカイテイオーも凱旋門とクラシックの末脚は見事でしたからね。そういえば国内では、ジャパンカップを走る予定であります、同期と言えるナイスネイチャも差し馬でしたよね』

 

『ええ。ナイスネイチャは飛び出た強さこそ無いものの、必ず入着してくる実力馬でもありますからね。あの馬の末脚も侮ってはいけません』

 

『おおっと、ここでどうやら…結果が出たようです。………一着は、なんとレオダーバン!!二着はタイム差なし、ハナ差でサブゼロ!これは快挙だレオダーバン!!トウカイテイオーに続いて海外G1を制覇した!帝王を下した獅子は、海を渡っても強かった!』

 

 

 エーピーインディとのんびりと惰眠を貪っていたある日。ついに、私の目の前に移動車が鎮座していた。そう、ついに帰国の途につく日が来たのである。いやはや、まさにドトウの日々であった。急に海外に来たと思えば、ピーマン無しでフォワ賞を走らされ、ピーマン食えたと思ったら凱旋門賞を走らされ。いよいよ日本に帰れるかと思ったらぶっつけ本番ダートでエーピーインディと本気の勝負。こう纏めてみると、やはりドトウすぎる日々であった。

 

 さてさて、この車に乗ってしまえば、この怒涛の日々ともおさらばである。そうなのだ。エーピーインディと共に惰眠を貪っていた、この日々とも。

 

『お前、どっかいくの?』

 

 隣の厩舎から心配そうにニュアンスを伝えつつ、顔をこちらに出してくるお馬さん。その名はエーピーインディである。いやはや、一週間程度しか隣に居なかったが、馬が合うようで結構仲良くなってしまったのだ。ちなみに、ピーマンはもう分けていない。こちらの人間がピーマンをやるようになったのだ。

 そう。日本のピーマンは間違いなく亜米利加にも広まった。しかもその第一人者はあのエーピーインディである。これは、おそらく、亜米利加のサラブレッドの餌のメニューに追加されるであろう。ふふふ。これは実に満足である。もっと食えよエーピーインディ。お前がピーマンを広げるのだ!

 

 ということで、エーピーインディ。君を勝手にピーマン同志3号としよう。

 

『ちょっくら遠くへ』

『そうか。元気で』

『君もね。ピーマンをしっかり食えよ』

『うん』

 

 そんなニュアンスを受けながら、私は車へと収まった。うん、案外と義理に厚いお馬さんであった。…しかし、よくよく考えればエーピーインディの引退レースがBCクラシックであったはず。私が勝ったことでどう歴史が変わるのか。少し気になるところである。まぁ、エーピーインディはそれまででも十二分に活躍しているので、おそらくそのまま種牡馬として活躍する事になるとは思うのだが。

 

 ま、深くは考えまい。とはいえ、これでアメリカともおさらばである。綺麗な海岸は見れなかったが、最高峰の綺麗な冠は頂くことが出来た。これ以上を望んでしまっては罰が当たるというモノだ。それに私はトウカイテイオーである。写真集が出るほどに美しいと言われた馬なのだ。去り際でみっともなく、海岸が見たいんだ!と暴れてもかっこが付かない。でもせっかくアメリカに来たのだから見たかったなぁ。

 

 などと考えていたら、車を降ろされて、フランスから降り立った空港へと戻ってきた。そして、目の間に鎮座するのは日本のおなじみの航空会社の飛行機である。箱に詰められて、搭乗してみれば、あとは窓もない空間だ。

 

 さて、日本までは長くても1日。のんびりと、パリとアメリカの思い出でも整理してみるか。ああ、そういえばヨーロッパでも日本のピーマンは伝染したであろうか。凱旋門で一緒に走ったお馬さんも美味そうに食っていたが。うーむ、確認が出来ないのは少し心残りである。

 

 ああ、それにレオダーバン同志である。無事に日本に着いているだろうか。私の様にまた海外のレースで走らされては居ないだろうか?彼は私のように人が入っていないはずなのだ。無茶なローテーションなどされてなければいいが。年末の有馬記念でまた一緒に走れればいいなと感じてはいる。凱旋門では勝ったが、国内G1では負けているのだ。リベンジを決めたい。

 

 さー、ともかくとしてだ。帰ったら坂路を軽く10往復から始めよう。ああ、あと、私の後ろをついてきたお馬さんや、葦毛のあのお馬さんはどうしているだろうか。年末の中山で皆、走れれば面白いと思うのだが。怪我などしてなければいいなぁと切に願うばかりである。

 

 

 トウカイテイオーが日本へと帰国したその日。日本はまさに、お祭り騒ぎそのものであった。

 空港ヘはマスコミが雪崩込み、多数のファンが彼女の帰国を待ち望んでいたのである。

 

 夜。日本に到着したトウカイテイオーは、それらに手を振りながら空港を通り抜け、一言二言マスコミへ向かってコメントを述べると。

 

『会見は後日開きますので、今宵は休ませてください』

 

 そう述べて、迎えのウマ娘と共に、足早に学園へと帰っていった。

 

 そして学園の厩舎の近くで、迎えのウマ娘であるナイスネイチャと、トウカイテイオーは満月の下、2人で並んで歩いていた。

 

「いやもう、まったく。リオとテイオーが私の事を海外でバンバン宣伝してくれるお陰で、お腹が痛いったらありゃしない」

「あはは。だって本当の事だもん。ボクとリオ、ナイスネイチャ。この三人で現役最強なんだ。マックイーンもパーマーももちろん強い。でも、僕たち三人じゃなきゃ」

「そりゃ買い被りすぎ。あんたと私じゃ、ウマ娘としての器が違うのよ。あんたは凱旋門にBCクラシック。リオはフォワ賞にオーストラリアのメルボルンカップで勝っちゃうしさ。全くもう、強すぎだってーの」

 

 そう言ってそっぽを向くナイスネイチャ。しかし、テイオーはそんなナイスネイチャを見つめて、しっかりと言葉を紡いだ。

 

「じゃあさ、ナイスネイチャ。君がジャパンカップで勝ったら、有マ記念で雌雄を決しよう。ボクに勝ったらキミは、最強のウマ娘の称号を、最強の器を得られるよ」

「ふぅん?お熱いお誘いだね、テイオー。何?この満月にやられたの?」

 

 テイオーは深く頷く。そして、満月を。おぼろに包まれた、満月を見上げた。

 

「うん。月が、今日は月がとても綺麗だからね。そう思わないかい?ナイスネイチャ」

 

 ナイスネイチャも月を見る。しかし、天に両の手を伸ばし、月を優しく包み込んだ。

 

「…確かに綺麗ね。素敵だとも思う。でも、月は私の強さに勝てやしないわ。テイオー、その言葉、後悔しないでよね?」

「後悔なんてするもんか。君と、()と、リオ。有()記念の最終直線。全力で競い合えたのなら。その上で勝てたのなら。最高だと思わない?」


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