ボク、ピーマンが好きなんだよね   作:灯火011

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有馬記念も終わった1993。

ピーマンは平和に鍛錬を行い、日本に残ったエーピーインディがのんびりと仕事をしているさなか。

後ろから迫る次世代達も、ピーマンを追い越せ追い抜けと、その体を鍛え始めていた。

そう。世は大ピーマン時代。

さあ!ピーマンを食え!さすれば!凱旋の門は、開かれん!


坂路、プール、ピーマン

 今日も今日とて坂路鍛錬。いくぞいくぞいくぞー!と気合を入れて走っているわけであるが、今日はなんとあの葦毛の大きなお馬さん、メジロマックイーンとの並走の坂路である。

 

『次は負けん』

 

 会って早々そんなニュアンスを受け取り、これはなかなか次のレースで出会ったら強敵になりそうだなと感じた次第だ。なお、ピーマンを渡したところ見事に「ぺっ」とされた。少し悲しい。

 ただ、メジロマックイーンの足腰の頑丈さとスピードは本物である。何せこの私との坂路鍛錬でめちゃくちゃええ勝負をしてくるのだ。今のところ勝敗は半々といった所。うーむ、強いお馬さんは、鍛錬から強いわけだ。

 

 というか有馬記念、ゴールでなんとか私が先着したが、あれは彼の戦略によるところが大きい。向こう正面からスパートをかけてなければ、このメジロマックイーンを追い越すことは出来なかったであろう。私であれば、4コーナーあたりで仕掛けている。…うむ。やはり私にはレースのセンスは無い。

 

 にしても、そういえばメジロマックイーンの引退理由はなんであったか。確か三回目の天皇賞春の後で、秋の天皇賞の前に故障で引退したはずだから…ええと?確かライスシャワーに抜かれたのが3回目だから…。

 って、メジロマックイーン、怪我で引退するのは今年か!?ええ…こんなに調子良さそうなのに、本気か?まぁ、今は好調でも秋ぐらいにもなればどうなるかは判らんか。

 

 うーむ。ただ、レオダーバンもミホノブルボンも、そして私も怪我をしていないこの92年、93年。メジロマックイーンもできれば怪我をせずに、元気に現役を続けてほしいなぁと、切に願う次第である。

 

 あ、まてよ?ただそれだと後に続くゴールドシップやオルフェーヴルなんかが産まれない可能性もあるんじゃないか?

 う、ううむ。悩ましい。悩ましいが…まぁ、こればっかりは自然の摂理であろうからな。悩んでも仕方がない。なるようになれという奴である。

 

 ま、次のレースで出会うとしたら天皇賞春であろうか。その時にはライスシャワーもいるのであろう。ミホノブルボン…はどうだろうか。距離が長いから出るのか出ないのか。ナイスネイチャ…天皇賞春のイメージがないなぁ…。まぁ、顔を合わせたら判るわけだしな。これもまた悩んでも仕方がない事であろう。

 

 それはともかくとしてだ。目の前の坂路を駆け上がろうじゃないか。ようやく今日は7本目である。

 

『行く?行くよな』

 

 鼻息荒い大きな葦毛のお馬さんもやる気満々である。もちろんだとも。お前と走るのは実に良い鍛錬になるのだ。メジロマックイーン。強い馬は良いと心底思う。

 

 とはいえまぁ、1つ祈らせてくれ。君の行く末に幸運あれ。その道に、幸多からんことを。

 

 今後、もし、史実の通り君が怪我をしても、奇跡的に怪我をしなくとも。私、トウカイテイオーは、キミと同じ時代に生き、同じレースを走れたことを忘れはしないし、なにより誇りに思う。

 

 

 もっしゃもっしゃとピーマンを食い、そして筋トレをしている私であるが、ここ数日どうも観察されているようでなかなか落ち着かない感じがする。んー、私、何かしたであろうか。心当たりがテンで無いのであるが。

 

 それはともかくとして。筋トレの効果もあってか、後ろ足プランクは5分、前足プランクも2分ほど出来るぐらいには体幹が出来上がっている。そのうち、二足歩行で歩けるんじゃないか?と我ながら思うぐらいの仕上がりである。ああ、あと、最近では猫の様に伸びをすると結構体がほぐれることが分かったので、プランクの後は伸びをして体をリラックスさせている。これだけでも結構翌日の疲れが違うのだ。

 

 さてさて……。では、後は瞑想をしっかりするだけである。腰を落として、目を瞑り、心静かに。

 

『疲れた!旨いやつ!旨いやつ!』

 

