「お疲れ様です」
「おう。お疲れ。やったなぁ見事な一着!ついにテイオーが古馬G1を獲ったかぁ!」
「ええ!やりましたよ!いやあ、鞍上がどう動くか、はらはらしていましたが…蓋を開ければ度肝を抜くようなロングスパート!そしてレコード!鼻が高いってもんです」
「おめでとう!本当に!」
「ありがとうございます」
「しかし、それでもメジロ、あとブルボンは強かったなぁ」
「ええ、パーマーとブルボンが大逃げ、マックイーンが最後伸びてあわや、でした。ただ、残念だったのはレオダーバンです。今回で完全に種牡馬入りですからね…」
「ああ。テイオーのライバルが一人減る、か。嬉しいやら悲しいやらだな。引退式は何時からだっけ?」
「この後19時からですね。ああ、引退式の口取りの時に、テイオーとナイスネイチャも出せないか?と陣営と運営側から相談がありまして」
「ほう?」
「91~92年。盛り上げてくれたサラブレッドの3頭が揃うのはこれが最後。ということだったので、オーナーと話し合って、此方はOKと返答しておきました」
「ま、テイオーは大人しいし大丈夫だろう。ナイスネイチャ陣営は?」
「おそらくOKかと。ただ、ナイスネイチャはやんちゃな所があるということなので、大人しく写真に写ってくれるかが不安と言ってましたね」
「そうか。しかし、91年クラシック組の3強の一角が引退か…世代交代だな」
「はい。オーナーとも話してましたが、テイオーもいよいよ。という話も出ています。今回の有馬で種牡馬としても位を上げましたからね。ファンの声、怪我のリスク、色々考えながら今後を考えていきたいと思っています」
「それがいい。ま、ひとまずは今日の勝利を喜ぶとするか。とりあえず酒とつまみだ」
「…これは、ぴめんと、ですか。いつかのレースを思い出しますね」
「ああ。あとこれはピーマンの浅漬けだ。いいあてになるぞ」
「いいですねぇ。では、いただきます」
「おう」
■
全速力。まさに全力で暮の中山を駆け抜けた。いや、流石に1000メートル超えの全力走は肺に来る。呼吸が阿呆ほど苦しかった。しかし、どうにかこうにかメジロの2人…頭か、と、ブルボンらを交わし、大外をぶち抜いて、なんとかゴールすることが出来た。
これにてようやく、私は古馬として日本国内G1初勝利を掴んだわけである。
いやはや、凱旋門やら、BCクラシックやらも嬉しかったが、やはり暮の有馬記念は特別である。実に誇らしいと感じている私がいる。
流石に怠く、頭を下げてやれやれとクールダウンをしていると、不意に首を彼に叩かれた。ん?と思い顔を上げると、そこには、観客席にあふれんばかりに詰め込まれた人が声援を送ってくれていた。
そして、どうやらコールも起こっているようだ。
■■■ー!■■■ー!■■■ー!■■■ー!■■■ー!
ああ、理解は出来なくても判る。というか、私がそちら側に居たら叫んでいる。
『テイオー!』と。
ああ、間違いない。そして、ちらりと聞こえた怒号。ああ、一体あなたはどの馬のファンであったのだろうか。メジロマックイーンなのか。それとも、レオダーバンだったのか。私が一位になったことによって、アナタの夢は消えてしまったのだろう。
しかし。しかしだ。その気持ちをまとめて背負ってこその有馬記念の一着だ!
ふと、彼が手綱を上に引っ張った。…ははあん?"アレ"をやるのか?と鼻息を荒くして彼に首を向けてみれば、ものっすごいいい笑顔。よろしい、ではしっかりと掴まっていたまえよ。
体を観客席に対して、水平に合わせる。真横が観客に見えるように。
同時に、前足を地面に叩きつけ、上半身を持ち上げる。
そして、後ろ足だけで立ち上がりながら、前足を高く上げて、嘶いた。
ちらりの視界の端で彼を見てみれば、私の背で器用に一本指を立てていた。
そう、これは必殺、ナポレオンポーズ!
そして私の嘶きは、勝鬨である!
