欧州のパプリカ
様々ございます。
とはいえ
やはりピーマンは日本の物が好きでございます。
『さあ次は8枠14番ナイスネイチャ。非常に仕上がりは良さそうだ。おっと、パドックの観客席に居るのはトウカイテイオーとリオナタールです!ナイスネイチャを応援しに来ているようだ。これは微笑ましい光景です。
さて、引き続きパドックのお披露目が続きますが、ここで改めてウマ娘の紹介と参りましょう。今回のジャパンカップはまさに海外の強豪集うものとなりました。
凱旋門賞を2着で駆け抜けたスボティカ、欧州最強ウマ娘と名高いユーザーフレンドリー、豪州ダービーウマ娘のナチュラリズム、豪州年度代表ウマ娘のレッツイロープ、英国ダービーウマ娘のクエストフォーフェイムにドクターデヴィアス、そしてアメリカのアーリントンミリオンレースの勝者でありますディアドクターと、まさに超一流が集うレースとなります。
人気もやはり海外ウマ娘が上位を占めております。一番人気はやはり最強ユーザーフレンドリー。トウカイテイオーに凱旋門で敗れたとはいえ、その力は本物です。続いて2番人気のナチュラリズム。ダービーの後も連勝を続けて非常に調子が良く、実力のあるウマ娘です。3番人気にはレッツイロープ。昨年からG1を4勝するなどまさに実力ウマ娘揃いであります。
対して日本のウマ娘ですが、残念ながら凱旋門・BCクラシックウマ娘トウカイテイオー、豪メルボルンカップウマ娘リオナタールは休養のため出場はありません。この状況下で誰が活躍するのか悩ましいですね』
『日本からは、最近成長著しいレリックアース、入着を続ける実力ウマ娘ヒシマサル、目黒記念で勝利を収めたヤマニングローバル、オールカマーで勝ち星を挙げたイクノディクタス、そして先の天皇賞秋で見事センターの座を射止めたレッツゴーターキンも出場こそしていますが、距離が不安です。
トウカイテイオーの同期、クラシック戦線を競い合ったナイスネイチャですが、掲示板こそ外しませんが勝ちきれないレースが続いております。これまた同期のインペリアルタリスに関してはダート路線からのジャパンカップですから、残念ながら望みは薄いかなと思います』
『人気にも表れていますね。人気上位ウマ娘は6番目まで外国のウマ娘で占められております。7番人気でようやくナイスネイチャ、8番人気ヒシマサル、10番人気でようやくレリックアースです。この人気を覆せるのか、非常に注目のレースでもあります』
『かのトウカイテイオー、リオナタールは「ナイスネイチャ」が勝つと豪語しておりますが、実際、あの2人のウマ娘が突出しているのは確かなのですが、日本のウマ娘が世界に通用するのかと言うと、まだそのレベルではないと私は思っております』
『では、やはり今回順当に海外勢が勝つ可能性が高いと?』
『ええ。しかしながら、ぜひ日本のウマ娘が世界に通用するのだと。トウカイテイオーとリオナタールが特別じゃないんだぞと。是非、是非!日本のウマ娘は世界に通用しないという前評判をその脚で覆してほしいものだと、切に願っています』
『…なるほど。私もそのように願っております。さあ、前評判の通り、海外のウマ娘がジャパンカップを勝利するのか、それとも、日本のウマ娘の意地を見せる娘が現れるのか。運命のレースの発走時間が近づいて参りました。まもなく本バ場入場です』
■
お披露目のために、控室から通路を通って、パドックへと向かう。
耳の飾りも、勝負服の着付けも、完璧。自慢のツインテールの手入れだって、尻尾の手入れだって完璧だ。
何せ私はこれからG1を走る。しかも、今までと違って日本の代表として走るんだ。
―気負わないでください。とは言えませんね。でも、後悔の無いように―
真剣な顔をしたトレーナーからそう言われて、送り出された。後悔の無いように、か。
テイオーの様に、坂路で10往復も走れなかった。
テイオーの様に、プールで潜水を何分も出来なかった。