 …エーピーインディがご帰宅のようである。まあ、とりあえずは精神統一優先である。

 

『…ん?何してんの?お前好き』

 

 なんだその川柳みたいなニュアンスは。目を開けてみれば、エーピーインディがこちらの厩舎の中へ首を突っ込んできていた。

 

「やると速くなる」

『ほんと!?』

 

 そうニュアンスを私に伝えて、彼は自分の厩舎へと引っ込んだようである。それにしてもだ。ここ数日間、何とも言えないゆるーい空気が流れている感じがして仕方がない。

 

『旨っ。好き!』

 

 いやあまぁ、お前のせいかエーピーインディ?しかし君、鍛錬している姿を見ないが…アメリカに帰らなくて大丈夫なのかね?

 

 まあ、ともかく元気そうなのでいいだろう。

 

 

 本日の鍛錬はプールである。改めて感じる事であるが、体力づくりに最適、脚への負担は少ないと来ているので非常に好みである。ま、冬の水が冷たいのはご愛嬌といった所であるが、体が温まってくればそれすらも心地よい。

 

 思い返せば、最初にプールに来た頃には手綱を曳かれ、そして潜水をした時には思いっきり手綱を曳かれて、慌てられたものだ。だが、見てみろ。今じゃ手綱を曳きもしない。というか、手綱を付けられてすらいない。潜水をしていても、上からのぞくだけで慌てもしないのである。うむ。なんというか勝ち取った感が大きい。

 

 いやしかし、周りをみてみるとだ。

 

『冷たい!』

『顔にかかる!いや!』

『疲れる!』

 

 そんなにプールが好きな馬は居ないようである。まぁ、それに、馬からすればきつい鍛錬をさせられているわけであるし、確かに嫌いになる馬もいるにはいるであろう。ま、私は好きなので関係ないのだが。

 

『待て。待て。速い』

『おかしい…おかしい…』

 

 ん?と珍しいニュアンスに後ろを向いてみると、ミホノブルボンとビワハヤヒデが私の後ろをついてきていたようである。ブルボンに至っては顔に水がかかっても全く意にしない感じである。

 

「息止めて潜る。強くなる」

 

 そうニュアンスを伝えて、潜水しながらプールを進む。ざばっと水の上に上がってみれば。

 

『苦しっ!?』

『お前おかしい!』

 

 私の真似をして潜水を始めた2頭のお姿があった。まぁ、無理はなさんな。ほら、手綱を曳いている人間が慌てているぞ?っと、私の世話をしている人間が、あちらに何かを言いに行ったようである。

 …いやまて、そうなると私、完全に放置された状態でプールを泳ぐ訳になるのだが。まあ今さらか。じゃ、次は潜水4分レッツゴーである。

 

 

「あーあははははあ!遅いよブルボン!もう2本いっくよー!」

「テイオーさん!まだまだ!お願いします!」

 

 トレセン学園のプールを水しぶきを上げながら2人のウマ娘が爆速で泳いでいく。周囲のウマ娘は、あっけに取られながらも彼らの気合に当てられているようで、練習に力が入っているようである。

 

「おお!テイオーさんとブルボンさん、いいバクシンですね!よおし!私達もバクシンしなければ!いきますよーライスさん!」

「うええ!?あの、バクシンオーさん。その、私は泳げるだけになればいいかなって…」

「何を言っているのですライスさん! やるならばとことんやらなければなりません! さあ、一緒にバクシンしましょう!」

「うえええ!?」

「だって今度の天皇賞春に、テイオーさんに、マックイーンさんに勝とうというのでしょう!ならば!やることは!出来る事は!全部やらなければなりません!そう、すなわちバクシンです!」

「…う、うん。判った!がんばる!」

「その意気ですライスさん!では、さっそくバクシンです。バクシーン!!!」

「ば…ばくしーん!」

 

 そう言って、ライスシャワーはバクシンオーに手を曳かれてバタ足でプールを泳いでいく。こちらはテイオーとはまた違う、微笑ましい光景である。そして50メートルを泳ぎ切った時に、息を整えているライスシャワーにバクシンオーは言葉を掛けていた。

 

「50メートル、ナイスバクシンです!このままいきましょう!ああ!そういえばライスさん。頂いたピーマンの肉詰めひっじょーに美味しく頂きました!ライスさんは料理もバクシンなのですね!」

「あ、本当に?じゃ、じゃあ今度、また美味しいの、作って来るね」

「お願いします!あ、あとニシノフラワーさんにも差し上げたいのですが、よろしいですかね!」

「え!?う、うん。いいよ?あ、でも、フラワーさんにピーマン食べられるか、聞いてね?」

「あははは!大丈夫です!ライスさんのピーマン料理はおいしいので、問題なくバクシンできます!」

 

