ボク、ピーマンが好きなんだよね   作:灯火011

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ピーマンは、世界を獲った。

しかし、ピーマンはどんどん美味しいピーマンが開発されるものであります。

いつまでも、いつまでも、同じピーマンを見ているわけにも、いかないのです。


1993.4.25≒トゥインクルシリーズ『天皇賞(春)』

 

「や、テイオー。調子はどう?」

「ぼちぼちかなぁ。ネイチャは?」

「んー、それがさー。ちょっと脚が調子悪くなっちゃって。天皇賞は回避することにしたの」

「え?そうなの!?なーんだ。最後のターフで、またネイチャと走れるかと思ったのにー」

 

「ごめんごめん。ま、でも私もドリームトロフィーには()()()行く予定だからさ。その時にまたやり合おうよ」

 

「しょーがないなぁ、ネイチャは。判ったよ」

「で、どうなの?テイオー、実際、長距離いけそうなの?」

「んー…何とも言えないかなぁ。もちろん負ける気はないけどさ」

「勝負は時の運って奴ですか。確かにマックイーンもライスも強いからねぇ」

 

 

 鍛錬の牧場へ戻って暫く。桜も散り始めた頃、にわかに人間達の動きが慌ただしくなっていた。彼も来るし、オーナーも来るしで、ああ、そうか、レースが近いのだなぁと肌で感じ始めていた。私はと言えば、あの葦毛の大きいお馬さん、顔の大きいお馬さんと一緒に坂路とプールの毎日である。そういえば最近、ブルボンは見ないのが気がかりである。もしかしてまだ温泉に入っていやがるのか?羨ましい。

 

 そうやって日々を過ごしていた所に、あの移動車が私の目の前にやってきていた。オッケー。行こう行こう。

 

 車に揺られて着いた場所は、去年の天皇賞と同じ競馬場であった。そう、京都競馬場である。ま、時期的にも天皇賞春であろうなぁとは感じていたので、それほど驚きはしない。

 

 厩舎に入れられて、のんびりと過ごしていると懐かしい面子が私の前に現れていた。

 

『旨。あれ、お久』

 

 同志である。レオダーバン同志である。まさか再び見えるとは。君、種牡馬だよね?

 

『お久、元気?』

『元気。旨い』

 

 うむ。元気そうで何よりだ。それにピーマンをまた鱈腹食らっているから、同志としても完璧であろう。しかし、本当にまた会えるとはなぁ。なんだろう、レース前に、活躍したお馬さんのお披露目でもするのであろうか?確かトウカイテイオーも引退後にそんなことをしていたような。

 

 なんだろう、ちょっと安心した。

 

 ちらりと周りを見てみれば、メジロマックイーン、ライスシャワーの姿も見えた。メジロマックイーンは果物をボリボリ食っていて、ライスシャワーはピーマンをぼりぼり食っている。……えーと、1つ謎なのはライスシャワーのピーマンである。おかしい。私はライスシャワーにピーマンを勧めていないはずなのだが。

 

 と、レオダーバン同志がライスシャワーを見ながら、ニュアンスを飛ばしていた。

 

『旨いか?』

『旨い』

 

 それに答えるようにそう返したライスシャワー。え、もしかしてライスシャワーにピーマン食わせたのお前なの!?レオダーバン同志!?やるじゃん! 

 

 

『さあ、本日の注目馬は5頭であります。順に紹介して参りましょう。

 

 まずは去年、惜しくもレオダーバンの後塵を拝したメジロマックイーン。一年という時を経て、再度一帖の盾を手にすることが出来るのか。

 

 メジロパーマー。昨年の有馬記念では残念でしたが、それでもミホノブルボンらと逃げたその実力は本物です。昨年の宝塚記念のように、大逃げが決まるかどうか。見ごたえがありそうです。

 

 マチカネタンホイザ。ダイヤモンドステークス、目黒記念と今年に入ってから重賞を2連勝。天皇賞でもその実力を発揮できるのか。

 

 昨年の菊花賞馬であるライスシャワー。有馬記念では残念ながら着外となってしまいましたが、調教師曰く本来はもっと長い距離の競馬が得意とのこと。菊花賞より200メートル伸びたこの天皇賞春で、その実力に期待がかかります。なお、天皇賞春の結果次第では、イギリスのゴールドカップに出場予定です。

 