同時に観客席から大音量の歓声が降り注いだ。うん。気持ちが良い。実に誇らしいものである。
■
「ああ、終わったかぁ。終わっちゃったかぁ…」
そうやって中山のターフを、観客席に座って眺めながらつぶやくのは、一人のウマ娘であった。頭には一房の流星と、尻尾の先が白いという特徴的な彼女の名前は、「サンエイサンキュー」と言った。
札幌記念で手も足も出なかったテイオーへのリベンジを心に決めて挑んだ有マ記念。結果は着外。追い込みまでは良い位置にいたのだが、最後の最後で伸びることが出来なかった。嘆く。嘆き続ける。
「悔しいなぁ。ああ、でも…」
彼女の決意は、硬いものであった。トレーナーに『有マで走れなくなっても良い!すべてをテイオーにぶつけたいんだ!』そう詰め寄った。
そしてそれならばと、トレーナーから出された条件は、『有マで負けたら引退だ』というもの。サンエイサンキューは、それを承諾していたのである。
「引退か。うん、まぁ、引き際だったのかなぁ」
そう言って、頭を下げた。
「…もう一度、いや、何度でも、チャレンジしたかったなぁ」
そう言って顔を上げた彼女の目に映ってきたのは、引退式を執り行うリオナタールと、それに付き添うようにターフへと現れた、トウカイテイオーとナイスネイチャであった。
「キラキラしてる。ええい、ええい!くそっくそっ!なんで、なんで固まったんだ私の脚!やってきただろう!精一杯やってきただろう!ああ、クソ!くっそぉ!」
そう言って拳を強く握る。次の瞬間、その拳に、温かい手が被さってきた。
「落ち着きな、サンエイサンキュー」
「…ヒシマサル?どうしてここに?」
「なあに、じめじめしている奴が居るって聞いてね。それに、私もお前もここで引退するウマ娘だ。ちょっと雑談でも、ってね」
そう言うとヒシマサルは、サンエイサンキューの硬く握りしめられていた拳を、優しく解いた。
「あーあ、赤くなってんじゃん。血が出る一歩手前だよ。それほど悔しかったんだね」
「…そりゃあね。テイオーが強い事は判ってた。そのために練習したんだ。でも、いざとなってみたら、限界が来た。ふがいない、自分が悔しい」
そう言って地面を見たサンエイサンキューに、ヒシマサルは言葉を投げる。
「そっか。……なぁ、サンエイサンキュー。君、その悔しさをテイオーにぶつけてみたくはないかい?」
その言葉に、サンエイサンキューは顔を上げ、睨んだ。
「…テイオーにぶつける?喧嘩でもしに行くって事?」
「ああ、違う違う。なぁ、私が引退後、セクレタリアトのトレーナーに就くことは知っているだろう?」
「知ってる。すごい大出世だよね」
「実はね。私を起用した理由が、日本のレースを走っていたから、なんだ」
「…どういうこと?」
ヒシマサルは自信満々に、こう答えた。
「聞いて驚かないでね?来年か、それとも今年か。テイオーがドリームトロフィーリーグに上がった時、セクレタリアトは雌雄を決しに日本に来る。
だからこそ、君も、セクレタリアトを指導してみないか?君と私が指導したセクレタリアトが、トウカイテイオーをぶち抜いてみせる。
そんな光景、見たくないか?」
その言葉に、サンエイサンキューは目を見開いた。
「…本気なの?」
「ああ。それに、札幌、有マでテイオーを間近で見ていた君なら、役者不足にはならないと思うよ。それに、給料は保証されてる。私自身『日本で有能な奴がいたら連れてこい、給料は任せろ』と言われているからね」
にやりと笑うヒシマサル。その姿に、サンエイサンキューは一瞬下を向くが、次の瞬間、強い意志の宿った目で、ヒシマサルを見た。
「じゃあ、行く。セクレタリアトのトレーナーになる。それで、トウカイテイオーを負かす。負かしてみせる!」
「よく言った!ふふ、君ならそう言うと思っていたよサンエイサンキュー!」
2人は握手を交わした。そして。
「ま、ということで、今日の所は主役はリオナタールだ。彼女はドリームトロフィーに上がって、テイオーを待つそうだからね」
「じゃあ、最強世代を、まとめてセクレタリアトが倒せるように、しっかり指導しなくちゃいけないですね」
「ああ、その通りだ」
2人は、笑みを浮かべた。もうそこには、嘆くウマ娘など一人として、存在しなかった。
■
『お疲れ様です。勝利騎手インタビューを始めさせていただきます。とりあえずは、有馬記念。そして古馬としてのG1初勝利、おめでとうございます』
「ありがとうございます。いや、ようやく獲る事が出来ました。」
『本当におめでとうございます。ではまず、シンボリルドルフとトウカイテイオー、有馬記念親子制覇について一言』
「いや、まさか地続きの背中でこれほどまでの夢を見せてくれるとは思いませんでした。凱旋門、BCクラシック、そして有馬記念。正直、いつか夢が覚めるんじゃないかと思っています。素直に嬉しいです」