 その言葉に、ライスシャワーは嬉しいのか、顔に笑顔を浮かべていた。と、その瞬間。目の前の水面がぐぐっと持ち上がった。

 

「おお!?」

「ひっ!?」

 

 何事かと二人が身構えると、水面から出て来たのは。

 

「ピーマン料理!?ライスぅー!ボクにも食べさせてー!」

 

 ポニーテールヘアーが眩しい、無敗の三冠ウマ娘、凱旋門賞、BCクラシック、そして有マ記念を見事勝ち取ったウマ娘。トウカイテイオーその人であった。

 

「おお!テイオーさん!見事な潜水!バクシンですね!」

「バ…バクシン?うーんと、バクシンは判らないんだけど…ねぇねぇ、ライスのピーマン料理はおいしいんでしょ?」

「はい!ライスさんのピーマン料理はピカイチですよ!ああ!では、今度ライスさんのピーマン料理でパーティをしましょう!」

 

 勝手に進むピーマン話。流石のライスシャワーも困惑を見せる。

 

「ふえ!?え!?バクシンオーさん!?」

 

 だが、そんな事は気にせずに、マイペースに話を進める2人。

 

「あ、いいねぇ!ボクも手伝うよー!」

「ならば問題ないですねテイオーさん!」

「たっのしみだー!」

 

 にこにこのトウカイテイオーである。だが、次の瞬間、一人のウマ娘が彼女の背中に立っていた。

 

「何が楽しみなのですか?テイオーさん。練習を投げ出して何をしているのですか」

 

 先ほどまでテイオーと泳ぎを競っていたミホノブルボンである。少し怒っているように見えるのは仕方がない。

 必死について行こうと泳いでいたら、気づけば目の前に相手が居ないのだ。そりゃあ、誰でも不機嫌になると言うモノである。

 

「げっ、ブルボン!?いやね、ピーマン料理って名前が聞こえてさ?そのね。ついこっちに来ちゃった」

「…ピーマン料理?仕方ないですね。で、そのピーマン料理がどうしたのですか?」

「ライスのピーマン料理がおいしいって聞こえてねー。あ、ブルボンもどう?」

 

 ピーマン料理。それは魔法の言葉であろうか。不機嫌であったブルボンの顔が、明らかに和らいだ。

 

「…ご一緒させてください。ライスさん、よろしいですか?」

「ええっ!?ブルボンさんまで…!?う、うーん…頑張ってみる」

 

 ライスシャワーの言葉に、テイオー、ブルボン、バクシンオーは小さくガッツポーズを作った。

 

「やった!」

「では!私サクラバクシンオーがライスさんと打ち合わせをしまして、追って予定を連絡させていただきましょう!ええ、お任せください!さあライスさん、バクシン、バクシンです!」

「ええええ!?バクシンオーさん!?まだ練習中…ちょっと待ってー!」

 

 今日も騒がしいトレセン学園の日常である。

 

「…ピーマンパーティか。私も行くか」

「なぁに?インディちゃん。ピーマン好きなの?」

「ええ。マルゼンスキーさんは?」

「うーん…あんまり好きじゃあないわねぇ」

 

 

「お疲れ。オーナーと何か話が決まったか?」

「お疲れ様です。いやー、まぁ、引退時期などはまだ。ただ、次走は天皇賞春ということだけは決まりました。ああ、あと。少し聞いただけですけどね、種付け候補がなかなかすごいですよ」

「ほー?まぁ、そりゃあそうだろうなぁ。実績が鬼のようだからな…。今のところはどんな血統が集まりそうなんだ?」

 

「ざっとですが、有名処の血統を辿ればですよ?

 

 血統を辿ればクリフジがいるシュンイチオーカン

 母父シンザンのロングチアーズ

 父がグリーングラスのリワードウイング

 あのテンポイントの父であるコントライトの血統のワカスズラン

 父がシービー、つまりはトウショウボーイの血統であるスイートミトゥーナ

 トキノミノルの母の血統のニッソウヨドヒメ

 ハイセイコーの血統のサクセスウーマン

 

 あとは完全にまだ噂の段階らしいですが、セクレタリアトの血統も準備されているとかいないとか」

 

「ほー…そりゃまた浪漫溢れる血統の馬が集まったことだなぁ。というかあのビッグレッドの血統からもか…すごいな」

「まだまだ増えそうですよ。いや、引く手あまたとはまさにこのことです」

 


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