 そしてそして、今回のレースを最後に種牡馬入りを表明した、皆様ご存じトウカイテイオー。昨年の仏米日三冠の偉業は記憶に新しい所です。実力は申し分なしと言えるでしょう。このレースを勝てば、G1レース通算7勝目。あのシンボリルドルフに並ぶ大偉業を達成することが出来るのか。期待が高まります』

 

『今回の一番人気、メジロマックイーンは毎回強い競馬をしていますが、相手の方が一枚上回る結果が続いていて、なかなか勝利を上げられておりません。しかしそれでも出場レースはすべてレコードタイムというあたり、実力は完全に上位でしょう。

 そして注目のトウカイテイオーですが、正直3200という距離に不安を感じます。ラストランという事で頑張って欲しいのですが、最後の一伸びが出来るのか、そこが勝敗の分かれ目となってくると思います』

 

『人気はメジロマックイーンが一番、僅差で2番人気トウカイテイオー、3番人気にライスシャワー、そして4番にマチカネタンホイザ、5番人気はメジロパーマーとなっております。

 おっと、ここで続報が入りました。一番人気はトウカイテイオーに変わります。やはり引退レース。注目の的です』

 

 

 人間に手綱を曳かれながらパドックを周る。何度目のパドックであろうか。とりあえずはいつものように掲示板を確認する。えーと…私は16番なので、大外といった具合である。

 

 しかし気のせいであろうか、何か私の競馬は大外が多いような。えーっと、あとレースは…3200メートル、G1レースね。となれば間違いなく天皇賞春であろう。

 

 ま、それはそれとして、今日の面子をちらりと見てみれば、3番の番号をつけたあの馬は、ライスシャワーである。記憶違いでなければ、今日のレースをレコードで勝つお馬さんである。あの小さな馬体でよくやりおる。

 

 14番のお馬さんはあの葦毛の馬である。メジロマックイーンだ。最近の坂路では私よりも仕上がっているんじゃないかって思うほどだ。ただ、ピーマンは食わないので、同志と呼ぶことができないのが少々残念である。

 

 おそらく今日はこのライスシャワーとメジロマックイーンが主役級のレースであると思う。さて、私がこれにしっかりついていけるのか。勝負といった所かね。

 

 あとは9番のメジロパーマーがちらりと目に入った。おお、君もいたのか。良い大逃げを今日も見せてくれるんであろうなぁ。あ、あと8番のゼッケン。彼は私の同期のお馬さんじゃないか。名前こそ判らないが、なかなか見るお馬さんである。

 

『…お前どっかで会った?』

 

 そんなニュアンスを感じ取って首を向けてみれば、そこには11番のゼッケンを付けたお馬さんがいた。んー。

 

『初めて。よろしく』

 

 そうニュアンスを返してみれば。

 

『そっか。よろしく』

 

 そうニュアンスが返ってきていた。ふむ。珍しい事である。あ、ただ、額の白い毛が私によく似ているお馬さんだ。もしかしたら、ナイスネイチャのように、私のご親戚なのかもしれないな。―よし、ここで会ったも何かの縁であろう。厩舎に帰ったらピーマンを勧めてみよう。そうしよう。

 

 そう思っていたら、止まれの合図が流れた。同時に、彼がこちらにやってくる。

 

 首を一度だけ叩かれ、今日は珍しく、そのまま首に手を置かれた。

 

 んんん?どうした?そう思って首をひねり、彼の顔を見てみたが、笑顔を浮かべているだけであった。そうしていると、一度軽く首を叩かれ、彼は私の背に乗った。

 

 よし、ではレース場に出よう。さあ、手綱を曳きたまえ。私はトウカイテイオー様なのだ!と、偉ぶっても特に変わりがあるわけでもなし。あ、もちろんストレッチは欠かさない。しっかりと足周りは解さなければ、怪我のリスクが上がるわけだしね。

 

 芝のコースへと出てみれば、毎度の如くの大歓声で迎え入れられた。よしよし、それならば見せて差し上げよう。テイオーステップ!脚を伸ばし、少しジャンプするようにしながらの動的ストレッチ。ついでに芝の状態も確認しておく。うん。良い芝である。ということは、この土は固めである。私にとっては少々不利な足元と言えるであろうが、勝負は時の運と言うし私は全力で駆け抜けるだけである。

 

 ん…?手綱を上に引っ張られた?

 

 首をひねって彼を見る。お、その笑み。オッケーオッケー。今日はゴール後じゃないのね。ならばやって見せよう!

 

 前足を叩きつけ、後ろ足で立つ!そう、必殺ナポレオンポーズ!同時に降り注ぐ大歓声!してやったな!そして、扱かれる手綱である。おっけー。じゃあ勢いよく駆けだしましょうか!

