様々に、毎年毎年旬を迎える野菜たち。
―ですが、同時に、毎年旬を迎えるはずだった野菜が、何かの問題があって旬を迎えることが出来なかったり、旬を迎えるときに育ち切らなかったりと、問題が多いのもまた、野菜の特徴でもあります。
その中で、生産者や世話をしていた人はこう想うでしょう。
『ああ、順調に生育していればなぁ』と。
大井トレーニングセンター学園。それが、私の母校。
北海道から出て来た私は、残念ながら中央トレセンには入れなかった。
でも、幸い、同じ東京にある大井のトレセン学園には入る事が出来た。正直に言うと、私がトゥインクルシリーズで走れるかどうかは、賭けだったのかもしれない。
ただ、地方トレセンが多数ある中で、トップクラスの大井トレセン学園に入れたことは、私の人生の中で幸運な出来事の一つだったと思う。
他のトレセンは規模が小さかったり、実力バが居ない上にトレーニングの質も低いと聞いていたからだ。ただ、笠松トレセン学園は、あのオグリさんを出したという事で、第二候補でもあった。
そして必死に練習を重ねに重ねて、迎えた選抜レース。
ダートを一着で駆け抜けた私は、どうにか中央、クラシックの登録権を持つトレーナーに見初められようと、わざと目立とうと思ったのだ。
レースを駆け抜けた後。気取ったように腰に手を当てて、一本指を掲げて見せた。それもまた、幸運につながる一歩だったんだろうと思う。
『君…きっと中央で走れる逸材だと思う。俺と一緒に、クラシック三冠を目指してみないか?』
そう声を掛けてくれるトレーナーに出会ったのだ。もちろん、二つ返事でスカウトを受けた。そして、トレーナーの指示のもと鍛錬する事一年。私は見事にその才能を開花するに至る。
■
私のデビューは、順風満帆だった。デビューは大井レース場のオープン。
『お前の好きに走れ』
トレーナーからはそう言われ、その通りに走った。地方レース場であったけれど、気持ちよく走って一着を見事にもぎ取った。
『ほら、お前はやっぱり素晴らしいだろう?これから頑張ろうな!』
『はい!』
トレーナーと2人で、喜んだあの日が懐かしく思える。
そこから2か月後。今度は白菊特別レースで、見事に一着をもぎ取る事が出来た。しかも、しかもだ!2着とは大差の大勝ち!みんなからも、友達からもすごい、すごいウマ娘だと言われて、すごく誇らしかった!
『やっぱりお前はハイセイコー以来の逸材だ!これなら、これなら、中央に殴り込めるぞ!来年のクラシック戦線!間違いなしだ!』
『本当ですか…!?やった…頑張ります!全力で、全力で頑張ります!』
『その意気だインペリアルタリス!さあ、来年のクラシックに向けて本格的に鍛錬を開始するぞ!いいな!』
『はい!もちろんです!ビシバシお願いします!』
そうやって、クラシックを夢に見て、私はいよいよ、本格的に鍛錬を開始した。その途中、自主練で訪れた河川敷で、中央のウマ娘とも出会うことが出来た。
「へー、大井トレセンなんだ。キミ。ボクは中央トレセンのトウカイテイオー。よろしくね!」
天真爛漫に笑う、トウカイテイオーその人だった。聞けば、デビューはまだとのこと。ただ、今年デビューという事から、同期だねという話にもなった。
「キミはもうデビューしてるのかぁ。しかも2勝!?すごいじゃん!」
「ありがとう。でも、私は地方だし、ダートだもん。テイオーって中央じゃん。そこに居るだけでもすごいって」
「そうかなぁ?あ、そういえばキミはどういうウマ娘になりたいの?ボクは無敗の三冠ウマ娘!」
「…無敗の!?もし達成したら、あのシンボリルドルフさん以来じゃない!?」
「うん!でも、なりたいんだ。無敗の三冠ウマ娘に!ボクもルドルフさんみたいに!かっこいいウマ娘に!で、キミは?」
キラキラ輝くウマ娘。出会ったときから、彼女はそういうウマ娘だった。
