ボク、ピーマンが好きなんだよね   作:灯火011

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年末年始忙しい皆さま。ピーマンを食べているでしょうか。

きっと食べているでしょう。

と、いうことで今回ピーマンが温泉に入ります。


温泉いいですよねぇ、温泉。



※年末年始ということもありまして、次話の更新は暫くかかります。


温泉、温泉です!

 正月が終わって暫く経った頃。私はなぜか、ミホノブルボンと一緒に車に乗せられて大移動中である。既に牧場を出て5時間以上は経っているだろうか。私は問題ないのであるが、ブルボンはきついんじゃないだろうか。

 

『狭い。ここ嫌い』

 

 ブルボンからのニュアンスはこうである。まぁ、そうだろうね。窓をちらりと覗いてみれば、どうやらここはどこかの休憩施設であるらしい。ふーむ。一体どこに向かっているのであろうか。ただ、途中で富士山は見えたので、おそらくは東に向かっているようである。

 

 しかし、今回のこの大移動。かなり油断していた。何せ、レースが近いのであればオーナーやら彼やらが頻繁に会いに来るはずなのだが、今回はそんなこともなくいきなり車に乗せられてしまったのである。

 

 レース…レースにしてはなんか人間の動きがそんなにキビキビしていない。この雰囲気はそうだな、私が初めて鍛錬が行われる牧場に移動したときや、放牧のために移動したときの雰囲気に似ていると言える。もしかして、放牧地にでも向かっているのであろうか?もしそうだとするのであれば、私は非常に困る。

 いや、別に放牧が嫌と言うわけではない。ただ、暇なのだ。体を休ませればいいじゃないか、と言うのだが、普段からストレッチなどで体をしっかり休ませているので体は楽であるし、気分も鍛錬をしていたほうが楽なのだ。私はやはり、中に人が入っているからなのか暇すぎてもダメになるのである。

 故に、放牧されていても、私は気づけばずーっと走っているので、人間も諦めたのかここ2年ぐらいはレースが無くても鍛錬の牧場で鍛錬を続けていたわけなのだ。

 

 それが急にこんな大移動。一体全体どうしたものかなぁ。

 

 正月明けて…東…関東で大きなレース、と考えると…。うーん。ああ!そう言えば思い出した!去年の今頃、似たような感じで1600メートルのG3の何かのダートレースを走ったじゃないか!ふむ。それならそれで問題はない。ただ、そうなると一緒に移動しているミホノブルボンが気にはなる。同じくG3のダートを走るのであろうか?それとも、何か別のレースを?

 

 ま、考えても馬の私には判らないか。とりあえずは、レースの心積もりで精神を統一させておこう。そうしよう。

 

 

「お疲れ様です。って、あれ?テイオーは?」

「お疲れ様。テイオーはミホノブルボンと一緒に福島のリハビリテーションに行っているよ」

 

「え?福島の?怪我でもしたんですか?」

 

「いやいや。テイオーは何でもないよ。むしろ健康体。

 ただ、ブルボンは確か脚に軽い炎症が起きたとかで休養だね。天皇賞春は絶望的と言って良いだろう。復帰は宝塚を目指しているとか聞いているよ」

「それはまた。ミホノブルボンは残念ですね。しかし、テイオーは何もないのに福島に?」

「それがね、君も知っているとは思うけど、テイオーは放牧に出しても常にトレセンの時の様に走り続けちゃうだろう?だから、頭がいい馬ならもしかして、福島の温泉ならゆっくり休養するんじゃないかって話で、ミホノブルボンに同行して養生させるそうだよ」

「なるほど。あり得なくもない話ですね。あなたはついて行かなくて良かったんですか?」

 

「ん?ああ。僕は別の馬の屋根をお願いされていてね。3月から本格的に屋根を張るから、前段取りで馬と駆け引きさ。テイオーの目標レースとも被らないから、受けたんだ」

 

「おお。流石人気の騎手は違いますね。で、どの屋根を?」

 

「ビワハヤヒデっていう馬だよ。ほら、君も記憶にあるだろう?正月過ぎてテイオーの追い切りについてきたあの若馬だよ」

「…ああ!あの葦毛の速い馬ですか!いい馬に巡り合いますね。しかし、なんていうか、顔だけ白いからか、顔が大きく見えますよね」

「そうかい?馬としてはイケメンだと思うけどね。僕は」

 

