オランダから、奴が正式に日本にやってきたのです。
でかいピーマンもどき、そう。
パプリカの来襲です。
でっかいピーマンだ!と食った矢先に襲う、苦みの無いあの甘味。
そうか…これは…ピーマンではないのだ…。
姿こそピーマンだが…パプリカは…ピーマンでは無いのだ!(1993年)
有馬記念が終わり、顔のデカいお馬さんとお知り合いになって数日。
年も無事に越したようで、私の厩舎の前には鏡餅が鎮座している。ああ、確か鏡餅の上に載っている柑橘類、「だいだい」とか言ったか。マーマレードの原料だったかなぁと朧げに記憶の遠くに思い出がある。
ただ、この鏡餅。少々締まらないのである。というのも、よりによって鏡餅の隣にピーマンが置いてあるのだ。うーむ…ピーマンと鏡餅の組み合わせ…。しかも正月、そのピーマンと鏡餅に向かって、人間が手を合わせる物だから驚いてしまった。
ピーマンは手を合わせるものではなく、食うモノであろうに。
まあ、確かに、私の成績はピーマンによって維持されていると言ってもいいであろう。日本のピーマンが食えなかったフォワ賞ではえらい目にあったもんである。ま、私も少し感謝を込めて祈っておこう。
それと、最近であるが、お隣の部屋になぜかアメリカのお馬さんであるエーピーインディがよく出入りしているのである。お前、アメリカに帰ったんじゃないんかいと突っ込みを入れたいのだが、通じる訳もなし。今日はお隣でピーマンをもっしゃもっしゃと勢いよく食っていて、なんだか、有馬記念に出たお馬さんとは思えないほどの自由っぷりである。
『旨い。あ、お前好き』
食いながら言われても嬉しくないのだが。まぁ、アメリカからエーピーインディはこんな感じが平常運転であるし、彼が隣に居るとは言っても概ね平和である。
それにしても、私の次のレースは何になるのであろうか。有馬が終わったわけで、となるとまた天皇賞か、それともダートなのか。はたまたどっかの地方に行くのだろうか? まぁ、ここ数日は正月の空気というのもあって、鍛錬もほどほどであるからレースは先も先であろうが、気になる事は気になるのである。
…ってまてインディ。お前それは何を食っている。
『苦くないやつ』
お前、それ、パプリカじゃんか!?え?あれ!?日本じゃあんまり見ることが無かったパプリカ、なんでお前食ってんの?慌てて厩舎の窓からぐいっと顔を出し、通路を隅々まで確認する。と、いつものピーマンの箱のほかに、見慣れない箱が鎮座していた。
空いている蓋をよくよく見てみれば、日本のピーマンよりも大きいピーマンがごろごろと敷き詰められているじゃあないか。
うー、うーむ。まぁ、私のバケツには入ってない…よな?ええっと…うん、私のバケツには純ピーマンしか入っていない。よしよし。
となると、あれはエーピーインディ用のパプリカといった感じなのであろうか。ふむ、なかなか難儀なお馬さんである。わざわざパプリカをアメリカから取り寄せるとは…。って、私も人の事は言えないか。
あー、そういえばあの大きな葦毛のお馬さん、メジロマックイーンは、ピーマンを食う姿をあんまり見たことがない。いっつも果物ばかりを食っているので、甘党なのだろうか。もしかすると、ピーマンはダメでもパプリカなら食えるのかもしれないなぁ…。うーん、邪道ではあるが、ピーマンがダメだというのならパプリカを食わせて、延長線上でピーマンの道に引き込めないだろうか。
うーん、とはいえ私はパプリカが苦手であるしなぁ。どうやってメジロマックイーンにパプリカを手渡すか。そこら辺の作戦を考えなくてはなるまい。
まぁ、なんだ。名馬とピーマンをもっしゃもっしゃしたいという、個人的な願望だ。それに、トウカイテイオーといえばメジロマックイーン、というところもあるわけなので、2頭が並んでピーマンを食ってる姿とか見せたらファンも喜ぶのでは…?