そう。テイオーはすごい奴だ。あれだけ練習を重ねて、顔色一つ変えやしない。
リオナタールだってそうだ。あの大きいタイヤを引き摺って坂路を走るとか化け物じゃんか。
私は普通に坂路を熟して、プールを普通に熟して、タイヤを普通に引き摺る事しか出来なかった。でも、それでも、限界を超えられるように全力で取り組んだ。
そして何より、今までよりも気持ちを固めたのだ。
『さあ次は8枠14番ナイスネイチャ――』
アナウンスを背に受けて、いよいよパドックの舞台へと上がる。光降り注ぐステージに立つと同時に、降り注ぐ大歓声に応えるように、上着を脱ぎ捨てて、いつものようにポーズを取る。すると、見慣れた顔がパドックに居た。
「ナイスネイチャ―!頑張ってよー!日本の誇りを見せるんだ!」
「そうだよネイチャー!ボク達が勝ったのに、日本でネイチャが負けちゃったらかっこつかないじゃーん!」
今までの私だったら、ここで何を言ってるのよ、とおちゃらけて、逃げていたと思う。でもね。私はもう覚悟をすっかり決めたのよ。
思い出せ。リオなら、テイオーならこんな時にどうするか。そんなものは、当然。
「当然!私を誰だと思ってるのよ、期待を裏切らないナイスネイチャさんだよ?テイオー! リオナタール! それに見に来ている皆! ジャパンカップの冠は私が見事に獲ってみせるから、しっかりとその目に焼き付けなさいよね!」
自信満々の笑みを湛えて、そう答えるだけなのだ。
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『さあ各ウマ娘ウォーミングアップも終わりましていよいよゲートインとなりました。ファンファーレが流れるなか最初にゲートインを行なったのはユーザーフレンドリー。非常に落ち着いております。そのまま奇数番のウマ娘達が続々とゲートインを完了させていく。3番ヴェールタマンド、11番クエストフォーフェイムあたりがゲートイン完了いたしまして、今度は偶数番のゲートインが行われます。10番レッツイロープ、6番レリックアースが収まりました。そして最後、我ら日本のウマ娘、トウカイテイオーとリオナタールが期待を寄せるナイスネイチャがゲートに収まりまして各ウマ娘態勢完了。
トゥインクルシリーズ、グレード1。ジャパンカップ、今、スタートしました!
各ウマ娘良いスタートを切りました。第一コーナーに向かってこれから先頭争いとなりますが、おっと、ここで前に行ったのはレリックアースとインペリアルタリス!後輩のミホノブルボンにその逃げ足を見せると言わんばかりに、レリックアースが果敢にハナを主張しています!ナイスネイチャは後方4番手の位置で様子見といった様子か!集団はそのまま第一コーナーに突っ込みまして先頭はレリックアースがペースを作って、2番手にはインペリアルタリス!3番手にはドクターデヴィアスが付いて第二コーナーを抜けて向こう正面!4番手には早めに仕掛けたかユーザーフレンドリーが付けてきた!』
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我ながらスタートは上手くいったと思う。でも、問題はここからだ。相手は強豪。間違いなく私達以上の実力を持ったウマ娘達だ。ユーザーフレンドリーとスボティカの実力は、トレセン学園で併走したときに嫌と言うほど思い知らされている。あのギアの入り方、筋肉のバネの力強さは敵うモノじゃない。付き合うと間違いなくこっちが潰れてしまう。
テイオーなら、リオナタールなら前目に付けてチャンスを狙ったと思う。でも、私は違う。
私はテイオーの様に自由自在な脚も、リオナタールのように強烈な末脚もない。でも、状況をよく見ることなら出来る。だから今は後方で控えて、自分のペースを乱さずに最後の最後で勝負を仕掛ける。