「うーん…そうだなぁ。私は中央のクラシックに挑みたいと思ってる。それで、私を落とした中央トレセンの人たちをあっと言わせたいなって」
「おお!すごい野望!?でも、来年のクラシックはボクが出るからねー!そう簡単にはいかないよぉ?」
にやにやと、笑う彼女。このころから、自信満々の彼女。今でも、変わらない。でも、このころは私もまだまだ希望に満ち溢れていた。
「それでこそ中央トレセンのウマ娘!じゃあ、私はあんたを抜いて、クラシック三冠を手に入れて見せる!」
「おお!?言ったな!―――じゃあ、ボク達は今日からライバルだね!」
「ふふ。そうだね!あ、でも、あんた。まずはデビュー戦でしっかり勝ってよー?最初から負けたらどうしようもないでしょ?」
「あーっはっはっは!誰に物をいってるんだーい!ボクは無敵のテイオー様なのだ!デビュー戦なんてお茶の子さいさいだよ!」
そう言った彼女の笑顔は今は遠い存在だ。彼女はその宣言通りに、デビューを、シクラメンを、若駒を、若葉を、そして、クラシック戦線の冠を無敗で手に入れて、魅せた。
あれ以来、私は彼女とは疎遠になってしまっている。私は、もうあの河川敷には用が無くなってしまったのだ。それは、12月。あのテイオーがデビュー戦を見事に飾った、あの日。
私は、病院のベッドの上でふさぎ込んでいた。
練習中、脚に激痛が走った私は、練習中に転倒。立ち上がれずにそのまま病院に担ぎ込まれたのだ。
『大丈夫かインペリアルタリス!もうすぐ病院だからな!』
トレーナーの必死な声が、未だに耳に焼き付いている。そして、下された診断は。
『…骨折ですね。全治半年といったところでしょうか。春のレースは諦めてもらうほかありません』
目の前が暗くなった。春のレースを諦める。それはすなわち、『クラシック』を諦める。という事に他ならないからだ。そうやって治療に専念している中で、テレビの向こう側では、トウカイテイオーがどんどんその実力を発揮していく。クラシック戦線は、私を置いて、勝手に時計の針が進んでいく。
思えば、この時から私の時計は止まっている。
■
8月。私の復帰が決まった。
大井レース場の、地方レースの特別レース。芝でも無ければ、2000メートルもない。ダートの1600メートルレース。
『お前なら余裕のはず、だ。ただ、怪我明けだから無理はするなよ。調子を見るつもりで、走れ』
トレーナーからの指示はこうだった。でも、私は途中で行けると踏んだ。怪我をしたはずの脚は、十二分に動く。1600メートルの距離は私にとっては短かった。
9月、そして10月。名前もない、そんなレースに出場した。実績を稼ぐためだ。もちろん、もちろんセンターだ。この位、この位のレースじゃあ、私の敵は居ない。
11月。ここで私は、1つの大きなレースに出場することとなった。大井、船橋、浦和、川崎。地方トレセンの中でも、最大手の4つのトレセンが合同で開催している、『南関東三冠レース』の一つである、東京王冠賞に、出場したのだ。
『クラシック三冠は、怪我で残念ながら出れなかった。だが、お前は大井の、地方レースで収まる器じゃない。実力を、中央の連中に魅せてやれ!』
このレースは、数年前、あのオグリさんと競い合った『イナリワン』さんが活躍したレースでもある。だからか、中央からの視察もあるのだと、そうトレーナーは話していた。
ならば。実力を魅せてやろう。そう心に決めて私は2600メートルのダートを走り抜けた。結果は勿論、1位。どうだ、どうだ!そう想いを馳せながら、私はゴールの後、一本指を立てて見せた。
…ただ、だからといって、私はクラシックに出れるわけではない。それは十分によく、理解はしている。
ただ、見てしまった。見てしまった。暮の中山。有マ記念を。あのトウカイテイオーが走った、有マ記念を。一位ダイサンゲンの、あの満足そうな顔を。それを見て上がる大歓声を!