 

 車に揺られて、気づけば東京タワーを過ぎて、更に別の路線に入って数時間。高速道路の降り口の名前をチラリと窓から見てみれば、IWAKI-YUMOTOであった。そう。私はなぜか、関東を過ぎて、東北の福島、いわきの地にいるのである。いわきと言えば、「スパリゾートハワイアンズ」であろう。2足歩行時代、何度か行った事がある。あのフラダンスは一見の価値ありだ。それに、いわき、と言えば温泉も良いと聞く。

 

 そう、温泉も良いと聞くのだが、なぜ私とミホノブルボンがこんな場所を車に揺られて走っているのか全く理解が追いつかないのが現状である。

 

 福島のいわきに、去年の有馬記念を勝利した馬が来る…?場所は、ええと、福島であるからつまり福島競馬場でも行くのであろうか?うーん、でも福島競馬場というと、あのツインターボの七夕賞ぐらいしか思いつかない。夏競馬のイメージが強いのだ。しかも、福島競馬場っていわきにあったか…?記憶が曖昧である。

 そうやって頭を捻っていると、車が速度を落として左へを舵を切った。窓からはちらりと「JRA」の文字が見える。そして、暫く山の中とも言える、両脇に木々が生い茂る道路を進んでいくと、開けた所で車が止まる。どうやら目的の場所に着いたらしい。

 

 いつもの人間に、手綱を曳かれて車を出てみれば、そこに広がっていたのは、競馬場どころか、いつもの牧場に比べれば幾分か小さい牧場であった。

 

 周りをよく見渡してみれば、松の木なんかが植わっていて、なかなかいい雰囲気の場所である。体を休めるためか、早速厩舎に連れていかれて、ピーマンやら野菜やらをバケツ一杯に出されるのはいつもの事である。

 しかし、ここは本当に規模が小さい牧場である。厩舎の数もそれほど多くは無いし、鍛錬の施設もかなり少ないと言えよう。厩舎への道中、ダートのトラックと、円形のプールぐらいしか鍛錬の施設を見つけることが出来なかった。

 

 はて…と、いうことは、私は何のためにここに連れてこられたのであろうか?

 

 レース、という線はまず消えている。ここは競馬場ではないからだ。ならば鍛錬か、とも思ったが、その線もないであろう。鍛錬の施設が少なすぎる。それならば放牧か?とも思ったが、ここは山の中である。ぱっと見平地も少ないので、その線もまず無い、と思う。

 

『青臭くて旨い』

 

 そんなニュアンスを感じて顔を上げてみれば、真正面の厩舎でミホノブルボンがピーマンを喰らっていた。まぁ、そうだよな。こう考えていても何が出来る訳でも、解決するわけでもないし。せっかく出された食事である。しっかりと頂くとしよう。

 

 お、このピーマンなかなかの歯ごたえである。ふーむ。冬のピーマンの方が皮が硬いのだな。これは今まで気づかなかったことである。馬になっても新たな発見とはなかなか面白いものだ。

 

 …にしてもだ。少々ここは何か匂う感じがする。馬の糞とかじゃなくて、なんかこう、卵が腐ったような…?硫黄か?

 

 

 謎の施設に到着して、翌朝の事である。この施設の正体が判明した。

 

 驚くなかれ、ここは馬の温泉である。

 

 朝、飯を頂いた後、手綱を曳かれて連れていかれた場所が、まさに風呂としか言えない場所だったのだ。入口入って左側は厩舎の様になっていて、しかし、ホースが見えるあたり、体を洗える場所である。入口入って右側には、縦に並んだ小さなプールのような感じの場所に、硫黄臭漂う、湯気を湛えたお湯が張られているのである。

 しかも、私より前に厩舎を出たミホノブルボンが気持ちよさそうに4つ足を湯に入れているのである。こりゃあ予想外の光景である。

 

 あっけに取られていると、人間がホースを取り出し、私の脚元を洗い始めた。なるほど。これから風呂に入るわけであるし、確かに今まで土の上を歩いていたわけだから、当然の事かと納得する。そして私の脚を洗い終えると、人間は私の手綱を曳き、浴槽の前までやってきていた。

 

 眼前には湯舟。しかも硫黄を湛えたお湯が張られた、間違いなく温泉である。ええと…これはどう入ればいいのであろうか?