 

 そうやってウォーミングアップを行いながら、観客席を眺める。というのも、今日は珍しく横断幕が多いのだ。残念ながら書かれている文字は読めないものの、盛り上がり方が今日は半端ないのである。今日は何か特別なレースなのであろうか?

 

 考え事をしながらもスタート地点へとたどり着いた。そして、いつものように、すんなりとゲートに入る。巻き起こる大歓声に少しびっくりしたが、かといって私はスタートをミスるわけにはいかない。何せ今日の相手はライスシャワーにメジロマックイーン。長距離では敵無しという2頭なのだ。

 

 人間が旗を振った。よし、行こう。3200メートル先の、ゴールへ!

 

 

 

『さあ、天皇賞春、今スタートしました!昨年はリオナタールがレコードタイムで駆け抜けたこの天皇賞、まずハナを主張したのはやはりこの娘!メジロパーマー!リードを2、3バ身と広げていきます!早めについていったのは、キョウワハゴロモ、ムッシュシェクルが続いていきます。2番手争いです。

 そしてその後方にメジロマックイーン、まだ抑えたまま前の様子を見ているようだ!続いてライスシャワー、アイルトンシンボリ、イクノディクタスも続いて参ります。

 

 そして本日の天皇賞、芝のレースがラストラン。トウカイテイオー。本日は最後方の殿に付けました。さあ、3200メートル先。センターの栄誉を手にするのは、どのウマ娘なのか!』 

 

 

 スタートはいつもの通り完璧である。が、彼の手綱に従って、最後尾に体を付ける。去年とは打って変わって、正統派の競馬といった具合であろう。前にはメジロパーマー、何頭か挟んで先行の位置にマックイーン、ライスシャワーあたりがくっついて行っているのが見える。

 

 私はとりあえず彼に従って、のんびりと馬群にくっ付いていく。うーん、前回の有馬もそうだったが、お馬さんのお尻を見ながら走るというのもなかなか味わい深いものである。

 

 最初のコーナー、そして次のコーナーを抜けると、天皇賞春独特の長いコース故に、一度目の観客席の前を通った。うん。やはりこの瞬間は気持ちが良い。歓声が桜吹雪の様に降り注いでくるのである。あれだ、ゴールドシップがこの歓声を聞いて本気をだしたっていう話も、あながち嘘ではないと言えよう。

 

 んー?なぜであろうか。なぜかいつもよりも視線を感じるような、そうでもないような?

 

 まぁ、気のせいであろう。特段彼の様子も変わった感じではないし。などと考えていたら、その次の3つ目のコーナーへと先頭のメジロパーマーは突っ込んでいった。かなり2位との差をつけているあたり、流石の逃げ馬だと素直に思う。

 

 さて、今日はいつ動く?

 

 この先向こう後面からロングスパート?それともこのまま脚を溜めて一気に?少し手綱を食むと、まだだ、と少し手綱を引かれた。オーケーオーケー。君のお望みのままだ。頼むぞ、相棒。

 

 

『向こう正面入りまして先頭はやはり、やはりメジロパーマーが行きます!すぐに続いてメジロマックイーンにムッシュシェクル!そしてメジロマックイーンをマークするようにライスシャワーが後ろにすっとあがってきた。その後ろ1馬身ほど離れてマチカネタンホイザ、シャコーグレイド、イクノディクタス、と続いていきます。おっと!ここで、ここで動いた最後方トウカイテイオー!外に振って一気に加速を始めた!鞍上手綱が動く!これは去年の有馬の再現だ!ロングスパートです!

 

 最後の競馬は、追い込み、ロングスパートだトウカイテイオー!最後の最後まで魅せてくれます!』

 

 

 メジロマックイーンさんはやっぱり速い。あのメジロパーマーさんの逃げに、ぴったりとくっ付いていっているのに、息が上がっていない。まだ底がある。

 私は?私はどう?自分に問いかける。

 

 脚はまだまだ余裕がある。体力は、少し辛い。

 

 でも、気持ちは負けてはいない。勝ちたい。メジロマックイーンさんに。そして、トウカイテイオーさんに。負けない。負けてなるものか。

 

 第三コーナーに入る。メジロマックイーンさんがスピードを上げた。そして視界の端、後ろからトウカイテイオーさんの姿も見えた。

 

 それなら、ついて行こう。

 ついて行こう。

 ついて行こう。

 ついて行こう。

 