…って何を考えているんだ私は。正月ボケも極まったようである。
『旨い、旨い、旨い。お前好き』
そしてインディ、お前は頼むから、そのままの君でいてくれ。
■
中央トレセン学園。世界最高峰の設備を持つその学園の芝コース。そこでは、エアグルーヴがストップウォッチをもって、シンボリルドルフのタイム測定を行っていた。
「2500のタイムが2分35秒。上がり3ハロン35秒。仕上がってきましたね、会長」
そう言いながらタオルをルドルフに手渡していた。
「ありがとう、エアグルーヴ。だが、まだまだだ。これではトウカイテイオーの背には程遠い」
タオルを受け取り、汗を拭きながらも、その表情は硬いものであった。
「…確かにトウカイテイオーは速くなりました。しかし、会長の神髄はそこではないはずです。レースを支配するその駆け引きこそが、会長の持ち味のはず」
その言葉に、ルドルフは一瞬笑みを作るも、すぐに表情が戻ってしまう。
「私もそうは思っているさ。でも、有マ記念を見ただろう。レースを作っていたのは間違いなくミホノブルボンとメジロマックイーンだった。そして、今までのテイオーであれば間違いなく沈んでいただろう」
そういいながら、ルドルフは天を仰ぐ。そして視線をコースに戻すと、大きく伸びをした。
「だが、結果はどうだ。レースの主導権など関係なし。鉈…ああ、鉈の切れ味だ。あれは。あの人と同じ、最終直線を力でねじ伏せてみせたんだ。…だから、私はテイオー以上に、この体を仕上げなければならないと思うのは、間違いかな?」
「いえ。決して」
「それにテイオーはまだまだ進化中だ。嬉しく思うと同時に、怖くもある」
エアグルーヴは、片眉を吊り上げた。
「会長が?テイオーが怖い、とお思いなのですか?」
ルドルフはと言えば、その言葉に大きく頷く。
「ああ。凱旋門までであれば、私を超えたと喜べた。BCクラシックで、遠くへ行ったなと感じた。有マ記念で私は彼女に、憧れてしまった。ここから先、更に進化していくと思うとな…」
そう言いながら、笑顔をエアグルーヴに向けた。
「…エアグルーヴ。もし、私がテイオーに追いつけなくても、笑ってくれるなよ?」
エアグルーヴは肩をすくめる。そして、一呼吸おいて、笑顔を作るとこう言葉を発した。
「そんなことは起きません。あなたは、全ウマ娘の夢なのです。最強の皇帝は、最強無敵のウマ娘すらも打倒し得ます」
「…そうか。ありがとう」
■
「2500で2分37秒。上がり34秒か。今の芝には適応は出来たようだが全体的にスピードが足らん…まだまだトウカイテイオーには遠いな、シンザン」
ストップウォッチを片手に、一人のウマ娘がそう言葉を紡いだ。ここは小岩井にある私設のトレーニングセンターである。とはいっても、コースが数本と広い芝生が広がる簡単なものだ。
「…チッ」
タイムを聞いたウマ娘、シンザンは思わず舌打ちをし、そっぽを向いてしまった。そんな彼女に、ウマ娘、セントライトは苦笑を浮かべながら言葉を選ぶ。
「まあそう落ち込むな。現役を離れてしばらくのウマ娘がこのタイムを出す事がそもそもキセキだろう。全盛期と遜色が無い走り…いや、タイムだけを見ればそれ以上か?しかし、これ以上となると、ゆっくり仕上げんと現役を退いた我々では体が持たんぞ。お前も良くわかっている事だろうに」
シンザンはその言葉に、頭をかく。
「判っている。だが、奴と走るまでにそんなに時間が無いのも確かだ。トウカイテイオーに宣戦布告をしたにも関わらず、私がこんな出来では彼女に面目が立たん。なぁ、もっとキツイ鍛錬はないのか?セントライト」
「ん?まぁ、あるにはあるが…お勧めは出来んぞ?お前さんの時代でも消え果てた、本当の意味での根性鍛錬。私が現役の頃に行っていた鍛錬計画ならここにな」
そう言いながら、セントライトは自らの頭を軽く指で叩いた。その姿を見て、シンザンはといえば。
「かまわん。それでいこう」
即座にそう答えた。
「そうか。…では、まず坂路を10本走れる体を作る。シンザン。話はそこからだ」
「そう来なくてはな。頼むぞ、セントライト」
「頼まれなくても仕上げてみせるさ。ああ、そういえば昨日なんだが、中央から連絡があった。シンボリの小娘からだ。トキノも走るとさ」
シンザンの眉毛が吊り上がる。
「…なんだと?トキノさんが?」
戸惑いを含んだシンザンの言葉に、セントライトはと言えば、ひょうひょうと片手を上げて言葉を続けていた。
「ああ。ま、脚の後遺症があるから全力ではないとは言っていたが…あのバカの事だ、仕上げて来るだろうよ」
シンザンはその言葉に、思わず腕を組んでしまっていた。
「三人娘といい、演歌娘といい。いよいよ役者が揃ってきたか。…なあ、あんたは出ないのか?」
「ん?あぁ、私は出ないよ。そもそも現役を退いて何年経ったと思っている。今から鍛え上げても、そうさな。精々2着か3着が限界だろう」
さらっと、そう形容するしかない。自信がないと言いつつも、センター争いには絡むと、何食わぬ顔でそう言ったのだ。シンザンは、その顔を見て、思わずにやりと口角が上がってしまっていた。
「セントライト、それは…十二分だと思うがね?」
「なんだ?私に走って欲しいのか?」