 

 ちらりと横目でブルボンを見る。入口の方に顔を向けている。と、いうことは、湯船には後ろ歩きで入る感じであろう。そう考えて湯舟に後ろ足から入っていくと、手綱を曳いていた人間は満足そうに笑みを浮かべていた。なるほど、正解らしい。

 

 そしてゆっくりと後ろ歩きをしながら数歩。私の脚についに、お湯が触れた。

 

 あぁあああー…と、二足歩行時代なら間違いなくため息が出る、そんなお湯を感じながら、浴槽の一番奥まで後ろ歩き。すると、間髪入れずに木の棒で前を塞がれ、背中に温水のシャワーが注がれた。

 

 おぉおおおお……と、思わずため息が出てしまう。うん、ああ。いいぞこれは…。

 

 温かいだけじゃあない。なんというか、強張っていた関節や、筋肉の張りまでが蕩けていく感じ。惜しむらくは下半身ぐらいまでしかお湯が無い事であろうか…ううむ。できれば肩まで浸かりたいのだが…。

 

 ああ、そうか。膝を折ればいいじゃないか。思い立ったが吉日である。早速膝を折って、体を湯に沈める。木の棒が少々邪魔だがまあ仕方がない。うむ。思った通り。実に良い。最高である。

 

 おっと、思わず欠伸も出てしまった。…って、なんだい人間。手綱を引っ張ってからに。何?立て?出ろと?いやなこった。こちとら馬になってまでこう、風呂に入れるとは思っていなかったのである。しかもどちらかというと、私は長風呂派なのだ。せめて1時間ぐらいは入らせて頂こうじゃないか。

 

 

 いわきの夜。田舎らしい静かな空気の中、2人の人影があった。

 

「よかったの?合宿なのにさー。こんないい温泉に、ブルボンとボクを連れてきちゃって。トレーナーお金ないでしょ?」

「ははは。お前のお陰でこの位のホテルじゃびくともしない稼ぎは貰っているさ。それにテイオー。お前、ただ旅行に来てもすぐに練習しちまうだろう?」

「まあね。練習がボクの日常だし」

「だから合宿って形をとって、お前達…いや、カッコつけたな。テイオー、お前が少しでも休めればと思ってな」

 

 少し恥ずかしそうにほほをかくトレーナー。その姿に、テイオーはにやりと表情を変えた。

 

「ふぅーん?ボクに気を遣ってくれたんだ?」

「そりゃな。俺の夢を叶えてくれた。しかも、この日本のウマ娘に関わるもの全ての夢を二つも叶えてくれた。気を遣う?それどころじゃない。感謝しても、いくら感謝しても足りないくらいさ」

「にしし。そう言ってくれると嬉しいよ」

 

 テイオーは無邪気に笑う。つられてトレーナーも、笑みを浮かべていた。

 ちなみに、ミホノブルボンはこの場には居ない。曰く。

 

 『温泉で疲れを取ります。お二人は、ごゆっくり語らってください』

 

 と、上手いのか下手なのか。トレーナーとテイオーのために気を遣って、今は宿で一人、のんびりと温泉に浸かっているらしい。

 

「なぁ、テイオー」

「なぁに?」

「俺はさ。お前がドリームトロフィーで、ルドルフ達と走りたいという事を、知っている。それはもう、よく知っている」

「うん。カイチョーと走りたい。それがどうしたの?」

「ここから先は独り言として聞いて欲しい」

 

 トレーナーの言葉に、テイオーは小さく頷いた。

 

「ん」

 

 それを見たトレーナーは、言葉を選びつつ、紡いだ。

 

「…俺はさ。お前が、トゥインクルシリーズで走る姿を見続けたいと思っちまったんだ。ああ、もちろん。お前がドリームトロフィーリーグに行くことは、留めはしない。むしろ、喜んで送り出したい」

「…」

「でも、でも。俺は、きらきらと輝く、お前の姿をいつまでもいつまでも見ていたい。いつまでも、走り続けていて欲しい。マックイーンと、ナイスネイチャと、ライスシャワーと、ブルボンと、幾多のウマ娘達と、冠をかけて、いつまでも、いつまでも走っていて欲しい」

 

 一呼吸。そして、トレーナーは言葉を続けた。

 

ドリームトロフィー(虹の向こう側)になんて行かせたくない。ルドルフと、走らせたくはない。そう思ってしまったんだ」

 