 ついて行って。

 ついて行って。

 ついて行って。

 ついて行って。

 

 誰よりも先に、ゴールするんだ。

 

 

 パーマー。あなたはやはり素晴らしいウマ娘です。この3200をここまで逃げるのですから。

 

 ですが、ですが。

 

 第三コーナー。ここから先のラスト4ハロンは、残念ながら、わたくしの距離。

 

 あのトウカイテイオーにだって、そして、すぐ後ろを走るライスシャワーにだって、譲る事は出来ません。さあ、満を持して足に力を入れましょう。

 

 唯一無二、一帖の盾。

 

 今年は、わたくしが手に入れてみせます。

 

 

 スタミナ、パワー、スピード。ボクの現役史上、最高に仕上げている。

 

 誰にだって負けるつもりは無い。でも、不安な事がある。距離適性だ。

 

 トレーナーにも言われた。ゴルシにも言われた。お前は3000までだって。

 

 でも、だからどうしたっていうんだ。

 

 ボクはそれでも勝ちに行く。

 

 ロングスパート。スタミナとスピードに物を言わせた、ボクの最も強い走りで、マックイーンを、ライスシャワーを抜いて一番でゴールしてみせる。

 

 

 カイチョーと同じ、唯一無二、一帖の盾をボクは手に入れる!

 

 

 さあ、いくよ。みんな。

 

 ついてこれるなら、付いてきてみなよ!

 

 

『第三コーナーに入りまして先頭はメジロパーマー。しかしすぐ後ろにメジロマックイーンとライスシャワーが上がってきている。少し遅れてマチカネタンホイザ。おっと、そして大外からロングスパートで上がってきたトウカイテイオーも突っ込んできて第四コーナーへ!流石のスタミナ!ラストランだトウカイテイオー!

 メジロマックイーンがメジロパーマーを躱した! 続いてライスシャワー、マチカネタンホイザも前に出た!トウカイテイオーは少し遅れているがここで鞭が入る!

 

 さあ各馬最終コーナーを抜けて直線を向いた!』

 

 4コーナーを抜けて最終直線、メジロパーマーを交わしてライスシャワーとメジロマックイーンに体を合わす。残り400メートル程度。

 すると、最後のダメ押しで、束の間彼からの鞭が飛んできた。

 

―行くぞ!―

―合点承知!―

 

 彼に合わせて手綱を食み、頭を下げて完全にトップスピードに体を乗せた。

 

 2頭の体が一気に近づき、並んだ。

 

 よし決まりだ!

 

 そう確信した。彼らの馬体が、少しずつ私の後ろに流れ始める。だが。

 

 そう思ったのもつかの間。私に並んでいたはずの2頭が、ぐっと頭を低く、爆発的に更に更にと加速を始めたのだ。

 

 思わず、私は目を見開いた。おそらく彼も同じだったのであろうか。一瞬、手綱が止まった。が、すぐに鞭を入れられる。だが、それだけだ。そう、私は既に、本気のトップスピード。有馬記念でマックイーンを破り、一着に輝いた時と同じ、私の最速。既にあの走りなのだ。

 

 有り得ない。そう思った。だが同時に、判る。判ってしまう。何度、何度私はこのターフを走っていると思っているのだ。

 

 間違いない。()()()()()()()()()()()()と、そう言い切れる。

 

 だが…! この3200メートル。

 

 この最終直線、ラスト1ハロンは!

 

 そう、この200メートルに限っては!

 

 メジロマックイーン!ライスシャワー!お前たちの方が強い!

 

 嗚呼!くそっ、脚が重い!初めてだこんな事!

 

 こうなったら見届けてやろう!最強のステイヤー!その対決を!この特等席で!

 

 だからこれ以上離されてたまるか!こちとら競馬が大好きなのだ!

 

 がんばれライスシャワー!

 

 まけるなメジロマックイーン!

 

 突き抜けろ!突き抜けろ!嗚呼!クソ!くっそ!ああ!速いなやっぱり!ライスシャワーにメジロマックイーン!

 

 やっぱり、やっぱり、強い馬は、見てて面白いなぁ!

 

 

『3頭並んだ!並んだ!並んだ!残り200メートル!メジロマックイーン!ライスシャワー!トウカイテイオー!やはりこの3頭!メジロパーマーとマチカネタンホイザは少し遅れた!

 最内にメジロマックイーン!流石のコース取り!あとは伸びきれるか! ライスシャワーは真ん中を突き抜ける! これがラストランのトウカイテイオーは大外から伸びを見せる!だが、だが!

