ボク、ピーマンが好きなんだよね   作:灯火011

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赤いピーマンは、青いピーマンよりも甘く、柔らかい。

しかし、赤いピーマンは熟しているため、日持ちはせずに出荷には向かないらしい。


才能と努力

 シャリシャリとバケツ3杯に盛られたピーマンを食らう。2勝目のご褒美も見事なピーマンである。量が変わらないのは、なぜだろうか。2勝を飾ったのだから、多くなっても良い気がするのだが。

 もしかすると、レースの格であろうか。そう言えば競馬にはグレード分けがあったなぁ。確か有名どころの皐月賞とかダービーはG1競争だったか。優勝賞金が億を超え、まさに競馬の醍醐味といったレースだったはずだ。確かに、私の走った2回のレース、共に歓声は大きかったものの、客席が埋まっていたかと言えばそうではない。

 おそらくそんなに格のあるレースではなかったのであろう。うん。だからこそ前回とピーマンの量が、褒美が同じだったのであろう。ま、今回のレースのように勝利を収めていれば大きなレースにも出れるだろう。そして、その勝利の暁には飽きるほどピーマンを食わせていただきたいものだ。

 

 ま、絵に描いた餅はここら辺までにして、まずは目の前のピーマンをしっかりと楽しもう。

 

 青いピーマン、シャリシャリと青臭さが口の中に広がる。実に旨い。そこにリンゴも添えられて、苦みと甘みを交互に楽しめて、実に飽きがこない。とはいえ、結局私が食べられるのは野菜のみだ。ピーマンをたっぷり使ったチンジャオロース、軽く焼いて塩で食うこともまたいいし、あとは半分に切ったピーマンに焼き鳥を挟んで食うという事が、出来ない。

 

 いけない。よだれが出てきた。とはいえ、かつ丼もそうだが、雑食の人間は本当に素晴らしいと思う。肉、野菜、魚。それに食おうと思えば虫に木の根なんかもイケてしまう。あの食生活は実に恵まれたものだと、馬になって、草食になったからこそ良く判る事もあるものだ。ただまぁ、もう一度別の生き物に生まれ変われるのであれば、せめて人間に近い生き物に生まれ変わりたいと思う。

 

 少ししんみりとしてしまったが、まぁ、とはいえ目の前のピーマンだ。食わねば翌朝には片付けられてしまう。しっかりと味わおう。

 

 では改めまして、命を、いただきます。

 

 

 日々の訓練は相も変わらずで、プールに坂路の往復と変わらぬ日々を送っている。ただ、身体能力は確実に上がっていることが実感出来ていて、例えばであるが、プールの潜水時間は2分程度に伸び、坂の往復も6往復を一息で出来るぐらいには足腰やスタミナ、心肺機能が付いてきている。走り方の切り替えもなかなか上々で、フォームを変えないままで歩幅を変えることには成功した。タイムについてはよくわからないのだが、ただ、併せ馬がより実践向けの逃げたり追いかけたりになってきているので、速度も十分に上がっているのだろうと思う。多分。

 ただ、人間には首を毎回傾げられているのが気がかりで、しかしながら私の練習方法を止められたこともないわけで、試行錯誤の毎日だ。

 

 ということで、今日も今日とて練習の時間だ。人間に引っ張られて牧場内を歩くわけだが、改めてみるとここは設備が良い。大きい周回コースに広い厩舎があり、馬が長く泳げるプールがあれば、傾斜が付いた坂のコースまで完備されている。ちらりと見えたバックヤードには、大きなトラックから搬入される牧草や大量の野菜を見ることも出来たし、厩舎を掃除している人々もいる。

 競馬というものはよく知らないが、おそらくここまで設備がしっかりしているということは、トレーニングを専門で行う牧場なのであろうと予想がつく。だからこそ私は、しっかりと身体能力を上げることが出来ているのだろう。

 

 実に人間様様である。転生したのが競走馬で良かったと心底思う。

 

 もしこれがサバンナの動物にでも転生したのであれば、こんなピーマンを食らって寝て運動して、そして身の回りの手入れは全部人間にしていただく、なんてことは夢のまた夢であったろう。ありがたや、ありがたや。

 

 などと考えていたら、プールの施設の前で人間が止まった。なるほど、本日は水泳か。それならば今日は130秒の潜水を目指して頑張ろうじゃないか。

 

 

 さて、また練習の日々を繰り返していたところ、競馬場へ行く車が私の前にやってきた。この短い期間で3回目。ともなれば慣れたもので、自ら車に乗り込み、大人しくしつつ窓の景色を眺める余裕すらもある。隣には同期の馬も乗っているが、やはり言葉は判らないので少しだけ気まずい。ただ。

 

『今日も走れるぜー!』

 

 と、興奮しているニュアンスは伝わってきた。微笑ましく思いながら移動する車の窓から風景を見ていれば、少し前にやってきた京都の街並みが見えてきた。となれば、今回のレースは京都競馬場であろう。

 

 うーむ、私の雇い主…でいいのか?飼い主?まぁいいか。オーナーとでも言っておこう。オーナーはなかなか短いスパンでレースをさせるようである。ただまぁ、私は疲れてはいないし、それに走法もある程度完成してきたので、実際のレースで通用するのか試すいい機会でもあるだろう。

 そう考えていたところで、車が止まり、ドアが開く。一人で車から降りて、いつも私の手綱を引いてくれる、しかし他の人間と会話している彼の元へと歩き、気づくまでその横で大人しく突っ立っておく。周りの人間がどよめくが、どうだ、馬にしては大人しいだろう。

 