 そう言ってトレーナーは、テイオーの目を正面から、まっすぐに見つめた。

 

「……トレーナー。判ってるでしょ? ボク達ウマ娘のピークは短いって。いつかは、いつかはドリームトロフィーで走らなきゃいけなくなるって」

「ああ。よく知っている。よく知っているとも。ああ、そうだ。つまり、俺はさ」

 

 深く息を吸い、トレーナーは顔をテイオーに向けた。

 

「お前の走りに惚れたんだ。ああ、そうだ。だから、お前の走りをいつまでも、どこまででも見ていたい」

 

 トウカイテイオーは、トレーナーの目を見つめ返し、小さく、息を吸った。

 

「ありがとう。トレーナー。でも、ボクは今年の帝王賞でドリームトロフィーに上がる。これだけは譲れない事だから。カイチョーと、それに、いくつもの伝説達とレースをする。それが、今のボクの目標なんだよ」

 

 強い目。いつか、凱旋門を獲ると言ったあの目を向けられたトレーナーは、深く息を吐いて、テイオーから視線を外した。

 

「…そっか。そうだよな。悪かった。悪かったよテイオー」

「ううん。気にしないで。……あーもう!トレーナーったら妙な空気にしちゃってさー!?どうしたのさー。別にさぁ、ドリームトロフィーでもボクの走りを見れるでしょー!?なんでトゥインクルなのー!?」

「そりゃそうなんだけどな。なんでか、そんな気分になっちまったんだよ」

「変なのー!」

 

 トレーナーとテイオーは、2人で夜道を歩く。天に輝く月が、そんな彼らを優しく、しかし、強く照らしていた。

 

 

「おーい…いい加減出てくれー」

 

 トウカイテイオー号が温泉に入ってから1時間。厩務員が手綱を引っ張ろうが、何をしようがびくともしない。ピーマンを目の前につるしても全く見向きもしない。

 というか、むしろ、膝を折って首元までしっかりと湯に浸かってしまった。そして時折大あくびをかましたり、湯の中で猫の様に伸びたりと、やりたい放題である。

 

「おっさんかよお前は」

 

 仕方ねぇなぁと手綱を緩めて、暫くテイオーを眺める。目を細めて気持ちよさそうにしやがって。と内心で思っているが、口には出さない。

 すると、そんな厩務員に一人の係員が言葉を掛けて来た。

 

「お疲れ様です。テイオーはどうです?出せそうですか?」

「お疲れ様です。申し訳ないのですが、全く…」

「まぁ…仕方がないでしょう。好物のピーマンでも動かないのでしょう?ま、幸い今日は後が詰まってませんからね。好きにさせましょう」

「本当に申し訳ございません」

「いえいえ。相手は野生ですからね。こういうこともありますよ。それにしても…」

 

 温泉の係員はテイオーの入っている浴槽を見る。

 

「このテイオーという馬はかなり綺麗好きですね。普通、馬がこういう湯舟とかに入っていたら、10分と経たずにボロ(糞)を出すのに。その素振りすら見せません」

 

 その言葉につられて、厩務員も浴槽の湯を見る。多少、テイオーの汚れで濁ってはいるものの、確かにボロは出ていない。

 

「ああ。こいつはかなり綺麗…というか、潔癖症ですね。餌も三角食いじゃないですが、口の中の物を綺麗にしてから次の餌にいきますし、ボロも馬房の中でここと決めた場所にします。プールの訓練でもまず水中にボロは出しませんね」

「へぇー。それは珍しい、というか、そんな馬初めて聞きましたよ。やっぱり、凱旋門とBCクラシックを獲る馬は一味違うんですね」

 

 感心するように係員がそう言ったと同時に、テイオーは見事な、凱旋門賞馬らしからぬ大きな欠伸をかましていた。なんという、締まらない馬であろうか。

 

「…ははは。そう言って頂けると助かります」

「それに、私もこのトウカイテイオーのファンなのです。ここでゆっくり養生してもらって、天皇賞春を獲って貰わないと」

「はは、まあ、勝負は時の運です。ただまぁ、この温泉でしっかりとリラックスしてくれていますし。ええ、そうですね。期待はしてくれて良いですよ」




次回。天皇賞(春)へ進む、彼(女)らの様子を見てみましょう。

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