幸い先頭を行くのはレリックアース。一つ下のウマ娘だ。彼女の事なら頭に入っている。このペースでいけば彼女は4コーナー抜けたすぐぐらいで落ちる。でも、最後まで粘るから5着ぐらいには残るはずだ。その落ちる瞬間に彼女たちは仕掛けると踏んでいる。だが、ここ府中、東京レース場は最後の直線が長い。彼女につられて直線手前からスパートをかけてくれたのなら、私のチャンスが巡ってくる。
食らいついて食らいついて。意地で食らいついて。ラスト1ハロン。有力ウマ娘の体力が尽きかけた所を、私がぶち抜く。
ちらっと後ろを見れば、最後方からヒシマサルが虎視眈々と狙いを定めている。彼女の末脚も恐ろしいとは思う。何せ彼女の末脚も本物だからだ。でも、そうはさせない。
私だって必死に練習してここに立っている。キャリアは一年、私の方が長いんだ。意地と根性で負けるわけにはいかない。
コーナーを2つ抜けて、先頭で動きが激しくなっているようだが私はまだ動かない。先頭で争う分にはどんどんやってくれと思う。そうやって、体力を消耗してくれていればいい。
そう思っていた。そう思っていた。
でも、3コーナーに入った時、私の横にいた外国のウマ娘達が仕掛け始めたのだ。まだレリックアースは粘ってくれている。先頭を見れば、もうレリックアースに向けてユーザーフレンドリーが仕掛けている。
よし、と思った。これで予想以上に体力を消耗してくれると。でも、私の予想とは全く違った。
3コーナーを抜けて、ユーザーフレンドリーの、ナチュラリズムの、ディアドクターの。外国のウマ娘のペースが未だに上がるのだ。そう。彼女たちの体力は、全然消耗などしてなかったのである。後方を一気に引き離す勢いで、加速を始めたのだ!
ええい、くそっ!
4コーナー手前で悪態を吐いて脚に力を入れた。こうなったら意地で食らいついていくしかない。プランなんてもう無しだ! ヒシマサルも同じようで、一気に上がってきた。だけど、負けるもんか!
府中の最終直線に向けて戦略も何もあったもんじゃない!出し尽くしの、実力勝負!持ってよ!私の脚!あともう少しなんだから!
■
『さあ最終直線に入りましてレリックアースを躱しまして先頭はやはり一番人気のユーザーフレンドリー! 最内を最速で駆けていく! 続いてナチュラリズム、ディアドクターも追い込みをかける! やはりこの3人は強い! 日本勢は躱されたレリックアースが4番手! ナイスネイチャとヒシマサルも続いて追い込んできているが少々伸びが苦しいか!?
残り300メートルを切って先頭変わらずユーザーフレンドリー!ナチュラリズムにディアドクター!3人の叩き合いだ!やはりトウカイテイオー不在では、この、海外の強豪に勝てるウマ娘は日本には居ないのか!?』
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無理に先頭に追い付こうと思ったからだろうか。それとも、普段とは違うプレッシャーにやられたのだろうか。
最終直線に入ったのに。せっかく、追いつける位置にいるのに。
脚が、もう限界だ。
息が、もう続かない。
頭が、働かない。
でも、ああもう、イライラしてくる。
何よテイオーもリオナタールも、ネイチャなら大丈夫って。
何が最強の器をかけて勝負しよう、よ。
私はそんな器じゃないんだってば。精々頑張って入着。あんたたちとは違うのよ。ねぇ。
そう思ったとき、聞きなれた声が聞こえた様な気がして、顔を上げた。
ああ、もう、そんな必死な顔で応援しないでよテイオー。大丈夫だって、日本のウマ娘が世界に通用したって、あんたが証明したんじゃん。私が負けたって、なにもさ。
ああ、もう、そんな悲しそうな顔でこっちを見ないでよリオナタール。あんただって、オーストラリアで、世界で日本のウマ娘は通用するんだって、証明してみせたじゃん。私が…。私がさ…。
そう、私が…ここで、負け…たって。
いや、まて。何を弱気になっているんだ、ナイスネイチャ!