『それにしても、トウカイテイオー。素晴らしい脚を見せてくれました。特に向こう所正面からのロングスパート!もしかして、狙っていたのですか?』
「ええ、狙っていました。この馬はご存じの通りスタミナがある。じゃあ、行けるだろうと」
『ブルボンの逃げで相当なハイペースでありました。特にレオダーバンはそのペースについて行けず最後、スタミナ切れを起こしていた、とのことですが、テイオーはそうではなかったと』
「はい。普段の練習、坂路の回数やプールのスタミナを考えると、逆に今まで勝ち切れていなかったことが不思議だったんです。いやぁ、今回の有馬記念でついに花開いたかなと思いました」
『なるほど。やはりトウカイテイオーは強い馬ですね。そういえば、凱旋門からこっち、勝つたびに行うパフォーマンスが、「ナポレオンポーズ」と呼ばれていることに関して、一言お願いします』
「いや、その。僕もあんなパフォーマンスをする気はなかったんだけど、馬が勝手にね。それからどうもテイオーの方が、勝利をするとこのポーズをする、と覚えてしまったらしくて。まぁ、怪我をするわけでもないし、オーナーや皆さまからの評判も良いので、まぁ、良いかなとは思っています。ただ、馬がいきなりやるので、こちらとしては勘弁してほしいですね」
『そうでしたか。お時間が来てしまいました。本日の勝利ジョッキーのインタビューでした。本当におめでとうございます!』
「ありがとうございます」
『そしてお知らせです。本日、ラストランを走ったレオダーバンですが、引退式が19時より中山競馬場で行われます。第二のほうでテレビ中継もされますので、ぜひ皆さま、ご覧いただければ幸いです。引退式にはトウカイテイオーとナイスネイチャの2頭も、レオダーバンの見送りとして参加予定となっております』
■
夜。不意に仮面のお馬さん、そして同志と共に中山競馬場の厩舎から、ターフへと連れていかれた私である。なんであろうかと疑問に思っていると、レオダーバンだけ別の部屋へ連れていかれ、私と仮面のお馬さんはなぜか、競馬場のターフで待機させられていた。なんだろうか?そう思いつつもターフの隅々まで確認していると、ゴール地点になぜかステージの様なものが用意されていた事に気づく。ということは表彰式か?
そして同志が、私たちに遅れる事10分程度でターフにやってきたのだが、なぜか豪華なマントの様なものを背中から引っ提げて、そしてよく見れば、手綱なども豪華におめかしをされていた。
はて?と思っていると、更に続けるように、スーツを着た人間達がぞろぞろとターフへと歩み出て来る。
状況を整理しよう。
おめかしされたレオダーバン同志、そして、仮面のお馬さんと私が両側を挟んでいるような形。そして周りを見れば、スーツを着た人々。同志の上にずっと乗っていた騎手も、スーツ姿でそこにいた。どこかで見た光景である。表彰かとも思ったが、しかし、同志は今日は着外であったはず。しかも夜である。普通は表彰などは昼に行われるはずなのであるが。と、思っていると、マントに刺繍がされていることに気が付いた。ライオンの顔、そして、英語で書かれたレオダーバンの名前。あれ、こういう光景、どこかで見た様な…? そう、馬になってからでは無くて、確か二足歩行の時代でテレビで…。
…合点がいった。あのマントは、引退式のものだ。ああ、そうか。同志…君は、ここで引退なのか。
しかし、なぜ私とナイスネイチャもここに居るのだろう?我々も引退か?とも思ったが、そもそも私とナイスネイチャはおめかしなんてされていない。
そう考えると、おそらくは、同期のお馬さん達として。そして、一緒に活躍していたお馬さんとして、連れてこられた意味合いがあるのだと思う。
『レースじゃない、眠い』
仮面のお馬さんのニュアンスが伝わってきた。判る。でも、私の勘違いでなければ、ここはレオダーバン同志の最後の錦だ。
『我慢。こいつ、もう会えない』
そうニュアンスを伝えると、仮面のお馬さんは静かに人間に従うようになっていた。
『…会えない?そっか』
そして、いよいよ写真撮影となり、予想通り、私とナイスネイチャがレオダーバン同志を挟む形で、ストロボが焚かれた。と、同時に、レオダーバン周りにいた人たちが、彼の体を撫でて、涙を流していた。
ああ、嗚呼。レオダーバン同志。ピーマン同志。もう、多分、今日を最後に二度と会う事はないのであろう。
しかし、楽しかったぞ。お前との競い合いは。坂路で追っかけて来たお前の末脚を忘れはしない。海外に行った際のお前のピーマンの食いっぷり、未だに忘れてなどいない。それに天皇賞もだ。あのマックイーンを差し置いて突き抜けたあの末脚。ああ、ああ!素晴らしい馬だったぞ!
これから別の人生、じゃないな。馬生を生きるピーマン同志に、幸多からん事を!
そう祈って、1つ、嘶きを天に届けた。