「そりゃあ、そうさ。最初の三冠ウマ娘と走れるのなら、それ以上の誉れは無い」
シンザンはそう言うと、鋭い目をセントライトに向けた。だが、そんなシンザンの視線もなんのその。
「はは。言葉だけ有難く受け取っておく。さて、無駄話はここまで。鍛錬だ鍛錬。まずはスクワットから行こう」
パン、と手を叩くと、涼しい顔でセントライトは早速指示を飛ばしていた。やれやれと、肩をすくめたシンザンは彼女の言う通り、大人しく筋トレを始めたのである。
■
中央トレセン学園。の、近くの河川敷では、数人のウマ娘が鍛錬を行っていた。そこには、トウカイテイオー、リオナタール、ナイスネイチャの姿もあった。
「上がり3ハロン、31秒。ヒュー!やるねぇ、リオナタール」
「4コーナー抜けてよーいドン!なら誰にも負けない自信があるからね。いやー、有マ記念は予想外すぎたよ。何、あのブルボンの逃げ。テイオーさぁ、よくスタミナが持ったよね」
テイオーはふふんっ、と誇らしげに胸を張った。
「まー、人一倍坂路とプールの鍛錬をした賜物、って奴だね。ただまぁ、ネイチャが3着に入ったことが何よりもびっくりした」
「ああ、確かにね。ナイスネイチャ、ジャパンカップで勝ってからめきめき強くなってるよねー」
「うん。本当にそう思うよ。去年のボクだったら完全にやられているもん」
あはは、と笑い合う2人。そして、テイオーはリオナタールに飲み物を差し出していた。
「そういえばリオナタールのドリームトロフィー初出走は、来年の夏だっけ?」
「あ、飲み物ありがと。うん。夏のサマードリームトロフィー。いやー、シンボリルドルフ会長と競い合えるなんて恐れ多いよ」
嗚呼怖い怖いと両手を上げて肩をすくめるリオナタール。だが、その目は爛爛と輝きを見せていた。
「いいなぁ。羨ましい」
「テイオーもこっちに来ればいいのに。テイオーの人気と実力なら、いつでもドリームトロフィーに来れるでしょ?」
「うん、まぁ、実際ね。理事長からそういう話も来ている事は来ているんだ」
「それなら」
それなら一緒に夏に走ろうよ。と言いかけたリオナタールの言葉を遮るように、トウカイテイオーが言葉を続ける。
「でも、まだ早いって思うんだ。マックイーンとの勝敗も付いてないし、ブルボン、ライスとの競い合いもまだまだ楽しみたい。それに、せっかくなら『帝王』の称号を獲ってからにしたいなって」
リオナタールは目を見開いた。そして、食って掛かるようにテイオーに言葉を投げる。
「帝王の称号?…ああ!って、あんた、まさかまたダート行く気?」
「もちろん!」
「うへー、あんたって相当変わってる。っていうか、芝とダートのG1って、相当欲張りだよ」
「あはは。そりゃあそうだよ。だってボクは最強無敵のテイオー様だもん。貰えるものは全部貰う。それがテイオー様だからね!」
にししと笑うテイオー。釣られて笑う、リオナタール。冬の河川敷、道は分かれたが、未だライバルの二人にはそんなことは関係が無いようである。
「ってことは、あんたと当たるのは早くても来年の冬、ウインタードリームトロフィーかぁ」
「うん。多分、そこらへんになると思う。ねぇリオナタール、サマードリームトロフィーでぼっろぼろに負けて冬が出場できないなんてこと、しないでよねー?」
にやりと笑いを湛えながら、そう問いかけるテイオーに、リオナタールは苦い顔をする。
「う。いやな事言わないでよテイオー。あー、でも、今回マルゼンスキーさんも出るからハイペースになるのかなぁ…ううん」
首を傾げて悩むそぶりを見せるリオナタール。テイオーは更に笑みを深めた。
「ふふふ。じゃ、そのためにスタミナを付けようか!付き合うよ!」
「じゃあ、せっかくならトレセンに戻っていつもの坂路でいいのかしら?」
「うん! ブルボンも呼んでくるから、しっかり走ろう! あ、せっかくだから本数で競おうよ。負けた人はハチミーを奢る事!」
「…ノッた!ドリームトロフィーの実力を見せてやるからね!」
「実力って。キミまだ走ってないじゃーん。ま、誰が相手でもボクは負けないよ!」
そう言ってリオナタールとテイオーは、河川敷を後にする。残されたウマ娘達は、トップを突き進み続ける彼女らに影響されて、練習に更に力が入っているようである。
「うーん…無自覚というかなんというか。キラキラは違うねぇ」
「ナイスネイチャ、貴女はあれに交ざらなくていいのですか?」
「ん?うん。私は出来る限り現役を続けるって決めたから。トゥインクルシリーズの行く末を、私の脚が持つ限りは近くで見届けたいって、そう決めたの」
「そうですか。…実は私も同じです。出来るだけレースに出ていたいと、そう思っています」
「そっか。じゃあ、お互い頑張らないとね。イクノ」
「ええ。お互い、頑張りましょう。ネイチャさん」
■
「ロングスパートのコツを教えろだぁ?んなもん覚えてどーすんだよマックイーン」
「天皇賞春対策です。来年こそはセンターの栄誉をと、心に決めております。何かありませんか?ゴールドシップ」
「…うーん、コツってもなぁ…。あ!」
「何か思いつきまして?」
「お前もとりあえずピーマン食ってみたら?」
「なぜ貴女までそんな事を言い出すんですの!?」