彼女達から託されたんだろう!?ナイスネイチャ!
日本の冠は任せたぞって言われたじゃないか!
さっき私は宣言したじゃないか!ナイスネイチャは期待を裏切らないって!
それに、ここはジャパンカップ!日本のターフだ!
そうだ!
何よりも、すっごいイラつく!あそこで必死な顔で私を応援している奴だって!あの悲しそうな顔で私を応援している奴だって!私より強いのにさ!
『――ナイスネイチャなら大丈夫!』
無責任すぎるでしょうが!あぁぁあああああああああもう!
足が動かない!?呼吸が苦しい!?
あああああもう!ふっざけんな!
私はねぇ!有
動かない脚!?苦しい呼吸!?そんなもん残り僅かでしょうが!!ああ!我慢すればいいんでしょうが!?
ああもう!あたまうごかない!苦しい!辛い!くっそぉおおお!
どこが開いてる!?内はダメだ!あいつがいる!
まんなかは!あいつがいる!ならば!
テイオーの幻影を追え!リオの幻影を追え!あいつらなら、あいつらなら!
そう、だ!大外に振ってぇええ!
あとは、ラスト1ハロンを!!
全力で、脚を、振り抜けええええええええええええ!
■
『残り200メートル!先頭はユーザーフレンドリー!これは決まりか!?いや!?来た!来た!ナイスネイチャが大外から伸びて来た!
これは!?届くか!?届くか!?届くか!?先頭に変われるかナイスネイチャ!更に外からはヒシマサルも来ている!
先頭変わってナチュラリズム最内!鋭く追い込んでくるのはディアドクターだ!
しかし、しかし!ナイスネイチャも来ている!トウカイテイオー、リオナタールに続いて世界に通用すると、日本のウマ娘は世界に通用すると証明できるのか!?
ナイスネイチャ!ナチュラリズム!ディアドクター!残り僅か!
内ナチュラリズム!外ディアドクター!
その更に大外を突き抜けて…!
ナイスネイチャ!今!差し切ってゴール!
やった、やったぞナイスネイチャ!
日本のウマ娘が、今、確かに、世界に通用すると証明してみせた!!!
そして、なんとなんと!これがナイスネイチャ初のG1タイトル戴冠!
トウカイテイオー!リオナタールに続き!ナイスネイチャが
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ナイスネイチャは見事、主役が居ないと言われたジャパンカップを、しかし、まさに主役の様な力強い走りで駆け抜けた。
それは、どこかの欧州と豪州を駆け抜けた獅子の様に。どこかの欧州と、米を駆け抜けた帝王の様に。力強い末脚は、それらのウマ娘と比べても全く遜色の無いものであった。
自然と巻き起こるナイスネイチャコール。ナイスネイチャ、ナイスネイチャとその声は次第に大きくなり、彼女に追い抜かれたウマ娘達ですら、その歓声に交じり、声を上げた。
ならば、今日、一着でゴールした者は、その声援に応えなければならない。
獅子は、声高らかにガッツポーズを決めた。
帝王は、叫びながら天に拳を突き上げた。
そして、ナイスネイチャは…。
観客席に向けて、正面に相対した。
両足を、肩幅に広げた。
左手を腰に当てた。
胸を、張った。
そして、口角を上げ、顔を勢いよく上げると同時に。
人差し指を真っすぐに立てた右の拳を、地から天へと一気に押し上げた。
帝王の様に、叫びはしなかった。
獅子の様に、声高らかに宣言もしなかった。
だが、無言で一本指を天に突き上げたその姿は、誇らしいものであったと、その場に居合わせたすべての人、ウマ娘が後にそう語るものであったという。