 

 抜け出したのはメジロマックイーンとライスシャワー!

 

 最後はメジロマックイーンとライスシャワーだ!春の盾奪還なるかメジロマックイーン!それとも春の盾を手に入れるのかライスシャワー!

 

 メジロマックイーン!ライスシャワー!最後叩き合い!ライスシャワー伸びる!メジロマックイーン粘る!最後もう一度トウカイテイオーも来た!錦を飾れるかトウカイテイオー!

 

 

 しかし!しかし!ライスシャワー!ライスシャワーだ!ライスシャワーだ!

 ライスシャワー! 今一着でゴールイン! メジロマックイーンは二着!

 

 

 最後はやはり前評判の通り!強い馬3頭の叩き合いとなりました!それを制したのは昨年のクラシックを盛り上げたライスシャワー!菊花賞に続き長距離G1を獲りました!名実ともに素晴らしいステイヤーです!

 

 メジロマックイーンは惜しくも2着!トウカイテイオーは最後伸びを欠いて3着!やはり距離適性の差が大きかったか!?』

 

『トウカイテイオーは去年の天皇賞もそうでしたが、やはり長距離では伸びきれませんね。しかし、それでも並の馬ではありませんね。最期の競り合いについてきたのですから、流石と言えるでしょう。いやー、それにしてもですよ。最後の直線で3頭が並んだ時、正直興奮しました』

 

『ええ!私もです!名勝負と言って差し支えのないレース展開でしょう!

 しかし、メジロマックイーンは惜しかったですね。最後、2頭は拮抗していたように見えましたが、最終的にライスシャワーの勝因は何だったのでしょうか』

 

『完全に力で押し込んだ形に見えました。メジロマックイーンのコース取りは完璧でしたし、直線向いたときのポジションも完璧だったと思います。しかし、それを徹底的にマークし、最後末脚で追い抜いた。鞍上も上手いですが、それ以上に馬の能力が光るレースだったと思います』

 

『そういえばライスシャワーの陣営は、この天皇賞春の結果次第では海外に挑戦するという話もしておりましたが…』

 

『ええ。この天皇賞春のモデルとなったレース、イギリスのアスコットゴールドカップという話もありました。距離は4000メートルという日本にはない長距離の競馬なんですが、このライスシャワーならもしかして、と思わせるレースでしたね』

 

『それはまた…!おっと…!?正式タイム…3分16秒5は昨年に引き続きの天皇賞春レコードタイム!これは、昨年のトウカイテイオーの凱旋門賞、レオダーバンのメルボルンカップに引き続き、今年も日本競馬は面白い事になりそうです!』

 

 

 『そして場内ではライスシャワーコールが起こっている!新たなステイヤーの誕生を祝福しているようだ!歓声に手を挙げて応えた!一層大きくなった歓声がこちらにまで聞こえてきます。

 

『昨年の()()()()()()に引き続きのレコード勝利ですからね。あの小さい体で、本当に素晴らしかったと思います』

 

『そして、トウカイテイオーは今回でターフを降ります。ありがとう、トウカイテイオー!ですが、最後、ラストランはダート!6月の帝王賞という情報が入ってまいりました!これは、まさか国内のダートも獲るという事でしょうか!』

 

『そういう事になりますね。

 そうなりますと、現国内最強ダートウマ娘、インペリアルタリスとの対決が待っています。インペリアルタリスは、あのハイセイコーの再来と言われたウマ娘でありながら、怪我に泣かされ、クラシックは出走が叶いませんでした。しかし、ご存じの通りではありますが、ダートで見事復活を見せ、その勝ちっぷりから『将軍』との異名もある素晴らしいウマ娘であります。そしてなにより、トウカイテイオーの同期なんです。

 素質だけで言えば、怪我がなければ、きっと、91、92年はリオナタール、ナイスネイチャ、インペリアルタリス、トウカイテイオーの4強と言われていたかもしれません。

 まさか、その対決がラストレースで見れるとは思いませんでした。6月の帝王賞、私も楽しみに待ちたいと思います』

 

『そしてもし、トウカイテイオーが帝王賞を勝った場合、グレード1レースを8勝ということになります。そう、あのシンボリルドルフを超えるのです!大偉業が達成されるのか、注目のレースでもあります。

 

 おっと、そしてお時間が迫ってまいりました。

 

 では、改めまして。本日の勝者は、見事!レコードタイムで天皇賞春、3200メートルのターフを駆け抜けた、新世代のステイヤー!ライスシャワーでした!