 そして手綱を引かれていったん厩舎へと入り、食事と寝床を用意されて静かに一人にされるわけだ。恐らく、車で運ばれた馬の気持ちを落ち着かせて、疲れを取らせる処置なのだろうが、私にとっては少し暇な時間となる。何せ車で移動するということは別に苦ではないのだ。

 とはいえ訓練も何もないせっかくの暇な時間だ。休憩というよりも、精神統一の時間に使わせてもらおう。精神は肉体を凌駕するとも言うし、心は熱く頭は冷静にとも言うし。実際は明鏡止水のような、落ち着き、そして邪念の一つもない心が強いのであろうが、生憎と私は生に齧りつく煩悩の持ち主である。

 

 ただ、その煩悩を少しでも小さく。レースで勝てるように精神を強く。

 

 イメージは座禅。腰を落とし、目を瞑る。手は合わせられないので割愛させていただくとして、呼吸はゆっくりと。ぼんやりと何も考えず、周りと自分の境界をあいまいにするようなイメージで。

 

 人間が歩く音、車の音、馬の足音、何かのアナウンス。ピーマンの香り、食事の匂い、ヒトの匂い、馬の匂い、わらの匂い。聞こえて、匂ってくるそれらを流しながら、しかしそれらを感じ取りながらも、気を取られないよう。精神を統一させるように…。

 

 集中すれば案外と時間が過ぎるもので、到着したときは日が高く昇っていたのだが、気が付けば私は夕闇の中に居たのである。しかも、新しいピーマンと水まで用意されていた。ありがたや。ありがたや。

 

 

 今回の京都競馬場のレース、私の番号は『8』である。パドックを回りながら、いつものように電光掲示板をちらりと盗み見ると、私の『8』の隣に『1.3』の数字が見える。なるほど。他の馬達の数字をみてみても、私が一番人気であるということらしい。プレッシャーであると同時に、これは嬉しい事だ。人気があるという事は、注目されているという事であるから、私の余生の安心にもつながるわけである。

 なお、今回の距離は前回と同じ2000メートルである。それならば、よっぽどでない限り私のスタミナは切れないと思う。が、見たことのない馬もいるため、油断もまた出来ない状況だ。何せ私がこれだけ練習をしているのだ。他の馬も私と同じ練習をしているかもしれない、ということを念頭に置いて行動せねばなるまい。

 ちなみに今回は番号が9番までしかないことから、9頭のレースであることが判る。となれば、私は大外に近いわけで、タイムが出るコース取りをするまでにどうしても走る距離が長くなってしまう。だからこそ、今回はスタートをミスすることは出来ない。

 

 ま、とはいえそこらへんは私を駆る彼に任そう。彼の手綱はピカイチなのだ。

 

 ということで、パドックで回るうちに、私自身の準備を済まそうじゃないか。脚のストレッチをしっかりとしておくことにする。少し足の踏み込みを強くして、筋肉を伸ばして、関節を動かして、肩回りまで動くように。

 ついでに周りの馬の様子も少し見ておこう。…ふむ、なるほど。明らかに今までの2戦とは違う。皆落ち着いていて、しっかりと足を踏みしめている。

 特に気合が乗っているのは『2』、『4』、『7』の馬だ。

 

『今回も俺が一番だ』

『今回こそ私が一番だ』

『今回はあいつより先にゴールする』

 

 そういう気持ちが伝わってくる。なかなかに痺れるものだ。だが、私を甘く見ないでほしい。こちらだってしっかり練習を行い、鞍上との絆を深めているのだ。並の馬よりは間違いなく実力があると自負している。

 

 止まれの合図で足を止め、彼を待つ。

 

 そして、彼はコチラにやってきて、私の首を一発叩き、背中に跨った。

 

―頼むぞ、相棒―

 

 そう聞こえた気がしたので、私は鼻息を荒げて、その気持ちにこう、答える。

 

―もちろんさ、相棒―

 

「レース前、様子見に行ったんですがね…これ、見てくださいよ。動画なんですが」

「ん?どうし…なんだこれ」

「実際、なんでしょうねこれ。あいつ、寝てるかと思ったんですが、耳動いてるし」

「腰を落として座って寝てる…にしては雰囲気が可笑しいな」

「やっぱりそう思いますよね。しかも、餌を変えても反応しなかったんですよね」

「餌の中にピーマンが入ってなかったとか?」

「いえ、ピーマンたっぷり、ニンジン抜きのスペシャルメニューです」

「それでも反応しなかったのか?」

「ええ。なので、あいつ、今日は調子悪いのかもしれない、と鞍上に伝えたのですが」

「蓋を開けてみれば一番人気で一着か」

「はい。正直、アイツの面倒を見る自信が無くなってきました」

「ま、そう言うなって。お前がしっかりやってるからこその三連勝だ。これからもがんばれよ」

「うへぇ…」

 

 

「今日はチンジャオロースか。相変わらずピーマン好きだな、君は」

「あ、ルドルフさん。えへへ。ピーマン美味しいですから」

「そういえば昨日は生のピーマンを二つに割って、焼いた肉を挟んでいたな」

「うん。生のピーマンが一番好きなんだけど、生のピーマンにひき肉とか、焼き肉とか、鳥のつくねとかを入れて食べるとすごく美味しいんですよ!」

「ほう、それは良い事を聞いたよ。私も明日にでも試してみることにするよ」

「えへへ。本当にお勧めですよ!」

 

「それはそうとして、三連勝おめでとう。特に今回のレースはクラシックへの試金石の意味合いが強い。今回の勝ち方を見るに、いよいよ君も本格始動だな」

 

「はい!幸先のいいスタートが切れたって、自分でも感じています!」

「それは良い事だな。君のこれからに期待しているよ」 

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