嗚呼。中央と、地方。その差を、私は見せつけられてしまった。
有マ記念の2日後。一年を締めくくるレースとして、私は東京大賞典を走った。だが、脳裏に浮かぶのは、あの有マ記念の声援。ウマ娘の走り。
余計な事を考えていた私は、その日、初めて、掲示板を外したのだ。
■
翌年。シニア級に上がった私の脳裏にこびり付いていたのは、あの有マ記念の記憶ばかりだった。東京大賞典でも味わえない、中央の盛り上がり。何よりもクラシックで走ったウマ娘、シニア級に上がったウマ娘がぶつかり合う真剣勝負。
あれは、地方のダートでは味わえない。そう感じてしまっていた私は、ここから数回、我ながら不甲斐ないレースをしてしまっていた。
3月。始動のレースの金盃はなんとか入着の3位。
『いいぞ。ここから上げていこう!』
トレーナーはそう励ましてくれた。
4月。あのトウカイテイオーが凱旋門を目指すと、テレビで見た。ああ、すごいなぁと、心から感心していた。トウカイテイオーの隣には、クラシックで活躍した名ウマ娘のリオナタールもいる。
「…私もクラシックで走れていれば、もしかすれば、あそこに…」
ぽつりとつぶやいた言葉は、空に消えた。
6月。信じられない情報を、トレーナーは私の元に持ってきていた。
『2月のフェブラリーステークスなんだけどさ。見てみろ。トウカイテイオーがダートを勝ったんだってさ!お前も同期として負けていられないだろう!』
トウカイテイオーが、ダートG1を、勝った…?疑った。意図してトウカイテイオーの情報を、なるべく入れないようにしていた私にとっては、晴天の霹靂であった。
同時に、気合を入れられた気がした。
ああ、そうだ。トウカイテイオー。私はキミの、君のライバルなんだ。
負けていられない。これ以上、負けていられるものか。そう気合を入れた大井記念。見事センターに返り咲いて見せた。そして、勝利した晩に、私はトレーナーへ一つの相談を持ち掛けた。
「トレーナー。私を、中央で走らせてくれないか」
■
満を持して。まさに、体調を整え、鍛錬を行って出場した中山レース場のオールカマー。
ああ、ここが、このターフが中山レース場か。皐月の、あのクラシックの。そう感慨に浸っていると一人のウマ娘から声を掛けられた。
「貴女がダートの将軍、インペリアルタリスですか?」
「あ、はい。でも、将軍って…?貴女は?」
聞きなれない言葉に、私は戸惑いを覚えてしまった。
「ああ、いきなり申し訳ありません。私はイクノディクタスと申します。中央では貴女はそう呼ばれているのです。ダートでデビューから6連勝。素晴らしいウマ娘だと」
「中央の方にそう認識してもらえているなら、有難い限りです」
「いえ。ただ、芝とダートは違います。お気を付けて」
イクノディクタスはそう言って、踵を返してしまった。初めて芝を走る私に、気を遣ってくれたのであろうか。ちらりと観客席を見てみれば、昨年から今年、URAを盛り上げたウマ娘の一人である、ナイスネイチャの姿を見ることが出来た。
―ああ、そうか。クラシック組か。恥ずかしい事だが、この時期、無意識で私はウマ娘達を、そういう目で見るようになってしまっていた。
オールカマーの結果は言うまでもないであろう。そんな卑屈な想いで、勝てるほど中央は甘くないと思い知らされた。
ただ、そのリベンジの機会はすぐに訪れる。グランドチャンピオンを挟んで、なんと、あのジャパンカップに出場できることになったのだ。
面子も超一流。そんな中、東京レース場で走れる。ダービーの行われる東京レース場で!いよいよ、実力を魅せることが出来る!喜びに気合を入れて、鍛錬に打ち込んだ。
…だけど、結果は14着。着外の結果に、私は一つの結論を得ていた。
大空を向いて、ため息を1つ。視線を戻せば、腰に手を当て、一本指を天に掲げる、今日の勝者の姿があった。
■
ジャパンカップを走り終えた時。ああ、そうか。私は芝の才能は無かった。ああ、クラシック、芝は、私の舞台では、なかった。そう気づかされた。
クラシック戦線。私の中で、区切りがついた筈であった。
だけど、どうしてだろう。
ダートを走るたび、レース場の芝の青さが、レース場の芝の香りが、心を突いてくる。
ジャパンカップのあとで走った、東京大賞典でもそうだった。東京シティ盃でもそうだった。ダートを走るたびに、芝が心を突いてくる。
だけど、私だって意地がある。ダートを走っていた意地がある。
川崎レース場で行われた川崎記念。どうにかこうにか、一着で走り抜けることが出来た。
嗚呼。どうしてなのだろう。嗚呼、どうして。これほどまでに芝が気になるのだ。どうして、これほどまでに心を突いてくるのだ。
『まぁ、そう気を落とすな。お前はクラシックに憧れていたんだ。俺も良く知っている。自分の気持ちを、しっかり見つめ直してみてくれ』
トレーナーからはそうアドバイスを貰っていた。自分の気持ちか。確かに、今も憧れはある。だが、もう区切りはついた筈だ。あのジャパンカップで。
そう思い悩む矢先の事。トウカイテイオーが、ターフでのトゥインクルシリーズを終えた。が、それと同時に、ラストランを、帝王賞で行うと発表された。
帝王賞。それは、私が次に走る予定にしていた、ダート界の大レース。昨年はふがいない結果に終わった帝王賞、今年こそは獲るぞと、気合を入れていた。そこに、あの帝王が、来る。
そしてその刹那、私の中に、ある感情が沸き上がった。
クラシック戦線が、私のクラシックが、ようやく、来る
気づけば、私は隣にトレーナーが居ることも忘れて、大声で叫んでいた。