 本日は京都()()()()よりお送りいたしました!また次回、お会いいたしましょう!』 

 

 

『………なお、トウカイテイオーの引退式は、この後19時より、京都()()()メインステージ前で行われる予定です。テレビ放送、ラジオ放送、そして衛星放送でもご覧いただけます。無敗の三冠、そして凱旋門、BCクラシック、有馬記念の計6つのG1レースを制したトウカイテイオー、最後のターフでの姿です。なお、既に引退したレオダーバン、そして、ナイスネイチャもトウカイテイオーの引退式に合わせ、こちらに来るという情報もあります。どうぞ、ぜひ、多くの人にご覧いただければ、見送っていただければと思います』

 

 

 1993年4月25日。勝った負けたを繰り返し、人々を熱狂させた、そんな一頭のサラブレッドがターフを去った。

 

 しかし、その戦績を見直してみれば、デビューから引退まで、掲示板を外したことは一度もない。

 

 クラシック戦線、三冠までは無敗。初黒星の有馬記念。逃げて負けた天皇賞、そして凱旋門対策で走った札幌記念とフェブラリーステークスの重賞は見事勝利。

 

 初の海外はフォワ賞で4着と掲示板は外さなかったものの、期待外れと酷評されることもあった。

 

 だが、世界の頂。凱旋門賞では文句なしの一着。続くBCクラシック、ダートの王も見事勝ち取ってみせ、国内への凱旋である有馬記念を無事に勝利で収める。

 

 そして引退レースでは、新世代ステイヤーのライスシャワー、長距離最強と呼ばれたメジロマックイーンに次ぐ3着で有終の美を飾る。余談であるが、陣営は最後まで、引退レースを93年の『帝王賞』と『天皇賞』との間で揺れていたという話は、有名である。

 もし、帝王賞を走っていたのであれば、間違いなく獲れたと言われているが、当時、帝王賞を走っていたならば、と、想像するファンは多い。

 

 なお、トウカイテイオーが出場を選ばなかった93年の帝王賞。そのレースを見事勝利した『ハシルショウグン』の陣営曰く。

 

 「相手がトウカイテイオーであろうとも、私たちの将軍はきっと先頭でゴールした事でしょう。クラシックでも怪我さえなければきっと、きっと私達の馬のほうが、速かったと信じています」

 

 と、自信あるコメントを残している。

 

 なお、トウカイテイオーの代名詞と言えば、あのレース前に見せるステップ、そして勝利後に見せるナポレオンポーズである。調教師曰く、馬房でも同じような事をしているらしく、少々変な癖を持っている馬でもあったようだ。だが、鞍上との呼吸、人への従順さは並のサラブレッドのそれではなく、練習も他の馬に比べて従順に行っていたらしい。

 

 改めてトウカイテイオーの全戦績を確認してみれば、全16戦のうち勝ち星は12個。うち、重賞勝利は8勝。G1に限って言えば、皐月賞、日本ダービー、菊花賞、凱旋門賞、BCクラシック、有馬記念の6勝。親であるシンボリルドルフのG1レース7勝に、あと一勝と迫る大記録であった。

 

 なお、引退後は種牡馬としての日々が待っている。彼が有力な子孫を残せたのかどうかは、また、別のお話である。

 

 ちなみに、余談であるものの、トウカイテイオーが古馬で達成した、この同年、凱旋門、BCクラシック、有馬記念制覇の大記録。

 これは、後の世では仏、米、日の『世界芝砂秋三冠』と呼ばれ、トウカイテイオー以外でこれを達成するには、トウカイテイオーの血筋、その子孫、再び凱旋門を制する『無敗の王』と呼ばれたサラブレッド。さらに、その産駒の誕生を待たねばならない。

 

 偉業。まさに、成し遂げたトウカイテイオー。その二つ名は『帝王』。

 

 そして、世界の頂に立ったその姿から『奇跡の名馬』とも呼ばれている。

 

 

 

ああ、ああ、なんという幸運か。

 

ああ!ああ!なんという!なんという幸運か!

 

帝王賞に、ダートに!彼女が、彼女が来てくれると言うのか!

 

私の、私の、私のクラシックが、ああ、私の、私の!

 

私の、私のクラシックが、ようやく、ようやく―――――

 

 

 どこかで、一人のウマ娘の叫び声が響く。

 

 それは、果たしてそのウマ娘だけの声だったのか。

 

 想いは、世界を超える。


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